80 パインベイ王国へ
スティーブからもたらされた情報に王城は騒然となった。今は国王と宰相、それにオーロラとスティーブが集まって対策会議を行っている。
オーロラは額に手を当てて、スティーブの方を見た。
「何かあるとは思っていたけど、まさか隣国のお家騒動を持ってくるとは思わなかったわ」
「僕は1ミリも悪くないと思いますが」
「ええ。これを意図的にやっているなら、今頃は玉座に座っていることでしょうね。陛下が心労で倒れるから。でも、次から次へと国家的な難題に遭遇するなんて、誰もが経験するようなことではないわよ」
オーロラの言葉に国王が力強く頷く。
「先の大戦を超えるかもしれんな」
「陛下もご冗談がお好きなようで。国家滅亡の淵を見るくらいなら、今の方が楽でしょう」
「目の前の敵と戦っているだけの方が楽なこともあるとこの歳になってわかった」
国王は大きなため息をつく。
宰相が咳払いをして、会議の雰囲気を引き締めなおした。
「それで、緊急で集まっていただいたのは、パインベイ王国での政変についての我が国の対処方針を決めるためですが、よろしいですかな?」
「はい」
「承知しているわ」
スティーブとオーロラの返事を受けて、宰相は頷いた。そして話を続ける。
「まず、現在はオークレイ第一王子をワーナー男爵が保護している。そして、パインベイ王国の王位継承の証である宝玉はアーチボルト閣下の手で我が国王陛下に献上された。つまり、現在パインベイ王国の王位継承権は陛下が所有していることになっております。今後我々が取る選択肢としては、オークレイ第一王子を支援して、パインベイ王国の王位継承権争いに参加する、陛下が正式な王位継承権を保有するとして直接参加する、オークレイ第一王子をパインベイ王国に帰還させて、宝玉も返還して無関係を決めるとなります」
「ワーナー男爵の長女とオークレイ第一王子が男女の仲になりそうなので、三番目は難しいでしょうね」
スティーブはナンシーに教えてもらった人の恋心を察知する能力で、オークレイとエリカが惹かれあっているのをわかっていた。なので、そう発言したが、宰相に苦言を呈される。
「国家の将来を左右することともなれば、個人の恋愛感情は犠牲にするのが当然でしょう。オークレイ第一王子とてそれはわきまえておられるはず。ワーナー男爵の令嬢についても、貴族家令嬢であれば覚悟の上。閣下、個人の感情を天下国家のことに持ち込むべきではございません」
政略結婚も当然の王族、貴族であるのだから、恋愛などというものは利益不利益の前には後回しとされるのである。それはスティーブも承知していたが、あらためてこう言われてしまうと良い気はしなかった。
そこにオーロラが発言をする。
「そもそも、我が国の利益がなんなのかを示していただきたい。私の諜報員からの報告では、王弟公爵が第二王子を担いでいるが、その王弟公爵をそそのかしたのは帝国に近い勢力だとあった。選択肢を間違えれば国益を大きく損なうことになる。また、帝国との衝突の可能性も高くなるかと」
その質問には国王がこたえた。
「その情報はこちらでもつかんでおる。第二王子が王位につけば帝国に近い政権となる。かといって、第一王子を擁するのであれば、帝国との代理戦争だ。だが、傍観すれば国内の勢力が二分されて争って弱体化してどのみち帝国に併吞されるであろう。つまりはどの選択肢でも我が国はつらい未来が待っているというわけだ。現状での最良は代理戦争が永続して、パインベイ王国が帝国との緩衝地帯になってくれることだな」
「どのみち損しかないということですね」
「そうなる」
そもそも、今回のパインベイ王国での王位継承権争いについては、帝国の工作があった。王弟公爵も武力で第一王子を追い落とすところまでは考えていなかったのだが、帝国の工作によって心変わりし、実力行使にでたというわけである。
帝国としては隣国が内紛状態になってくれれば、弱体化して併呑しやすくなるし、併吞までいかなくとも属国のように扱うことも出来る。なにより、飛ぶ鳥を落とす勢いのカスケード王国以外の国にも備えなければならないという状況を作りたくはなかったので、今回の工作は成功だといえた。
オーロラですらこの状況では延々と第一王子を支援して、なんとか親帝国以外の勢力を西北部に作っておければと思っていたのである。
そんな中、スティーブだけが違う意見を持っていた。
「陛下、僕には別の選択肢があると思います」
「アーチボルト卿、他にどんな選択肢があるというのか?」
「まずは、パインベイ王国の国王の容態を回復させます。そして、宝玉を返還して現国王による統治を復活させるのです。そして、第一王子を廃嫡して第二王子に第一王位継承権を与えてもらえばよいのではないでしょうか。第二王子は王弟公爵に担がれているだけでまだ幼く、これからの教育次第では帝国に染まらない可能性もあります。なのでその際に帝国と手を組んだ王弟公爵については重い処分をしてもらえれば、パインベイ王国の内部にある帝国寄りの勢力を削減できるかと」
「パインベイ王国の国王は落馬して意識が戻らんと聞いたが」
「僕の回復魔法を使ってみます」
スティーブの提案に国王は耳を貸す価値があると判断した。どのみち今のままでは損失しかないのだが、スティーブの案が上手くいけば損失どころか、パインベイ王国に対して貸しが出来る。そして失敗しても追加の経費は掛からない。
「中々興味深い提案だが、回復までは魔法で出来るとして、その先の交渉はうまくいくかな?」
国王はスティーブを試すように見た。スティーブはその視線に臆することなくこたえる。
「第一王子はこちらの手の内にあります。廃嫡しないと言われても返さなければそれまでのこと。国内にいない王子に王位を継承させることはできません。だからこれもうまくいきます」
「残るは王弟公爵の排除か」
「これについては相手の国の国王の身内でもありますので、家族愛があるかもしれませんが、しかし、先ほど宰相がおっしゃったように、国家の将来を左右することともなれば、個人の感情は犠牲にするのが当然。パインベイ王国の国王ともなれば、当然わきまえているはずです。その人が帝国に利用されている弟をそのままにしておくことは無いでしょう。仮に、王弟公爵をかばい処置無しと決めた場合には、ソーウェル卿に預けてある侵入してきた兵士の責任を問い戦争をしかけます。今回は国王の治療で先に王城を訪れているはずなので、そうなれば勝負は一瞬でつくことでしょう。その時は宝玉もこちらの手の内にあることでしょうから、どうあがいてもパインベイ王国に勝利する可能性はありません。あとは乗り出してくるであろう帝国と美味しく分け合います」
スティーブの意見を聞いて、国王はこれならのってみようと思った。最後の王弟公爵の処分についてはどちらに転ぶかはわからないが、そこまでは十分な可能性を秘めていた。
「それで、廃嫡となった第一王子の処遇はどうする?」
「海の向こうに行ってもらいましょう。近くにいては良からぬことを考える輩も寄ってくるかもしれませんが、海の向こうであればおいそれと手は出ないでしょう。ワーナー男爵には長女を送り出すのを認めてもらわなければなりませんけどね」
「そこまで計算しておったか」
「愛があればどこでも暮らしていけるでしょう」
「有能な氷の魔法使いが居なくなるのは惜しいがな」
スティーブはオークレイをメルダ王国まで逃がそうと考えていた。カスケード王国の中ではパインベイ王国の勢力が再びオークレイを担ごうとする可能性も否定できない。なるべく遠くへと連れて行きたかったのである。それは国益というよりも、オークレイのためであった。
すでにオークレイは王位継承を諦めているのは確認しており、国の混乱を収めたいだけ。しかし、王家の血というのがそれを許してくれないこともある。
そうしたことから遠ざけるための処置でもあった。それに、これにはエリカが一緒にいることも大きく左右されていた。
そんな若い二人の新しい生活のため、この作戦を実行して成功させなければと思っていたのである。
国王の決断がなされ、スティーブは直ぐにパインベイ王国の王城へと飛んだ。
パインベイ王国の王城については現国王派が抑えており、王弟公爵もそこを攻撃する大義名分を持っていなかったので手を付けていなかった。
城門のところで門番の兵士がスティーブを見て追い返そうとした。
「ここは子供の来るところではない。立ち去れ」
「僕はカスケード王国からの使者。竜頭勲章のアーチボルトが来たと言って取り次いでほしい。宝玉も持っていると言えばわかってもらえると思う」
「子供が使者だと?」
「そうだよ。ここの国王陛下の怪我を治すための使者だ。僕なら治療できるんだけど確認もせずに追い返すというのなら、後々重い処分が下されると思うけど」
スティーブに言われて門番は城内の宰相に連絡を取ることにした。
その際、スティーブが持ってきたカスケード王国王家の紋章が入っている書簡を見せるようにと言われて手渡された。
宰相はその書簡を確認すると、使者のスティーブが正式なものであると認めた。しかし、どうして現国王が怪我をしていることを知っているのか不思議だった。城内にスパイが潜り込んでいるのかと疑い、どうやってそれを見極めるかで頭を悩ましながらも、スティーブとの会見に向かう。
そして、スティーブとの会見で情報の出所がオークレイ第一王子であることを知った。オークレイが持ち出した宝玉をスティーブが持っていたことが決定打となり、その話を信じることにしたのだ。
「宰相が話の分かる人でよかったですよ」
「こちらこそ、ご高名なアーチボルト閣下にお越しいただけるとは。恥ずかしながら我が国内には治癒魔法の使い手がおりません。外国から招聘しようにも、簡単にいくわけもなく。レンタルしようにも国家の弱みを見せることになりますので、躊躇しておりました」
「そこはオークレイ王子の勇気と行動力に感謝してください。私も王子の熱意に動かされてこうして参上つかまつった次第。さて、あまり長話をしておりましても、陛下の御身が優先でございますから」
「そうでした」
宰相はスティーブを国王のところに案内する。国王は息はあるがもうずっと目を覚ましていない状態だった。落馬して馬に頭を踏まれた衝撃で、脳に損傷が出来てしまったのである。現在の地球ですら治療は困難であるが、そこは魔法が存在する世界。スティーブの治癒魔法で国王の脳の損傷は綺麗に回復し、本来の機能を取り戻す。
魔法による治癒が終わると、ほどなくして国王が目を覚ました。
「陛下!」
目の前の奇跡に思わず宰相が叫んだ。
「宰相か。朕は馬に乗っていたはずだが」
落馬からの記憶がない国王は宰相に説明を促す。
「話すと長くなりますが、陛下が落馬されて気を失っておられました。治療を諦めていたところ、カスケード王国からアーチボルト閣下がおみえになり、陛下を魔法で治癒してくださったのです。詳細は後ほど」
宰相に言われて室内にスティーブがいることに国王は気づく。そして、ベッドの上で頭を下げた。
「遠路はるばるお越しいただき、我が身を治癒していただきかたじけない」
「オークレイ王子たっての願いでしたからね」
「そうか。して、そのオークレイはどこに?」
そう訊ねる国王に宰相がその後の経緯を説明した。すると国王は自分の弟に怒りをあらわにする。
「では、オークレイは命を狙われて、今はカスケード王国で保護されているというのか!」
スティーブはこの機を逃さずにオークレイの廃嫡を話す。
「オークレイ王子は今後もこうした争いがおこることを嫌い、自分を廃嫡してほしいと望んでおります。万が一の場合はこの宝玉を使って、カスケード王国がパインベイ王国の統治をして、争いを収めてほしいとまで。しかし、陛下の体調が回復されたので、こちらはお返しいたします」
スティーブは宝玉を国王に返却した。
「よいのか?」
「僕にはその質問の意図がわかりませんが」
「これを持っていることこそがパインベイ王国の土地を治める証拠。帝国であれば絶対に返還などはせんが」
「我が陛下はパインベイ王国の領土を狙う意図はありません。なので、この宝玉も不要です。今後もよいお付き合いを望んでおりますので」
「にわかには信じられぬが」
最近物凄い勢いで領土を拡大しているカスケード王国が、パインベイ王国の領土に興味がないというのはにわかには信じられなかった。
「領土を狙うつもりならば、僕がここに派遣されて陛下を治療することなく、オークレイ王子を擁立するなり、直接自国の兵士を使うなりして攻め込んでいることでしょう」
「確かにな。逆の立場であればそうする」
「そういうことなのです」
「では、カスケード王国はなんの要求もないというのか」
「要求というのであれば二つ。一つ目は今回の騒動の裏には帝国が絡んでおり、今後は帝国に近づきすぎないでもらいたいというお願い。そしてもう一つは、オークレイ王子廃嫡後は、彼の人生は自由にさせてやってほしいということです」
スティーブの要求に対して、国王と宰相は驚いた。
一つ目の要求はわからなくもない。隣国に敵対するイエロー帝国の影響が強い国が生まれるのは困る。しかし、二つ目に関しては国家がするような要求ではない。
どうしてそのような要求が出たのかがとても気になって、国王はスティーブに訊ねた。
「二つ目の要求は何故だ?」
「王弟公爵の兵士に追われるオークレイ王子を助けたのは、我が国の男爵の令嬢。王子はその令嬢と恋に落ちまして、あとの人生は彼女と幸せに暮らしたいのですよ。そこに政治を持ち込んでほしくはない」
「それはわかるが、男爵の令嬢ともなれば、政治からは離れられぬのではないか?」
「そこで、二人にはさらに別の国に行ってもらいます」
「さらに別の国へだと。王子と貴族令嬢が知らぬ国で平民として暮らせるものか」
国王の心配はもっともであった。王子と貴族令嬢が平民の生活をするだけでも大変なのに、それを全く知らぬ国でなどとは生活できないと思ったのだ。
しかし、スティーブは心配無用とこたえた。
「知らぬ国ではございません。カスケード王国との縁も深い、我が姉が王妃をしているメルダ王国に移住してもらいます。僕の方で仕事は用意しますし、姉夫婦にも言っておきますので、飢えて死ぬようなことにはなりません」
「確かにメルダ王国であれば、カスケード王国の影響もあるし、アーチボルト閣下の実姉殿が王妃となられておりますな」
宰相が情報をフォローする。そこまでおぜん立てされているのであればと国王も納得した。
こうしてスティーブの計画通り、オークレイは廃嫡となってエリカとメルダ王国で暮らせることになった。そして、王弟公爵の処刑も決まりパインベイ王国から帝国の影響を排除できたのである。