表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/185

64 台形ねじ

 イエロー帝国某所にて、二人の男が密談をしていた。


「カスケード王国の最近の発展には目を見張るものがあるという認識が帝国内にも広がっておるが、外務派の連中はその恩恵を話し合いで享受したいという甘い考えが変わっておらん」

「陛下もご高齢とあって、自分の治世ではこれ以上を望まれておらず、専ら庭の花いじりに精を出されており、かつてのような奪い取ればよいという考えはされなくなりましたな」

「周辺への拡大と支配こそが帝国の国是であるはずなのにな。目の前に美味しいものがぶら下がっているというのに、それに興味を示さぬとは」


 男たちはイエロー帝国で産業政策を担当する大臣と副大臣であった。

 二人はカスケード王国に潜入している間者からの報告で、蒸気機関車をはじめとする技術の目覚ましい発展を受け取っており、他の派閥から帝国の産業大臣は後れを取った責任をどうするつもりだと責められていたのだった。

 蒸気機関車という成果物を目にすることは可能ではあるが、それを再現しようとした場合、カスケード王国が秘匿している技術があまりにも多くて、外から見ただけでは再現は不可能であった。

 が、それはあくまでも言い訳としてとられ、大臣と副大臣の立場は危ういものとなっていた。

 ならば戦争を仕掛けて相手の技術を奪い取ればよいというのが二人の考えであったが、帝国の現皇帝は高齢のため野心が消え、残りの治世は晩節を汚さぬようにと大きな動きをしようとはしていないのであった。


「軍部も軍部だな。東方を司るスートナイツのひとり、ナイト・オブ・ソードが殺されたというのに、それを黙って見過ごすとはな」

「東方も戦線が広がりすぎて、カスケード王国のみにかかりっきりというわけにもいかぬようで。しかし、それこそが無能のそしりを受けるべきことかと」


 帝国の大臣クラスともなれば、ソード騎士団がパスチャー王国にナイトを派遣していたことは知っていた。そして、そのナイトが帝国東部にあるソード騎士団の駐屯地で死亡していたことも知らされている。

 カスケード王国はナイトを倒したことを公表してはいないが、アダムズラントでの戦闘は帝国もつかんでおり、カスケード王国はナイトを殺したのが帝国領土内ということから、外交問題になるのを避けて公表していないのだと分析していた。そして、それはその通りなのである。

 パスチャー王国をけしかけたことを公表したくない帝国と、帝国が絡んでいたことを公表したいが、ナイトを殺した場所が悪すぎるため公表できないカスケード王国との利害が一致し、表沙汰にはなっていないが関係者は知っているというのが今の状況だ。

 そのため、ソード騎士団は表立っての弔い合戦というわけにはゆかず、さらには帝国東部の治安維持と外国への備えから、カスケード王国の平和は守られていたのであった。

 なので、産業大臣としてはソード騎士団の弔い合戦を誘い、カスケード王国を支配下に置いて、その技術を接収すればよいと考えていた。

 帝国の産業技術が遅れているわけではなく、スティーブが持っている知識で答えがある事を知っているカスケード王国が異様な発展をしているので、それに追いつけというのはとても酷な話ではあるが、帝国国内の派閥政治はそんな理由など勘案してくれはしなかったのである。弱った派閥は徹底的に叩く、これこそが自分の派閥を大きくするやり方であった。

 ため息をついたあとで、大臣はポケットからボルトとナットを取り出した。


「真似が出来そうなのはこいつくらいか」

「ねじならば帝国でも加工は可能でしょうが、あやつらの規格に乗っかるのはしゃくですな」

「副大臣、ねじの規格の制定については任せるぞ」

「承知いたしました。せめてこれくらいでも我らの利益につながるようにいたしませんとな」


 副大臣はねじの規格を利権化して、私腹を肥やす腹づもりであった。この手の利権についてはみな嗅覚がよく、副大臣も例外ではなかった。国がルールを定めるとなれば、そこに新たな利権が生まれる。それを自分たちのために現金化する能力で副大臣まで登って来たのだ。家柄で大臣となっている男のためにそうした仕組みを作るのは当然の仕事であった。


 イエロー帝国の産業大臣がねじの規格で一儲けしようと企んでいる時、スティーブはニックとシリルと一緒に色々なねじを試作していた。


「若様、この前のタッピングビスとボルトナットの量産もまだなのに、今度は台形ねじってやつですか」

「不満かな?」

「いえ、加工は楽しいんですが、工場長としては未経験の製品を多品種となると、いろいろと怖くなりましてね」


 ニックは加工しながらも量産のことを考えていた。不良が増えれば自分の仕事も増える。不良を出さないようにするにも仕事が増える。

 三角ねじを作って王立研究所に納品し、その規格を登録してもらおうという状況で、スティーブが今度は台形ねじを作ろうと言ってきたのだ。

 三角ねじというのは我々が一般的に目にするようなねじであり、台形ねじは万力などに使われている断面が台形のねじだ。三角ねじと台形ねじはその角度に大きな違いがある。摩耗が少なくて、ねじの回転を直進運動に変換するのに適しているのだ。

 これから新たな産業機械を作成していくにあたり、台形ねじは欠かせない存在なのだ。

 スティーブとシリルはボール盤用のバイスという固定具も試作しており、そのバイスで製品を固定するときに台形ねじを使用している。今回はそれをスティーブ以外で旋盤を使って再現しようという試作なのだ。

 転造できるなら量産も楽なのだが、今のところねじを作るための転造機が無い。鋳造ではその強度に不安があるため、旋盤による切削となっているのだ。


「タッピングビスは既に工業ギルドからの注文で、向こう数年は仕事があるからねえ。エマニュエルも納入の順番調整でひいひい言っているよ」

「ありゃあ便利ですからね。大工なんかは欲しがるでしょうよ」

「工具のドライバーも一緒に売れて良いことばかりだね」


 タッピングビスは主に木の固定に使用されていた。釘と違って取り外しが容易なので、需要が一気に爆発したというわけである。

 王立研究所が工業ギルドに使用方法を考えてほしいと渡したところ、あっという間にその評判が広がったというわけだ。

 しかし、王立研究所は量産のノウハウを持っているわけでなく、考案者のスティーブのところに商談がやってきたというわけだ。そして、スティーブも量産の準備はできておらず、洗濯ばさみのように魔法で作ったものを売っているのだ。そして、工具のドライバーも魔法で作っている。グリップの部分は木製なので、それは工場で生産して組み立ててから出荷なので、工場にも利益は出ていた。

 将来的にはドライバーは鍛造にして、スティーブの手から放したいと思っている。


「しかし、若様はよくこんなねじを思いつきましたね。俺なんて今までずっと工房で仕事をしていたけど、こんなにいいもんがあればいいなって思ったことなんてなかったですぜ」

「それは私も感じます。閣下の思いつきは常人ではたどり着けない境地なのかと」


 ニックとシリルに褒められて、スティーブは回答に窮した。

 全てスティーブが考え出したものではなく、地球の過去の天才たちが考え出したものであるので、自分の手柄にするのはおかしいという気持ちでいっぱいだったのだ。


「人の生活をよくしたいっていう気持ちかな。どんどん便利になったでしょう。あったらいいながここにあればってことかな」


 某社のキャッチコピーみたいなことを言ってみたが、ニックとシリルは感心しきりで、スティーブはさらに恥ずかしくなった。


「蒸気機関車もそうですが、今開発中の蒸気船も実用化されれば、我々の生活はもっと豊かになることでしょうね」


 シリルは現在開発中の蒸気船についても関わっている。蒸気タービンとスクリュー・プロペラを搭載した世界初の船である。まだまだ外洋航海に使用できるようなレベルではなく、あくまでも技術の蓄積としての試作開発品である。


「そうだといいけどねえ。人間は直ぐに技術を戦争に使いたがるから」

「若様は本当に戦争が嫌いですよね」

「当り前じゃないか。人が殺しあうのが好きなわけないよ。しかも、軍人だけじゃなくて一般の平民にまで被害が出るんだから。そんなのやりたいと思う方がおかしいんだ」


 スティーブはどこまで行っても反戦という考えであり、ここからさらに武功を立てようというつもりなど全くなかった。

 しかし、歴史をさかのぼってみれば、おおよそ技術の発展などというものは戦争が関係しており、ねじの規格をとってみても、戦争で必要だったから規格が作られたという経緯を持っていた。


「ま、確かにあの汽車に乗って戦争に行くよりは、旅行に行く方が楽しくていいですがね。敷設された経緯が戦争の準備だっていうんですからね。あれを若様が考え出した経緯を忘れないでもらいたいもんですな」

「まったくだよ。人の生活を便利にするために考え出したのに、それが命を奪うことになるなんてごめんだね」


 スティーブは軍事転用というのを考えて、火薬についてはその製法を伝えることはしていなかった。ノーベルのような苦悩を抱えたくなかったのである。

 ただ、こちらの世界でも火薬は存在しており、それが大量生産をされていないだけだった。そのため、カスケード王国やイエロー帝国にはまだ伝わっておらず、剣と魔法での戦闘が一般的となっていた。

 そんなスティーブの思いとはうらはらに、鉄道の敷設は軍の仕事となっている。占領地でも素早い鉄道の敷設が求められるからだ。そのため、軍の駐屯地付近では曲がりくねったレールが多くなっている。奴隷を使って軍所属の技官が敷設の指揮を執っているのだ。


「鉄道の商用利用が始まってからというもの、東部と南部からも鉄道の敷設を要望されているみたいですね」

「珍しさも手伝って、儲かっているみたいだからねえ。ただ、レールはいいけど蒸気機関車の数が足りないから、運行の問題があるんだよね」


 これには蒸気機関車の数そのものと、運転士の人数不足の問題があった。蒸気機関車の数はスティーブが魔法でいくらでも作り出せるが、それを運転するとなると運転士を育てなければならないのだが、育成が間に合っていないのが実情だ。


「最初はうちの領地みたいにトロッコでもいいんだけどね」


 アーチボルト領はいまだにトロッコが運用されていた。クリスティーナやアビゲイル、シェリーが移動する際には、専用のトロッコが使われている。なお、時刻表の運用など無理だということで、領内は複線化されている。


「工場長も専用トロッコが準備されたりしませんかね?」

「工場がこうして密集しているのに必要?」

「うちの奴が、この前アビゲイル様と一緒にトロッコに乗ったらすっかり気に入っちまってですねえ。ほしいっていうんですよ」

「自分の給料でやるならいいよ。レールの使用については父上に報告しておくから」

「人夫を雇うのがねえ」

「自分で奥さんのために運転したらどうかな?」

「あれを一人でってのは大変ですぜ」

「じゃあ、夫婦で動かしたらどうかな?」

「家から追い出されますよ」

「ニック夫婦の問題は解決しなそうだし、ねじの加工に戻ろうか」

「へい」


 トロッコは馬車ほど揺れないので、決まった場所だけの移動であれば馬車よりも良いのだ。以前、馬車の揺れ防止のためのサスペンションを国王に献上したが、再現するには高額な費用が必要になるため、今のところ普及はしていない。

 そして、スティーブ本人も移動は転移がほとんどなので、馬車の不自由さを改善する気が起きないのだ。


「わかっていると思うけど、この台形ねじは前進後退を正確にするためのねじだから、抜けなければいいっていうタッピングビスとは求められる精度がちがうからね」

「タッピングビスでも手を抜いたつもりはねえですよ」


 ニックは職人としての意地で、どんなものであろうとも手を抜いたりはしない。ニックの反論を聞いてスティーブは言葉を間違ったなと後悔した。


「ニックの気持ちではなくて、加工油の選定が問題だね。どの加工油を使うかを選んでいかないとね」

「それは心得てますよ。油でこうも違ってくるとはねえ」


 切削加工自体が初めてのものであり、それに使う加工油の種類がどういったものが適切かというのはノウハウがなかった。スティーブにしてもメーカーがラインナップしていたものを父親に言われて使っていただけであり、なぜそれを選んだのかというのはわかっていなかった。

 父親の世代は加工油の種類も少なく、機械も汎用のもので加工油を手差ししていたようなところから、メーカーとともに新しい加工油を使っては新旧で比較してどれを使うかというのをずっとやってきたのだ。

 今でこそステンレスの高速切削は当り前となっているが、それが当り前じゃなかった時代もあり、当時の苦労の上に今があるということを知る人も少なくなった。

 そして、その苦労をスティーブが今経験しているというわけである。

 NCばかりを扱ってきて、汎用をおろそかにしてきたことが、ここに来て苦労を呼ぶことになったのだ。スティーブがもう一度前世の父親に教えを請いたいと思うが、後悔先に立たずであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いかに戦争を嫌っても逃げた先が蹂躙された後の占領という名の平和ではね…
[一言] 帝国の人が真似できそうなのはネジって簡単に言うけれど 日本のメーカーの、新幹線にも使える精度の高い特別なネジを、某国の企業がコピーして安く売り出したけど完製品に不具合起きて大問題になったニ…
[一言] >あやつらの規格に乗っかるのはしゃくですな さてはヤードポンド法だな!? ヤードポンド法を作るつもりなんだな!? 滅ぼさなきゃ・・・チリになるまで・・・(死んだサカナみたいな目つき)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ