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74 シェリーの恋

 レミントン辺境伯の居城にはメルダ王国の国王と王子が来ていた。もちろん、終戦の交渉をするためである。

 ここにはスティーブが転移の魔法で連れてきており、メルダ王国側は他には誰もいなかった。多くの貴族が捕虜となっており収容されていて、宰相や大臣たちはいまだ逃亡中という状況で、交渉出来るのがその二人しかいなかったのである。

 なお、宰相や大臣たちが逃亡出来ているというのはカスケード王国がそう思っているだけであり、実際にはそれぞれが逃亡先で国民に見つかり、捕縛されそうになったのを抵抗したところ、勢い余って殺されてしまったのだった。殺してしまった住民は処罰を恐れて殺したことを黙っていた。なので、死体も出てこずに逃亡中であると誤解されていたのである。

 そして早期の戦争終結はレミントン辺境伯にも朗報であった。カスケード王国史上最多の捕虜はレミントン辺境伯の頭痛の種であった。フォレスト王国の時もパスチャー王国の時も、王都を陥落させて終わりだったが、今回の戦争では国王が逃亡しており、メルダ王国中の敵兵をスティーブが捕虜にしていたのである。占領軍は占領地の物資をまるまるいただけたので、輸送する必要もなかったのだが、自分の領地に日に日に増えていく捕虜に与える食事や水が、レミントン辺境伯の財政を圧迫しようとしていたのである。

 いや、財政だけではなく、金があったとしても揃えるのが難しい状況となってきていたのだった。

 メルダ王国との開戦は既に国王に報告済みであったが、物資の支援も追加でお願いをした。今では鉄道で毎日食糧が送られてきているが、後々の支払いのことを考えると頭が痛かった。


 国王と王子がレミントン辺境伯にあいさつをする場に、スティーブだけではなく、クリスティーナとシェリーも同席している。スティーブが領地に送ろうかと提案したのだったが、クリスティーナが結末を見たいといって残ることを選択したので、シェリーもそれに付き合ってレミントン辺境伯の居城に残っていた。

 それがこの挨拶の場にまで参加しているのは、レミントン辺境伯が結末を見たいと言ったクリスティーナに配慮してのことである。

 メルダ王国の国王がレミントン辺境伯にお詫びの言葉を述べている時、スティーブがシェリーの異変に気づいた。どことなく上の空なのである。

 ただ、その理由まではわからなかった。

 国王によるお詫びが終わり、国王と王子は退室することになった。彼らはカスケード王国の国王との面会が決まるまではレミントン辺境伯の居城で過ごしてもらうことになっている。逃亡しないように四六時中監視はつくが、他の貴族のように収容所での生活というわけではなく、来賓として扱われることになっていた。

 堅苦しい挨拶も終わって、スティーブがみんなに帰ろうと提案する。


「さて、僕たちは帰ろうか」


 すると、シェリーが反対する。


「待って。もう少しここに残ってもいいと思うの」

「なぜですか、姉上」


 スティーブはシェリーの思いがけない意見にその理由を訊いた。

 シェリーはスティーブにこたえる。


「メルダ王国の国王と王子は二人だけで不安だと思うの。私たちが話し相手になってあげればいいんじゃないかな」

「勝者が敗者にかける言葉など嫌味でしかないと思いますが」

「それはスティーブだからよ。戦争に参加しなかった私やクリスちゃんなら違うんじゃない?」

「相手がどう受け取るかですよ」


 スティーブはシェリーが残りたいというが、ここはもう帰るべきだと考えていた。これ以上ここに残っていたとしても、さらなるアクシデントに見舞われる予感がしたのである。

 が、スティーブ以外の女性たちはシェリーの態度になにか感じるものがあった。


「スティーブ様、私も残るべきだと思います」


 クリスティーナがそういうと、味方が現れたことにシェリーの顔が明るくなる。


「スティーブは工場のことが心配でしょ。一回帰ってもいいよ。私も残って二人を護衛する」


 ベラも残るという意見を述べた。


「旦那様、私も残りますので心置きなくお戻りください」


 ナンシーまでがそういうと、スティーブは一人で帰るのを諦めた。


「みんながそう言うなら僕も残るよ。でも、ニックがパンクしていると思うから、ちょこちょこ見には帰るけどね」

「スティーブ様はもう少し乙女心を理解された方がよろしいかと」

「クリス、どういうこと?」

「そういうところを改善してくださいと申しております」


 このやり取りにはベラとナンシーが大きくうなずいていたが、シェリーは心ここにあらずといった感じで浮ついていた。

 早速レミントン辺境伯に国王親子との面会許可を求めるが、城内であれば自由にどうぞという許可が出た。

 許可が出れば遠慮は要らないと、シェリーは国王親子とのお茶会をセッティングする。

 国王と王子も特にすることが無いので、その誘いを受けた。このお茶会にはスティーブとナンシーは参加しなかった。

 メルダ王国を滅亡の淵まで追いやった二人が参加しては、気まずい雰囲気になるだろうと遠慮したのである。護衛はベラがつとめ、それ以外にもレミントン辺境伯のつけている監視役の兵士がおり、特に危険はないだろうとの判断からである。

 三人をお茶会に送り出した後、スティーブはシェリーのことについてナンシーに質問した。


「姉上の態度がおかしいんだけど、ナンシーには心当たりがあるかな?」

「旦那様、あれは恋です」

「恋?姉上が?」


 ナンシーが恋と言ったのは予想外でスティーブは驚いて素っ頓狂な声をあげた。


「やはりわかっておりませんでしたか」


 ナンシーはため息をついた。スティーブは馬鹿にされたようでむすっとする。


「ナンシーはわかったの?」

「ええ。姉上の目は恋する者の目でした。魅了の魔法を使っていればわかりそうなものですが」

「気が付かないよ」

「そうであれば、私が恋する目の見分け方をお教え致しますので、作業標準書をおつくりください。クリスが言ったのはそういうことですが、ご理解いただけましたか?」

「今やっとわかったよ」


 ここにきてやっとスティーブは自分がそうしたことに疎いのを認識した。

 そして、やはり大きなアクシデントに遭遇したことも理解する。


「よりによって敵国の王子のことを好きになるなんてねえ。このあと彼がどうなるかは国王陛下次第だけど、いばらの道じゃないかな」

「好きになってしまえば、その程度の障害など気にせぬもの。むしろ、障害が大きければ大きいほど、それだけ恋も燃え上がるでしょう」

「その程度ねえ」


 ナンシーがその程度というのが、相手の国が傾いていることであり、スティーブはとてもその程度とは思えなかった。

 それに、敗戦国の王族ともなれば処刑もあり得る。前途が多難すぎるのだ。


「旦那様が王子の助命を願えば、国王も無下には断れないでしょう」

「僕の意見で国家の意思が変わるとも思えないけど」

「いいえ、私が今こうして生きていられるのも旦那様が助命を進言してくださったから。カスケード王国の国王としては私のような危険な存在は排除したかったことでしょう」

「そういえばそんなこともあったねえ」


 ナンシーは自分の境遇を理解していた。あの時スティーブが国王の命令を受け入れなかったことで、今こうして生きていられるのだ。一度あったことならば、二度目もあるだろうというのがナンシーの考えだった。


「しかし、あの姉上がねえ。魔法でも使われたのかな?」

「魔力を感じませんでしたから、それは無いでしょう。一目惚れとはそのようなものです」


 スティーブもナンシーもあの場で魔法が使われてないことはわかっていた。それでもスティーブはシェリーが恋に落ちるなどとは信じられなかったのである。

 恋なんて面倒だからしないというのがシェリーの性格だと思っていたのだ。


 ナンシーとの会話が終わると、スティーブはいったん工場の様子を見にアーチボルト領に帰還した。そこで溜まっていた案件を処理して戻ってくるとお茶会は終わっていた。ただ、そこにシェリーの姿は無かった。

 不思議に思ってクリスティーナに訊いてみる。


「クリス、姉上の姿が見えないけど」

「お姉様はエイベル王子と一緒に庭を散策されています」

「恋は順調ということだね」

「気づきましたか」

「ナンシーに言われてね」


 クリスティーナはにこにこと笑うと、お茶会の様子を教えてくれた。

 そこでは甲斐甲斐しいシェリーの様子にメルダ王国の国王も気づき、お茶会を早々に切り上げて王子と二人で散策に行くように勧めたのだ。国王としてはシェリーの態度に一縷の望みを託した形になる。

 シェリーとの会話から竜頭勲章の姉であるとわかり、その姉が王子に好意をもっているなら、悪いようにはならないかもしれないとの願いがあった。この時は国家がどうこうではなく、唯一生き残った息子が幸せに暮らせるならばそれでよいという親心である。

 国王としてもここに来るまでには色々とあきらめがついていた。

 王子のいうようにうまくいかなかったとしても、それは現状からしたら仕方がないと思っていたのである。


「それで、クリスとしては姉上にどうなってほしいの?」

「愛する人と幸せになってほしいですね」

「そういえば相手の王子の態度を聞いていなかったね。どうなのかな」


 シェリーがいくら相手のことを好きだといっても、恋愛は相手があってのことである。エイベル王子がシェリーのことを好きでなければ始まらないし、場合によってはうまく利用されて捨てられる可能性だってある。

 キャバクラ、アイドル、ホストクラブの疑似恋愛営業などの類を見ているだけに、そうした心配もあった。


「見た感じでは、あの王子もまんざらではない感じでした。二人で散策をと勧められたときは顔を赤くしてましたが、あれが演技であれば王都の劇場でもトップスターになることでしょうね」

「相手の気持ちも問題なさそうっていうことか。でも、お互いの身分があるじゃない」

「片や敗戦国の王子、片や戦勝国の勝利の立役者の姉。なかなかお目にかかれない取り合わせではありますね」

「うまくいくと思う?」

「周りの雑音がうるさくなるとは思います」


 クリスティーナもシェリーとエイベル王子の立場が問題になってくるだろうとは思っていた。特に身分のある者の恋愛は周囲からの雑音が大きくなりやすい。


「どうなるのがいいのかねえ」

「メルダ王国が無くなって、王子という身分が無い状態でアーチボルト領で暮らすのが一番よいかと」

「たしかにうちの領地で暮らしてもらえば、よそからの雑音はなくなるか」

「それを陛下が許すかですが」


 エイベル王子が生きていれば、後々メルダ王国を再興しようというやからが神輿として担ぐ可能性がある。その将来的な芽を摘んでしまいたいというのは為政者なら誰しもが思うこと。勝者が敗者の一族を皆殺しにするのはそういうことである。

 そして、クリスティーナが陛下が許すかと言ったのは、ブライアンは反対しないだろうという確信があったからだ。家族思いのブライアンならば、シェリーが自ら結婚したいといった相手ならば、それが誰であろうとも認めるだろうと思っていた。


「ナンシーに、僕が陛下にエイベル王子の助命を願えば聞き入れられるだろうって言われたよ」

「私もそう思います。スティーブ様がいなければ、今回の勝利もありませんでした。であれば、陛下にしてみれば何らかの褒美を与えることになりますが、既に勲章は最上級のものを授与してしまっており、名誉は与えられない。かといって、領地となれば今の土地を離れてというのもスティーブ様が拒否されるでしょう。今のアーチボルト領を広げるにしても、これ以上力をつけられると王家以上に大きくなる可能性があり、やすやすと加増したくはないというのがあると思います」

「それならば、王子の助命なら安いものってなるのか」

「はい」


 クリスティーナの考えもナンシーと同じであり、スティーブの機嫌を損ないたくないのと、アーチボルト家が大きくなりすぎないというところを考慮すれば、国王はエイベル王子の命一つで済むなら飛びつくだろうというものだった。

 スティーブとしてはクリスティーナとナンシーからそういわれても、本当にそうなるかという不安はあった。

 これで国王からエイベル王子の処刑を言い渡された時、自分はどうすべきかと悩む。

 処刑場全体を幻惑の魔法で覆い、エイベル王子の処刑の幻を作り出して本人を救い出し、別人としてシェリーと暮らすというのは最終手段かなとも思った。

 そんなスティーブの悩みなど知らず、シェリーとエイベル王子はレミントン辺境伯の居城の庭を楽しく散策するのであった。

 恋は盲目。シェリーには周囲のことは見えていなかった。


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