79 魔法が暴走する原因
「エリカ、ごめん」
アシュリーがエリカを見るなり謝った。エリカは状況がわからず困惑してアシュリーに問う。
「アシュリー、どういうこと?」
「私の勘違いなの。アーチボルト閣下はエリカを殺しに来たんじゃなくて、魔法の暴走の原因を突き止めて、解決するために来てくれたの。だから、逃げなくていいの」
「そうだ。だからエリカ、出てきておくれ」
ワーナー男爵もエリカに呼びかける。エリカは一瞬、二人が共謀して自分を城の外に呼び出し、そこをアーチボルト閣下に襲わせるのではないかという考えがよぎったが、父はともかくアシュリーはそうした演技は出来ないだろうということで、話を信じて城門をあけた。
すると目の前に男の子が進み出てくる。
「はじめまして、エリカ・ワーナー嬢。スティーブ・アーチボルトです」
「お会いできて光栄です、閣下。エリカ・ワーナーです」
エリカは目の前の相手が竜頭勲章アーチボルト閣下だとわかり驚いたが、なんとか挨拶をする。子供だと聞いてはいたが、本当に子供だった。
「さて、今ご家族が言ったように、僕は貴女の魔法の暴走を止めにきたのですが、どうにもそうした気配を感じられないんですよね。本当に魔法が暴走していたんですか?」
魔法使いであるスティーブには、魔力の流れが見える。暴走するならば、それなりの魔力が見えるはずであるが、エリカからはそれが見られず、魔力も感じられなかったのである。
エリカは先ほどオークレイに対して魔法が暴走しなかったことを正直に伝えた。
「今まではそうだったのですが、実は今日オークレイに対して魔法が暴走しなかったのです」
「オークレイ?」
初めて聞く名前にスティーブはワーナー男爵とアシュリーの顔を見た。事前の情報ではエリカは一人で山に逃げたはずだったからだ。
「私も存じませんが」
「エリカ、誰のこと?」
そこでエリカはオークレイ王子のことをスティーブたちに紹介した。
「つまり、隣国のパインベイ王国で政変が起ころうとしており、そこの第一王子が亡命してきたと」
事情をきいたスティーブは、すぐにブライアンとオーロラとウィリアムが困惑する顔を思い浮かべた。
オークレイはその表情に気まずいものを感じ取り、スティーブに頭を下げる。
「武勇の誉れ高いアーチボルト閣下にお会いできて光栄です。私の事情に巻き込んでしまい申し訳ございません。私はこのままウィリアム国王に謁見できればそれでよいのです。そして、この宝玉をお渡しして、公爵のたくらみをくじくことが出来れば。閣下にご迷惑をおかけすることはございません」
「あー、迷惑とかではなくてですね、僕が出掛けるとなんかしらの事件が起きるので、そのことで今回も事件を起こさないでほしいと言われてきたのですよ。エリカ嬢の魔法の暴走を解決しにきただけなのですが、こうした隣国のお家騒動を持ち帰ると、またいろいろと言われると思いましてね。どうせ僕のうわさが伝わっているのでしょうけど、フォレスト王国以外は偶然の産物です。婚約者の実家に挨拶に行ったり、納品に行っただけで戦争に巻き込まれたわけで、僕が好んで戦争をしているわけではないのです。そして、今回だって別になにも望んでやっているわけではないのですが、こうした事態になっていますからね。王子とワーナー男爵にはその点をよく他の人に説明してもらいたいのです」
オークレイはスティーブの話に目を丸くした。パインベイ王国ではスティーブ・アーチボルトは好戦的で、ゆく先々で敵国に戦争を仕掛けているという話であったが、実際に本人の話を聞いてみると違っていた。
ワーナー男爵も、スティーブが好戦的であると勘違いをしていたのである。
「さて、オークレイ王子の話はこの後にして、まずは本来の目的であるエリカ嬢の魔法の暴走についてをやりましょうか」
「閣下、可能でしょうか?」
本来の目的を思い出したワーナー男爵は、不安そうにスティーブの顔を見た。
「それを確認するために、エリカ嬢に質問をします。今日は魔法を使いましたか?」
スティーブの質問にエリカはこたえる。
「はい。氷のゴーレムは溶けてしまうので毎日新しくつくっています」
「え、ゴーレムが作れるのですか!」
ゴーレムという単語にスティーブの声が大きくなった。それにエリカは驚く。
「申し訳ございません」
「謝らなくていいです。今目の前で作れますか?」
「はい」
そういうと、エリカは新たに氷のゴーレムを作った。勿論スティーブはそれを作業標準書で記録する。ゴーレムの作り方を覚えただけでも今回の仕事を請けた甲斐があったというもの。スティーブは十分に元が取れたと喜んだ。
「なるほど。こうしてゴーレムを作ったわけですね。それで、オークレイ王子と一緒にいた時に魔法が暴走しましたか?」
「いいえ。私も暴走すると思っていましたが、王子には何もありませんでした」
「山に入ってからはどうですか?」
「お城を作ったり、ゴーレムを作ったりしていて、暴走することはなかったかもしれません。家にいた時は時々壁や床を凍らせてしまうこともありましたが、山の中では自分で使おうと思った時だけ魔法が発動しています」
「なるほど、なるほど」
スティーブはその答えに頷いた。
「何かわかりましたか?」
エリカは不安そうにスティーブに訊ねた。
「おそらくですが、エリカ嬢は魔力が際限なく作られて、あふれてしまう体質なのでしょう」
「魔力が際限なく作られて、あふれてしまう?」
「そうですね。人は皆、魔法使いでなくとも魔力を持っています。そして、魔力をためておく器ももっています。普通は魔力をためておく器がいっぱいになると、体が魔力を作るのをやめるのですけど、エリカ嬢の場合はそこで止まらない。わかりやすく言えばコップに水を注いで、あふれそうになったら注ぐのをやめることが出来ずに、結果的に水がこぼれてしまうという状態なのでしょう。今見た限りでは魔力があふれている様子が無い。そして、今日は魔法を使っているから器にまだ余裕があるのでしょう」
「まさか、そんなことが」
「魔法が暴走したときって、事前に魔法を使いましたか?」
「いいえ、全て魔法を使ってない日に暴走しています」
「試しに、明日からは毎日庭に大きな氷を作ってみてください。それで魔法が暴走しなくなれば、僕の想定が正しかったことになります」
「わかりました」
本来であれば、魔法が暴走するところを確認したかったが、それが再現できないのであれば、置かれた状況から真因を想定して、それに則った検証をしてみる。不良の対策と同じ手法である。
「さて、それでは戻りましょうか」
真因の想定が出来たので、戻ろうかとスティーブが言うと、オークレイ王子が神妙な顔をした。
「閣下、私を追っている兵士たちが、またこちらに来るかもしれません。氷のゴーレムを倒すために魔法使いを呼びに戻ったのです」
「そういえば、越境してきていたんだったね」
スティーブはオークレイを追っていた兵士のことを思い出した。ワーナー男爵も神妙な顔になる。
「隣国の兵士が許可も無しに武装して越境というのは、戦争行為とみなされても仕方ありませんな。当然こちらとしても放置するわけにはゆきません」
「言われてみればそうだよね」
スティーブがそう言うと、オークレイはぎょっとした。
「閣下、まさか今からパインベイ王国に乗り込まれるおつもりですか」
その問いをスティーブは慌てて否定した。
「そんなことはしないよ。狙われているのはオークレイ王子で、越境以外の被害は出ていないからね。ただ、放置もしておけないから、探して捕まえようかと思って」
スティーブはそういうと野鳥を使役して空からパインベイ王国の兵士と魔法使いを探し始めた。周囲の者たちは唖然としてスティーブを見ている。
「見つけた。ちょっと捕まえて、ソーウェル卿のところに連れていくから待ってて」
そういうとスティーブは転移の魔法を使ってパインベイ王国の兵士のところへと移動した。目の前のスティーブが消えてから20分ほどすると、またスティーブが戻ってくる。
オークレイはスティーブに行き先を訊ねた。
「閣下、どちらに」
「敵を捕まえに行って、それからソーウェルラントに移送してきた。手続きがあったから少し遅くなっちゃったけどね。あ、ソーウェル卿の顔を見たらまた小言を言われただろうから、挨拶もせずに帰ってきちゃったんだけどね」
オークレイは自分を守ってくれた者たちの命を奪ってきた猛者を、ものの20分で片づけた、しかも無傷で帰還してきたスティーブに畏怖の念を抱く。そして、スティーブがいる限りは、何があってもカスケード王国とは戦争を避けるべきだと決意した。
ワーナー男爵がスティーブに声をかける。
「閣下、敵は如何程でしたか」
「騎士っぽいのが六人と、魔法使いがひとり。残念ながら火属性の魔法を使うやつだった」
「よくぞご無事で」
ワーナー男爵はスティーブが残念ながらといった意味が解らなかったのだが、あえてそこに触れることはしなかった。スティーブからしてみたら、新しい魔法を覚えられるかと思っていたが、既に作業標準書を作成済みの火属性だったことが残念だったのである。
いつものように、不意打ちで兵を無力化したあとで、魔法使いにだけは攻撃をさせてみたのだが、ファイヤーボールが出現したところで、スティーブのテンションはだだ下がりとなった。自分もファイヤーボールを作り出して相手と相殺し、あっけにとられている魔法使いを気絶させたところで戦闘が終了したのだ。
あとは淡々と作業をこなして戻ってきただけ。
「外交問題についてはソーウェル卿に丸投げだよ。後で何を言われるかと考えると気が重たいけどね」
「この戦果で文句を言われるのは閣下くらいでしょうな」
ワーナー男爵は笑う。スティーブも苦笑した。そして一緒にいたエリカやアシュリー、兵士もつられて笑ったが、オークレイだけは笑えなかったのである。それはカスケード王国の国民ではないからだ。
この戦闘力を仲間に持っていれば心強いが、逆に敵対しているなら恐怖でしかない。その差である。
「じゃあ、今度こそ戻ろうか。屋敷にみんなを送り届けた後で、陛下に謁見の許可を求めてくるよ」
スティーブがそういうと、エリカがオークレイを見た。
「じゃあ、閣下を待っている間、リンゴのジャムをご馳走しますね、オークレイ王子。約束ですから」
「ありがとうございます。しばらく、ご厄介になります」
その会話が終わると、スティーブは全員をワーナー男爵の屋敷に転移させて、その後自分は王都へと転移したのであった。
残ったオークレイは約束通りリンゴのジャムを乗せたパンを出された。
それを一口食べてみると、エリカが自慢したように美味しかった。
「美味しい」
「そうでしょ」
オークレイに褒められてエリカが満面の笑みを浮かべた。