41 姉襲来
スティーブの上の姉、フレイヤが里帰りしていた。
既に嫁いで家を出ており、今の名前はフレイヤ・パーカーとなっている。パーカー準男爵という西部の貴族に嫁いだのだ。
髪の色はスティーブと同じ黒。顔立ちはアビゲイルによく似ており、親子であると説明のいらぬくらいだった。
パーカー準男爵はこの前のフォレスト王国との戦いにおいて、領地が大量に余ってしまったので、騎士爵であったのを昇爵して準男爵とし、新たに領地を加増させたのであった。
なお、パーカー準男爵との結婚については、特に不利な条件があったという訳ではなく、西部地域での他家とのかかわりを増やしたかった両家の思惑が合致しただけであり、フレイヤと準男爵の夫婦仲は極めて良好であった。
里帰りしてきたのは子供が生まれたとか、シェリーが結婚するからという訳ではない。
領地経営においてお金が足りなくなったので、実家に借金の打診をしに来たというわけだ。勿論、そこには旦那であるパーカー準男爵も同行しているし、スティーブの甥や姪も連れてきていた。
甥や姪の相手はシェリーとクリスティーナに任せ、スティーブはブライアンに言われて借金の話し合いの席に同席していた。
「パパ、お金を貸してほしいんだけど」
フレイヤがブライアンにお願いをする。その隣ではパーカー準男爵が小さくなっていた。これではどちらが主導権を握っているのだか一目瞭然だった。パーカー準男爵からしてみれば義理の実家であり、金を貸してほしいというのは言いにくいので当然といえば当然だが。
「まあ、そういう目的でたずねてきたのはわかっているが、どれくらいの金額が必要なんだい?」
「金貨5万枚」
フレイヤは手を開いてブライアンの目の前に突き出した。フレイヤはシェリーと同様に家の中では行儀が悪い。外ではおしとやかな妻で通っているが、久しぶりに帰省した実家では素に戻った。
金貨5万枚という大金を聞いて、ブライアンは額に手を当てた。それだけの大金を要求するのであれば、多少なりとも礼儀というものが必要だろう。
家族とはいえ、今は嫁いで違う姓を名乗っている。親しき中にも礼儀ありというのを教えてこなかったことを後悔していた。
「随分と大金ですね」
ブライアンに代わってスティーブが言葉を発した。
「ほら、領地が増えて何かとお金がかかるじゃない。付き合いも今までの騎士爵とは違って、準男爵としてのふるまいにもお金がかかるし」
「そうはいっても、万年赤字のうちとはちがって、姉上のところは黒字じゃないですか。加増された領地も問題ないはずですが」
これはパーカー準男爵領に限らず、加増される領地は基本的には黒字のところであった。なにせ、国家の領土が増えたというのに、赤字の領地を押し付けられたのでは忠誠心も削がれるというものである。
アーチボルト領でも加増された領地は今までよりもましな場所であった。隣の領地なので目が覚めるほど発展しているといった訳ではなかったが。
なので、スティーブがパーカー準男爵の領地を事前に調べていたという訳ではなく、加増された領地はみな黒字であるのが常識というわけである。
尚、赤字の領地に関しては国王とソーウェル辺境伯とで分け合って管理することになった。こちらは、新たに騎士爵になった者達に試練として与えられるのが殆どであり、どうにもならなそうな一部の領地は直轄としてあった。
まあ、どうにもならないようなアーチボルト領が、去年黒字化したというのがあるので、新たに貴族となって領地を貰った者達は、自分でも出来ると張り切っていたのである。
「それについては私の方からご説明いたします」
と、今まで小さくなっていたパーカー準男爵が口を開いた。
「実は最近始まった株式取引というので大損をしてしまったのです。最初のうちはよかったのですが、大きな勝負があると持ち掛けられて、借金で株を買ったのですが、それが暴落してしまい大損をしてしまったと。借金の返済が出来なければ妻や子を差し出すようなことにもなりかねないので、恥を忍んで伺いました」
「株式取引ですか…………」
「ご存知ですか?」
株式取引と言われて言葉に詰まるスティーブ。パーカー準男爵にご存知ですかと言われると、考案した本人ですとは言えなかった。
言えばフレイヤから責任を取りなさいと言われそうな予感がしたからである。
「まあそれなりにですね。ソーウェル辺境伯閣下とは懇意にさせていただいておりますので、そうした情報もいただくことは出来ます」
「そういえば、スティーブちゃん。ここの出入りの商人のエマニュエル商会だけど、誰かさんの口添えで仲買人に選定されたそうじゃない。それについて、何か言う事はあるかしら?」
フレイヤが早速スティーブの痛いところを突いてきた。
エマニュエル商会は先物取引に続いて株式取引でも仲買人になっている。それについては、エマニュエル商会のバックにアーチボルト家がついているのは商人たちの間では公然の秘密となっていた。
それを当主夫人であるフレイヤが入手するのは容易であった。
「姉上、仲買人の口添えとパーカー準男爵の損失は関係ないと思いますが」
「大ありよ。うちの主人だけじゃなくて、他の貴族もみんな貴方の成功を見て、自分にもできると思っているんだから。だから最初は慎重に始めてみたけど、ある程度の利益が出たら自信をもって大きな勝負にでちゃうの」
「それでしたらカーシュ子爵あたりを反面教師としていただき、領地経営に支障が出ない程度で投資をするべきだと思いますよ。投資は余裕資金でって言うじゃないですか」
「初耳ね」
勿論、投資は余裕資金でというのは日本で使われている言葉であり、カスケード王国には無かった。みな一攫千金を狙う山師なのである。
「しかしまあ、姉上。どうして僕の責任をそこまで追及するのでしょうか?僕としてはこの株を買うようにとか勧めた記憶はありませんが」
「うちに来た仲買人がスティーブちゃんとソーウェル辺境伯閣下の名前をしきりに出してきたのよ」
「僕と閣下のですか?」
「そうよ。まずは辺境伯閣下との取引をはじめて、そこからアーチボルト家の竜翼勲章と取引をするって言ってたんだからね」
姉の言葉に、何やら怪しい背景がありそうだと感じ取ったスティーブ。これについて放置すれば、今後他の貴族からも何か言われそうだなと直感した。
「そういう事であれば、原因は調査しなければなりませんね。それに、閣下にもご報告しなければならないでしょう。一先ず、金貨についてはアーチボルト家ではなくて、僕の個人資産から貸しておきますが、貸し付け条件はどうしましょうか?」
「無利子無担保無催促で」
「姉上、図々しいにも程があります」
スティーブの言う通りフレイヤの要求は図々しいものであったが、フレイヤとしてみれば今の自分の家が大切であり、そもそも返済に行き詰まって借りに来ているので、少しでも有利な条件が良かった。
ただ、少しでもというよりも完全に返す気が無いと言わんばかりの条件であったが。
「スティーブちゃん、家族っていうのは困った時に助け合うものだと思うの。今あなたには私たちにお金を貸す余裕があって、私たちは返済できる余裕が無いの。もし、ここでお金を借りられなければ、私が娼館に売られることになる。これを見捨てる事が出来るというの?」
「見捨てる訳ではありません。それではこうしましょう。僕と閣下の名前を出した仲買人の情報をください。僕はその情報を閣下に売る事で利益を出しますので、それで無利子無担保にしましょう。無催促はあり得ません。返済計画については父上と話し合ってください」
「わかった、それで手を打ちましょう」
こうして交渉はまとまった。ここまでパーカー準男爵の存在感は殆どなく、誰が家を仕切っているのかは一目瞭然であった。フレイヤは元々頭の回転が速く、それに加えてアーチボルト家で苦労していたので、困難に立ち向かう能力に長けている。
ましてやここは彼女の実家。
家族との交渉となれば、パーカー準男爵が及ばないのも無理はない。
「さて、交渉もまとまった事だし、最近人気の蕎麦を食べさせてほしいわ。どうしてあんな料理を私がいる時に作れなかったのかしら」
フレイヤが蕎麦を要求すると、アビゲイルが口を出した。
「お金を借りて、料理まで要求するような子に育てたのは失敗だったわね。今から再教育するから、貴女も一緒に料理するわよ」
「それは良かったわ。作り方を覚えたら、うちの領地でも名物にしようと思うの」
もはや再教育が出来ないくらいたくましく育った我が子に、アビゲイルは天を仰いだ。そして、室内にいた男性陣は苦笑するのであった。
フレイヤとアビゲイルが料理の為に退室したあと、残ったスティーブとブライアンはパーカー準男爵に、仲買人についての情報を教えてもらう。
「仲買人の名前はジェラルド・ドローネ。ドローネ商会の会頭です。元々面識はなかったのですがトンプソン男爵の紹介で付き合いを始めました。トンプソン男爵は株式取引で資産が増えたとかで、仲買人にドローネ商会を使っていたのです。それで、そのトンプソン男爵に株式取引を勧められて始めたというのが始まりです」
「トンプソン男爵っていうのは、どこの領地の人なんですか?」
「西部地域で古くから領地を持っている貴族ですね。西部地域でも王都に近いので、戦火にさらされるようなことは無く、領地も豊かなんですよ。他の伝統を重んじる貴族のように、私のような新興の家を差別することなく付き合ってくれていると思っていたのですが……」
「思っていたのですが?」
その先を言い淀むパーカー準男爵に、スティーブは疑問を持った。
「大損した銘柄についてですが、そこは新規のオクレール商会という銘柄でした。経営者が資金がないので上場して、その資金で商売を始めたという事です。それで、そこの商会をソーウェル辺境伯閣下に使ってもらえるようにお願いして、実際に閣下のところに入り込む事が出来れば株価は何倍にも跳ねあがるという計画でした。それで、ドローネの調達した株を購入したのです」
「そこまでは普通ですよね」
インサイダー取引ではあるが、禁止されている訳ではないのでそれは問題ないなとスティーブは判断した。これでは相手が悪いとは言えない。
「はい。そこから株価は更に上がっていき、私はもっと株を買うとドローネに依頼したのです。それで、借金して資金を用意して、いざ株を買ったところが株価の天井でした。結局そのオクレール商会が閣下との取引をするような事も無かったのです」
「それは閣下に取引を拒否されたという事でしょうか?」
「私もそこが気になり、ドローネを問い詰めたのですが、そうしたらトンプソン男爵が出てきて、損をしたのを他人のせいにするなと言うのです。確かに損をしたのは自分のせいですが、最初の話であった閣下との取引の申し込みの有無くらいは確認をしたかったのです」
パーカー準男爵の話を聞く限り、どうも前提条件が眉唾であるなとスティーブは感じた。そして、自分なら直接オクレール商会に確認するだろうとも思った。
そして、当然パーカー準男爵もそうしていた。
「それで、人を遣ってオクレール商会に確認をしたのですが、そのような話は今まで無いというのです。平民が貴族について嘘を言えば、厳しい罰が待っていますので当然ですね」
パーカー準男爵の言うように、平民が貴族に関する事で嘘をつけば厳しい罰が待っている。死刑確実なのは貴族だと身分を偽った場合であり、その他にも貴族の仕事だと嘘を言えばその内容によっては死刑となる。
なので、オクレール商会がドローネ商会と組んで嘘を言うというのは余程のことであり、今回言ってないというのは本当であった。
「それをドローネ商会に言ったのですか?」
「勿論です。しかし、聞いたと言い張られて、それなら自分も被害者だというのです。そして、またトンプソン男爵が出てきて、自分の紹介したドローネ商会に文句があるのかと言ってきたのです」
「それはおそらく、ドローネ商会とトンプソン男爵がぐるですね」
「やはりそうですよね」
パーカー準男爵は自分の考えが逆恨みによるものではなかったとホッとした。ただ、それが逆恨みではなかったとしても、損失が無くなるわけではないが。
それでも、スティーブの客観的な意見で同意を得たのは嬉しかった。
「それで、オクレール商会の株はどうしましたか」
「売っても損するだけなので、まだ保有しております」
それを聞いてスティーブは暫く考え込んだ。
そして、パーカー準男爵を見てにっこりと笑う。
「では、リベンジマッチと行きましょうか」