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43 ロストワックス

 スティーブは第三の村で工場長のニックと経営会議をしていた。

 場所は工場の試作室。試作室はその名の通り試作を行う為の部屋であり、一般の作業者は入室することが出来ない。入室出来るのはスティーブとニックだけ。あとはその二人のどちらかが許可を与えた者だけだ。ブライアンですら、勝手に入る事が出来ない決まりとなっている。

 そこでスティーブはステンレス製のドラゴンのフィギュアをニックに見せている。翼を大きく広げたドラゴンが口に旗をくわえており、その旗にはアーチボルト家の紋章が描かれていた。


「これを貴族向けに売り出そうと思うんだけど、ロストワックスで作るとしたらうちで出来るかな?」

「こいつをですか?」


 ロストワックスとは文字通り、ロウを溶かして製品を作る工法である。ロウでつくった原型を石膏などでコーティングし、ロウを溶かして出来た空洞に溶かした金属を流し込む。地球でもかなり古くから使わてれいる。

 ニックはドラゴンのフィギュアをじっくりと観察する。そして頭を搔いた。


「原型を作るのが無理じゃないですかね。よっぽど手先が器用なやつがいればいいですけど、工場の作業者は元々職人だったわけじゃねえんですよ。工法自体は道具を用意すれば可能だと思いますぜ」

「原型を作る金型でもあれば別かな」


 大量生産であれば金型は必須。しかし、金型を作るノウハウが無い。スティーブも前世で金型加工には手を出したことがあるが、金型の設計となると未経験だ。

 それでいきなりロストワックスの原型を作る金型が出来る訳もない。


「その金型とやらはどうするつもりですか?若様が作るとか?」

「無理だねえ。でも、ロストワックスでこいつを作れるとわかっただけでも良かったよ」

「どういう意味だかわかりませんが、ロストワックスならば砂型よりも製品の肌は綺麗になりますからね。装飾品の類ならば砂型は使えませんよ」

「なら、指輪でも作って売るかい?」


 現代においても、指輪はロストワックスで作られている場合がある。が、アーチボルト領には指輪職人がいないので、最後の付加価値を加える工程が出来ない。スティーブもニックもそれはわかっていた。


「若様、今更言うのもなんですが、ロストワックスが出来たところで指輪は完成しませんぜ」

「そうなんだよねえ。僕がどこかに弟子入りして覚えてもいいんだけど、その後が続かなそうなんだよねえ」

「ええ、そうでしょう。それならばこの前言っていた家具の大量生産に乗り出した方がいいんじゃないですか?」


 ニックの言う家具の大量生産とは、スティーブが考えた次の商品だった。テーブルや椅子の部品をばらばらにして作り、ねじを切っておいて購入者が組み立てる。

 日本では当たり前になっているが、カスケード王国では家具は職人が作るものであり、また、家の状況によって大きさなどを作り分けている。

 当然そうなると使い勝手は良いが高価なものになるので、多少の使い勝手を犠牲にしても安い家具なら勝負になると考えたのである。既にエマニュエル商会を通じて数か所での販売を行い、それなりの需要があることも掴んでいた。


「まあ、当面はそっちで手一杯になるかなあ。移住者の二次募集も順調にいったとして、家具を作る作業者だけで終わりそうだね」

「人が増えれば託児所のスタッフも増やさないとでしょうからねえ」


 託児所の評判は上々で、若い女性を労働力として活用することが可能になった。しかも、職場に併設なので何かあった時に直ぐに見に行く事が出来る。医療体制はスティーブがいれば回復魔法が使えるので、下手に家で育児をするよりもよっぽど良い環境なのだ。

 そして、スティーブは事故が起きないように託児所のスタッフをケチるような事もしていない。特に目が離せない乳児については、一人の保育士が二人までしか見ないと決めている。

 なので、移住者が増えた場合、その中からまた保育士を雇う必要が出てくるので、工場の労働者に全員を回せるわけではないのだ。


「万が一託児所で子供が死亡した場合、母親たちは不安になって育児期間中は仕事をしなくなるかもしれないからね。それは大きな損失だよ」

「俺がガキの頃にも若様がいてくれたらと思いますよ。こう言っちゃなんですが、親なんて子供の面倒を見ている余裕なんてないから、兄弟が見るんですけど、子供のする事だからまあまあ扱いが酷い。子供の頃にこの環境があれば、俺だって今頃は」

「工場長よりもいい立場になっていると?」

「いえ、不満はないですよ」


 スティーブに睨まれてニックは慌てて否定した。

 カスケード王国だけに限らず、周辺国であっても子供の権利についての考えは無い。多産多死の中から生き残った者が種を繋ぐという、自然界と大して変わらない環境なのだ。

 そこに子供の保育を考慮した職場を作れば、自分の時も欲しかったと言いたくなるのも無理はない。


「ただまあ、将来の為にロストワックスについて勉強するのも悪くないですね。自分もロストワックスは若い時に少し見た程度ですから」


 ニックは話題を変える事にした。


「それでは早速見に行こうか」

「あてでもあるんですかい?」


 スティーブの返事にニックは驚いた。こういった行動が早いのにはいつも驚かされてるが、何度経験しても慣れない。

 ニックに訊かれたスティーブは頷いた。


「辺境伯閣下に書状を貰って、ソーウェルラントにある工房を見学しようと思うんだ」

「それなら工房としても断れませんね。おっと、うちもそうなったら同じですかい」

「今ならそれは出来ないよ。僕の地位は辺境伯と同等だからね。無理やり秘密を見せろと言われたところで、従う義理も義務も無いね」

「武力を背景に脅したところで、それに屈するような若様でもねえですしね」


 スティーブよりも地位が高いのは国王や公爵であり、如何にオーロラといえども無理強いは出来ない。

 それを軍事力で押し通そうとしても、スティーブの魔法を封じない事には勝てない。ただし、スティーブ側は占領するための人員が不足しているので、負ける事も可能性は低い。

 ただし、戦争を仕掛けた貴族の命は無くなるであろうが。

 ニックもそれがわかっていた。


「しかし、そんな急な話を相手の貴族様が受けてくれるんですかい?」

「それがねえ、今回のロストワックスは辺境伯閣下の依頼で動いている仕事にも関係してくるんだ」

「相手の工房の技術を学ぶ事がですかい?」


 スティーブの言う事に関連性が見いだせず、ニックは混乱した。スティーブとしても今のドローネ商会をやり込める仕事を、あまり多くの人に言いたくなかったのでそこはニックには伝えない。


「まあね。僕が新しい仕事で商売を始める事が、閣下の利益になるんだよ。その商売はロストワックスが欠かせないってわけ。ニックにはそれをやってもらう訳じゃないけど、他の工房を見学してその技術に触れるのも必要でしょ」

「まあ、自分の腕には自信がありますがね、やった事ねえものなら覚えてみようとは思いますよ」


 ニックは仕事に対してはいたって真面目であり、スティーブもそんな彼を評価していた。

 そして、今回も期待を裏切らずに工房の見学に同行するというのである。いくつになっても学ぶ姿勢を忘れない職人としての鑑であった。

 経営会議とはいったものの、オーロラからの依頼を優先するため、家具の量産については次回となり、ふたりはスティーブの魔法でソーウェルラントに転移する。

 オーロラに面会する必要も無いため、門番にハリーに用件を伝えて欲しいとお願いして、直ぐに書状を用意してもらった。そして、紹介された工房へと足を運ぶ。


「こんにちは」


 スティーブは挨拶をして中に入った。

 工房の中には数人の職人がおり、原型を作る作業をしていた。

 その中で年配の職人がスティーブとニックを睨む。


「子供の来るところじゃねえ。帰れ」

「辺境伯閣下から紹介状をいただいて来たんですがねえ」


 スティーブがひらひらと書状を体の前でふった。


「字は読めねえから、その書状の中身がどうだかわからんが、お嬢様の紹介なら断れねえ。こんな工房に来るのにわざわざ死罪になるような嘘もねえだろ。どんな用事だい?」

「ロストワックスの作業を見せてもらいに来たんですよ」


 作業を見に来たという言葉に職人は驚いた。普通は注文をしに来るものである。それも、家人を遣わして貴族本人が来るようなことは無い。

 考えられるのは少年の後ろにいる男がロストワックスを覚える目的なのかもしれないが、それならば少年が来る必要もない。少年は身なりが良いので貴族の子供だろうと想像していたので、スティーブが居る意味がわからなかったのである。

 戸惑う職人にお構いなしにスティーブが話しかける。


「今やっているのは原型を作る作業ですよね」

「ああ。いや、はい」

「あ、別に言葉遣いは気にしてませんよ。後ろのニックも僕に対してぞんざいですからね」


 そう言われたニックは苦笑いした。


「若様の無茶を聞いていりゃあ丁寧な対応なんざあできやしませんよ。それとも、丁寧な言葉遣いになったら無茶は言いませんか?」

「ほらね」


 二人のやり取りをみた職人は驚いた。貴族の子供となると、誰も皆選民意識が強い。なので、職人を見下しているのがひしひしと伝わってくるのだ。ただ、オーロラはそんな事がなく、小さいころから丁寧な対応をしてくれていたのだ。

 なので、敬意を込めてお嬢様という言い方をしている。

 それが、目の間の子供に関してはニックという男が遠慮する素振りが無い。普通ならば罰せられるような行為だ。


「あんたら二人の関係を考えても仕方ねえ。普通の口調でいいってんならそうさせてもらう。で、作業を見てどうしますんですかい?今は戦争のお陰で景気が良くなって、お貴族様からのブロンズ像の仕事が忙しい。ブロンズ像を作ろうってつもりか?」

「ブロンズではないですね。新しい金属を使ってロストワックスをやってみようと思いましてね。こういうのを作りたいんですよ」


 そう言ってスティーブは魔法でドラゴンのフィギュアを作って見せた。

 職人はその魔法に驚くが、ドラゴンがくわえている旗に描かれた紋章で更に驚いた。

 貴族の仕事を引き受ける都合上、紋章についても知識がある。その知識が旗に描かれたドラゴンの紋章を見て、スティーブが身分が高いとわかったのだ。

 基本的にドラゴンの紋章は王族のみが使用できる。例外として竜頭、竜翼勲章を受勲すれば使用できる。

 王族であればわざわざ西部の工房に来なくてもよい。となると、最近竜翼勲章を受勲した人物ではないかという結論に至る。


「ひょっとして竜翼勲章様ですか?」

「そうだよ」

「そうとは知らずとんだ御無礼を」


 職人は突然頭を下げた。

 事態が吞み込めず、スティーブとニックは顔を見合わせる。


「いや、そんなに改まらなくても」

「そうはいきませんって。俺らが戦場に行かなくて済んだのも全て竜翼勲章様のお陰」

「どういう事?」


 スティーブが説明を求めると、職人は事情を話してくれた。


「俺ら職人は工兵としての役割で戦場に連れていかれます。当然敵は容赦してくれないんで、殺されたり捕虜になって敵国で奴隷として扱われたりってのが普通なんですよ。そうして一人前になった職人が戦争のたんびに一定数減っていく。これが商人ならそんなことはねえんですけどね」

「それで戦争が早く終結したから良かったと」

「ええ。今回は徴兵の話が来るよりも早く戦争が終結。しかも、勝って終わった訳ですからね。今の忙しさも全ては竜翼勲章様のおかげ」


 その説明を聞いてスティーブはニックを見た。


「そんなに感謝されること?」

「若様は他人からの評価をもうちっと知るべきですな」

「僕は閣下の依頼で動いていただけなんだけどね。報酬も貰っているし」

「感謝と礼金は受け取れって親に言われませんでしたか?素直に受け取っておくべきですよ。世の中金を払ったから終わりってもんでもないでしょう」

「それもそうか」


 金を払うんだからやれという態度は、前世でのスティーブの父親が一番嫌う客の態度であった。へそが曲がれば銭金の問題ではなく仕事を断る。それが職人の意地だと教わって来た。

 今回のことはその逆で、お金を貰って尚且つ感謝も貰うというものであり、職人ならば冥利に尽きるというやつである。

 こうして待遇の良くなった工房で、ロストワックスについて詳しく教えてもらったのであった。

 そしてこれにより、スティーブの頭の中で次の動きが具体的に描けたのであった。

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