60 収納魔法
騎士が何もない所から剣を取り出すのを見たスティーブは興奮した。
「それって収納魔法?」
「お、おう」
スティーブの勢いに気おされて、騎士は戸惑った。この収納魔法を見せれば驚くか、絶望の表情を浮かべるか、悔しがるかと思っていたのに、スティーブは大喜びなのである。
「じゃあ、早速つかってみようか」
スティーブは先ほど作り出した鉄の塊を収納魔法で亜空間にしまい込んだ。
「へえ、収納するときに魔力を持っていかれる感じがしたけど、合ってる?」
「ああ。収納するときに大きさに応じて魔力を消費する。出すときは魔力はつかわないんだ」
「片道の手数料っていうわけだね」
「そういうこと、ってそうじゃねえ。なんで収納魔法まで使えるようになるんだよ」
「秘密。で、他にも魔法使える?」
「馬鹿を言うんじゃねえよ。大陸中探したって魔法使いはダブルまでだ。三つ以上の魔法を使える奴なんていねえよ。いや、目の前にひとりいるか」
騎士はそういうとかろうじて冷静さを保った。
それに対して、スティーブは酷くつまらなそうに相手を見る。
「なんだ、それじゃあもう学ぶことはないか。終わらせよう」
「終わらねえだろうが。お互いの攻撃は当たらない。となれば、先にミスをした方が負けだ。それか魔力が切れるとかな。転移、感覚向上、収納に土と鉄。それだけ魔法を使えばお前の魔力ももうそろそろ尽きるだろうが」
「かもね」
スティーブはそういうと、鉄の鎖を作り出して、騎士の足を拘束した。
「くそが!」
騎士が吐き捨てるように叫び、足にまとわりついた鎖に目をやる。その一瞬を逃さずにスティーブは転移の魔法を使った。
転移したのは騎士の後ろ。そこから躊躇わずに剣を振るい、鎧から出た騎士の右腕を切り落とした。
「ぐぁっ。ナイト・オブ・ソードのこの俺が腕を落とされただと!?」
騎士は痛みを感じると即座に、自分がスティーブに斬られたことを理解した。
「くそう、覚えてやがれ。傷が治ったら必ずお前を殺しに来る」
そう言うと、身にまとう鎧に魔力が流れた。
「え、何?」
スティーブが戸惑っていると、騎士の姿が消える。
騎士は鎧に付与された転移の魔法を使い、スティーブの知らぬ場所へと転移したのだった。騎士が転移したのは自分の部屋。木の壁と床で出来た大きめの部屋だった。
しかし、そこに転移出来たから安全という訳ではなかった。足についていた鎖の効果で足をアダムズラントに残してきてしまったのだ。騎士は転移した先で自分の足が無い事に気づいた。
無くなった足の先から血が大量に流れるのを見た騎士は、自分が死ぬことを悟った。
「くそう、せめて他の奴らにあいつが見た魔法を使えるようになるってことを伝えないと」
弱々しくそう言うと、背後から声がかけられる。
「それをされると困りますね」
そう言ったのはスティーブだった。驚いて咄嗟に逃げようとするも、スティーブにとどめの一撃を貰ってその場で絶命する。
相手を仕留めたスティーブは、騎士の鎧についていた虫に命じて、転移してきた場所を確認させることにした。スティーブは騎士に使役している虫をくっつけて、転移先を確認して飛んできたのだった。
そして虫が窓から出ていった後に周囲を確認すると、騎士が転移したのはどうやら自分の部屋だろうという想像はついた。ベッドや服が置いてあり、生活をしていた痕跡があるからだ。
「この辺の個人の持ち物は収納魔法で持ち帰ろうか。こいつが誰だったかを調べる手掛かりになるだろうから」
そう言うと、収納魔法で部屋の物を片っ端から亜空間にしまい込んだ。その途中でスティーブは気づく。
「死んでも、収納していたものが出てくる訳じゃないのか」
収納魔法は術者が死亡した場合、収納されていたものは永久に亜空間にあり続ける。これは騎士も知らない事であった。収納魔法自体が珍しく、その死亡後の効果を記した書物が無かったのである。
そして、虫からの視覚情報で、ここがかなり大きめの施設であることが分かった。どこかの軍隊の駐屯地であろうというのがわかったところで、部屋に近づいてくる跫音が聞こえた。
「ローワンの魔力反応があった。転移の魔法を使ったという事は緊急事態のはずだ」
その声が聞こえた時、スティーブは潮時だなと考えて、アダムズラントに戻った。
アダムズラントに戻った先では、ベラが城門で敵の侵入を防ぎながら、アダムズ辺境伯軍が既に侵入してしまった敵兵を掃討するという役割になっていた。
ベラが持っていたショートスピアが、見たこともない剣に変わっていることに気づいたスティーブは、彼女に訊ねる。
「ショートスピアはどうしたの?」
「壊れた。敵が多すぎて叩いているうちに曲がっちゃって。それで、拾ったものを適当に使っている。これで5本目」
武器の寿命は意外と短い。金属同士でぶつかるので疲労が激しいのに加えて、身体強化をしてあるベラの力が金属疲労を加速させるのだ。
「手伝うよ」
「スティーブの方はいいの?」
「うん。片付いた」
そういうと、スティーブは土魔法で作った拘束具で、敵兵を次々と拘束していった。ソレノイドの町の再来である。使役している動物たちの視覚情報から、見つけた敵兵の所に転移しては拘束をしていくスティーブ。
アダムズラントを攻めていた敵兵およそ3万は、スティーブによってあっという間無力化されてしまったのである。
一時間後にはマッキントッシュ伯爵軍の先発隊と合流して、一旦伯爵の所に戻ろうという話になった。
そこで隊長が数名は負傷が酷くて、この場で楽にさせたいと申し出た。
「連れて帰りたいところですが、治療が間に合わないでしょう。ここで楽にしてやって、せめて遺体だけでも故郷に連れて帰ってやりたいのですが」
「別に殺さなくても、治療すればいいじゃない。負傷兵のところに案内して」
「閣下に医術の心得が有るとは知りませんでしたが、怪我人は我々の目から見ても助かりません」
「いいから、急ごう。助かる者も助からなくなるから」
スティーブにせかされて、隊長は負傷兵の所へとスティーブを案内する。
そこには地面に転がっている、腕の無い者や、足のない者、矢が首に刺さっている者もいた。
スティーブは全員に息がある事を確認すると治癒魔法を使う。
四肢の欠損は再生され、矢が刺さっていた傷は直ぐにふさがった。
隊長は唖然としてスティーブを見る。
「我々は神の奇跡を見ているのでしょうか?」
「魔法が神の奇跡だというのならそうだろうね」
魔法使い自体が貴重であり、更には使える属性が限定されるため、治癒魔法などというのは一般の兵士たちは見たことが無い。おおよそ治癒魔法の使い手は教団などで囲われるか、高位の貴族が囲っているもので、その魔法は自分達か金持ちのために使われる。
隊長が神の奇跡と形容するのも仕方ないことであった。
「じゃあ、これで全員が帰れるね」
「ええ。身体強化されていても怪我をして、駄目だと思っていたらこれですからね。閣下がフォレスト王国を一人で壊滅したという話も、今なら信じられますよ」
「いや、壊滅はさせてないから」
話の尾ひれにスティーブは苦笑する。
そして、全員でマッキントッシュ伯爵のところへと戻った。
出発してから二時間も経たないうちに、スティーブたちが戻ってきたことで、マッキントッシュ伯爵は何か悪いことが起こったのかと不安になった。
「婿殿、よく無事に戻ってきた。しかし、随分と早かったが問題でも起こったか?」
「いえ、アダムズラントに侵入していた敵兵は全て排除し、町を包囲していた兵士達も無力化してきました。危険を排除したので閣下をお迎えにあがりましたが」
スティーブの報告はマッキントッシュ伯爵の想像をしないものだった。
カスケード王国の北の雄であるアダムズ辺境伯が領都への侵入を許した敵を、二時間もかからずに倒してしまったという将来の義理の息子に伯爵は背筋が寒くなる。
しかし、そこはマッキントッシュ伯爵も長い事貴族社会を生きてきた事もあり、そうした感情をおくびにも出さなかった。
「迎えにとはどういうことかな?」
「今からアダムズ辺境伯の所に行って、反転攻勢の話をしてこようかと思いまして。僕は面識がありませんので、閣下が居たほうが話が早いと思ったんですよね」
「反転攻勢といっても、こちらが攻め込むための物資の準備があるではないか。そう急がなくてもよいのではないかな?」
「いいえ閣下、直ぐにでも反転攻勢は出来ます。西部地域でのドクトリンは、僕の魔法で敵の中枢に転移してその政治機能を攻撃してしまうというものです。物資など、毎日家に帰ってきてご飯を食べて、また敵国の戦場に行けるのですよ」
ここでマッキントッシュ伯爵はスティーブがフォレスト王国の王都を攻略した話を思い出した。転移を繰り返しながら、通り道の領主貴族を攻撃して降伏させ、王都まで一直線に進んだのである。しかも、一日にいくつもの領地を降伏させて。そして、夜にはわずかな兵士を占領地に残して、本人と本体は自分の家で食事と睡眠をとるというものであった。
従来の戦争の常識を覆すドクトリン。それを北部でも再現しようというのである。
それは、西部地域での好景気が北部にも到来するという事でもあった。
直ぐにマッキントッシュ伯爵の頭の中のそろばんが動き、今後の利益を計算する。
「直ぐに閣下の元へ伺おうか」
「危険は排除してあるので、少数の護衛だけでよろしいかと思いますが」
「婿殿が居れば安心だが、我が軍の兵士が拗ねても困るからな」
伯爵は笑うと、騎士団から選りすぐりのメンバーで訪問することにした。
再びスティーブたちがアダムズラントに転移をすると、そこには半旗が掲げられていた。
「半旗?」
スティーブが疑問に思ったが、マッキントッシュ伯爵は直ぐに最悪の事態を把握した。
「どうも閣下が亡くなられたようだな。急ごう」
マッキントッシュ伯爵に言われて、スティーブたちは急いで辺境伯の居城を訪れた。門番は暗い顔をしていたが、マッキントッシュ伯爵が身分を明かすと直ぐに中に招き入れてくれる。
スティーブたちの対応をしてくれたのは、ルーベン・シス・アダムズというアダムズ辺境伯の長男であった。
マッキントッシュ伯爵は面識がある様であった。
「ルーベン殿あの半旗は、閣下の?」
「はい。閣下は城壁にて指揮を執っておりましたが、恐ろしく強い騎士が城壁を登ってきて、護衛の騎士たちと一緒に敵の手にかかりました」
スティーブはその相手がローワンと呼ばれていたあの騎士だと直ぐにわかった。辺境伯を護衛もろともたやすく倒せるなど、そう多くはいないはずである。
「その騎士は倒したのでしょうか?領都内の敵は掃討されたということですが」
そんな事情のわからないマッキントッシュ伯爵は、ルーベンにその騎士のことを訊ねた。
「援軍に駆け付けてくれた竜翼勲章殿との戦いで、形勢不利とみるやどこかに魔法で消えたと報告を受けております。父、いや閣下の仇を討ちたいのと、それほどの脅威がまだどこかに潜んでいるかと思うと早いところ捜索をしたいのですが」
「その騎士なら殺しました」
スティーブがそう言うと、ルーベンは不思議そうにスティーブを見た。
「マッキントッシュ閣下、この子供は?」
「ルーベン殿、こちらが竜翼閣下だ。我が娘の婿でもあるがな」
マッキントッシュ伯爵はスティーブを紹介するついでに、さらりと娘の婿であることを挟んだ。
「子供だとは聞いておりましたが、本当にこの子が」
「ええ、陛下からは叙勲されております」
スティーブは素早く家に転移して、勲章を取って戻ってきた。
目の前で転移の魔法と竜翼勲章を見せられて、ルーベンはスティーブの言う事を信じるしかなかった。
「それで、閣下の仇を討ったというのはどちらで?」
「転移の魔法で逃げた先に追いかけて行ったのですが、場所までは特定出来ませんでした。ただ、相手の部屋から適当に物を持ってきたので、その中に証拠が有ると思います。それと、自分のことをナイト・オブ・ソードって言ってましたよ」
「ナイト・オブ・ソード!!!」
ナイト・オブ・ソードという言葉を聞いたルーベンとマッキントッシュ伯爵は驚愕する。スティーブはその意味が解らなかったので訊いてみた。
「知っているのですか?」
「それはイエロー帝国の騎士団の役職だな。スートナイツという制度があって、その中の役職のひとつだ」
とマッキントッシュ伯爵が教えてくれる。
「スートってあのカードのですか?」
「そうだ。帝国は四方を司る騎士団にそれぞれソード(剣)、ワンド(杖)、ペンタクル(護符)、チャリス(聖杯)の名前を冠しており、ソードは帝国東部を司っている。上位の実力者は、エース、キング、クイーン、ナイトという序列があり、ナイト・オブ・ソードは、ソード騎士団で上から四番目の実力者という事になる」
「あー、だからうちの近衛騎士団長よりも強かったんだ」
「そう聞いても驚きは無いな」
スティーブと近衛騎士団長の戦いを知っているマッキントッシュ伯爵は、スティーブの言葉をさらりと流すが、ルーベンはそうではなかった。
「近衛騎士団長といえば、あのシールズ卿ですか?」
「ええ。近衛騎士団長の神速の剣では、あの騎士に当てる事は無理だったでしょうね」
「そのような相手に、竜翼閣下は勝利したというのですか」
「まあ、僕には魔法があるからね。でも、今はその話をしに来たんじゃないですよ」
スティーブに言われてマッキントッシュ伯爵は本来の目的を思い出す。
「そうであった。さて、パスチャー王国の後ろに帝国が居たことは予定外だったが、国境を越えてこちらに土足で踏み込んで来た相手には、仕返しをせねばならんと思いまして、それを閣下に相談しにきたのです」
そう言われてルーベンは困った顔をする。
「我が軍は閣下を失い、また、多くの将兵も失った。反撃したいという気持ちはあるが、現実的にそれは難しいでしょう」
「それでは、我が軍だけで敵の王都を攻撃いたしますが、その件については承知ということでよろしいですな」
「承知はよいのですが、マッキントッシュ閣下の領軍だけでは、敵国の王都まで攻め込むのは難しいのではないでしょうか?」
「そこでこの竜翼閣下の出番となるのです。先のフォレスト王国による国境侵犯の話はご存知でしょう」
「はい。ソーウェル閣下のところに攻め込んで来たフォレスト王国が、こちらの攻撃で王都も陥落したという話ですね」
「あれをここで再現しようというのだよ。一度できた事がもう一度出来ぬわけもない。まあ、失敗したところで卿に何らかの迷惑をかけるわけでもないしな」
「それでは御武運を祈っております。出来れば参加して私も武功を立てたいところですが、現状は領地の引き継ぎと立て直しで手一杯となるでしょうから」
こうしてアダムズ辺境伯家の許可を取ったスティーブとマッキントッシュ伯爵は、パスチャー王国に攻め込むことにしたのだった。




