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72 潜入工作員

 スティーブがキャメロン子爵に幻惑の魔法を使い、拷問の幻覚を見せて過去の悪事を白状させる。すると、そこには海の向こうのメルダ王国の奴隷商と組んで、国内の平民を海の向こうに売っていたのが発覚した。

 自分の領地の領民だけではなく、時々レミントンラントでも無礼を働いたという理由で領民を連れ去っていたことが発覚し、レミントン辺境伯としてもキャメロン子爵を庇うことが出来なくなった。

 そして、このことは貴族の醜聞となるので、極秘裏にスティーブからレミントン辺境伯に伝えられ、レミントンラントに構築されたメルダ王国の人買いネットワークの破壊をすることになる。

 大規模に衛兵を動かすと気づかれる可能性もあることから、スティーブが協力してキャメロン子爵から聞き出した情報をもとに、奴隷商の拠点を急襲することになった。これに関しては危険を伴うので、クリスティーナとシェリーはレミントン辺境伯の居城で留守番である。

 港に停泊する表向きは商船とされる、奴隷商の所有となっている大きな船を目の前に、スティーブはネズミや虫を使って内部を確認する。

 その最中、ベラがスティーブに話しかけた。


「やっぱり、トラブルに巻き込まれた」

「こればっかりは仕方ないよ。むしろ巻き込まれたことで外国に売られる人を助けられるわけだし、良かったんじゃないかな」

「そういうことだな」


 スティーブの前向きな返答に、ナンシーが同意した。

 そうこうしているうちにも、船内の様子が把握できる。


「売られた人たちは船倉に閉じ込められているね。出航前だし中に船員は少ない。見張りもいるけど問題にならないね。無力化したところでレミントン辺境伯の衛兵を転移させて後の処理を任せようか。陸の拠点も叩かないといけないし」

「旦那様が居ては我らの出番は無いか」


 体を動かせないことにナンシーが不満を漏らすが、彼女が本気を出せば辺り一面が血の海になるので、スティーブとしては我慢してもらうことにしたのだった。

 突入しようかという直前に、船長室にいる男が読んでいる手紙が目に入る。その内容は、キャメロン子爵領に潜入した工作員100名を回収して戻ってこいというものだった。

 手紙を読んでいた男が独り言を言う。


「100人を回収しろって言ったって、一隻じゃ無理だろう。陸の連中はそんなこともわからねえのか。それに、あそこじゃ大型船を付けられる港がねえ。この港まで100人が目立たずに来れるとでも思っているのかよ。しかも、周辺の領地を荒らしまわってからだぞ」


 独り言はおそらくは本国の連中への愚痴だろうと想像がついた。

 気になったのは工作員が周辺の領地を荒らしまわってという言葉だ。予定外のトラブルがさらに広がったことをスティーブは悟る。


「ごめん、トラブルが拡大した」

「何?」

「メルダ王国の工作員が100人ほどキャメロン子爵の領地に潜入しているらしい。その工作員が周辺を荒らしまわることになっていて、この船はその工作員を回収する命令を受けているんだって」

「大変ね」


 ベラはスティーブの話に驚くことなく、どこか他人事のようにこたえる。実際に他人事ではあるが、スティーブが自ら関わろうとするので、直ぐに他人事ではなくなるのだが、そうしたことをわかっていながらもベラの態度はいつもと変わらない。


「ここを片付けたら他の拠点をと思ったけど、キャメロン子爵の方を優先しないとならないかもしれないね」

「旦那様、そちらは私も仕事をさせていただけませんか」

「そうだね。敵だしね」


 スティーブの許可が出てナンシーは機嫌がよくなる。

 あまりナンシーに目立ってほしくはないのだがと、スティーブは肩をすくめた。


「あんまり時間をかけていられなそうだし、さっさと突入してあの船長だけ身柄をレミントン辺境伯のところに持っていこうか」


 スティーブはそういうと船内に転移し敵を魔法で拘束すると、レミントン辺境伯の衛兵を転移させて後処理をお願いした。

 そして、状況のつかめぬ船長の身柄をレミントン辺境伯の居城に転移させる。

 そこで幻惑の魔法を使って知っている情報を白状させると、メルダ王国の作戦が見えてきた。

 その情報をレミントン辺境伯に伝えて、キャメロン子爵からも情報を取ってもらう。それが集まったところで対策会議となった。

 レミントン辺境伯とその部下たちを前に、スティーブが最初に状況を説明する。


「メルダ王国の工作員が転移の魔法を使ってキャメロン子爵の領地に来ている。その数100人。その連中がキャメロン子爵の周辺の領地を盗賊団として荒らしながらある程度の被害を出したら、船で本国に逃げるつもりだ。今にも工作を開始する状況で一刻の猶予もない」


 スティーブの説明にシェリーが質問する。


「なんで来るときは転移の魔法で、帰りは船なの?」

「それは魔法使いの魔力が足りないからです。少しずつ転移させて人数が集まったら工作に動く。いっぺんに帰国させるには魔力が足りませんが、一度工作を仕掛けてしまえば魔法使いが工作員の位置を掴むのも難しいし、脱出に長い日数をかければばれやすくもなります」

「スティーブなら出来るでしょう」

「相手の魔法使いは1日に3人運ぶのが限度だということ。自分は往復になりますしね。メルダ王国までの距離もありますし、普通はそのくらいなのでしょう」


 シェリーの魔法使いの基準はスティーブであるため、転移できる距離と人数はそれが普通だと思っている。しかし、世の中の魔法使いの魔力量からしたら、一日当たり自分を含めて5人を別の国に転移させることが限界なのである。それも、船で5日程度の距離でだ。


「それで潜入させたあとの脱出は船になるわけね」

「はい。しかし、どうにも計画が雑なんですよね。机上の空論というか。そんな大人数を船に収容するなんて、どんな大型船を想定しているのでしょうかね」

「すでにこちらで抑えた船全てを使っても定員オーバーだな」


 レミントン辺境伯が指折り差し押さえた船の数を数える。帆船は存在するがそこまで大きな船は建艦されていない。メルダ王国に奴隷として運ぶ平民を既に積んでおり、そこに100人の兵士となれば、一隻ではとうてい運べない。なので複数の船となるのだが、差し押さえた船も大型船ではないため、どうやっても運びきれないはずなのだ。

 水や食料を積み込まず、その空いたスペースに詰め込めば可能かもしれないが、それは無理な話である。

 捨て駒とも思えるような使い方ではあるが、そんな連中が自分たちが捨て駒だと気づいて自棄になると、どんなことをしでかすかわからない。早いところ捕まえておきたいところだった。


「キャメロン子爵からの情報で彼らが駐留している建物は把握してあります。僕が今からそこに行って、まだいるかどうかを確認して、可能であれば拘束して一緒に戻ってくるので、レミントン卿は直ぐに兵士を準備しておいてください」

「承知した。南部の不手際のしりぬぐいをさせてしまい申し訳ない」

「いえいえ、これは不手際というよりも、メルダ王国の工作がうまかっただけでしょう。ここから反撃ですね」


 スティーブの反撃という言葉にナンシーは口角を上げる。


「旦那様、腕が鳴りますね」

「殺さない程度によろしくね」

「心得ました」


 不敵に笑うクィーン・オブ・ソードの存在などしらない、キャメロン子爵領に潜伏しているメルダ王国の工作員たちは、今まさに活動を開始しようとしていた。五か所に分かれた潜伏拠点のうちのひとつ、大き目の倉庫であった。今回の作戦の隊長と副長がいる宿では、その二人がこれからのことについて会話をしていた。


「さて、明日からいよいよだな。腕が鳴る」

「隊長、相手は地方領主でしょう。我ら100人が不意打ちをすれば、この一帯を支配できるのではないですかね。あの馬鹿な子爵を脅して反乱の頭にでも祭り上げれば、そうとうな被害を出せると思いますよ」

「まあな。しかし、上の連中はここの拠点を長く何度も使いたいみたいだ。ほとぼりが冷めたころにまた同じように周辺を荒らしまわるんだとよ」

「子爵も我らに弱みを握られておりますから、断れませんしな」

「まったくだ。自国の民を他国に奴隷として売っているなどばれたら、カスケード王国でも処刑だろうからな」


 キャメロン子爵が捕まっていることを知らない彼らは、これからも子爵を脅して利用するつもりでいた。行動を起こすのは子爵がいない今が都合がよい。周辺を荒らしまわったあとで、子爵の協力があったからこそという事実を突き付けて、その後は言うことをきかせようというつもりだった。

 そんな彼らの会話を聞いている虫が室内にいた。

 もちろん、それを操っているのはスティーブである。

 建物の外にスティーブとナンシーとベラがいた。


「全員が室内にいるっぽいね。ここの建物で30人」

「歯ごたえがあるとよいですが」


 ナンシーは拳に力をこめる。


「そうはいってもねえ。万全を期すために身体強化と感覚向上はさせておくよ」

「旦那様も心配性ですね。しかし、身体強化も過ぎれば素手でも敵を殺せそうですが」

「二倍で止めておくよ」


 そういうと、スティーブは自分も含めて魔法を使う。


「じゃあ、室内に転移したら窓とドアを封鎖して、外に逃げられないようにするから、あとはお願いね」

「承知」


 ナンシーの心の準備が出来たところで室内に転移する。

 当然相手はスティーブたちの出現に驚いた。


「なん――――」


 なんだ貴様らはと言おうとした副長がナンシーに蹴られて気絶した。

 他の者たちも反応して武器を構える前に、ナンシーの攻撃を喰らって沈黙する。

 あっという間に10人が戦闘不能になったとき、やっと事態をのみ込めた兵士たちが剣を抜いた。ただ、剣を構えたからと言って子供が猛獣の虎を相手にできないように、ナンシーの攻撃を止めることは出来なかった。

 あっという間に倉庫内で動くものはいなくなる。

 スティーブの土魔法が建物の窓とドアを封鎖し終わるのと大して時間差は無く戦闘は終了した。


「出入口を封鎖する必要もなかったね」

「動き足りないのですが」


 ナンシーは満たされぬ戦闘欲求から、次の戦場を求めた。


「この人たちを転移させたら次に行こう。異変に気付かれて逃げられてもやっかいだしね」

「それならば、ここのように出入口を塞げばよろしいではないですか」

「ああ、そうか」


 スティーブはナンシーに言われて気づいた。早速他の建物も外に出られないように魔法で封鎖する。

 ナンシーを転移させると、自分は倒れている敵兵をレミントン辺境伯のところに転移させた。

 あとはその繰り返し。

 することのないベラはスティーブの顔を見つめる。


「よくアレに勝てたね」

「あの時は向こうは身体強化していなかったし、魔法合戦で接近戦の前に決着がついたからね」


 鬼神のごとき動きのナンシーを見てしまうと、スティーブがどうしてナンシーに勝てたのか不思議であった。その理由はスティーブが述べた通りである。

 ただし、今ならばナンシーの動きを作業標準書で再現できるようになっているので、後れを取ることはない。


「私もあそこまで行けるかな?」

「もちろん。ダフニーと競争だね」


 ダフニーもナンシーの指導を受けて実力を上げている。

 出産後の体調もスティーブの魔法により問題なく、すぐにでも仕事に復帰したいと言っては夫を困らせていた。

 そんなダフニーであるが、ベラのことをライバルだとおもっており、スティーブがダフニーが駄目ならベラを近衛騎士団長にするという言葉に奮起していたのだった。


「さて、最後の拠点も制圧し終わったし帰ろうか」


 スティーブとベラが会話しているうちに、ナンシーが全ての敵を倒したので、スティーブはレミントン辺境伯のところに戻ることにした。

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