63 鍋
スティーブはレベルが上がった。
【産業魔法Lv4】
・鋼作成
・銅作成
・ガラス作成
・油作成 new!
・産業機械Lv1 卓上旋盤、固定式グラインダー、パスタマシン
・産業機械Lv2 パイプベンダー、糸巻機
・産業機械Lv3 唐箕、コンターマシン、ハンドリフト
・産業機械Lv4 溶接機、プレス機、汎用旋盤、ボール盤
・測定
・作業標準書
油作成の魔法は食用油からガソリンまでの油が作れるようになった。
それと産業機械として溶接機、プレス機、汎用旋盤、ボール盤が作れるようにもなった。これは人間の魔力を動力としており、一般的な大人が8時間使えるものであった。人間はだれしも魔力を持っており、それを形にできるのが魔法使いというわけである。
というのはこの産業機械の魔法によってわかった副産物だった。
これらの機械はさっそくシリルを通じて王立研究所に持ち込まれ、国内の技術で再現可能かを検証している。
溶接機はアーク溶接機とスポット溶接機が研究されているが、ゆくゆくは他の溶接機も研究する予定だ。
そんな新しい魔法の検証で忙しいスティーブであったが、戦勝式典への出席の依頼があり、本日は王城にいた。先に先代のアダムズ辺境伯の葬儀が国葬として執り行われて、それにも出席しているので、ここのところ頻繁に王都に来ている。頻繫にというのは、何度も領地と王都を転移で行き来しているからだ。
元々鍛冶師であるニックは、汎用旋盤とボール盤に大興奮であった。試作室にこもりっきりで機械をいじっており、スティーブが注意しないと、工場長としての仕事をまったくやらないのだ。
今まで苦労をかけていた分、スティーブもニックには強く言いにくく、多少は大目に見ようと思っていたのだが、さすがに目に余るようになったので、細かくニックを監視しているというわけである。
そんなスティーブの代わりに、王都でほかの貴族の対応をしているのはクリスティーナだった。
今回の戦勝式典では、実父のマッキントッシュ伯爵が侯爵に昇爵することになっている。そして、兄たちが爵位と領地を与えられて北部一の名家となるため、それにすり寄ってくる者が多い。
加えて、婚約者のスティーブが今回の一番の立て役者であるため、どうしても話題の中心となるのだ。今も父や兄たちと一緒に挨拶の貴族の相手をしている。来客の多さに、作り笑顔に疲れてきたなと思っていたところだ。
「そろそろ陛下のご入堂の時刻だな」
マッキントッシュ伯爵が時刻を確認する。スティーブがまだ帰ってこないことで、クリスティーナはハラハラするが、ちょうどその時スティーブが戻ってきた。
「ただいま」
「良かったです。もうすぐ陛下のご入堂ですから」
といったところで、国王の入堂を知らせる役人が来た。
そこからは国王ウィリアムによる祝辞と叙爵昇爵の発表が続く。スティーブはあくびを嚙み殺しながら、それを聞いていた。なお、序列としては王族に続く順位のため、スティーブは最前列となっており、あくびをすれば確実に国王の目に留まる位置だった。
得られた領地が広大なため、長い時間を要したこの発表が終わると、叙勲の話になる。
「スティーブ・アーチボルト卿、卿に竜頭勲章を授与する」
「ぶぇ?」
突然の話にスティーブは変な声を出した。厳粛な雰囲気だった会場に笑いが起きる。
前回の竜翼勲章の時は大反対したクレーマン辺境伯も、今回は反対の意を示すことはなかった。
マッキントッシュ伯爵改めマッキントッシュ侯爵としては、息子たちに加えて義理の息子のスティーブまでが前例のない王族以外での竜頭勲章の叙勲ということで、我が世の春を感じていた。
最後は笑いに包まれしまらない終わり方となったが、これにて戦勝式典は終了した。
戦勝式典が終了すると、スティーブとシリルは急ぎアーチボルト領に帰る。残されたクリスティーナとアイラはお互いの顔を見た。
「クリスティーナ様、置いていかれてしまいましたね」
「アイラ夫人、お互い忙しい相手はほっといて、お茶でもしませんか。せっかくの王都ですから、良い茶葉も手に入ることでしょう」
「では喜んで」
クリスティーナはまだ未婚のため、マッキントッシュ家のタウンハウスを使うことは問題ない。なので、アイラをそこに誘ってお茶会をしようというのだ。
それを聞いていた周囲の婦人たちが、ここぞとばかりに参加を申し出る。
クリスティーナはアイラだけを誘うつもりであったが、こうなれば社交の場として活用しようと、参加を申し出た夫人たちにも許可を出した。
スティーブたちはアーチボルト領に戻ってくると、ニックに声をかけて試作室へと向かった。
試作室では汎用旋盤を改良したへら絞りが鎮座している。
へら絞りとは材料を回転させて、そこに金型を押し当てて塑性加工する工法であり、日本では新幹線の先端を作る映像がニュースで流れたこともある。
ここでつくるのは新幹線の先端ではなく、万能鍋だった。スティーブのイメージしたのは中華鍋である。
料理をするのに中華鍋が欲しくて、魔法で作り出していたが、へら絞り可能な鉄を高炉で生産可能になったことで、シリルにそれを調達してもらい、ここで試作をしてみようというのだ。
スティーブのレベルが上がったことで加工油も調達が可能になり、絞り加工も容易になったことも大きい。なお、加工油は粘度を変えたものを複数作って王立研究所に提出している。これを再現することができれば、加工の範囲は一気に広がることだろう。
さて、へら絞りの話にもどれば、ニックが自分の魔力を工作機械とつないで、材料の回転を開始した。そして、へらを自分の体に当てて固定する。そして、先端を材料に当てて絞り始めた。すると鉄板はどんどん型の形に反転していき、鍋が出来上がった。
「どうですか、若様」
「いやあ、いい出来だねえ。僕の作った金型がよかったのかな」
「へそを曲げますよ」
「ごめん、ごめん。いい出来してるよ。これなら熱の伝わり方も均等で、おいしい料理ができるんじゃないかな。王都のレストランに売り込みに行こうと思うんだ」
スティーブがほめるとニックの機嫌は直った。
「ほかにも、ステンレス製や銅製のコップも作るんですよね」
「そう。それは貴族たちに売るために作るから、綺麗にしないとね」
「若様のガラスのコップに、このへら絞りのコップを加えて売るとなったら、それだけで一生分の金が手に入りそうですが」
「ガラスのコップはそのうち職人たちでも作れるようになるよ。儲かるのも今のうちだけ」
スティーブは江戸切子を参考にして、ガラスのコップを貴族相手に高値で売っていた。これはドラゴンのフィギュアの注文だけではオクレール商会にうまみが少ないので、スティーブが気を遣って新商品を提供したのだ。自分の家の紋章を入れたガラスコップは狙い通り高値で売れた。
そして、そこにへら絞りによるコップもラインナップする。あと、ニックには作業させないが、木製のコップを旋盤で削り出して、螺鈿細工をして売る予定もある。これは螺鈿職人の技術をスティーブが学んできたのだが、アーチボルト領の工場でやるには技術が高等過ぎて諦めた。
「そのうち裕福な平民が出てきたら、金属製のコップも大量生産していきたいねえ」
「鍋が売れたらコップも考えようか。それと、銅製の四角い鍋も作りたいんだ」
銅製の四角い鍋とはおでん鍋のことである。味気なかったアーチボルト領の料理にも、出汁を使うことができるようになってきたので、ここでおでん鍋を作って新たな名物にしようというのである。すでに試作品を作っておでんも家族にふるまったが、非常に好評であった。
ただ、この銅製の鍋は仕上げで叩いて形を作り出すのだが、加工硬化があるので失敗したらそれまでである。そのため、熟練の技が必要になるので、これまた量産には難があると考えていた。
「若様、お願いがあるんですがね」
「何かな?」
「工場長をやめて、これをずっと作っていたいんですが」
「却下だねえ。今は他の人で工場長を任せられる人がいないから」
「それがですね、何人か育ってきたんで面接してください」
「そういうことなら、第二工場に工場長をおいて、ニックの仕事を減らすくらいなら相談に乗るよ。そうすれば工作機械を扱う時間もとれるでしょう。それに、これは魔力で動いているから、あんまり動かし続けていると魔力切れで倒れちゃうからね」
スティーブはニックに釘を刺した。魔力が動力のため、使いすぎれば気絶するというのを何度も教えているが、どうも本人が熱中してやりすぎてしまうのだ。
ただ、スティーブとしても金属加工を熟知しているのはニックくらいしかいないので、彼に工場長を降りてもらって試作を担当してもらいたい気持ちもあった。
人手不足で使える人材が限られているのが痛かった。
「そうなりますってえと、銅製の鍋を作るのは諦めてくださいね。俺は工場長の仕事の合間にこの汎用旋盤を使いますんで、鍋を手で作る仕事まではできません」
「それは困るなあ。でも、鍋を作る仕事なんて王立研究所も食いつかないだろうしねえ」
スティーブはシリルをチラリと見た。
「このへら絞りや汎用旋盤については凄い食いつきでしたが、銅製の鍋は今の技術で十分作れますから、研究対象とはならないでしょうね。おでんは美味しかったですよ」
「売れる自信はあるんですけどねえ。そうだ、王都の義父に届けて北部でおでんを広めてもらおうかな」
「ソーウェル閣下に睨まれませんかね?」
「言われてみれば西部で需要を掘り起こしたほうがいいね。閣下に目を付けられるのも面倒だし」
「今では竜頭勲章の閣下の方が序列は上になりますから、いかに彼女とて面と向かっての対立はできないでしょう」
シリルは昔の癖が抜けないスティーブに苦笑した。
スティーブもつられて苦笑する。
「苦手なんですよねえ。それに面と向かっての対立をしないのがソーウェル卿ですから。搦め手で攻めてくるでしょう」
「なんとなくわかります。ただ、そうでもないと西部地域を取りまとめるのは難しいのでしょう。国家の四方を守る貴族は皆、一筋縄ではいかない方達ですから」
「まったくだよ。この鋼くらい素直ならいいのにねえ」
スティーブがそういうと、ニックがとんでもないという。
「若様、とんでもない誤解ですよ。鋼なんていうのは素直じゃないから扱いが難しいんです」
「それもそうか。僕も随分と泣かされてきたしねえ」
「そうでしょ。割れる時だって突然に割れるんですから。毎回同じように割れてくれればいいものを、同じように扱っているつもりでも、同じようにはならないんですから」
「まあねえ。でも少しでも同じように、素直になるように国家で規格を決めている最中だから、もう少ししたらよくなるんじゃないかな」
王立研究所は数々の産業規格を作っていた。鋼についてもその規格を作って、細かい種類に分類している。これによって単に鋼という大きなくくりで、加工しても同じようにできないというのを防止しようとしている。
分離魔法で不純物を任意で取り除けるというのも細分化に一役買っている。炭素量も任意で分離させることに成功しており、鋼の硬さを狙って変更できるようになったのだ。
「でも、国で作っているいい鋼はほとんどが武器や防具になっちまうんでしょう。こっちに回ってこなきゃ使えませんぜ」
「そうだね。だから僕がこうして魔法で鋼を作っているんだよねえ」
ニックが言うように、国が作っている鋼は帝国への備えとしての軍事物資として消費されてしまい、民生品には回ってこない。それを補うために、スティーブが魔法で鋼を生産しているのだった。鉄道のレールや蒸気機関車もスティーブの魔法で作り出した鋼を使用している。それをエマニュエル商会を通じて各地に出荷して、国内の鉄鋼需要に応えているのだ。
それでも魔力が余るため、洗濯ばさみだったり、ニックが加工しているへら絞りの材料を作ったりもしていた。
「戦争なんか起こらずに、このままでいてくれたらいいんだけどね」
そう言うスティーブの言葉とは真逆に、各国が戦争へと突き進んでいくのであった。