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50 名を騙る者たちの末路

 ロナガンたちがバルリエ邸に侵入してきたのを確認したスティーブは、直ぐに彼等のところに転移する。

 ロナガンはスティーブに気づくと驚きを見せたが、そこは訓練された軍人であり、声を上げることは無かった。

 直ぐに持っていたナイフを構える。

 ナイフの刀身は黒い色をしており、宵闇と同化して見えにくい。星明りを反射しないそれは、毒が塗ってあった。

 ロナガンがナイフで一突きすると、見事にそれはスティーブの喉を捉えて一撃で絶命させる。ナイフで刺されて絶命したスティーブは、そのまま庭に倒れた。

 突然の敵の出現に驚いた三人であったが、無音の内に目撃者である少年を始末したことで、計画を変更せずにバルリエの身柄拘束に向かった。なお、三人はスティーブの顔を知らないので、倒した相手が竜翼勲章だとは気づいていない。

 そして、昼の下見で確認してあった裏口にまわる。

 こちらは通りからは家屋が邪魔となって見えない。なので、侵入するにはもってこいなのだ。裏口の扉は木製なので、かけやで叩き壊して室内に侵入した。

 そのまま、二階のバルリエの寝室を一気に目指す。この情報も昼のうちに調べをつけていた。

 二階にある寝室で寝ていたバルリエは、妻と一緒に侵入者によって猿轡をかまされ、手足を紐で拘束された。ロナガン以外の二人は、バルリエと妻をそれぞれ担ぐ。そして、直ぐに侵入してきた経路を逆戻りしてバルリエ邸から脱出した。

 家の近くには荷馬車が待機しており、二人を荷台に転がしてシートを掛けると、監禁場所へと向かって走り出した。

 ロナガンは荷馬車を見送ると、周囲に目撃者がいない事をもう一度確認してから、トンプソン男爵を呼びに行く。ロナガンの報告を受けたトンプソン男爵は誘拐の成功を喜び、自分もバルリエの監禁場所へ行くと言った。


「ロナガン、よくやった。俺も今からバルリエのところに行く。奴が言う事を聞かなければ、痛めつけてやらんとな」

「承知いたしました。それではご案内いたします」


 そうこたえたものの、ロナガンは内心ではトンプソン男爵には来て欲しくないと思っていた。後々、トンプソン男爵の声を聞いたバルリエが、それに気づいてしまう可能性があるからだ。それに、監禁場所への男爵の出入りを誰かに見られる可能性もある。リスクが増えこそすれ、成功の可能性は増えないのだ。

 そして、トンプソン男爵は仮面をつけて変装はしたものの、歩きたくないという理由から移動は馬車となった。諫言でもして機嫌を損ねるのも面倒なので、ロナガンは誰かに見られない事を祈るだけにした。

 監禁場所に到着して室内に入ると、上機嫌になったトンプソン男爵は口が軽くなる。


「バルリエを上手く使って、女狐の動きをこちらに流させるのもよいか」

「しかし、それではこちらの身分がばれますが」

「なに、脅せば問題なかろう。今までだってそうやってきたではないか」


 その時、トンプソン男爵とロナガンの会話に女性の声が加わる。


「女狐って誰のことかしら?」

「誰だ!?」


 ロナガンは慌てて剣を抜こうとしたが、その腕は鉄のように重くて動かなかった。実際には鉄で拘束されていたのだが。

 そこで二人が見ていた光景が一気に変わる。

 明るく大きな部屋で大勢の兵士に囲まれていたのだった。その中心にオーロラとスティーブがいる。


「何だこれは?お前はバルリエ邸で殺した少年か」


 ロナガンはスティーブを見てそう言った。そして、スティーブを見て驚いたのはトンプソン男爵も一緒。


「竜翼!」

「こんばんは、男爵」

「どうしてここにいるんだ!?」

「バルリエ邸に侵入者があって、その依頼者を確認するためですよ。まさかトンプソン卿が依頼者だとは思いもしませんでしたね。夢見心地はいかがでしたか?いい夢が見れたでしょう」


 スティーブはクスクスと笑った。


「どこからが夢だったというのだ?」


 ロナガンがスティーブに問う。


「僕を刺したところからだね。あの時君達三人は既に夢の中だったんだ。幻というのが正確な言い方だけどね。だから、僕は死んでいないしバルリエ邸の裏口も壊されていない」

「そんなバカな!」

「世の中には便利な魔法があるんですよ」


 まだ何か言いたそうなロナガンだったが、トンプソン男爵がそれを止めた。


「よせ、ロナガン。お前が会話をしているのは竜翼閣下だ」

「まことでございますか」


 ロナガンはそれ以上言葉を発することを止めた。そして、いままでの言動を激しく後悔した。

 誰も何も言わなくなったところでオーロラが口を開く。


「ねえ、トンプソン卿。女狐って誰のことだか教えてくれるかしら」

「私がそんなことを口にしておりましたか?なにせ夢の中の話ですので覚えておりません」


 トンプソン男爵の言い訳に、オーロラの目つきが険しくなった。


「卿はそんな言い訳が通じるほど、私のことを馬鹿だと思っているのね」

「いや、決してそのようなことはございません」


 トンプソン男爵は慌てて否定したが、オーロラの機嫌が戻る事は無かった。


「今の質問が最後のチャンスだったのに、それを活かせないなんて残念だわ。もっとも、馬鹿にしているから私の名前を使って株価を操作したんでしょうけど」

「なんのことを仰っているのかわかりませんが、決して閣下の御名を勝手に使うようなことなどしておりません」

「じゃあ、最後のチャンスにそれが本当かどうか竜翼卿の魔法で診断してみましょうか。嘘だったら全身から血を噴き出して悶え苦しみながら一週間後に死ぬ魔法だけど、それを受ける覚悟はあるのでしょうね」


 そう言われてトンプソン男爵は黙ってしまった。

 幻覚を見せる魔法があるのだから、オーロラの言う魔法もきっとあるに違いないと思ったのだ。実際にはそんな魔法をスティーブが使う事は出来ず、当のスティーブは笑いを堪えるのに必死だった。


「受けないならそれでいいわ。じゃあ、夜も遅いからさっさと裁定を下すけど、トンプソン男爵は当主の座を降りてもらうわ。隠居など認めずに一生鉱山労働をしてもらう。バルリエ邸に侵入した者達も鉱山労働に10年間従事。ここには居ないけど、ドローネについては貴族の名前を騙ったため死罪。ハリー、後のことは任せたわよ」

「御意」


 そこまで言って帰ろうとするオーロラに、スティーブは


「あの、僕は?」


 と問いかけた。


「子供は寝る時間よ。日が昇ったらまた話し合いましょう」

「承知いたしました。おやすみなさい、閣下。よい夢を」

「今日は気分よく寝られそうよ」


 そう言うとオーロラは退室した。

 ここはオーロラの居城であり、寝室までは直ぐである。残った兵士はロナガンたちの武装を解除すると、スティーブに拘束を解いてもらい、今度は縄で拘束した。

 それを見届けたスティーブは、ハリーに帰ってよいかと訊いた。


「これで僕の仕事も終わりでいいよね?帰るけど」

「はい。閣下にご助力いただくのはここまでです。あとは我らで処置いたします」

「子供が夜更かしするのは辛いからね。それじゃあ」

「ありがとうございました」


 ハリーが頭を下げると、スティーブは転移の魔法で自宅に戻った。ハリーが頭をあげた時には、そこにはスティーブの姿は無くなっていた。

 部下がハリーに話しかける。


「従事長、竜翼閣下はあれで自分が子供だと思っているんですかね?」

「どうだろうな。しかし、自己の評価がいくら子供であると思っていても、周囲はそうは評価せんだろう。今回だってそうだ。閣下からの依頼は元々、ここまでの結果を求めたものではなかったはず。精々が勝手に名を騙ったことについて、多少の損害を与えられればよかったのだ。大人であろうとも、男爵家をひとつ潰すなど難しい事。この裏側を知っていなければ、余程の老獪な策士がうごいていただろうと考えるだろうな」

「まったくです。大人ですら同じことをするのは難しいでしょうね」

「ただ、お嬢様の裁定の早さを見るに、結果を予測されていたとは思う。それがいつからなのかはわからんがな。少なくともエアハート侯爵の結婚式の招待状が来た辺りでは、毎日嬉しそうにされていたから、その時にはこうした結末も予想されていたことであろう」

「どちらの閣下も相当ですね」

「二人が対立しない事を願うばかりだよ」


 ハリーは部下の肩をポンと叩いて、拘束した五人を牢につれていった。


 その日の昼になり、スティーブは目を覚ました。ベットで上体を起こして、まだ眠気の残る体に独り言で文句を言う。


「魔法で底上げしているとはいえ子供の体、徹夜は無理か。前世じゃ徹夜なんて当たり前だったけど、早く大人になりたい」


 ため息を一つついてから、ベッドから降りて着替えをする。男爵家の嫡男ともなれば、着替えは使用人の仕事であるが、貧乏だったころの名残で、アーチボルト家は今も全員が着替えは自分で行っている。

 クリスティーナにしても、アーチボルト家に来てからは自分で着替えるようになった。それについて、使用人にやらせようかとスティーブはきいたが、クリスティーナは今のままでいいとこたえている。

 自分もアーチボルト家の一員であるという自負がそこにはあった。

 スティーブが部屋から出ると、そこにはベラが立っていた。


「おはよう」

「次は自分も連れていって。私はスティーブの護衛なんだから」


 スティーブの挨拶に対して、ベラは怒った様子でそう言った。

 ベラの要求に一瞬困った表情を見せたスティーブだったが、直ぐにその要求を認めた。


「わかったよ。次は一緒に行こう」

「約束だから」

「うん」


 ベラもカスケード王国の基準ではもうすぐ成人となる。いつまでも子供扱いしては、彼女の自尊心を傷つけるだけかとスティーブは反省した。

 それからブライアンに夜中のことを報告する。


「というわけで、トンプソン男爵は捕縛されました。これから閣下のところに伺い、今回の報酬を貰ってくることになります」

「すんなり移住計画が認められれば、第二工場の建設に取り掛からねばな」

「そうですね。先行して移住してきた住民との諍いなどが起きにくいような立地の選定は父上にお任せいたします」

「そうは言っても、工場はニックに兼任させるから、工場は隣同士になる。立地もそうなるとほぼ決定だな」

「まあそうなりますかね。規模的には従士を配置して、犯罪の対応をしなければならないかもしれませんね」

「人が増えれば犯罪も増えるか」


 ブライアンはため息をついた。今まで領地は比較的治安が良く、たまに喧嘩があるくらいで、窃盗や殺人などは無かった。

 しかし、領地拡大により人口が増えれば、どうしても犯罪も増えていく。その対応を考えると先が思いやられた。


「賭博や性産業を営む犯罪ギルドが入り込む余地はありませんが、小さな窃盗とか暴力事件は起きるかもしれませんからね」

「従士を増やさんといかんなあ。併合した領地の巡回の仕事も増えているし」

「どこも領地が広がったので、人材の取り合いですね。西部の好景気を聞きつけて、他の地域の貴族の次男や三男などが、どんどんこちらに来ているとのことですが、我が領も募集をかけてみたらいかがでしょう」


 西部は今空前の好景気に沸いており、どこもかしこも人手不足であった。そこで、国内の貴族の子供で、領地を継げる見込みの無い者たちが、こぞって西部に押し掛けてきていた。

 急遽領地が拡大した貴族たちは、皆新たな家来を欲していたのである。


「そうだな。しかし、人を雇うとなると、面接をしなければならんよなあ。良からぬ野心を持っているのを見抜ける自信はない」

「それであれば、クリスの実家のマッキントッシュ伯爵にお願いして、良さそうな人物を推薦してもらっては如何でしょうか?」

「うむ。その手があったか」


 ブライアンは息子の言葉に膝を打った。広く募集をかけるよりも、マッキントッシュ伯爵に推薦してもらう方が、外れを引く確率は低い。

 スティーブの意見を採用して、マッキントッシュ伯爵に書簡を送ることに決めた。


「まあ、それもこれから閣下のところに行って、報酬の話が確定したらですけどね」

「ここまで来たら変わらんだろう」

「そうですね。それでは行って参ります」


 スティーブはそう言うと、ソーウェルラントに転移した。

 オーロラは上機嫌でスティーブを迎える。


「おかげでいい夢がみれたわ。でも、これ貴方の魔法じゃないわよね」

「勿論現実ですよ。閣下に魔法をかけるほど危険を味わいたいわけでもないですから」

「本心なら嬉しいし安心ね」

「本心ですとも」


 スティーブとしては、今のオーロラとの良好な関係を壊すつもりはなく、オーロラに対して幻覚の魔法を使うつもりはなかった。

 オーロラの方も、スティーブに限らず魔法対策をしており、何らかの魔法が使われればそれを感知する仕組みは複数もっていたので、今の状態が魔法を使われていないのはわかっていた。


「それにしても、よくやってくれたわ。報酬を支払っても大きくプラス収支になるなんて。普通はこういった相手に制裁を加える時って赤字になるものよ」

「それは僕だけの成果ではないですね。閣下はロストワックス関連株でも利益を出していますよね」

「落ちているお金を拾わないほど余裕があるわけじゃないから」


 オーロラは妖艶に笑う。スティーブはその婀娜な姿にドキッとした。年齢は子供であるが、中身は大人であるため、クリスティーナよりはオーロラの年齢の方が好意を持てる。

 そんなスティーブの心を見透かしたように、オーロラはおどけてみせた。


「駄目よ。私には夫がいるの」

「べ、別に閣下と男女の仲になろうと思っているわけではありません」


 否定はしたものの、動揺してしまったスティーブは交渉の主導権をオーロラに握られる。


「さて、仕事が詰まっているから早いところ済ませたいのだけど、追加の報酬について要求はある?あるならば理由を言ってほしいのだけど」

「ないです」

「そう。じゃあ当初の約束通りお金を払うように指示を出しておくわ。移住についてもトンプソン男爵のところからも出せそうだし、問題なく履行するわよ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、ここにサインを頂戴」

「はい」


 スティーブは差し出された契約書にサインをした。

 それを見たオーロラは意地悪く笑う。


「駄目よ、ちゃんと内容を確認してからサインしないと。私が悪い人だったら違う内容を書いていたかもしれないわ」

「あっ」


 指摘されてスティーブは自分の未熟さに気づいた。

 オーロラに対しての恥ずかしさから浮足立っており、確認が疎かになっていたのだ。


「私以外に足元をすくわれないように気を付ける事ね」

「心に刻みます」


 スティーブは改めて契約書を確認すると、問題ないことを確認してオーロラの元を後にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 性欲には多い少ないがあって、多い人は性犯罪者になる可能性も少なくは無いと思ってる。 だから変な筋の賭場や娼館が出来る前に、公営の飲み屋や娼館を作るべきではないかと思う。月一で定期検診もきっ…
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