32 ソレノイドでの戦闘
スティーブが真っ先に転移したのは、町の住民がフォレスト王国の兵士に襲われているところだった。
住民は家の戸を閉めて立て籠もるが、フォレスト王国の兵士たちは扉を破壊して中に入り、男は殺して女を強姦し、金品を奪う。その行為は兵士ではなく盗賊そのものであるが、都市や村など人が住む場所での戦闘はそれが普通であった。
そして、今まさに扉を破壊して家の中になだれ込まんとする兵士の後ろに転移したスティーブは、土の魔法で円錐状の杭を何本もつくり兵士たちを貫く。土の杭に貫かれた兵士たちの体からは血が流れ、それが杭を伝って地面を赤く染めた。
ブライアンとコーディはその血の池を踏み越えて、家の中に入り住民に避難を促す。
敵を一瞬で倒したスティーブの顔には激しい怒りの感情が溢れていた。それを見たベラは、いつもと違うスティーブに怖くなった。
「スティーブ」
と呼びかけると、スティーブは我に返る。
「ベラ、どうしたの?」
「スティーブが凄く怒った顔をしていたから気になって」
「ああ」
ベラに指摘されてスティーブは自分が感情を隠さなかったことを理解した。そして、理由をベラに話す。
「兵士が戦うのは仕事だからいいけど、非戦闘員に対しての攻撃は許せないよ。それがたとえ味方だったとしても、全力で止める。こんなことを仕掛けて来たブラドル辺境伯にも、フォレスト王国国王にも必ずその報いを受けさせるから」
「本気で言っているの?相手の国に逆に攻め込むつもり?」
「勿論だよ。この惨状を見て決心がついた。他の国も同じことをしないように、徹底的にフォレスト王国を叩く。でも、まずはこのソレノイドの町から敵を一掃することからだね」
そういうと、スティーブは虫やネズミたちと契約を結び、彼らと視覚を共有した。そして、複数の監視カメラの映像をモニターで確認するように、彼等の視界を通して見える景色を確認した。
「スティーブ、次行けるか?」
「はい、父上。でも、ここからは更に速度をあげて、敵を倒したら次に転移します。住民の避難誘導よりも、そちらの方が多くの命を救えますから。それに、未だに少人数の部隊で抵抗を続けているソーウェル辺境伯軍の兵士もいますから、彼らを助けて住民の避難誘導をしてもらいましょう」
転移しては土の杭で攻撃を繰り返し、直ぐに町の一区画のフォレスト王国の兵士の排除が完了した。生き残って抵抗を続けていたソーウェル辺境伯軍の兵士もその区画に集め、簡易的な防衛陣地を構築した。
スティーブの魔法で土の防壁が完成すると、見ていた人々からどよめきが起こる。
集められた兵士の中で一番格上の兵士が、ブライアンに質問してきた。
「失礼だが、貴殿たちの所属は?」
「ブライアン・アーチボルト。陛下より騎士爵を賜っている。辺境伯閣下の要請でここに救援に駆け付けた」
「失礼いたしました、閣下!」
ブライアンが貴族だと知り、兵士は敬礼する。
「いや、今はそうした形式的なことは止めておこう。直ぐに防衛体制を作って、敵の攻撃に備えなければ」
「承知いたしました。それで、閣下はどれほどの兵力で駆け付けていただけたのでしょうか?」
「ここにいる15人だけだ」
「15人ですか……」
男の顔に明らかに失望の色が見えた。敵はざっと見ても5,000人くらいで攻めてきていた。町になだれ込んだのはそのうち500人くらい。味方の兵士は外壁の上で倒れ、町の中にいるのはわずかだ。そこに15人増えたところで、勝敗は変わることはないと考えるのが普通だ。
失望している男にコーディが話しかける。
「そんなにがっかりしなさんなって。うちの若様は魔法使いだ。それもとびっきりのな。こうして土の壁は瞬時に作るし、身体強化魔法だって使える」
そういうと、コーディが足元の石を拾って、壁をよじ登って来た敵兵に投げつけた。プロ野球の投手の投げる球よりも速い速度の石が、見事に敵兵の顔面に直撃すると、首が真後ろに曲がって壁から落ちた。
「ほらな。俺は別に特別じゃない。若様の魔法で強化されたからこういう事が出来るだけだ」
「身体強化魔法か。それなら敵も使うぞ。それであっという間に壁を登ってきて、この町に侵入されたんだから。それに、転移の魔法を使う奴もいた。そういう連中がいるから、防衛が簡単にやられちまったんだよ。それに加えて火の玉も飛んできた。一人の魔法使いが来てくれても、この状況はひっくり返らんだろうな」
その話を聞いたスティーブがしかめっ面で近づいてきた。
「他に、どんな魔法を見ましたか?」
「あ、これがうちの若様」
「まだ子供ではないか」
驚く兵士にスティーブが不機嫌を隠さず言う。
「まだ救わなければならない人達が大勢いる。早いところ知っている情報を教えて欲しい」
「ああ、すまん。いや、申し訳ございません。知っているのは今話しただけです。他にもいるかもしれませんが、壁を突破されてからは町に入って戦闘をしており、全体を見れるような状況になかったものですから」
兵士は貴族の嫡子であるスティーブに敬語を使う。ため口などきこうものなら、不敬だとして罰せられるのだ。もっとも、スティーブやブライアンがそんなことをするわけがないが。
追加の情報が無かったことで、スティーブは転移して生存者の救援に向かう。防衛陣地にブライアンたちが残るため、今回は一人だけでの転移である。
転移しては敵を倒して、生存者を連れて防衛陣地へ戻るの繰り返し。10回を超えたあたりで敵も異変に気づいた。町に突入した攻撃隊の隊長であるベンジャミン・ガードナーは特定の区画からの連絡が途絶えたことに気が付いた。
町中に築いた陣地で、隣にいる副官にその異変について話す。
「ハリデイの部隊からの連絡が無いな」
「敵にやられて全滅というのは考えにくいですな。魔法使いにかけてもらった身体強化魔法は、あと一時間は効果があるはずです」
「そうだな。その魔法のお陰で壁を易々と越えて中に入る事が出来たんだからな。身体能力が強化された我が軍の兵士を全滅させられるような部隊が敵にいるなら、町中に入るのにももう少し苦労をしたことだろう」
攻撃に際しては、身体強化魔法により身体能力を向上させた兵士を先頭にして、壁を攻略した。ベンジャミンをはじめとして、今町の中にいる兵士達は皆、その魔法の効果が残ったままである。なお、5,000人もの兵士に魔法をかけるため、フォレスト王国の身体強化魔法の使い手が全て集められていた。町の外にいる兵士にはまだ魔法をかけてはいないが、必要ならば全員にその魔法をかけるだけの魔法使いがいる。
「略奪が忙しくて、報告がおろそかになっているのではないでしょうか?女を見つければそれを優先している可能性も」
「だとしたら問題だな。多少のことには目をつぶるが、決められた定期報告が出来ていないならば、この後懲罰委員会にかける必要がある。が、俺の勘がそうではないと言っているんだ」
「敵に我が軍を上回る戦闘力を持った部隊がいると?」
「あちらだって転移の魔法使いが何人もいるだろう。そいつらを使って精鋭を送り込むなんてことは出来るだろうな」
ベンジャミンの予想はおおよそ当たっていた。確かに精鋭が送り込まれてきたのである。ただ、精鋭と呼べるのはスティーブとブライアンくらいだが。他はスティーブの魔法があるからこそここで戦えているのだ。フォレスト王国の兵士がその身体能力を倍にしているのに対し、アーチボルト領から来た者達は5倍に強化してある。
基礎が違っていても、それを補うほどの倍率の差があるので、防衛陣地は突破されていない。
そして、突如出現した防衛陣地の情報がこのタイミングでベンジャミンに報告された。情報を持った兵士がベンジャミンの元へと駆けてくる。
「ベンジャミン隊長、敵が突如町中に壁を作り、そこに立て籠っております。現在攻略のために壁をのぼりましたが、投石により全員が戦死」
「全員が戦死だと?強化しておきながら石を躱せないのか」
強化した兵士が石を躱せない。そして怪我ではなく戦死という情報に、ベンジャミンは耳を疑った。
「とてつもない速度で石を投げる奴がおりまして、当たると首が曲がってしまいます」
「敵も身体強化魔法を使っているのか。しかも、こちらよりも強化の度合いが高いとでもいうのか?」
「そのようで」
「流石はソーウェル辺境伯というところか。そんな魔法使いがいる情報なんて掴めなかったが、上手く情報を秘匿していたようだな。本陣に連絡して魔法使いをよこしてもらおう。身体強化魔法の倍率を高くして、一気にその敵の拠点を攻めるぞ」
ベンジャミンの指示を受け、兵士が町の外にある本陣に向かおうとしたが、それは叶わなかった。
「それはさせない」
ベンジャミンたちの前に黒髪の少年が突如登場し、そう言った。直ぐに兵士は串刺しとなって息絶える。
その場に居る兵士達はその光景を見て固まったところを、土で出来た鎖で拘束された。
「すぐに町から撤退する指示を出せ」
黒髪の少年、スティーブがそう命令を出す。
しかし、ベンジャミンはそれに従うつもりはなかった。
「お前がソーウェルが送り込んで来た魔法使いか。まだ子供じゃないか。そのような命令に従う訳が無かろう。こうしている間にも部下たちが町の制圧を続けている。もうすぐ制圧は終わるであろう。我らを拘束したとてそれは変わらない」
「そう。折角慈悲の心でこれ以上死者を出さないつもりだったけど、そう言うなら仕方がないね」
スティーブとしてはこれから敵の本体と戦うのに際して、余計な魔力を使いたくなかったのだが、ベンジャミンが撤退を拒否したことで転移を繰り返す事を決めた。
そして、土魔法の拘束を強めて、ベンジャミンの四肢の骨を折った。
「ぐぎゃああああ」
「お前は殺さない。不自由な体となって、生きている限り今日の非戦闘員への虐殺行為を反省してもらう。それが指揮官の務めだろう」
スティーブはその怒りをベンジャミンに思いっきりぶつけた。他の兵士は拘束されたまま、それを見ているしかなかった。
痛みに叫び声をあげるベンジャミンを置いて、スティーブは直ぐに戦闘が続く場所に転移し、全ての敵を倒した。そして防衛陣地に帰還する。
「父上、町中の全ての敵を排除しました。敵の町に侵入してきた部隊が築いた陣地に少しだけ生存者が残っていますが、魔法で拘束して無力化してあります」
「よくやった。しかし、外にはまだ多くの敵兵が残っているんだよなあ」
「あれこそがブラドル辺境伯が率いる本体です」
救助された兵士の中の最高位であるチャーリー・レミントンという隊長がそう教えてくれた。スティーブはそれを聞くと契約してある鷹を飛ばして上空から敵陣の様子を確認した。
「ブラドル辺境伯を倒せば、敵は敗走しますかね」
「そりゃあそうだが。スティーブ、まさか敵陣に突っ込む気か?」
「はい、父上。辺境伯の首を取ればこの戦いは終わります。いえ、この場所の戦いというべきでしょうか」
スティーブにはここから反撃を開始するつもりがあった。ブラドル辺境伯を討ち、そのままフォレスト王国への逆侵攻。そして、敵の王都を陥落させるという予定だ。
しかし、ブライアンはスティーブを止めようとする。
「町の中ではうまくやれたかもしれないが、外には魔法使いも大勢いるんだろう。無事では済まないぞ。全員無事で帰還するとクリスティーナ嬢とも約束したじゃないか」
「僕の魔力はまだ十分に残っています。それに、敵の大将であるブラドル辺境伯の居場所はわかっています。そこに転移して一気に勝負をつけます。早くしないと、敵も町中の部隊が全滅したことに気づいて、総攻撃の準備に入る事でしょう」
スティーブはブライアンに何と言われようとも、考えを変えようとはしなかった。ブライアンが説得できないのを見て、ベラがスティーブを止めようとする。
「スティーブ、駄目だよ。行くなら私も連れていって」
「ベラ、これは命令だ。ここで生存者を守ってほしい」
「私はスティーブを守りたいの!」
「気持ちは嬉しいけど、敵陣の真っ只中でベラを守れる自信はない。言ったろう、命令だよ」
命令と言われれば、ベラは従うしかなかった。
ベラの目からは涙が溢れて頬を伝う。
二人のやり取りを見てアベルが間に入った。
「仕方ねえなあ。ベラは俺が面倒見ておくから、スティーブは絶対に無事で帰ってこいよな。もし死んだりしたら、ベラと一緒にあの世まで殴りに行くからな」
「ありがとうアベル。その時は向こうで謝るよ」
アベルはスティーブが死んだら自分達も後を追うという意味でそう言った。スティーブもわかっていて、尚且つベラを止めてくれたアベルに感謝した。
「では父上、万が一の時は生存者を連れて町を脱出してください」
「万が一が無いことを祈っている。母さんに顔向けできなくなるからな。クリスティーナ嬢にも」
「親より先に逝くような親不孝はしませんよ」
スティーブは自分の身を案じてくれる人達に感謝した。
そして、10倍の身体強化魔法を自分に使い、ブラドル辺境伯のいる場所へと転移した。
ブラドル辺境伯は武人である。40歳になるが肉体的な衰えは見えておらず、むしろ10年前よりもさらに成長したと周囲が思うほどであった。長年カスケード王国との戦争をしてきて、自らが戦場になんども足を運んでおり、実際に敵兵と剣を交える事もあった。
勿論、フォレスト王国の大貴族であり、戦場では常に支援魔法と回復魔法の使い手がそばにつき、万が一が起きないようにしている。しかし、それを差し引いても優秀な武人であった。
そんなブラドル辺境伯は煙の上がるソレノイドの町を見ながら、この後のことを考えていた。
真っ直ぐにソーウェルラントを目指すか、周囲の貴族を叩くかの判断をしなければと考えていたのである。
彼に限らず、側近は皆ソレノイドの町での勝利を確信していた。
そんなブラドル辺境伯の目の前に黒髪の少年が突如として出現する。スティーブであった。
「っっっ!!!」
ブラドル辺境伯は考えるよりも早くからだが反応し、後方へと飛びのいた。勿論、魔力を惜しまずに身体強化魔法を使ってあるので、常人では考えられない速度であった。
スティーブはブラドル辺境伯の本陣に忍び込ませた虫からの情報で、飛びのいた人物がブラドル辺境伯だとわかっていた。しかし、距離を取られてしまったため、諦めて手近な側近たちを土の杭で串刺しにした。
「魔法使いか!」
ブラドル辺境伯は叫ぶと同時に剣を抜いた。一呼吸も置かずに一気に間合いを詰めて、スティーブへと斬りかかる。
その素早い剣が銀の蛇を空中に描く。剣は確実にスティーブの首を切り落とすと信じていたブラドル辺境伯だったが、銀の蛇の動きはスティーブの手前で止まった。
どう見ても子供であるスティーブが、辺境伯の剣を持っていた剣で受け止めたのである。
「子供で、魔法使いで、剣の腕が俺と互角だと!?」
ブラドル辺境伯は驚きを隠さなかった。
そこまでの攻防があって、やっと他の者達が動き始める。ブラドル辺境伯家騎士団がスティーブを取り囲み、魔法使いたちはその騎士団に身体強化魔法を使った。
だが、身体強化魔法を使っており、作業標準書で近衛騎士団長の動きを完璧に再現するスティーブにとって、目の前の騎士たちを斬る事は、豆腐を切ることとなんら変わりはなかった。
スティーブの持つ剣は、鋼で出来た鎧を苦も無く切り裂いた。
「囲んで一斉に攻撃しろ!」
騎士団長がそう大声で指示を出す。直ぐに四方から騎士の攻撃が飛んでくるが、スティーブは騎士団長の後ろへと転移して、その包囲網から抜けた。
騎士団長は視界からスティーブが消えたことで、慌ててその行き先を探すが、真後ろにいるとは思いもしなかった。
「団長、後ろに!」
一人の騎士が叫ぶが、団長は振り返る事が出来なかった。スティーブが神速の剣で、騎士団長を腰のあたりで真っ二つに斬ったのだ。
これを見たフォレスト王国の転移魔法の使い手が、慌ててブラドル辺境伯を連れて攻略した砦へと転移した。
ソーウェル辺境伯から奪い取った砦に戻ったブラドル辺境伯は、魔法使いに対して他の魔法使いを優先的に回収するように命じた。
「他の魔法使いを優先的に連れ戻せ。この砦には1万の軍が控えている。ここで態勢を整えてから再度侵攻を開始する」
「承知いたしました」
そう言って魔法使いは転移でソレノイドの町の外へと戻る。
しかし、その後砦には二度と帰ってくる事は無かった。転移の魔法を使うのを見たスティーブが魔法使いを逃す訳はなく、戻った所を一瞬で葬り去ったのである。
30分待っても魔法使いが帰還しないことで、ブラドル辺境伯は魔法使いを失った事に気づいた。そして、おそらくは他の魔法使いも倒されたであろうと容易に想像がつき、その大きな損失をどう取り返そうかと頭を悩ませる。