34 王都急襲
翌日、スティーブはベラを連れてソーウェルラントに転移する。転移の先はオーロラが用意した部屋だ。ここならば、関係者以外に見つかることは無いとの配慮からだ。すでに大勢の目に触れてはいるが、一応スティーブの転移魔法は機密である。
なお、転移直前にクリスティーナに本日の出撃を伝えたので、スティーブは滅茶苦茶怒られた。
ベラはその事を思い出して笑う。
「スティーブは女心をわかってない」
「まだ子供なのにわかる方がおかしい」
むすっとしてベラにこたえた。ただ、スティーブの中身は大人なので、クリスティーナに対してもっとうまくやれたのではないかという気持ちがあった。
次こそは上手くやろうと思いながら、部屋の扉を開けてレオとの約束の場所に向かう。
場所は城内の広場。そこには既にレオと兵士達が待機していた。
スティーブを目にしたレオがやってくる。
「お待ちしておりました、魔法使い様」
「おはようございます。ってどうされましたか?そのようなもったいない言葉遣い」
「昨日の戦果を見れば、当然のこと。我が領地領民が貴殿によって救われました。このような傑物が我が西部にいたとは。己の盲目さを恥じるばかり」
レオに持ち上げられたスティーブは、首筋がむず痒かった。こうした扱いに慣れていないため、恥ずかしさが先行したためだ。代わりにベラが胸を張る。
「やっぱり、溢れ出るスティーブの凄さはみんなに伝わるんだね」
「なんだか恥ずかしいんだけど」
「恥ずかしがることなんてないよ。もっと堂々としていればいいのに」
「んー、苦手なんだよ」
前世でも自慢するような事はあまりなかった。それは前世の父親の影響かもしれない。職人っていうのは出来栄えで誇るべきで、態度や言葉で胸を張るなというのが父親の考えだった。
ある時、テレビに町工場の社長が良く出るようになって、色々なことにコメントをしているのを観て、
「こいつぁ職人じゃなくて芸人だな」
と怒ったこともあった。金型職人でありながら、その職場である工場ではなくスタジオで物を語っていたのが気に入らなかったのだ。
スティーブも本人を褒めるのではなく、結果を褒めてもらえればそれでよかった。今回でいえば、町から敵を排除してもらって助かったとだけ言ってもらえれば良かったのである。
そんな事もあって、今は非常に居心地が悪かった。
「さて、時間も限られていることですし、転移しますよ」
「そうだな。よし、第一陣出陣するぞ!」
レオの指示に兵士達が返事をした。第一陣の人数は騎士50人であり、その全員が返事をしたので、かなり大きな声が響いた。転移即戦闘が出来るように抜剣した状態で順次転移させていく。
ただ、転移先は昨日の段階で契約した虫の目を通じて安全を確認しており、敵に不意に遭遇するような事はない。
転移すると直ぐにスティーブは敵の拘束にうつる。
フォレスト王国側は突然ブラドル辺境伯が行方不明になって浮足立っていた。副官も同時に行方不明となっており、砦内の捜索を終えて外を見るべきかを検討しているところである。ただ、一万人を統括出来るような指揮官はおらず、千人長たちが集まって議論を重ねていた。
当然部下たちへの指示は出ておらず、敵襲に備えるようなことはしていなかった。今ならば、外からの攻撃でも不意をつけたかもしれない。
今回はさらに悪く、砦内部に魔法使いを軸とした騎士団が入っている。
スティーブは目に入った敵を片っ端から魔法で拘束していった。建物の中なので視界を遮るものが多く、一度に多くのものがスティーブたちに気づくことはなかった。なので苦も無く拘束しながら進むことが出来た。
仮に、大勢がいる部屋があったとしても、砦の中に放った虫やネズミの目を通じて、それらを事前に察知する事が出来るので、大規模戦闘になるようなことは無かったが。
そして、千人長たちが会議をしている部屋に突入する。
千人長の一人がスティーブたちに向かって怒鳴った。
「何だ貴様ら!」
「敵に決まっているでしょう」
スティーブはそう言いながら室内の全員を拘束した。
「兵士達に降伏するように命じてください。そうすればこの場で命を奪うような事はしません」
「貴様らに降伏などするか。今の現状を理解しているのか?我らはカスケード王国の領地におるのだぞ。どう考えても有利なのはこちら。この場で我が命尽きようとも、ここの兵士達が侵攻を続けるわ!」
先程どなった千人長は、スティーブの言う事をきこうとはしなかった。彼の頭には、転移の魔法かなにかで砦の中に少数が侵入したにすぎず、数で押せば勝てると考えていた。
その考えは途中までは正しい。ただ、数で押せば勝てるというのが間違っているだけだ。
「辺境伯の命がかかっていても同じ事が言えますか?」
「閣下とて武人。ここで命を惜しんで勝ちを捨てるような選択はせぬ!」
「へえ。それが本当なら、どうしてソレノイドの町に残った兵士を見捨てて逃げる準備をしていたのかな?命が惜しいからでしょう」
スティーブの話に千人長たちは動揺した。ブラドル辺境伯はカスケード王国に捕まっており、尚且つソレノイドの町に残った兵士を見捨てて逃げることまで話していたからだ。
実際には、自白をしたわけではなくスティーブが虫を通じて副官との会話を聞いていたから知っているのである。
そして、千人長たちにはその真偽はわからないが、そうした話が出たという事が本当であれば、ブラドル辺境伯はこの戦いは勝てないと判断していたことになるから、ここで抵抗したとしても意味はないのである。
結果、千人長たちは降伏を受け入れた。兵士達に武装解除をさせた後で、転移により追加で送り込まれてきた兵士達に捕虜として拘束されて連行される。連行といっても転移で一瞬だが。
続いて国境の砦も同様に奪還した。
この段階でソーウェルラントには25,000人の捕虜が集められ、その収容所の建設が間に合わないという事態が発生した。その対策として、身分の低い平民の兵士達は戦争奴隷として、次々と奴隷商人に売却されていく。
ある程度の身分の者は身代金が取れそうなので残しておいた。
本日の予定である国内砦の奪還が終わったスティーブは、レオとオーロラと一緒に執務室で話をする。そこにはベラも同席していた。
「これで領内の敵は排除できましたね、閣下」
「助かったわ。ブラドル辺境伯も捕まえたことだし、ここで終わりにしてもいいくらいね」
「いいえ、これから敵の王都までの攻撃は予定通り行います。こちらは追加の損耗はありませんし、今回のドクトリンに対して、対抗措置を取られる前に王都の攻略をしておきたいのです」
「わかったわ」
オーロラはスティーブに考えを変えてもらいたかったが、説得が無理だとわかり最初の予定通りにすることにした。
おそらく侵攻の速度が早すぎて、オーロラが策を講じる前に戦争は終結するであろうと諦めたのだ。
「このドクトリンとやらに対抗する手段が取れるというのかね?」
レオがスティーブに質問した。レオは自分が見たスティーブの魔法を使った砦の攻略に対抗する方法が考え付かなかった。
使い魔による内部の情報把握からの、指揮官拘束実施。しかも、魔法の攻撃も近接戦闘も出来る魔法使いが転移してくるとなれば、どんな堅牢な城塞であっても砂の城に子供が立て籠もっているようなものである。
「はい。技術的には確立されておりませんが、魔法が使えないような結界を作れば、転移の魔法も使えないし、使い魔による偵察も出来ません。まあ、逆に言えばそこに敵の守りたいものがあるっていうことでしょうけど」
「もしその技術が確立されたらどうするつもりかな?」
「今日はまだ使っていませんが、鋼作成の魔法で上空に鋼を作って、敵陣に落とします。一度魔法で作ってしまえば、そこからは鋼は普通の鋼ですから。その点、土魔法は魔法で土の形を作っているので、魔法を無効化されてしまえば形は崩れます。土塁のようなものなら崩れないでしょうけどね。でも、攻撃には向かないので。ただし、それすらも防ぐ方法を考えるでしょうね。それと、その方法では破壊は出来ても拘束は無理でしょうね」
「それが出来るまでは、どんな大国の王であっても安眠出来ないということか」
レオの言うように、この後各国の王は常に転移魔法の威力に怯えることになる。外国からの使節団に魔法使いが紛れ込んでいた場合、簡単に王城に侵入出来てしまうのは前々からわかっていた事だが、その際に偵察が出来る魔法使いと戦闘が出来る兵士が一緒に来れば、簡単に王の身柄を抑える事が出来るのだ。
今までは考えはしても現実的ではないとなっていたが、スティーブが実現してしまった事で、その有効性が証明されてしまったのだ。
さらに言えば、兵站の概念も無くなった。兵士を魔法で戦場に転移させ、戦闘が終了したら帰還させる。そうする事により、戦場まで物資を運ぶ必要が無くなったのだ。
ただ、膨大な魔力をもった魔法使いがいるのが前提条件になるが。
「では、明日からはフォレスト王国の国王の安眠を妨害しに行くとしますか」
「うむ。国軍はいまだに我らを分断するために配置された敵兵に手間取っており、今なら手柄は全て我らのものだ」
レオはオーロラと違い、戦果を挙げる事が出来るならそれでよいと考えていた。元から政治が苦手であり、そういった事は妻であるオーロラに任せているので、戦後の処理のことについてはあまり考えていなかったのである。
そんなレオの言い方に、オーロラが見せた険悪な雰囲気をスティーブは感じ取り、帰宅を申し出て退散した。
翌日からは一直線にフォレスト王国の王都を目指す。国境沿いに配備されていた敵の大軍は魔法で飛び越し、がら空きとなっているブラドル辺境伯の居城を占拠。その城にソーウェル辺境伯軍一万人を転移させて防衛に当たらせる。
それからも貴族の居城を次々に制圧していった。
フォレスト王国側は情報を伝達するよりも早くスティーブが攻めてくるので、王都ではまさか目の前まで敵が迫ってきているとは思ってもいなかった。
王都の外壁の門を目の前に、スティーブがレオに話しかける。
「さて、ここが最終目標ですが、敵の国王を捕まえたとして戦争は終わるでしょうか?」
「普通は終わりだな。ただ、王位を別の王族に継承させて戦争を続けたケースがない訳じゃない。どこの国にも諦めが悪い奴がいるからな」
「僕としては、早いところこの戦争が終わってもらいたいんですけどね。やっと軌道に乗り始めた工場の経営をみなければならないですから」
「魔法使い殿であれば、そのような事をせずともよいのではないですかな?国軍の頂点に立つことも可能であろうに」
「性に合わないんですよ。木や鋼を加工している方が合ってるんです」
「そういうものですか」
レオはスティーブの返答に納得がいかなかった。レオの考えでは武功を立てられるならば、どんどん立てるべきであり、領地の経営などは国からの褒美で賄えばよいと思っていた。
「スティーブは戦場よりも工場の方が似合ってるの」
ベラがぞんざいな口調でレオに話しかけたので、スティーブはひやひやする。レオが怒り出すのではないかと思ったのだ。
しかし、レオは特段気にする様子はなく、
「なるほどな」
とだけ言った。
「では行きましょうか」
スティーブはそういうと、全員に身体強化魔法をかける。
向かう先は国王のいる部屋。今は広い部屋でカスケード王国の占領地につていどう統治するかについて話し合っていた。そこにいる全員がまさか敵がここまで攻めてくるとは夢にも思っていなかった。
「ブラドル辺境伯は今頃ソーウェルラントを攻め落としたころであろうか?」
白髪の老人が一同にそう訊ねた。
彼こそがフォレスト王国現国王であるジェイコブ・ジャス・ダヴェンポート、その人であった。
「ブラドル殿ならばきっと既に攻略して、ソーウェルの首を町の入り口に晒していることでしょう」
そう言ったのは王弟である公爵だった。そして、誰もそれを楽観過ぎるとは思っていなかった。なにせ、国境を越えてからというもの、二つの砦を攻略して、ソレノイドの町を包囲していると報告があったのだ。
さらには、カーシュ子爵らの騒擾により、国境に兵士を集中させられなくしており、国軍の駐屯地とソーウェル辺境伯領の間にも兵を進めて、援軍を出せないようにしてある。
この状況でまさか負けるとは思ってもいなかった。
公爵の言葉に笑いが起こった時、突如として国王の前にスティーブたちが出現した。
室内の者達がそれに反応するよりも早く、スティーブは国王の右腕の骨を折った。スティーブは最高責任者であるフォレスト王国の国王に、蹂躙されたソレノイドの町の人々を見た怒りをぶつけたかったのだ。
「ぎゃあああああああ」
「陛下!」
国王ジェイコブは痛みに叫び声をあげると、のたうち回る。それをスティーブは魔法で拘束した。床に這いつくばった状態で、鋼の鎖で身動きが取れなくなった国王は、さながら徘徊するので対策として拘束された老人のようであった。
それを見て控えていた近衛騎士たちが駆け寄ろうとするも、直ぐに反応したスティーブが鉄の鎖を魔法で作り出し、彼等をその場に拘束した。
ついで、他の者達も拘束する。
そんな中、室内にいた魔法使いが転移の魔法を使う。国王だけでも逃がそうと、国王の近くに転移して、国王を連れてもう一度転移して逃げるつもりであった。
しかし、魔法使いの手足を拘束した鎖と魔力が干渉し、手足を転移させることは出来なかった。
当然、転移先には手足が無い状態で出現した。当然そこから血が溢れでて魔法使いは絶命した。
「誰も殺すつもりはなかったんだけどねえ」
「今のはスティーブが悪いんじゃないよ」
スティーブとベラの会話はどこか緊張感に欠け、敵の王城に乗り込んだというような状況には聞こえなかった。二人とも、いや、この場に乗り込んで来た全員が、何度も敵の真っ只中に転移するのを繰り返したことで、緊張感が薄れてしまっていたのである。
「何者だ!」
近衛騎士団長が怒鳴る。それに対してスティーブは笑顔でこたえた。
「自分たちで戦争を仕掛けておきながら、攻めてきたのが誰だかわからないのは問題じゃないですか?カスケード王国の方からやってきました」
カスケード王国という単語に、拘束されている人々が動揺する。今まで圧倒的に有利だった自分達の王城に、敵が攻めてくるということなど思いもつかなかったのである。
「にわかには信じがたいが。それにしてもいきなりの攻撃は無礼ではないか」
「よく言いますね。自分達は工作を仕掛けておきながら、不利になったら無礼だなんだというのは道理が通らないと思いますよ。それに、親玉を人質にとられた状態で、あまりこちらを怒らせる様な事を言わない方がいいと思いますけどね」
スティーブはそういうと、国王の首筋に剣を当てた。
「ならば、騎士として一騎討ちを申し込む。こちらが勝てば陛下を解放せよ」
「こちらに何のメリットもないですね。では、こちらが勝ったらば反対の腕の骨もおりましょうか。命までは取りませんよ」
その条件を聞いた近衛騎士団長は、ちらりと国王を見た。
国王は首を横に振って、一騎討ちを止めるように指示した。近衛騎士団長がスティーブに確実に勝てるという保証がない限りは、危ない橋を渡ることが出来なかったのである。
ここにカスケード王国とフォレスト王国の戦争は終結となった。