42 仕手筋再始動
スティーブは義兄のパーカー準男爵から得た情報を持って、オーロラの元を訪ねた。そして、自分とオーロラの名前が使われているという事を報告した。
良い耳を持っているオーロラは、スティーブの持ってきた情報を既に得ていた。
「その話なら私のところにも上がってきているわ」
「流石、良い耳をお持ちですね」
「そうでもないと、私の名前を勝手に使って悪戯する連中が野放しになるでしょう。今回もどうやってお灸を据えてあげようかと思っていた所、こうして飛んで火にいる夏の虫がいたっていうわけよ」
「虫にお困りでしたら、現在開発中の除虫香をすこしお譲りいたしますが」
「それは有難くいただくけど、その虫さんには働いてもらいたいのよね」
オーロラに言われると、スティーブはため息をついてみせた。
その仕草に、オーロラは大仰に驚いて見せる。
「あら、てっきり義兄の仇を討つのかと思っていたけど、案外薄情なのね」
「僕がドローネ商会に怒る理由はありませんからね。それに、本人には言えませんでしたが、自業自得という面が大きいかなと。欲につられて自分を自制できなかったので、今回の事で反省していただけたらいいなと思っています」
「そういうことねえ。それなら、動いてもらうのに何かしらの対価を払わないと駄目かしら」
スティーブはオーロラが自分をただで使うつもりなのを察知していた。なので、先ほどのようにドローネ商会とトンプソン男爵については怒っていないふりをしていたのである。
実際には姉からの圧力を受けた分の腹いせはしたいと思っていたし、義兄に貸した金貨の回収をドローネ商会からしようと考えていたのである。
オーロラも薄々勘づいてはいたが、スティーブが中々そうした気持ちを表に出さないので、動いてもらう事への対価を支払うと言ったのだ。
スティーブとしては対価が出るという事でホッとした。
「報酬をいただける以上は中途半端なことは出来ませんね」
「元からするつもりもないでしょう。それじゃあ、後は任せるから、私の名前を勝手に使った愚か者にきっちりとお灸を据えてちょうだいね」
「ええ。それでお願いがあるのですが、バルリエ殿をお借りできますでしょうか」
バルリエの名前が出たことで、オーロラは怪訝な目でスティーブを見た。
「バルリエを?どうやって使うのかしら。商会の規模からいったらサリエリの方が良いでしょう。それに、貴方の使っているエマニュエル商会だってあるじゃない」
「まあ、こういうのは老獪な方がいいんですよ。敵にはしたくないけど、味方なら心強い。そんなわけで、彼を借りて今後の打ち合わせをしたいのですが」
「いいわ。それならば私がバルリエを貸し出す許可を出したという書状を直ぐに作るから、それを持ってバルリエのところに行くといいわ」
「ありがとうございます」
こうしてスティーブはオーロラの書状を受け取ると、直ぐにバルリエ商会へと向かった。
商会に到着すると、そこにはバルリエが丁度おり、直ぐに対応してくれることとなった。
「ようこそおいでくださいました、閣下」
「閣下と呼ばれるのは恥ずかしいですねえ」
「ならば世間のように竜翼様とお呼びいたしましょうか?」
「それはもっとやめてほしい」
どこに行っても敬称で呼ばれるのに慣れないスティーブであった。
「それで本日はどのようなご用件でしょうか」
「ああ、ちょっとまた相場で大きな勝負をしたくてね。力を借りたいんだ」
「それは私としても吝かではございませんが、辺境伯閣下のご判断をいただきませんと」
バルリエがそう言ったタイミングで、スティーブはオーロラから預かっていた書状を差し出した。
「閣下の許可なら得ている。確認をして」
「ではお預かりいたしましょう」
バルリエはスティーブから書状を受け取ると、その内容を確認した。
「確かに、辺境伯閣下は私が閣下に協力するようにとの指示を出されておりますね」
「そういうことでよろしくね」
「承知いたしました。して、どのような相場で勝負されるおつもりでしょうか?」
バルリエの目がギラリと光った。かつては西部地域の銅相場を支配していた男である。やはり、相場を作るとなると、野心が吹きあがってくるのだ。
そんなバルリエにスティーブは株式取引だという。
「株の相場をやろうと思ってね。オクレール商会っていう銘柄があるんだけど、ここを使って大相場を仕掛けようと思うんだ」
「株式取引ですか。あれは商品相場と違って新たに市場に供給される玉が出てこないから、商品よりは楽そうですな」
バルリエは銅での失敗から、商品先物で現物の買い占めの難しさを痛感していた。
しかし、株式も追加で出てくる事はある。大株主の売りだったり、増資といったものが有ればだ。それでも、銅のように鉱山から次々と産出されるようなものではないが。
「ただ吊り上げるだけなら、他の仲買人でもいいんだ。僕が必要なのはバルリエのような頭の切れる仲買人だよ」
「そう言っていただけるのは嬉しい限りですが、そのような前提ですとかなり難しい相場操縦をお考えでしょうな」
バルリエはスティーブに計画の説明を求める。
スティーブとしても、計画の段階からバルリエに参加してもらう事が成功の鍵だとおもっているので、ここでは包み隠さずに計画を伝える。
「実はオクレール商会は僕の義兄、パーカー準男爵が嵌め込まれた銘柄なんだ。嵌め込んだのはドローネ商会とその後ろにいるトンプソン男爵」
「ドローネ商会ですか。まあ、あまり良い噂は聞きませんな。仲買人の免許を取り上げればよいのでしょうが、トンプソン男爵がいる事で辺境伯閣下としてもあまり無理は出来ないのでしょうが」
「今回はその二人が閣下の名前を使って株の嵌め込みをしたから、閣下としても放置出来なくなったという訳です」
「詳しいお話を教えていただけますか?」
「勿論」
スティーブがバルリエにも嵌め込みの経緯を話した。話を聞くうちに、バルリエは悪人の笑みとなる。
「随分とまた広範囲にやったものですな」
「みんな直接閣下と話すようなことが無い、弱小貴族ばっかりを狙ったからね。発覚しないと思っていたんじゃないかな。それと、なんか嬉しそうに見えるんだけど」
「そうですね。相手にとって不足はないというか、中途半端な悪戯を懲らしめる事を考えたらついつい顔に出てしまいましたな。商人としては失格といったところでしょうか。それで、竜翼閣下が私に全てお任せするような人物ではない事も存じ上げております。既に大まかな計画はあるのでございましょう」
バルリエがスティーブを値踏みするように眺めた。
ここで何も考えていないようであれば、そこまでの人物であり、組んで大きな勝負を出来る相手ではないということだ。オーロラであればそうしたことは無く、必ず自分で計画を立案して持ってくる。
そしてスティーブも計画はあった。
「うちの義兄がまだ捕まっていてね。さっき説明した通り閣下との取引を材料に相場を仕掛けたなら、こちらも同じ手を使って嵌め込んでやろうと思う。バルリエにはオクレール商会の抱き込みと、市場に流通している株以外の確保をお願いしたい。嵌め込まれた貴族がまだ塩漬けにして、金庫に仕舞っている株があるはずだからね。わかっていると思うけど、相場を作るのを悟られないようにね。まずはそこが第一段階」
「心得ました。オクレール商会の抱き込みについては、どこまでの権限を与えていただけますか?」
「僕の名前は出していい。ただし、オクレールには口外するなと伝えて。閣下については出さないように。そこはより注意してほしい」
オーロラも承知して動いていることではあるが、自分の名前を出したくないのでスティーブに依頼したのだ。その意図を汲んで、今回の仕掛けにオーロラの名前を使ってオクレールを抱き込む事はしない。ただ、相場を作るうえでオーロラも利用しようとは考えていた。
「お任せください。それにしても、第一段階ということならば、第二段階も教えていただけますでしょうか」
「株が集まったところで市場に流通する株を買って、株価を吊りあげていく。この段階ではまだ材料は出さない。みんな、なんで上がるのか不思議に思うだろうね」
相場の初動は疑心暗鬼になりやすい。なんの上げる材料もないのに、株価が上がっていけばいつか下がるのではないかと思って手を出しにくいのだ。
しかし、買いを仕掛ける本尊はここで市場に流通する株を吸い上げて、更に値動きをコントロールしやすくする。
「そこまでは通常の買い占めと価格操作で理解できますが、その先が重要でございます。どうやってドローネに嵌め込むのでしょうか」
「まずは、どこかでバルリエが本尊だと相手に伝える。そして、ドローネがやったように閣下との取引を材料に吊り上げていると思い込ませるんだ。それで空売りしてくればよし。空売りしたくないのであれば、買わせるように動くまで。その時は閣下にも一役買っていただきますが」
「なるほど。そうした汚れ役であれば、サリエリ商会やエマニュエル商会を使う事は出来ませんな」
バルリエは自分の配役に納得して頷いた。そしてスティーブの評価に非常に満足したのである。
「嵌め込みの仕上げには閣下も招待して、盛大なパーティーでも開こうと思うんだよね。そこでデカい材料をぶち込んでやれば、株価はいよいよ青天井だろうね」
「デカい材料というのは?」
「最終決定はしていないけど、オクレール商会が絡む大きな商機を見せる。夢はデカいほどいいよね」
「いつも思うのですが、竜翼閣下は本当に未成年でいらっしゃいますか?」
「そうだよ」
スティーブの子供らしくない思考にバルリエは感心した。この子はいったいどういった経験をして、こういう考え方が出来るようになったのだろうと思うのだった。
そして、前回完膚なきまでに叩きのめされた相手と組んで仕手戦を繰り広げられる事に安心感があった。今はオーロラに借金で縛られて自由に動けない身ではあるが、本人としてはもう一旗上げたいという気持ちは失っていない。これが復活の足掛かりになればという願いもあったのだ。
この日、バルリエはスティーブの下について、仕手戦を戦う事を決めた。
そして、言われたとおりに第一段階の株の仕込みと、オクレール商会の抱き込みに動いたのであった。
勿論、それは成功する。