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45 買い本尊バルリエ

 シリルとアイラの結婚式の翌日、スティーブは転移でソーウェルラントに飛び、そこでバルリエと打合せをしていた。


「さて、そろそろバルリエには表舞台に登場してもらいたいんだ」

「いよいよですな」


 バルリエは年甲斐もなく興奮して目を輝かせていた。

 仕手戦において本尊が自らを晒すというのは、終わりが近づいてきた証拠である。

 株集めは順調に進んでおり、それに加えてスティーブが株価を吊りあげる材料を仕込み終えた。ここからはバルリエが主役になると言ってもいい。

 生まれたばかりの株式市場ではあるが、ここで伝説になるような仕手戦が出来る予感に打ち震えるのも当然であった。


「サリエリ商会、エマニュエル商会には既に話は付けてある。オクレール商会の方はどうかな?」

「会頭は直ぐに株式を上場したような野心家です。こちらが提示した餌で十分満足しております。まあ、お二人の閣下に睨まれたらこの西部では商売できませんから、裏切るような事もないでしょう。おっと、辺境伯閣下の名前は出しておりませんよ。ただ、私の背後を知っていれば推測は出来るでしょうな。それが出来ないような無能でもない」


 バルリエがニヤリと笑う。

 それは悪徳商人そのものであった。

 スティーブは苦笑する。


「僕はそんな事はしませんよ。裏切るのもどうぞご自由にというスタンスです。閣下だってバルリエを取り込むような度量があるじゃないか」

「それは下につくからですよ。離れようとしたときには許さないと思いますね。カーシュ卿の末路を見ればわかるでしょう」


 オーロラに尻尾を振って生きのびたバルリエに対し、カーシュ子爵は最後まで頭を下げずに散った。フォレスト王国と内通する前に、オーロラに頭を下げていれば、もっと違った結末もあったことだろう。

 紙一重だったバルリエだからこそ、オーロラの苛烈な性格を嫌というほど理解している。そして、オクレール商会の会頭もそれくらいは理解できるだろうという読みだった。


「ま、その辺はバルリエの選定眼を信じるよ」

「私としても、今のままで終わりたくは無いので、ここで見誤るような下手はうちませんよ。それで、今後の筋書きですが、私が名前を出して株を買いまくればよろしいんですね」

「そう。時々資金繰りが厳しいような情報を流してね」

「お任せください。もうこれ以上はお金を出せませんという演技は、商人にとっては必須のスキルですからね。幸いにして、私の資金については辺境伯閣下の管理下ですから、相手が調べようとしても正確なところを把握することは出来ません。銅相場の時のような資金量を把握されるような失敗はありません」


 本尊の資金量を知る事は、仕手戦での勝利の条件である。

 売りと買いが真っ向勝負となった時に、相手の資金量を知っていればその限界がわかる。それを知られないためにも、本尊は表には出ないものである。誰が本尊だかわからなければ、その資金量を把握することなど出来ないからだ。

 銅相場では、カーシュ子爵側の資金量を把握したスティーブが、その資金量を超える銅を市場に流した。そして、オーロラは相手が再起できないほどの損失を被る建玉を計算した。

 バルリエとしては同じ失敗を二度もするような、無様は晒したくなかったのである。


「大いに期待しているよ」

「浮かれすぎて失敗しないようにしませんとな」


 こうしてスティーブからのゴーサインが出たことで、バルリエはいよいよ表舞台に出る事になったのである。

 翌日からバルリエは目立つようにオクレール商会の株を買いまくった。派手さを演出するために、テクニカル的な過熱感など無視した強引な買いである。

 当然他の仲買人の耳目を集め、直ぐに話題となった。ドローネにもそれが伝わる。

 トンプソン男爵と結託して、他の貴族に嵌め込んだ株がまさかの高騰。儲け損ねの悔しさもあるが、メンツを潰されたという怒りもあった。

 嵌め込まれた貴族からしてみれば、損をさせたドローネよりも、株価を吊りあげているバルリエの方が有能に見える。こうなってしまっては、次からはドローネ商会に対して株の注文を出すことは無く、バルリエ商会に注文をだすだろう。そして、悪評だけが残る。

 それはドローネの勝手な解釈であり、損をさせられた貴族がドローネに再び注文を出すような事は無いのだが。

 そして、バルリエを何とかして損させたいと思っていたドローネは、オクレール商会の値動きをみていてはたと気が付いた。過熱感が酷いのである。

 値動きというのは吸っては吐く呼吸のようなもので、吸い続けていられるようなものではない。

 ヘッジファンドや仕手筋も、アキュームレーションといって、買っては手を緩めて売りが出るのを待つのが一般的だ。こうした買い方をするのは素人か、余程のデカい材料がある時である。

 では、バルリエがどんな材料を持っているのかというのを探り、その材料の大きさによって株価の限界を見極めれば、売り崩す事も可能だろうと考えた。

 そうとなれば、ドローネは金とコネを使ってバルリエの持っている材料を調べ始める。そしてそれは直ぐに判明した。

 その情報を持ってトンプソン男爵のところを訪ねる。

 トンプソン男爵はでっぷりと太った初老の男性。頭の髪の毛はかなり寂しいものとなっている。


「閣下、我々が新興貴族たちに嵌め込んだオクレール商会の株を、バルリエ商会が手掛けて値を釣り上げております」

「それがどうしたというのだ?嵌め込み先の貴族たちから苦情を言われなくなって良いのではないか?」

「それが、これで一儲けできそうな情報を得たので、閣下にお持ちいたしました」


 一儲けと聞いて、トンプソン男爵の眉毛がピクリと動いた。


「もうすでに売ってしまった株でどうやって儲けようというのだ?今から買えば高値で掴んでしまうのではないか?」


 うまそうな話を聞いてみたいが、どうやって儲けるのかを想像が出来ず、トンプソン男爵がドローネに説明を求めた。

 ドローネは儲ける仕組みを男爵に話す。


「私が調べましたところ、バルリエは我々と同じように、オクレール商会が辺境伯閣下と取引を開始するという材料で株価を上げて売り抜けるつもりの様です。しかしながら、こういった材料は一過性。本当に利益が出ればその後も株価はあがりましょうが、取引をするというだけでは今の株価ですら維持するのは難しいでしょう。さらには、辺境伯閣下があらたな商会を探しているような動きがあるというのが、我々の商売仲間で聞こえて来ないのです」

「つまり、そのネタ自体が幽霊のように消えてしまう可能性があるという訳か」

「ええ。私どもでは無理ですが、閣下であれば辺境伯閣下に商会を増やすつもりがあるかどうかお聞き出来るのではないでしょうか?」

「それくらいは出来る。で、ネタが嘘だった場合はどうする?」

「ネタの真贋に関わらず株を空売りいたしますが、噓だった場合は思いっきり売った後で嘘だと暴露いたします。本当であれば、取引開始の事実が伝わったところで売るのがよいでしょう。無理な買い支えが破滅を導くことは、先のカーシュ子爵の一件で明らかになっております故」


 カーシュ子爵の例を聞いてトンプソン男爵は納得した。


「おおかた、我らの仕組んだ株価の吊り上げを見て、二番煎じを目論んだのであろうが、売り崩されるところまで想像出来なかったのは愚かとしか言いようがないな」

「全くでございます」


 時代劇の悪代官と悪徳商人のごとく、二人が高笑いする。その時ふたりは、ドローネの背中にくっついて室内に入ってきた蜘蛛が居たことに気づかなかった。

 そして、その蜘蛛を通じて会話を聞いていたスティーブは、その内容をバルリエに伝えた。


「良かったね。相手は空売りを仕掛けてくれるって」

「それでは相手の売りを確認いたしましたら、資金に困った演技をいたしましょうか」

「いいねえ。サリエリ商会とエマニュエル商会に資金を借りて、株を買い支える仕草を見せてやってよ」

「担保にオクレール商会の株を差し出すわけですな」


 借金の担保に株を差し出すのは特殊な事ではない。銀行でも株券を担保として認めてくれる。ただし、担保割れを避けるために担保の株券を売ってしまう事はある。過去に仕手戦を仕掛けた本尊が、資金に窮して銀行から融資を受けた際、仕掛けている銘柄の株券を担保として差し出したが、銀行がその株券を市場で売りに出したため、株価が崩壊してしまったということがあった。

 スティーブとバルリエもそれを狙っている。勿論演出としてなのだが。

 なにせ、今は市場に出回っている株をバルリエが吸い上げてしまったため、空売りしようにも株が無い状態だ。

 こうして市場に出ないはずの株を売りだして、それを苦労して買い支えている姿を見せるのが目的なのである。


「じゃあ、僕はこれから閣下に報告に行って、ついでにサリエリ商会とエマニュエル商会に次の段階に移ると伝えてくるからね」

「承知いたしました。では、私の方も上手く演じてみせます」


 こうしてスティーブはバルリエとの打ち合わせが終わると、オーロラの元を訪ねた。

 オーロラはいつものように執務室にいる訳ではなく、来客の対応をしているとのことで、スティーブは待たされることになると思って、案内された小さな部屋でお茶を飲んで待っていた。

 すると直ぐにオーロラが現れる。


「来客対応とうかがいましたが」

「くだらない挨拶よ。私が判断するような交渉なんてないもの。抜け出すのには丁度良い口実が出来て助かったわ。それで、急に来るくらいだから重要な用事なんでしょう」

「閣下、作戦が次の段階に移りますのでご報告にあがりました」


 オーロラはそれだけを聞いて直ぐにドローネ商会の件だと理解し、嬉しくなった。

 目を輝かせてスティーブに話の続きを促す。


「どうなったのかしら?」

「ドローネとトンプソン男爵がオクレール商会の株を空売りするそうです。その際、閣下にオクレール商会との取引を始めるつもりがあるのか、トンプソン男爵が探りを入れるかと思います」

「どう答えればいいのかしら?」

「強く否定してください」

「否定ね、わかったわ」

「それと、パーティーの準備をお願い致します」


 パーティーの準備と聞いたオーロラはニヤリと笑った。それはまるで獲物を見つけた蛇の様な残酷さとどう猛さを兼ね揃えた笑顔だった。

 普段は感情を表に出さないオーロラであるが、スティーブと二人きりで悪巧みをするときは、特に感情を隠すような事はしない。


「開催はいつがいいかしら?」

「トンプソン男爵が探りを入れてから一か月後くらいですかね」

「名目は西部地域拡大のお祝いとでもしておきましょうかしら。参加人数は多い方がいいのよね」

「はい」

「経費分くらいは回収してもいいわよね?」

「どうぞご自由に。でも、僕のシナリオにぶつかる様であれば、その時はこちらの都合を優先させていただきますよ」


 スティーブがオーロラに釘を刺すと、オーロラは少女のように頬を膨らませて怒っている仕草をしてみせた。


「そこまで展開が読めないとでも思っているの?」

「いいえ。ただ、念のためです」

「貴方と私の仲だから許してあげるわ。でも、こういう言い方をしていると、レオが嫉妬するのよねえ」

「愛されている証拠ではございませんか。是非ともこれから結婚する僕に、夫婦円満の秘訣を教えていただきたいものです」

「女が権力を握る事よ」

「クリスに伝えておきましょう」


 ソーウェル家はオーロラが取り仕切っているのは誰でもが知っている事である。これを変えようとすれば、たとえレオであっても無事では済まないだろう。

 そして、レオはそれを理解しているから、決してオーロラの不興を買うような事はしない。

 夫婦仲が円満というよりは、オーロラが不満を抱いていないというのが実態である。


「それで、私にここまでさせて失敗しましたでは済まないんだけど、バルリエは大丈夫かしら?」

「大丈夫というのが能力を指すのか、忠誠心を指すのかわかりかねますが、どちらも問題はないでしょう」

「忠誠心までわかるのね」

「閣下はお忘れかもしれませんが、僕の魔法は測定ですよ。人の心も数値化して測定が出来るんです」

「それは便利ね。裏切りそうな人物を事前に的確に把握できるんでしょう。今からハリーを呼ぶから、彼の忠誠心を測定してもらえるかしら?」

「測るまでもないでしょう」


 スティーブが人の心まで測定できるというのは嘘であり、オーロラもそれをわかって話にのっている。

 ただ、バルリエの忠誠心について、まったくいい加減なことを言っている訳でもない。

 バルリエのところにも、スティーブが感覚を共有している虫が配置されている。これでバルリエのことを監視しているのだ。

 といっても、信用していないだけではなく、バルリエの身辺警護の意味合いもある。

 昔の仕手戦では、本尊をさらうという荒っぽいことが行われたりもした。名前を出して株を買っている以上、相手がそう動く可能性も考慮して、スティーブがいつでも駆け付けられるようにしている意味もあったのだ。


「よくよく考えたら今じゃなくてもいいわね。じゃあ、私の方は貴方からドラゴンの像を貰えるのを楽しみに、パーティーの準備をするとしようかしら。その前に、トンプソン男爵をこちらに呼ぶのが先だったわね」


 そう言ったオーロラは、既にパーティーの先のことを考え始めていた。自分の利益を最大にするためには、スティーブのシナリオにのっとって演じるだけではだめだ。

 そこから更にアドリブをいれる必要があるのだが、それをどうするか。彼女にとってそれは幸せな思考の時間であった。


 オーロラとの話が終わったスティーブは、エマニュエル商会に顔を出す。


「ようこそおいでくださいました。どうぞこちらへ」


 エマニュエルはスティーブをいつもの部屋に案内する。


「前に話していたオクレール商会の件だけど、いよいよ次の段階にうつるからね。近いうちにバルリエがここにお金を借りに来るはずだから、担保の株を受け取ったら売りに出して欲しい」

「心得ております。そちらの方は問題ないのですが……」

「そちらの方?」


 エマニュエルから予期せぬ言葉が出てきた。

 さてはシナリオに変更が必要かとスティーブが考えたが、問題があったのは仕手戦についてではなかった。


「アーチボルト領で生産している家具なんですが、工業ギルドの方から安すぎるとクレームが入りましてね」

「まあ、ある程度は予想していたことだけどねえ。やっぱり来たか」


 格安の大量生産の家具は、既存の家具職人の仕事を奪っていた。それについての衝突はあるだろうと予測をしていたが、それが現実のものとなったのだ。

 スティーブが知育玩具を作ったのは、そうしたものの市場がないため、既得権益とぶつかる面倒がないからという理由だった。

 しかし、知育玩具の頭打ちを見据えて、新商品に家具を選んだので、ついに工業ギルドと衝突することになったのだ。

 工業ギルドは職人たちの集まりであり、材料仕入れ価格の調整や、商人たちとの交渉といった、職人が苦手とする事務処理を担っていた。今回はギルドに未加入のアーチボルト家の商品について、それを取り扱うエマニュエル商会に苦情を入れてきたという訳である。

 工業ギルドも流石に貴族に直接文句を言うような事はしなかったのだ。


「それについては僕の方で対応する。むこうのギルドと交渉日程を決めて欲しい」

「承知いたしました。決まりましたらご連絡いたします」


 こうして、仕手戦とは別にスティーブの仕事が増えた。

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