62 次の戦争へ
終戦の交渉がまとまり、その結果を聞きに来いという命令が国王から下ったので、スティーブは王城に来ていた。
玉座の間ではなく、小さな―― といっても、30人は入れそうな大きさだが ――会議室に今回のメンバーが集まっている。
国王ウィリアムを筆頭に、宰相のカニンガム、近衛騎士団長のオリヴァー、爵位を継承したばかりのルーベン・シス・アダムズ辺境伯、それとオーロラとマッキントッシュ伯爵にスティーブという面々である。
宰相のカニンガムから、まずは今回のパスチャー王国の賠償についての説明がある。
「パスチャー王国は国土の1/3をこちらに割譲する。そして、フォレスト王国と同様に王都の目の前に我が国軍の駐屯地を作る事を承諾。第一王子は我が国に留学。それと、我が国からの輸出品については関税をかけないこととなりました。続きまして賠償金ですが、金貨一千万枚を10年支払う事で合意、これとは別に身代金が爵位に応じてとなっておる。賠償金はアダムズ辺境伯領の立て直し、身代金はマッキントッシュ伯爵の功績ということで、両家にそれぞれ権利がある。異論は?」
アダムズ辺境伯とマッキントッシュ伯爵は異論はないと言った。
「続きまして、身代金の取れない捕虜ですが、こちらは奴隷としてアダムズ辺境伯家に五千人、残りは国で引き受けて国内各地に分配とする。奴隷については国内の相場を見て、これに相当する金額を竜翼勲章殿に支払うものとする」
スティーブの取り分としては、奴隷の売却金額となった。元々期待はしていなかったので、それがもらえるだけで十分だとスティーブは考えた。勿論異論はない。
「それで、新しく手に入る領地であるが、これはマッキントッシュ伯爵に功績があり、優先的に欲しい場所を指定する権利を与える。また、伯爵の息子で長男以外に爵位を与え、領主とすることにした。まだ内定段階ではあるがな」
宰相にそう言われると、マッキントッシュ伯爵は頭を下げた。本来領地を継げず、貴族ではなくなるクリスティーナの兄たちが、爵位と領地を与えられる事になったのだ。
そして、アダムズ辺境伯家は自領の立て直しに膨大なリソースを割くことになるので、今回領地加増は無しとなっていた。これにより、北部の勢力図が大きく変わり、アダムズ辺境伯家よりもマッキントッシュ伯爵家の方が大きくなったのだ。
ついでに言えば、ワイアット達のように今回の戦争で活躍したマッキントッシュ伯爵家の兵士たちも、数名貴族になる者達がおり、マッキントッシュ伯爵家の関係者の勢力は血縁以上に大きくなるのだ。
ここまでの話は北部の戦争の話であり、どうしてオーロラが居るのかスティーブにはわからなかった。
スティーブの疑問を見透かしたように、宰相が次の話題へと移る。
「さて、ここまでは終戦の交渉の結果であるが、本題はここから。パスチャー王国を動かした背景には、イエロー帝国の存在がある事が確認された。竜翼勲章殿が持ち帰った品を鑑定したところ、鎧は間違いなくナイト・オブ・ソードのものであった。これには転移の魔法が付与されており、予め指定した座標に転移する事が出来る。今はこれを書き換えて我が国で有効活用することになっているが、あまり大っぴらには出来ない。帝国を刺激するわけにはいかんのでな」
「帝国の目的もわかっているから、私も呼ばれたのでしょう」
オーロラは宰相を見て、妖艶に笑う。
「帝国内の間者の情報では、我が国がフォレスト王国の領土を割譲させたことで、地域大国になる事を恐れているとあった。今回はナイト・オブ・ソードを貸与してでも、北部の領地を削って勢力を弱体化させようとしていたのであろう。しかし、それがかえって我が国の領土が広がる結果となった。これで帝国が諦めてくれればよいが、おそらくは更に計略または戦争を仕掛けてくると予想される。スートナイツの一員を倒したとなれば、相手の警戒度も上がるはず」
宰相の説明が終わると、国王がスティーブの方を見た。
「成果としてはあっぱれであったが、勝ちすぎるというのも問題があるわけだな」
「僕としては洗濯ばさみを義父に届けに行っただけなんですけどね。参戦したのは本当に偶然だし、帝国の騎士を倒したのも偶然です」
「わかっておる。その結果を今更非難する様な事は無いが、我が国が帝国と戦える程度には強くなるべき方策をこれから話し合おうというのだ」
国王はこのメンバーを呼んだ目的を言った。
今カスケード王国が帝国と戦うとなれば、その結果は火を見るよりも明らかである。なので、どうにかして国力を帝国に対抗できる程度にはあげたいというものだった。
その後はまた宰相からの説明となる。
「まずは帝国に近い西部地域の軍事拠点化だ。王都からソーウェルラントを経由して国境までを鉄道でつないで、兵士と物資の輸送を可能にする。比較的平野が多いのだが、大きな川があるところは船を使って輸送とする。将来的には橋をかけて、そこにレールを敷きたいが」
スティーブはいよいよ蒸気機関車の実用化なのかと感慨深かった。ただ、各部品についてはスティーブが魔法で作り出している。カスケード王国の技術水準では、まだ部品の精度が悪くて組み上げて使うには難があった。
一応石炭は発見されており、それを採掘することで燃料は自前で調達出来るようになっている。木炭や薪で走る事も出来るのだが、効率を考えた石炭が良いのだ。
「膨大な量の鉄が必要になりますね」
「そうだな。最終目標は国中の物資を集めて輸送出来るように、国内に鉄道網を敷きたいが、それは何年かかるかわからん」
重機もないようなこの世界では、鉄道の敷設も全て手作業となる。魔法使いを動員するにしても、魔力量からして一日の作業量はたかがしれている。スティーブならそれでもかなりの短期間で作業が出来そうなものであるが。
「それで、僕の仕事は?」
「レールの作成を依頼する」
「賜りますが、てっきり川に橋を架けるのを魔法でやるように言われるのかと思っていました」
スティーブのその一言で、国王と宰相はその手があったかと思いついた。
「なるほど、それも依頼しようか」
「余計な一言を言ってしまったようですね」
「いやいや、余計などという事はない。国内の物資と人員を素早く大量に運べる事は、どこかが攻撃された時に直ぐに他の地域から送り込む事が出来るという事。渡河の為に降車するのでは時間がかかるからな」
「国の為であれば、喜んでお請けいたしましょう。しかし、私は河川にある船の大きさがわかりませんので、橋の設計はお願いしたいです」
橋を架ける事で船の往来が不可能になる可能性を考え、船の種類の調査を含めた設計は国に任せることにした。
鉄道の話が終わると、宰相が別の依頼をスティーブにする。
「光を使った通信網の整備の為、鏡の発注をしたい」
「はい。試作の時と同じであれば直ぐにでも用意できます」
光を使った通信網とは、山の上などに大きな鏡を設置して、そこに太陽光などを反射させて、次の鏡に伝えるというものである。これは実際に江戸時代の日本でも使用されていた。狼煙の進化版である。
これにあらかじめモールス信号のような符丁を決めておくことで、ある程度の会話が出来るようにしたのだ。これをスティーブが発案して、王立研究所で実用化に向けて研究がおこなわれていたのだ。
誤読や敵にばれないための暗号化などを研究し、それが終わって全国に配備しようというのである。
スティーブが直ぐにでもというが、宰相はそこまで急がなくてよいと言った。
「こちらは今すぐでなくともよい。というのは、設置場所の選定や土台の作成が終わったら、現地で作成してもらいたいのだ。輸送途中に鏡が割れてしまっては困るのでな」
「確かにそうですね。では、ご連絡をお待ちしております」
その話を聞いていたオーロラとマッキントッシュ伯爵は自分達の役割を理解する。
マッキントッシュ伯爵はその確認のために宰相に訊ねた。
「我々の役目としては、鉄道と鏡を設置する用地の確保でよろしいですな」
「うむ。そして、用地が確保出来た所から、今回得られた奴隷を優先的に配分して、作業に当たらせてほしい」
ここで先ほどの奴隷の分配が直ぐに決められなかった理由がはっきりとした。国王と宰相は大規模な土木事業に奴隷を投入する予定だったのだ。それでも余る分については、国内の状況を見ながら配分するつもりであるが、今のところは大きな事業で使い切ってしまうだろうと考えていた。
オーロラはその説明だけでは足りず、宰相に質問をした。
「やる事はわかるけど、見返りが全く示されていないじゃない。愛国心だけでは出ていくお金が大きすぎて、こちらの体力が削られてしまうわ。それって結局戦うための資金が無くなる事になるでしょう。奴隷だって衣食住にはお金がかかるのよ」
「わかっておる。それについては国家予算をあてるつもりだ。来年からの賠償金を国庫に入れられれば、十分に元が取れるし、鉄道の経営権は国が握る。戦争にならなければ、民間に開放して運賃を徴収し、鉄道の駅周辺には娯楽施設を作ってそれも国が経営する」
これについては日本の私鉄の経営をスティーブがシリルに話したことを元に計画されていた。駅周辺を開発する事で鉄道利用客を増やし、また、娯楽施設からの利益も得る。箱根や日光の開発、劇団の運営などがそれだ。
この話はオーロラも知っていた。アーチボルト領で鉄道が敷設された時に、スティーブに運搬以外の可能性を聞いていたのだった。しかし、初期投資が巨額になるため、時期を見極めていたのだ。
「お金のことはわかりました。しかし、我が領地を通過する分についても便宜を図っていただきたく思いますわ。鉄道が敷設された場所は使用できないのは当然として、土地が分断されて不便になる住民もおりますから」
「ソーウェル卿は国家の一大事というのを理解されておりますかな?」
宰相はあまりにも利益を求めるオーロラの姿勢に腹を立てた。貴族であれば国家に協力する姿勢を見せるべきであると。
オーロラもそれは理解しており、また、宰相が立腹なのも察知していた。
「私も自分で鉄道を領内に敷設しようと思いますが、駅への乗り入れの許可をいただきたいと思いまして」
「それくらいなら問題なかろう」
新たな費用が発生するようなものではなかったので、国王がすぐに承認した。
オーロラとしては駅建設の費用を節約できるだけでよかったのだ。彼女もまた、スティーブがアーチボルト領につくったトロッコ列車を見て、その利用方法を考えていたのだ。ただ、初期投資が莫大なものになるので、いつそれを始めようかと思案していたところに、国家プロジェクトとしての鉄道建設の話が持ち上がったので、それに乗っかろうという話である。
そして、オーロラはスティーブのこともフォローした。
「それで、竜翼勲章殿への支払いはどうなるのですか?まさか無料というわけにもいかないでしょう」
「そこが問題であるな。蒸気機関車につける計測機器などの部品は、値段のつけようもない。レールや鏡はおおよその値段を算出できるが、精密部品に関しては正直天文学的な金額になるであろう」
圧力計や速度計などの各種メーターや、蒸気機関車の部品については、精密なものを使おうとすればスティーブの魔法で作り出したものとなる。トロッコ列車であればそうしたものも不要であろうが、蒸気機関車ではそうはいかない。
何せ速度が違うので安全に関しての対策は必須となる。
「僕は今言われたばかりで、どうしたものか」
当のスティーブは急な話だったので、返答に困った。お金をもらえるのはありがたいが、当面お金に困るようなことはない。魔法の対価としての支払いはもらうつもりだったが、その金額は一度に支払えるようなものではないので、分割になることだろう。それに対して、色を付けろというのがオーロラの主張だが、スティーブはそこまで要求するつもりはなかった。
「欲が無いわねえ。私からはいつも毟るくせに」
「急に言われると思いつかないだけですよ。そもそも洗濯ばさみを届けに来ただけで、ここまで話が大きくなるとは思わないじゃないですか」
「そこから何日経ったと思っているの?マッキントッシュ卿も義理の息子の教育に苦労しそうね」
話が飛び火したマッキントッシュ伯爵は苦笑する。ただ、本人も鉄道事業に一枚かみたいと必死で頭を回転させており、スティーブのフォローをするどころではなかった。精々領地に加えて金の話くらいであろうと思って、本日この場に臨んでいたので、一大プロジェクトは寝耳に水だったのである。
そして、オーロラがスティーブのフォローをしているのには、単にスティーブのことを思ってというわけではなかった。
スティーブの保有する莫大な資産は、オーロラが経営する銀行に預けられている。アーチボルト領では一度に大金を使うようなことが無いので、それは銀行が投資に回すことができるのだ。
そして、その投資が経済的な好循環を生んで、西部地域の好景気を支えているのである。ここでさらに銀行に預金してもらえれば、それを使って鉄道を敷設することも可能だ。スティーブが毎回おろす分だけの現金を用意して、ソーウェル辺境伯家の金を使わずに鉄道事業を運営できる算段なのだ。
「まあ、今考えつくのは、不平等な関税の影響で、パスチャー王国の景気が悪化するので、失業者が増えたらこちらに移住させてもらおうということくらいでしょうか。できれば教育を受けた人材がいいですね。領地経営をするにしても人材不足なものですから」
スティーブの予想では、非関税品が大量に流入することになるパスチャー王国では、既存の産業が立ち行かなくなるはずであり、その際大量に出る失業者のうちから優秀な人材を回してもらおうというものであった。
ついでに言うと、安全靴や二重ポット式冷蔵庫なども輸出するつもりである。距離の問題があるが、鉄道が完成すれば輸送費も安くなる見積もりだ。
スティーブの申し出を宰相は承諾した。パスチャー王国はフォレスト王国と違って帝国の緩衝材としての役割が無いため、優秀な人材を引っこ抜いて弱体化しても構わなかったのだ。ただ、一気に攻め滅ぼすにはカスケード王国の国力も足りないため、無法地帯化するのを避けて存続させているだけである。
「そちらは失業者が出たらということでよいかな。それならばよかろう」
「ええ、それで構いません」
これで話は終わり、あとはマッキントッシュ伯爵とアダムズ辺境伯にそれぞれ叙爵させて領地を与えたいもののリストを作成するようにという話があって解散となった。
呼ばれた貴族たちが退室し、残った国王と宰相が本音を話し始める。
「アーチボルトの倅には今度は竜頭勲章を与えなければならんよなあ」
国王がそういうと、宰相は頷いた。
「慣例では王族のみとなっておりましたが、彼の功績を考えれば当然かと。アーチボルト卿にもう一人男児があれば、彼には辺境伯としての地位と領地を与えることになったでしょうな。それに、王族と婚姻させて取り込むという手もあったでしょう。マッキントッシュ卿にはしてやられましたな」
「あの時はオリヴァーよりも強い程度の認識であったからな。まさか、フォレスト王国とパスチャー王国の王都を陥落させて、イエロー帝国のスートナイツの一人を倒すなどとは思ってもみなかった。今から無理やり婚約をすることにしたら、マッキントッシュに恨まれるであろうな」
「これからの状況を考えますに、北部の増える領地の多くがマッキントッシュ卿の息のかかった者たちの領地となれば、その勢力は王家に匹敵することになるでしょう。そして、すでに西部はソーウェル卿が軍事力と経済力で王家に迫っております。また、アーチボルト卿の倅の婚約者との仲もよいので、そのすべてを敵にまわすとなれば、さすがに今の国体を護持することはできないでしょうな」
「まったくだ。いっそのこと、王位を禅譲してしまおうか」
「それも手ですな。今のところ野心はないようですが、この先も同じである保証はございませんので、平和裏に禅譲となれば、今の王家も安泰でございましょう」
宰相は半分本気でそう言っていた。
スティーブが野心を持てば、国王も宰相である自分もあっという間に排除される。その時命と財産を取られるであろうから、そうなる前に禅譲して地位を保証してもらうというのは一つの手だ。
「ソーウェル卿はよくあれを手懐けておるな」
「母性でしょうか?」
「カニンガム、あれに母性があるとでも?あるのは狼のような野心だけではないか。我が子ですら駒としてしか考えておらぬだろうよ」
「そうでした。およそ母性などというものは持ち合わせてはおりませんが、駒として使うためなら母性の演出をすることも厭わないということでしたな」
国王はひとしきり笑うと、大きなため息をつく。
「西部と北部は貴族の勢力が肥大化し、取り残された東部と南部は不満が出るであろうな」
「すでに西部に大きく人材が流出しており、それに乗れなかった者たちが今度は北部を目指すでしょうな。結果として、東部と南部は人材不足にあえぐことになるでしょう。鉄道の敷設も後回しにしますしな」
「あれが関わった地域と関わらなかった地域の格差はどうにもならんな。王立研究所の成果を優先的にまわしてやるくらいか」
「そこいら辺が落としどころでしょうな。いやはや、国が広がりすぎて悩むことになるとは、この職を拝命した時には想像もつきませんでした」
「朕とて、王位を継承したときには想像もせなんだ。歴史に名を残す名君になりたいと思っておったが、国土が広がり、様々な発明品が生まれ、社会の仕組みまで変わってきたという治世を実現してみたら、こんなに悩むことになるとはな。世の名君と言われた君主たちも同じような悩みを抱えていたのであろうか?」
「今上陛下の治世を後世の歴史家が見れば、間違いなくカスケード王国が一番隆盛をほこっていたと評することでしょうな。陛下の悩みなどはわかりもせずに、良い時代であったと書かれることでしょう」
「国王というのは玉座の上に常に剣がつるされており、いつ落ちてくるかもわからぬようなものであるのは、実際に玉座に座ってみないことにはわからぬものよな」
「素晴らしい比喩でございますな。あまりにもわかりやすくて、私など絶対に玉座に座ろうとは思うこともありますまい」
「カニンガムになら、いつでも譲るのだがなあ」
宰相は国王がどこまで本気で言っているのかわからなかった。