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44 シリルとアイラの結婚式

 エアハート侯爵が指揮を執るシリルの結婚式は順調に準備が進んでいた。

 多くの貴族が招待を受けているが、勿論アーチボルト家にも招待状が届く。それも二通。

 一通はブライアンとアビゲイル夫妻宛。もう一通はスティーブとクリスティーナ宛であった。一通だけであればブライアンとアビゲイルだけの参加となったであろうが、シリルがここまでになった経緯を考えれば、スティーブを呼ばないという選択肢は無かった。

 そして、そこには婚約者も同伴でということになっていた。

 クリスティーナは準備もしていなかったので、結婚式に着ていくドレスが無かった。アーチボルト家では急ぎの注文を受けてくれるような伝手もなく、実家のマッキントッシュ伯爵家の伝手を頼ることになった。

 スティーブはクリスティーナの足となり、転移で実家へ移動して一緒に自分用の服もあつらえることになった。

 マッキントッシュ伯爵家では二人は歓迎を受ける。


「お久しぶりでございます。お父様、お母様」


 クリスティーナが両親に挨拶をすると、マッキントッシュ伯爵は渋い顔をした。


「クリス、実家ではあるが挨拶の順番としては竜翼勲章殿が先だぞ」

「そうでした。申し訳ございません」


 注意されたクリスティーナがしゅんとなった。

 立場的にはスティーブとマッキントッシュ伯爵は対等。クリスティーナはマッキントッシュ伯爵の娘であり、スティーブの婚約者であるため、そこから一つ落ちる。

 ただ、クリスティーナもまだ未成年であり親と会えばどうしても気が緩む。

 勿論、マッキントッシュ伯爵も内心では久々に会った娘には優しくしたいし、甘やかしたくもあったが、今後結婚してスティーブの妻となった時に、マッキントッシュ伯爵家の教育がなってないと笑われるような事は許容できないため、敢えて厳しくなったのだった。

 ここで仕切り直してスティーブが挨拶をする。


「お久しぶりでございます、閣下」

「いつも娘の面倒を見ていただきありがとうございます。しばらく会わぬうちに並ばれてしまったので、閣下ではなくマッキントッシュ卿とでも呼んでください」

「それはこちらが慣れないので、今まで通りでお願いできませんかね」

「いずれ慣れる事でしょうが、そうお望みならばそういたしましょうか。好きに呼んでもらって構いません」


 年齢は遥かにスティーブの方が下であるが、貴族としての格が同格なので、そこはマッキントッシュ伯爵も大人として扱う。

 ただ、スティーブが慣れないので、今まで通りということになった。


「すいませんね。突然無理を言ってしまって。なにせ私たちまでエアハート侯爵家の結婚式に呼ばれると思っていなかったので。この年齢で結婚式出席用の衣装を用意してあるはずもなく、お嬢様と僕の二人分を短期間で作ってくれるあてがなかったものですから」

「なあに、アーチボルト卿には知育玩具でも優遇してもらっているから、こんな時にでもお返ししておきませんと返す時がない」


 人気の知育玩具については、マッキントッシュ伯爵からの注文に対して優先的に商品を回していた。特に新商品が出来上がると、初期ロットを注文が無くても届けていたのである。

 婚約者の実家という事で、後々言われるような隙を作りたくないスティーブが、かなり配慮した結果だ。

 マッキントッシュ伯爵もその配慮を感じ取っていたというわけである。


「そこは親戚づきあいですからね。親戚といえば新しくひさぐ商品をお持ちいたしました」


 スティーブはそう言うとドラゴンのフィギュアを差し出した。

 今回マッキントッシュ伯爵にプレゼントするものは、口に咥えた旗に描かれた紋章がマッキントッシュ伯爵家の紋章となっている。

 ニッケルの輝きが伯爵に素手で触るのを躊躇わせた。直ぐに台を持ってくるように指示を出し、その後スティーブに訊ねる。


「これは?」

「ドラゴンの像ですね。特殊な金属を使っており鉄でありながら錆びる事はありません。この金属は現在王立研究所で研究されており、一般に出回ってはおりません。玩具だけをひさぐのでは先細りですから、こうした高級なものも用意したのです。竜を使った造形で紋章を描くのも僕なら可能ですからね。尚、足の裏には竜翼の紋章を刻むことで、これが僕の作であると証明しております」


 竜を使った紋章は王族のみとなっているが、その規制を搔い潜ろうとする貴族が過去に何度も出た。そのため、竜が口に咥えた旗に紋章を描いたとしても、罪に問われるということになったのだ。とにかく紋章と竜が一体になっていては駄目なのだ。

 それを可能にしたのが、スティーブが作る事。他の誰かがスティーブの作品だと偽って、自分で作ったものを売らないように、ドラゴンの足の裏に竜翼の紋章を刻んだ。

 偽造を防ぎ、貴族の紋章を描いても問題にならない、一挙両得の策であった。


「話を伺うに、とてつもなく高価な物であると伝わってきますが、こちらをいただけると?」

「それは勿論です。義父からお金をいただこうなどとは思っておりません」


 ここからは言いにくい事をスティーブに代わって、クリスティーナが伯爵に伝える。


「ただ、お父様がこれを自慢していただけると、スティーブ様の商売も繁盛いたします」

「なるほど、そういうことか」


 つまり、スティーブはマッキントッシュ伯爵を広告塔として使い、フィギュアを貴族たちに広めてもらおうと考えていたのだ。それを言いづらいので、クリスティーナが代弁してくれたのである。

 マッキントッシュ伯爵は娘の為にも、ここは大いに宣伝に貢献しようと思い、快く引き受けたのだった。

 こうして結婚式に出席するための衣装をあつらえるついでに、新商品の売り込みも出来、スティーブとクリスティーナは目的を達成して帰宅した。

 スティーブは帰宅するとクリスティーナに感謝の意を伝える。

 外では誰に聞かれているかわからないので、ここまで我慢したのだ。


「ありがとう、クリス。これで閣下の依頼達成に一歩近づいたよ」

「私もスティーブ様の妻となる身。少しでもお役に立ちとうございます」


 そう、マッキントッシュ伯爵へのドラゴンのフィギュアのプレゼントは、新商品の売り込みという以上に、ドローネ商会を追い込むための布石の意味が大きかった。

 スティーブはその計画をクリスティーナに打ち明け、協力をお願いしたのである。

 そして、クリスティーナも喜んでそれを受けた。クリスティーナもアーチボルト家の一員として、実績を残しておきたいと強く思っていたのである。

 実際には、蕎麦の調理方法などでもかなり重要な役割を担っており、シェリーよりも余程黒字化には貢献しているのであるが、生来の真面目な性格から、自分の貢献はまだ足りないと上を目指しているのだった。

 ただ、スティーブとしては、あまり頑張りすぎるのが不安であり、シェリーを見習って適度に手を抜いてほしいと思っていた。それでも、健気に努力を重ねるクリスティーナを見ると、面と向かってそうは言えなかったのである。


 そしていよいよシリルとアイラの結婚式の日がやって来た。今回は多数の貴族を招待した都合で、開催地は王都となっている。王都であればタウンハウスがあったり、それを持っていない貴族は宿に宿泊することになる。これをエアハート侯爵領で行う場合、宿泊施設が圧倒的に足りないのである。

 貴族を庶民の宿に宿泊させるわけにもいかず、またそうなった場合、エアハート侯爵の評判が下がるので王都での挙式となったのである。

 王都の大聖堂で新郎新婦を待つ間、スティーブのところにオーロラとレオがやって来た。


「ご機嫌麗しゅうございます、閣下。本日の主役が誰だかわからなくなりますね」

「あら、貴方ととなりの可愛らしい婚約者が主役になっても誰も文句は言わないわよ。もっと派手な格好でも良かったんじゃないかしら?」


 オーロラが言うように、スティーブとクリスティーナは控えめなデザインとなっている。対してオーロラは赤を基調として、宝石をこれでもかと散りばめたド派手なドレスで来場しており、主役よりも目立つのではないかという勢いだ。


「いやいや、僕らはおまけみたいなもんですから。目立ってもいい事なんてないですよ」

「二人の結婚までの経緯を考えたら、おまけっていうことはないでしょう。貴方がおまけなら、他の人達なんて呼ばれる理由が無いわ。もっとも、新郎新婦のお祝いというよりも、エアハート侯爵の勢力の披露の意味合いが強いけど。それに付き合わされたと思ったら若い二人をことほぐ気持ちも失せるわね」

「まあまあ、お祝い事なんですから、そこは損得勘定抜きで」

「随分と育ちが良いのね。こうした場でも駆け引きが有るというのに。もっとも、そうした言葉の裏でやる事はやっているんでしょう。婚約者のお父様もしきりにドラゴンの像を自慢しているようだし。私も一度是非その像を拝見したいものね」

「閣下のお望みとあらば、いつでもご覧にいれますが」


 スティーブがそう言ったのを、オーロラは社交辞令として受け取ったが、少し意地悪しようという気持ちが芽生えた。


「あら、じゃあ今日見せてもらってもいいかしら?」

「随分と急ですね」

「そうよ。ある程度の権力を持てば常に敵に狙われるもの。明日の朝日を拝めるなんて確約はないのよ。今夜の食事に毒を盛られる可能性が常にあるんだから」

「承知しました。そう言う事であれば今日御覧に入れましょう」


 スティーブの返答にオーロラは拍子抜けした。もう少し困った顔をするかと思っていたので、あっさりと約束してくれたのは意外だった。そして少しだけ悔しがった。


 それから式は順調に進み、宗教的な儀式が終わって参加者がそれぞれ祝辞を贈ることになった。それらも全て順番が決まっており、王族からはじまり爵位の序列順で祝辞を贈っていく。

 スティーブの順番はかなり早く、オーロラの次であった。

 司会に促されてシリルとアイラの前に進み出た。手には綺麗に包装された箱を持っている。


「御結婚おめでとうございます。人生の先輩に対して若輩の自分が言う事はありませんが、新郎殿の研究の一部を形にしてここにお持ちいたしました」


 そう言って箱をシリルに手渡す。


「閣下、ここで開梱してもよろしいでしょうか?」


 シリルがスティーブに確認をすると、スティーブは頷いた。

 スティーブの許可が出たことで、シリルは箱を開けて中身を確認する。


「これは――――」


 シリルは光を反射して輝くドラゴンの像を取り出した。

 それはマッキントッシュ伯爵に贈呈したのと同様であり、ちがうのは紋章がエアハート家のものであることだった。


「新郎殿の研究しておられる新合金を使って作った像です。僕の作であるという証拠に、足の裏に竜翼

の紋章を入れておきました」


 像の出来栄えとスティーブの説明により会場にどよめきが起きる。

 そんな中で、スティーブはオーロラの方をちらりと見た。

 先程の約束は果たしましたよというドヤ顔でだ。オーロラの方は納得がいったようで、スティーブに笑顔を返す。

 その後も祝辞は続いていくが、とても長いので待っている方も大変だ。食事は出るのだが、食事よりも会話が中心となって時間を過ごす。

 スティーブとマッキントッシュ伯爵の周りには人だかりができ、先ほどのドラゴンの像についての説明が求められる。マッキントッシュ伯爵は自慢していたものと同型が出てきたことで、言葉だけでは足りなかった部分が補われた形だ。

 話を先に聞いていた貴族たちは、大袈裟過ぎると思っていたが、現物を見てそうではなかったと悟った。

 また、禁止されている事はやってみたいというカリギュラ効果もあって、ドラゴンに家の紋章を持たせるデザインをした像を所持したいという欲求に火がついた貴族も多かった。そんな貴族からの質問攻めが終わった後で、スティーブはオーロラに呼ばれる。


「なんでしょうか?」

「結局貴方が新郎新婦よりも目立ったようね。狙い通りといったところかしら?」

「まさか。友人である技官殿の結婚式を台無しにするような意図はありませんよ。意外だったのは、貴族たちの反応だったわけで」

「この場を利用しようとした事は否定しないのね」


 オーロラはスティーブに呆れてみせた。しかし、それは本心ではない。むしろ、ここで何も考えずに行動していたほうが呆れていただろう。


「閣下の依頼を遂行するためです」

「ということは、あの像を披露したのは非常に重要なのね」

「ええ。このパーツが無ければドローネ商会に大きなダメージを与えられないでしょうね。で、これが手に入ったので、次は閣下にパーティーを開催していただくことになりますかね」

「私をタダで使うつもり?」


 オーロラは鋭い視線をスティーブに投げた。

 スティーブはそれを気にもせず話を続ける。


「対価は先ほどの像でいかがでしょうか」

「ありがとうと喜びたいところだけど、それもシナリオのうちなんでしょう?」

「お見通しでしたか」


 スティーブはぺろりと舌を出した。

 以前であれば格上のオーロラ相手にこのような事をすれば大問題となっていたが、今は同格なので処罰もされない。

 また、この程度で怒るようなオーロラでもなかった。


「話はバルリエからの報告で大体は掴んでいるわ。依頼主として手放しで任せきりというのも不安じゃない」

「それは閣下だからですよ。普通は依頼したら結果を待つのみです」

「それこそ無能の仕草よ。失敗しそうであれば次善の策を講じるべきだし、成功しそうならもっと大きな利益を狙うべきよ。だから私は貴方のことを評価しているの。私が与えた課題以上の結果をもたらしてくれるし、さらなる利益を得ようとしてもその余地が小さくて、考える事が楽しくなるの」


 それは偽らぬオーロラの本音であった。

 スティーブと関わってからというもの、策を練る難易度が上がったが、そのことがとても楽しくなったのである。


「そこまで評価いただけるとは光栄です。では、閣下に演じていただく脚本をお話しいたしましょう」


 スティーブはこの後の筋書きをオーロラに伝えたのだった。

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― 新着の感想 ―
細かい事で申し訳ないのですが、 格の上で辺境伯=伯爵ではございません 辺境伯は一段上の侯爵と同格です。 辺境伯ならびに侯爵は元々ローマ帝国の方面軍司令官由来の役職です。 日本で例えるなら、伯爵は一国の…
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