56 お昼の決闘
スティーブは起きるとケアード子爵と今後について話した。
「僕としてはウォール子爵の方の牛皮も見てみない事には結論は出せません。ただ、お互いに言いたいことはあるでしょうから、領地の境界でお互いに商品を持ってきて、それで説明を聞こうと思います」
自分のところで結論が出ない事にケアード子爵は舌打ちしたかったが、スティーブを前にしてそうした気持ちを表に出すことはせず、スティーブの意見を承知した。
「わかりました。並べれば、我が領地の方が素晴らしい事は一目瞭然。ウォール子爵が逃げ出さないとよいですな」
「承知してもらって助かります。それではウォール子爵の方には僕から書簡を送りましょう。エマニュエルに届けさせますが、明日にでも商談を行いたい。場所は境界であればどこでもよいのですが、出来れば近いところがいいですね」
「それではこちらとあちらを結ぶ道がありますので、そこにいたしましょう」
ケアード子爵が言う道とは、夜中にスティーブたちがミッチェルに案内されて通った道だ。
そこの境界線上でお互いに牛皮を持ち寄ってもらい、プレゼンをしてもらおうという訳である。直ぐにエマニュエルが書簡を持ってウォール子爵領におもむき、子爵からの了承をたずさえて戻ってきた。
明日の10時からという約束が決まる。
スティーブたちは打ち合わせのためにケアード子爵の許可を取って、外を散策することにした。子爵は監視役をつけたかったので、ミッチェルをスティーブが指名すると、喜んで案内役につけることを了承した。
子爵の屋敷から離れたところで本題の話になる。
「さて、明日がいよいよ本番だねえ」
呑気にそういうスティーブにたいし、決闘と言われているミッチェルは気が気でない。
「本当に明日、閣下と決闘をしなければならないのでしょうか?」
「勿論だよ。それは君が言い出した事じゃないか。別にどちらかが必ず死ぬわけじゃないし、そんな死神に死を告げられた主人公みたいな顔をしなくてもいいんだよ」
スティーブにそう言われたミッチェルであったが、その例えが正しく今なんですよと言い返す気力は無かった。勢いだったとはいえ、今は凄く決闘を申し込んだことを後悔している。
「明日の決闘なしで上手くまとめる方法は無いのでしょうか?」
そう訊くのが精一杯だった。
「あるのかもしれないけど、僕にはそれが思いつかない。惚れた女性のために命を投げ出すくらいの覚悟が無ければ、長年この地域に積もり積もった対立の怨念は無くせはしないよ。それとも、ルーシーを諦めるかい?」
「いいえ、それは断じて出来ません」
「ならば、覚悟を決める事だね」
どちらが年長者かわからない会話となっていた。結局ミッチェルはスティーブに決闘を諦めさせる事は出来ず、明日スティーブが合図を出したら決闘を申し込むように説得されてしまったのだった。
そして翌日、約束の時間に約束の場所に行く。そこには既にウォール子爵が待っていた。子爵の隣には娘のルーシーもいる。前回と違って、今回はばっちりとドレスを着こんでいた。
そのドレスが牧歌的な風景に合わない事この上なく、スティーブは軽くため息をついた。
「勘違い女」
とベラが小声で言うと、クリスティーナとアイラが頷いた。
ケアード子爵はスティーブのため息を失望ととり、内心小躍りする。
「さて、時間となりましたのでそれぞれの牛皮を見せていただこうと思いますが、どちらが先になりますかね?順番によって評価を変えるような事は致しませんので、先でも後でもお好きな方を」
スティーブにそう言われると、ウォール子爵が先がいいと言い出した。ケアード子爵はウォール子爵の出方を見て、そこを貶そうと思っていたので、先攻をウォール子爵とすることに合意した。
ウォール子爵が持ってきた牛皮はケアード子爵のものに劣らず良品である。甲乙つけがたく、スティーブはやはり両方の領地から仕入れることで行こうと決意させるに十分であった。
一般的な牛皮の品質の説明が終わったところで、ウォール子爵が金額以外の追加の条件を提示する。
「我が領の牛皮のみを購入していただけるなら、我が娘ルーシーを閣下に差し上げましょう」
「ほう、それは魅力的な取引ですね。そちらの咲き誇るバラでさえ恥じらうようなウォール卿のご息女をいただけるとは、こちらに出向いた甲斐があったというもの」
スティーブのその言葉にウォール子爵が笑顔になる。そして、逆にケアード子爵は青くなった。娘を嫁に差し出すというのは、男の子供しかいないケアード子爵には出来ない。スティーブの年齢ゆえに、色仕掛けは不要と考えていたが、このような事態になるのであれば、親戚中から若い独身女性を探しておけばよかったと後悔した。
そして、ケアード子爵は動揺のあまり、スティーブがミッチェルに送った合図に気づかなかった。
スティーブの合図を受けて、ミッチェルはスティーブの前に進み出る。
「り、竜翼閣下、ルーシーを賭けて決闘を申し込みます」
「よろしい。お受けいたしましょう」
ここにあたらめてミッチェルはスティーブに決闘を申し込んだ。
事前にその事を知っていた者以外は、全員が驚愕する。
「ミッチェル、お前何を言ってるんだ!」
ケアード子爵は息子のことを怒鳴った。
「父上、私はどうしてもそこのルーシー嬢と結婚したいのです」
「よりによって、ウォールのところの娘とだと。それでは祖先に顔向け出来んではないか!」
「いいえ、憎しみの連鎖はここで断ち切るべきです」
そう言うミッチェルの瞳には、強い決意が宿っていた。ルーシーのこともあるが、二つの領地の諍いを終わらせたいというのも本心である。
ケアード子爵は息子の強い決意に押し返され、決闘の決意を変えることは出来なかった。
一方のウォール子爵の方としても寝耳に水であり、娘の顔をまじまじと見た。
が、こちらはその表情からは上手く感情を読み取れなかった。なので、直接ルーシーに訊く。
「ルーシー、お前はケアードの倅が決闘に勝利したら結婚するつもりなのか?」
「はい。それが決闘の習わしですから。しかし、私は閣下が負けるとも思えません」
ルーシーの視線の先にはスティーブがあった。ウォール子爵も娘に言われて、確かに竜翼勲章を叙勲されたスティーブが、ミッチェルに負けるなどとは思えなかった。そして、もしこれでミッチェルが命を落とすような事が有れば、ケアード家は跡継ぎが居なくなり絶えてしまうので、領地の問題でも有利になるだろうという考えが浮かんだ。
そんな両家のやり取りを見ていたスティーブが、ミッチェルに問う。
「よろしいかな?」
「ええ。お待たせいたしました、閣下」
ミッチェルは剣を構えてスティーブと対峙する。スティーブもそれに合わせて剣を抜いた。
「ハンデをあげましょう。そちらから攻撃を仕掛けてください。それを開始の合図といたします」
「ご配慮痛み入ります」
そういうとミッチェルから仕掛けた。その攻撃はお世辞にも上手いとはいえず、アベルと同等くらいかとスティーブは感じた。
真っ直ぐに突き出された切っ先を自分の剣で払うと、隙の出来た脇腹に痛烈な一撃を見舞った。
「ぐぁっ」
叫び声をあげて倒れるミッチェル。その体からは血が流れ、倒れている地面を紅に染めた。
誰もが動けない中、
「ミッチェル!」
そう叫んでルーシーがミッチェルの元に駆け寄った。そして、名前を何度も呼びかけるも、ミッチェルは全く反応しない。
ルーシーはミッチェルが死亡したことを悟ると、隠し持っていたナイフを自分の喉に突き当てる。
「お父様、愛するミッチェルが居なくなっては、私はもう生きる希望もありません。先立つ不孝をお許しください」
そう言うと、一気にナイフで喉を突いた。
子供を失った両子爵はここでやっと動き始める。お互いに動かなくなった子供の元へと走り寄って、その体を強く揺さぶりながら名前を叫ぶ。
「ミッチェル!」
「ルーシー!」
しかし、子供たちはピクリともしない。
二人とも中々自分の子供の死を受け入れられず、叫び続けているところにスティーブは近づいた。
「さて、ケアード卿、ウォール卿。お二人が子供たちの結婚を認めるのであれば、僕の魔法で一度だけ蘇生させましょう。お互いのわだかまりを捨て、結婚を認め、牛皮も半々で取引することを認めますか?」
二人の子爵はスティーブの言葉に頷いた。
それを確認したスティーブが動かないミッチェルとルーシーの二人に魔力を注ぐと、二人の顔に色が戻り息を吹き返した。
「これにて一件落着ですね。ウォール子爵は孫が生まれたらそれを養子に迎え入れて、領地を継がせればよいのです。過去にもそうした事例がカスケード王国にはありますからね。子爵領二つを合わせてケアード子爵家に統治させるのは、国王陛下も辺境伯閣下も認めないでしょうから、それが解決策ですよ。親戚ともなれば争いも無くなるきっかけとなるでしょう」
スティーブはそういうと、後のことをエマニュエルに任せた。
領地の問題はスティーブは事前にオーロラに相談してあった。ミッチェルとルーシーが結婚して、領地を継いだ場合に、二つの子爵領が一緒になるのかと訊くと、勢力が大きくなるからそれは認められないとの回答があった。
そして、その代わりにということで教えてもらった解決案が、孫を養子として迎え入れて爵位と領地を継がせるという事だった。その案を採用してこう提言する事になった訳だ。
子爵たちは子供を失うくらいなら、過去のわだかまりは捨てて、跡継ぎ問題にも解決の光がさしたことで承知する事になったのである。
ミッチェルとルーシーの結婚と、牛皮の仕入れという問題を解決して、スティーブたちは帰路についていた。
帰りも転移の魔法を織り交ぜながら、馬車で通り道の領主のところに顔を出して行く。その途中、馬車の中でクリスティーナが決闘を思い返して感想を述べた。
「愛する女性のために命を賭けて決闘するも敗れて倒れ、女性も恋人の後を追って自ら命を絶つ。悲劇としては最高の終わり方でしたが、スティーブ様の手によってどんでん返しのハッピーエンドでしたね。終わり方にホッといたしますが、これでは恋人の後を追った時の盛り上がりを返して欲しいと苦情も出るシナリオですわ」
「人生は演劇ではないからね。崇高な悲劇よりも、ベタなハッピーエンドのほうがいいよ」
「そうですね。それにしても、あそこにいた全員がスティーブ様の幻惑の魔法であのような劇を見せられるとは。聞いていなければ絶対に気づきませんわね」
クリスティーナの言うように、ミッチェルとの決闘は幻惑の魔法が作り出した幻だった。スティーブの回復魔法であっても、死者を蘇生することは出来ない。
なので、本当に殺す訳にはいかなかった。しかし、それを事前にミッチェルに教えてしまえば、子爵を騙すような演技は出来ないだろうと思い、それを教えていなかったのである。
その結果、子爵たちはまんまと騙されてしまったというわけだ。そして、クリスティーナたちも、観劇のため幻惑の魔法の効果を与えられていた。だから、子爵たちが見ている幻を知っているのだ。
「まあ、なんにしても牛皮の調達の目処がたったから良かったよ。あとは工場をうまく稼働させることだけだね」
「そろそろ移住も終わった頃でしょうね」
スティーブたちは馬車での旅をしているので、領地を出てからは二週間程度の時間が経過していた。入れ違いで移住者たちがアーチボルト領にやってくるには十分な時間である。
実際、移住者は全員が到着しており、村の生活に慣れてもらっているところであった。村は現在貨幣経済が普通になっており、給料前払いで当面の生活費を支給してある。買い物をするにも計算が必要になるので、大人も子供もジョージの授業を受けて、簡単な計算と文字の読み方を覚えるように教育されている最中だ。
スティーブだけ転移の魔法でちょくちょく村に顔を出しており、ニックとジョージにはそうした指示を出していたのだった。
こうしてスティーブたちはもう少し、馬車の旅を楽しむのだった。