59 義実家での応援要請
スティーブはクリスティーナとベラを伴い、マッキントッシュ伯爵家に転移した。先ぶれについてはスティーブ自身が既に、数日前に転移して伝えてある。オーロラの所ほどは気楽に訪れるような事が出来ないので、こうして先ぶれをきちんと出しているのだ。
本人が転移してきたのを無下に扱う事も出来ず、相手もそれなりのもてなしをしてくれるが、伯爵本人が居ない事もあるので、急な全員での訪問とはいかないわけだ。
そして本日は相手も揃ってスティーブたちを迎えてくれる。
「お久しぶりですマッキントッシュ閣下」
「ようこそ婿殿」
「お久しぶりですお父様」
やはり実家という事もあって、クリスティーナは落ち着いた雰囲気で挨拶をする。オーロラの前で挨拶をした時とはえらい違いだ。
その後、母親や兄弟たちとも挨拶をしていく。
一通り挨拶が終わったところで、スティーブがマッキントッシュ伯爵に今回の来訪の目的である、洗濯ばさみを渡す件を切り出した。
「それでは、今回ご要望のありました洗濯ばさみを、まずは最初におわたしいたしましょうか。数は如何程?」
「要望がおおくてなあ。千個ほどいただけるならありがたい」
「千個ですね」
そう言うと、スティーブは魔法で洗濯ばさみを目の前に積み上げた。マッキントッシュ伯爵家の面々からおおという歓声があがる。みな、火の魔法だったり水の魔法は抱えている魔法使いのものを見たことがあるが、こうした物を作る魔法ははじめてであった。
マッキントッシュ伯爵はあっという間に千個の洗濯ばさみが出来上がったことで、遠慮して千個と言ったことを後悔した。これならもっとお願いすればよかったと思っても後の祭り。
そう思っていた所で、スティーブから一般販売の話が来る。
「実は、この洗濯ばさみをうちの使っている商会を通じて一般販売することになりました。最初は西部地域で売り切れるでしょうけど、そのうち国内全域に販売していく事になると思います」
「私にはわからぬが、使用人達の話を聞くと洗濯物を干すのが楽になるとの事。かなりの需要があることであろうな」
「ええ。なので、最初は一般販売をするつもりはなかったのですが、商会の会頭から是非ともと頼まれて押し切られたかたちです」
マッキントッシュ伯爵は一般販売の話を聞いて、洗濯ばさみを直ぐにでも配ってしまおうと考えた。これが広く出回れば、ありがたみが減少してしまうからである。
洗濯ばさみの件が片付き、ではこれから食事でもという時、一人の兵士が慌てて伯爵のところにやって来た。
「閣下、御来客中に申し訳ございません。火急にお知らせすべきことが発生いたしました」
そう報告され、久しぶりの娘の帰郷を邪魔された伯爵は、内心ではむすっとなるも、表面上は何事もないような顔で報告を受けることにした。
「何事か」
「パスチャー王国が国境を越えて我が国に侵入してきました」
「なんだと!?アダムズ閣下はどうなっている?」
パスチャー王国とは北部の国境を接する国であり、長年カスケード王国との間に小競り合いが起こっていた。アダムズ閣下とはアダムズ辺境伯であり、北部の守備を任されている。北部もアダムズ辺境伯と国軍が居るのだが。それが国境を突破されてしまったとはただ事ではない。
「国境の砦をはじめとして、既に領都までの砦が全て陥落。現在は領都に籠城していると思われます。なにせ、伝令が来た時間を考えますと、そうなっていても不思議はないかと」
「砦をおとされるくらいだから、野戦ではなお分が悪いであろうな。しかし、奴らの動きも随分と急だな。確かに、国境沿いの兵力を増強している動きがあるとは聞いていたが、そこまでの大規模な攻勢があるような話ではなかったが」
「敵に恐ろしく強い騎士がいるそうです」
「ふむ」
そこまで聞いてマッキントッシュ伯爵はチラリとスティーブの方を見た。
話はスティーブにも聞こえており、これは頑張ってくださいといって帰れるような状況ではないと悟った。
「聞こえたお話ですと、猶予はなさそうですね。北部の国軍がどう動くかはわかりませんが、ここにいるのも何かの縁。協力できることがあれば、協力いたしましょう」
「竜翼勲章の婿殿にそう言ってもらえると助かる。直ぐに第一陣を準備するので、アダムズ辺境伯の領都まで向かっていただきたい」
「それならば、そこまでの地図をいただけますでしょうか。軍の準備が調うまでに、下見をしてきましょう」
直ぐに地図が運ばれてきて、スティーブはその地図の方向を頼りに、連続転移でアダムズ辺境伯の領都を目指すことにした。
そんなスティーブをクリスティーナが心配そうに見る。
「スティーブ様、どうかご無事でお戻りください」
「クリスティーナはここで待っていて。夜までには戻ってくるよ」
「スティーブ、私は?」
「ベラはここで待っていて。戻ってきたら一緒に行こう」
「わかった」
二人を残してスティーブは転移を開始した。
そして、アダムズ辺境伯の領都アダムズラントに到着すると、城壁に敵がとりついている状況だった。一部は領都内になだれ込んで、市街戦がおこっている。
「結構不味い状況だなあ。一人じゃ手が足りないから、一度戻ってマッキントッシュ伯爵の軍を連れてこようか」
そういうと、マッキントッシュ伯爵の居城へと転移した。そして、マッキントッシュ伯爵に状況を報告する。
「閣下、非常にまずい状況ですね。敵は領都の内部に侵入しております」
「やはりそうか。庭に先発隊を待機させてあるが」
「承知しました。それでは領都まで運びましょう」
そこから庭に出て、待機している部隊にスティーブは自己紹介をした。
「自分はスティーブ・アーチボルト。マッキントッシュ伯爵の依頼で諸君らをアダムズラントに連れていく。慣れない転移の魔法で気分が悪くなる者もいるかもしれないが、ついた先は既に戦場だ。気を抜かずに対処してほしい」
「竜翼閣下と共に戦場を駆ける事が出来るとは、光栄ですな」
部隊の隊長がそういうと、スティーブは頷いて見せた。
部隊は急遽編制したために100人しかいないが、精鋭ぞろいである。少なくとも、戦場で足手まといになるような新兵はいなかった。
全員が覚悟を決めた顔をしているのを確認し、これならば問題ないとスティーブは思った。
「では行こうか」
スティーブはそういうと、部隊全員をアダムズラントに転移させた。
アダムズラントに到着して直ぐに、スティーブは部隊の全員に身体強化の魔法を使う。
一緒についてきたベラにも同様に身体強化の魔法を使った。
これで少なくとも、近衛騎士団長以上の動きが出来るはずだ。
「同士討ちに気を付けてね。僕は敵の強い騎士を見つけてくるから」
そう言うと、手近な虫や鳥を魔法で従えて、特に戦況の悪そうなところを探した。
そして、直ぐに北側の城門のところで敵を排除しようとしているアダムズ辺境伯軍が、返り討ちにあっているのを発見した。
既に城門が開かれており、そこに侵入してきている敵が見える。
「ベラ、見つけたよ。今から敵のど真ん中に行くから」
「うん」
ベラが頷いたのを確認して、スティーブは城門の所に転移することにした。
城門は既に破られており、外からはパスチャー王国の軍が城内に入り込もうとし、それをアダムズ辺境伯軍が迎撃しようとしている。しかし、一人の騎士によって辺境伯軍が倒されて、空いた隙間から敵がどんどん侵入してしまっていた。
騎士は金属鎧をまとってはいるが、兜をつけてはおらず、若そうな顔立ちに短い茶髪と額に剣の刺青があるのが見える。スティーブは年齢は20代前半くらいかと推測した。身長は180㎝くらいで、特別に体が大きいという訳ではないが、敵を寄せ付けない圧倒的な強さの秘訣が何かしらあるのだろうと、虫の目を使って隅々まで観察をしていた。
アダムズ辺境伯軍には魔法使いもおり、火球や水球が敵の騎士に向かって飛んでいくが、全て回避されてしまい、有効打を与える事は出来ていなかった。
騎士の周囲にはアダムズ辺境伯軍の兵士の死体が積み上がり、今は遠巻きに囲んで魔法と矢で攻撃をしているところだ。その攻撃に加わらない兵士達が、囲いを抜けようとする他の敵兵と戦っている。
スティーブはそんな敵の騎士の目の前に出現したのだ。
「新たな敵か!」
アダムズ辺境伯軍の一人がそう叫ぶと、スティーブはそれを否定した。
「味方です。僕の名前はスティーブ・アーチボルト。マッキントッシュ伯爵に頼まれて援軍に来ました」
その名前にいち早く反応したのは敵の騎士だった。
「へえ、つまらない戦いだと思っていたけど、こんなところで竜翼勲章君に出会えるとはラッキーだったよ。どうにも歯ごたえの無い敵ばかりで、飽きていた所だったんだ」
いやらしく笑うと、剣の切っ先をスティーブへと向けた。
騎士が竜翼勲章と言ったことで、アダムズ辺境伯軍の方でもスティーブが竜翼勲章だという認識が広がる。しかし、スティーブの活躍を伝聞でしか知らない兵士達は、どう見ても子供の格好のスティーブに不安があった。
「まだ子供じゃないか」
「本当にフォレスト王国の軍を打ち破ったのか?」
などとその功績を疑う声まであがる。
ベラが憤慨して、アダムズ辺境伯軍につっかかろうとするのをスティーブは止めた。
「ベラ、敵はそっちじゃないよ」
「ごめん」
「まあいいさ、僕の為に怒ってくれたんだからね。目の前の騎士は僕が相手をするから、他はお願いね」
「わかった」
ベラはそういうとショートスピアを構える。これもばねが仕込んであり、いざとなれば穂先が飛び出す仕組みになっていた。
「戦場に女連れとは余裕じゃねえか」
騎士はヘラヘラと馬鹿にしたように笑う。スティーブはそれに怒る事もなく、冷静に返した。
「人手不足なもんでね。女だ子供だなんて言ってられないんですよ」
「ま、あの領地じゃ仕方ねえか」
「よくご存じで」
スティーブはそう言いながらも、目の前の敵が自分の領地を調べていたことに舌打ちしたかった。有名になったことで余計なリスクを背負ってしまったのである。
「さて、おしゃべりはこれくらいにして、竜翼勲章を倒したっていう土産を持って帰りたいんだがな」
「お断りいたしましょう」
そういうと、スティーブは踵で大地を蹴って騎士に攻撃を仕掛けた。
横薙ぎの一撃が騎士を襲うが、バックステップでそれを躱された。相手の力量を確認するための、本気ではない一撃とはいえ、近衛騎士団長ですら躱せない速さの攻撃だったのだが、それが騎士には当たらなかったことに驚愕する。
目の前の相手は確実に近衛騎士団長以上の実力者だった。
「へえ。今の一撃を躱せるんだ」
「悪くはなかったが、俺の実力の方が上だったってことだな」
今度は騎士がスティーブを攻撃してきた。
左右二度の攻撃を剣で受け流すと、今度は騎士が驚く。
「竜翼勲章っていうのは伊達じゃないんだな。今の攻撃を防がれるとは思ってもいなかった」
「攻撃に魔力を感じるんですけど、魔法を使っていますね」
スティーブの問いに騎士は頷く。
「そこまでわかるか。そうだよ、俺の魔法は感覚の向上だ。視覚と聴覚を向上させてあるから、相手の動きがスローモーションで見えるし、動き始めの動作も見逃さねえってわけだ。ま、ここまで教えたからには生きては帰さないがな」
「でも、今の攻撃を防いだんだから、もう僕を殺せないでしょう」
「そうでもねえよ。更に感覚を向上させればいい。あんまり向上させると過敏になるから、大変なんだけどな」
そう言うと騎士は魔法を使って感覚をさらに向上させた。
スティーブはその行動にぞくぞくする。新たな魔法を習得した瞬間であった。
「今から死ぬっていうのに随分と嬉しそうだな」
「死にはしませんよ。僕も同じ事が出来るようになりましたから」
そう言うと、スティーブは自分の視覚を向上させた。すると使役している虫の羽の動きがゆっくりと見える。
「へえ、虫の羽の動きまで見えるんだ。これは確かになれるまでは辛いねえ」
「馬鹿な!どうしてお前がその魔法を使えるんだ」
「どうしてって、見せてくれたじゃないか。さあ、ここからは本気で行こうじゃないか」
そういうと、魔法で地面から鎖を作り出して、騎士を拘束しようとする。
しかし、土で鎖が出来始める動作を見て、騎士が素早く移動して拘束するには至らなかった。
「うーん、魔法で土が変形し始めた所を見られると、簡単に躱されちゃうねえ」
「そうだろう。っていうか、お前土魔法まで使えるのかよ!ダブルか」
「そう言えば二個の魔法を使えるのはダブルって言うんだったね。でも、僕はそれじゃないんだ」
「何でもいい。お前をこの場で殺さなければ、大きな障害となるのはわかった」
騎士は一気に距離を詰めると、スティーブに素早い斬撃を見舞う。
その剣の切っ先がスティーブに届くかという直前、スティーブと剣の切っ先の間に鉄が出現して、剣の動きを止めた。
ガキン
金属同士がぶつかる音が響く。
聴覚を向上させていた騎士は、反射的に耳を塞ぐ動作をした。音が聴こえすぎて耳が痛かったのである。
そして、手に持っている剣は、先端がぽっきりと折れていた。
「さて、武器もなくなったことですし、降参してもらえれば命までは取りませんが」
スティーブは相手に降参を勧めたが、騎士が首肯することは無かった。
「馬鹿を言うな。武器は無くなっちゃいねえよ」
そういうと、騎士は何もないところから剣を取り出した。