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75 終戦協定

 スティーブがメルダ王国に乗り込んだ少しあと、カスケード王国国王ウィリアムと、宰相のカニンガムは悩んでいた。

 レミントン辺境伯からメルダ王国の工作を未然に防いだことと、その報復としての戦争を開始した知らせを受けた時、スティーブが絡んでいると知ったので、今回もまた大勝利をおさめるであろうと思ったのだ。

 そうなったときに、今度はどんな褒美を与えれば良いのかが決まらなかった。

 宰相は国王に提案する。


「陛下、今回は海の向こうということですから、増える領土をアーチボルト家に与えてはいかがでしょうか。海外ならば管理も難しく、簡単には力をつけられないかと思いますが」

「目が届かない方が厄介だとは思わんか?いまはエアハートの倅も常駐しており、新たな発明品はこちらに情報が来るが、海外で画期的な発明をされた場合、我らが気づくのが遅れることになる。新兵器でも開発されてみろ。その配備が終わったときに気づいたとしても時すでに遅し。軍事力で大きく後れを取ることになるぞ」


 国王はスティーブの魔法以外にも、その頭脳を警戒していた。馬車のサスペンションや蒸気機関。それに旋盤や洗濯ばさみなど、直接人を殺すようなものは発明していないスティーブだったが、国王はそのことに違和感を感じていた。

 意図的に兵器を開発していないのだという風に思っていたのである。そして、それはその通りであった。スティーブがその気になれば、火薬を作ることも出来る。しかし、それをすれば大勢の人が死ぬことがわかっているので、敢えてやっていないのである。


「確かにその危険はありますな」


 宰相も納得し、その案は廃案となった。しかし、代案が出てこない。


「さりとて、他に妙案があるわけでなし」

「前回のように、メルダ王国の姫とでも恋仲になってくれたらよいのですが」

「あそこに姫はおらなかったはずだ」

「では、王妃ですか」

「可能性はかぎりなく低いな。そんなことならば、王家ゆかりの品でも送った方がよい」


 王家ゆかりの品は王位継承の象徴であり、それをするのはスティーブにも王位継承権を与えるということになる。しかし、もうこれ以上何かを与えられるかといったらそれくらいしかなかったのである。

 そうこうしているうちに、レミントン辺境伯から捕虜が多すぎて物資が足りないという支援要請が舞い込んでくる。

 メルダ王国の主要な人物たちが逃げており、スティーブがしらみつぶしに敵の貴族の領地を制圧してまわっているというのだ。国王と宰相は過去最大の戦果となることを理解した。

 国王は眉間にしわを寄せて宰相に話しかける。


「そろそろ戦勝式典の準備をせねばな」

「陛下、もはや三度目ともなれば略式でも良いのではないでしょうか」

「それではレミントン卿から恨まれるのではないかな。ソーウェル卿とマッキントッシュ卿との扱いの差が大きいとな」

「そうですが、毎回王都にあつまる貴族の負担を考えますと」

「東部以外はみな収入が増えておろうが」

「そうですな」


 今回勝利すれば、南部の貴族もその恩恵を受けるのは明白だった。高い頻度で行われる戦勝式典への参加で経費がかさむとしても、それを補えるくらいの恩恵なのだ。

 蚊帳の外である東部の貴族以外はこの前は自分たちの戦勝を祝ってもらったので、今度は南部を祝うのもよいという気持ちであろう。


「しかし、あまり一気に領土が拡大するのも考え物ですな。貴族の数も増えれば質が落ちます。今回は敵国のほぼすべてを占領しているというのですから、どれだけ王家所有の土地としたところで、相当な新規の貴族家を創設せねばなりますまい」

「王家所有といえども、管理する役人は必要だ。人材など簡単に増えるものではない。国土が広くなって管理がおろそかになり、かえって国力が弱まるかもしれんな」


 急激に増える領地にも頭を抱える国王と宰相であった。

 ほどなくして、メルダ王国の国王が出頭し、降伏の意を示したという知らせが来る。レミントン辺境伯のところに滞在させて、国王ウィリアムとの面会を待っているということで、他の仕事を急ぎ調整して終戦の話し合いとなった。

 レミントン辺境伯がウィリアムがメルダ王国の国王と王子に会う前にどうしても面会したいというので、許可を出した。

 ウィリアム、カニンガム、レミントン辺境伯の三人がそろうと、レミントン辺境伯が面会の理由を伝える。


「陛下、実は竜頭勲章アーチボルト閣下の実の姉が、メルダ王国のエイベル王子と恋仲になっております」

「なんと!」


 シェリーとエイベル王子の関係は、勿論レミントン辺境伯の耳にも入っていた。そして、それを知ったレミントン辺境伯は終戦の会談前に、この事実を国王陛下に伝えておかねばと思ったのである。

 もし、国王がエイベル王子の処刑を宣言した場合、それを覆すのは難しい。

 そうなったとき、スティーブがどう動くかはわからなかった。

 レミントン辺境伯としては、折角手に入れた利益を手放したくはなく、スティーブを刺激しないようにと国王に願い出たのである。


「陛下、まずいことになりましたな」


 カニンガムは国王の顔をうかがう。しかし、この時ウィリアムの頭脳はフル回転してこの状況をうまく活用しようとしていた。しばらく考え込んだのち、一つの案を思い付いた。


「レミントン卿、メルダ王国の土地のすべてが手に入らなくとも文句は無いか?」

「はい。あまりにも広大な土地ですと、こちらとしても管理が難しゅうございます」

「うむ。ならば全ては諦めてもらおうか。なに、卿には美味しいところも残しておく。ただ、アーチボルト卿のことも考えると総取りとは出来ぬだけだ」

「全ては陛下の仰せのままに」


 レミントン辺境伯は国王に全てをゆだねることにした。レミントン辺境伯からしてみたら、被害は捕虜に与えた物資の代金のみ。これくらいならばキャメロン子爵の領地を取り上げれば帳尻はあう。

 となれば、国王がスティーブが納得いかないような条件を出したとしても、その責任はレミントン辺境伯にはなく、マイナスにはならないという計算があった。

 ただ、手に入れた領地を手放すのは惜しいが、そこで無理を言ってスティーブと争うのは得策ではないことを十分に理解していたのである。

 こうして終戦の会談は始まることになった。


 そのころスティーブたちは王都にあるアーチボルト家のタウンハウスにいた。

 エイベル王子のことを心配するシェリーの顔は青く、体は小刻みに震えていた。

 スティーブはシェリーのことを心配して、暖かいお茶を淹れてきた


「姉上、お茶です」

「ありがとう」


 シェリーは礼を言うが、お茶には口をつけない。王城の方向を見つめてはため息をついた。なお、王城は壁が邪魔しているので見ることは出来ない。


「ねえ、スティーブ。エイベル王子は大丈夫かしら?」

「大丈夫だと思いますよ」

「根拠は?」

「うーん、勘」


 シェリーの質問に対して、スティーブは大丈夫といった理由を答えられず思わず出たのが勘という単語だった。そのことがシェリーの不安感を煽る。


「見てきて」

「それは無理ですよ。僕には登城許可がおりていませんから」


 スティーブに登城許可が出ていないのは、スティーブが断ったからである。勝利の立役者であるが、面倒なことが嫌いなので、終戦の会談への出席は断ったのであった。


「スティーブなら許可が無くても入り込めるでしょ」

「できますが、見つかったら大騒ぎですよ」

「でも、その場でエイベル王子が殺されちゃったらどうするの」

「そんなことにはなりませんよ。終戦の会談の場で相手国の王子を殺したとなれば、カスケード王国と交渉する国が無くなります」

「でも、絶対にそうならないっていう保証はないよね?」

「まあ……」


 シェリーの説得が出来ないスティーブを見たクリスティーナが、シェリーに話しかけた。


「お姉様、陛下はそのような短慮をなさる方ではございません。必ずや両国にとって良い結論をお出しになることでしょう。ナンシーだってこうしてここにいるではございませんか。ならば、明日ここにエイベル王子が立っていても不思議はございません」

「そうよね。陛下ならきっと良い結果になるわよね」

「はい」


 シェリーはクリスティーナの説得により落ち着きを取り戻すが、やはり王城の方を向いて手を合わせて神に祈るのであった。

 スティーブの淹れたお茶は冷めてしまった。


 一方そのころ、王城ではウィリアムがメルダ王国の国王に終戦の条件を突き付けていた。テーブルの上にはスティーブが手に入れてきたメルダ王国の詳細な地図が広げられている。


「メルダ王国の領土は1/3をこちらに割譲してもらう」


 ウィリアムは割譲する範囲を手でなぞった。それはメルダ王国のほとんどの港をカスケード王国がもらい受けるというものであったが、一か所だけは除いてあった。メルダ王国の国王と王子はそれを不思議に思う。

 全ての領土を占領されているにも関わらず、2/3は返してくれるというのだ。さらに、金を生む港もすべてを取り上げられるわけではない。


「承知した」


 とメルダ王国の国王が返事をする。


「それから、国王には退位してもらい、こちらでの幽閉生活を送ってもらう。此度の責任を取ってもらう形だ。そして、王子は我が国のものと結婚してもらい、王位を継いでもらう。メルダ王国の王家に我が国の血を入れて、その子供たちの結婚相手も我が国の王族か貴族とすることで、両国の関係を強化したい」


 ウィリアムが提案したのは血のつながりによるメルダ王国の乗っ取りであった。メルダ王国の王族にカスケード王国の王族や貴族の血が入っているということは、後々メルダ王国の王位をカスケード王国で得ることの理由にもなる。

 ただ、不思議だったのはそういう場合は普通は王族なのだが、どういうわけか今回は貴族という条件となっていた。

 そのことについてウィリアムから説明がある。


「普通であれば王子を人質として差し出してもらうところであろうが、今回はどうしても王子と結婚してもらいたい相手がおり、その結婚が幸せなものにならないと、我が国にとっても禍がふりかかるおそれがある。この後賠償金の話もするので、前途は多難とはなるだろうが、ぜひとも幸せになってくれはしないだろうか」


 ここまで言われてエイベル王子はウィリアム国王がシェリーのことを言っているのだと理解した。そして、スティーブを擁するカスケード王国国王としても、スティーブはとても厄介な存在であるとも理解した。


「義弟となるお方が怖いので、妻となる者を悲しませないよう努力いたします。いや、義弟は関係なく妻を幸せにしたいとは思っておりますが」


 将来的にはカスケード王国に乗っ取られる可能性が残るものの、現在の状況では王家が存続してシェリーとも結婚できるという最良の条件であった。

 メルダ王国の国王もこれに反対は無い。もっとも、俎板の鯉でありどんな条件でも拒否することは出来なかったが。

 その後賠償金の話も出たが、こちらもウィリアムはスティーブが姉のために肩代わりするだろうという思惑があった。アーチボルト家の財産がここで大きく減ることは、カスケード王国王家にとっては良いことである。領地を大幅に諦めた代わりに、高めの賠償金を設定することで国内の不満を抑えて、なおかつアーチボルト家の財産も削るという秘策であった。

 同席していたレミントン辺境伯は、国王の采配に感心した。

 多くの港と領土を抑えたことで、南部貴族には大きな恩恵がある。それでいて、取りすぎたならばその大きすぎる領土の管理に四苦八苦するところを、適度な増加にとどめておくなどは、欲にかられるような国王では無理な判断だ。

 さらに、シェリーとエイベル王子の結婚を認めて、将来的に血縁によるメルダ王国の取り込みの可能性をつくり、なおかつ、アーチボルト家の財産を賠償金という形に変えて国庫に納める。

 賠償金の肩代わりについては未知数ではあるが、そうなるであろうという予感はしていた。

 結局、メルダ王国の脅威を取り除いて、同時に国内の脅威を下げる見事な落としどころとなったわけである。

 そして、今回は国内に奴隷はもうこれ以上いらないということで、捕虜は全員がメルダ王国に戻されることとなった。なので、スティーブが奴隷売却益を貰うこともない。

 今回の戦争でスティーブが得たものは何もなかったが、姉がエイベル王子と結婚できると決まったことにスティーブは満足し、不満を口にすることは無かった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] ちょっと無理筋な結末じゃ? [一言] せめて、褒賞は金銭にして肩替わりする賠償金と相殺、くらいにしないと、働いた挙げ句財産減らしたら普通に将来に禍根を残すでしょ 見る人から見れば懲罰…
2024/05/06 19:04 退会済み
管理
[気になる点] 個性的な誤字が多いですね。 今思えば変換されていないところも何ヶ所もありましたが、わざとかと放置してしまいました。
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