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29 外交交渉

 その日、スティーブはオーロラに呼び出されていた。内容は物資の注文である。


「遠眼鏡を追加で10個と、そちらの領地で使っている槍を5,000本、それに鋼を可能な限り納入できるかしら?」


 いつになく赤い唇が妖艶さを演出しているオーロラの口が、スティーブに対してそう切り出した。

 なお、アーチボルト領で使っている槍は竹やりの鉄パイプ版である。刺してよし叩いてよしで作りが簡単。不要になれば溶かして使える優れモノである。


「一応目的を伺っておきましょうか」

「報告を受けた状況から判断して、戦争が起きる可能性が限りなく高いからよ」

「だと思いました。やはり避けられませんか」


 スティーブはため息をついた。


「国境沿いに兵士を張りつけておいて、物資もそこに集めたのに何もしないなんて非効率的でしょう」

「ただ、そういうプレッシャーを与えておいて、交渉を有利に運ぼうという可能性もあるのではないですか?」

「ブラドル辺境伯軍の動きに加えて、国軍までがこちらに移動しているとなれば、疑う余地はないわよ」

「しかし、勝算はあるんでしょうかね?こちらもこうして備えているのだから、いつものように決着がつかないと思います」

「正面からぶつかるならばね」


 オーロラの言い方には含みがあった。


「この前の盗賊のような工作が他にもあるというのですか?」

「それはどうかしらね。無能でもなければ何かしらの策は用意しているでしょう。今のところそういった情報が入ってこないのは、防諜が優秀なのか本当に何も考えていないのか判断つかないけど。それで、調達は可能なのかしら?」

「鋼を可能な限りという条件ですが、それはこの城に入る限りという事でよろしいでしょうか?」

「そう言えばそうねえ。貴方の魔力だものこの国を鋼で覆うことも可能だったわね」

「いや、それは流石にしないですが」


 オーロラが冗談を言って笑うが、スティーブは極めて真面目にこたえる。実際には日数を掛ければ国中を鋼で埋め尽くす事も可能だ。それをするメリットが無いからしないだけで。


「本当ならこんな戦争の備えじゃなくて、貴方のところでやっている諸々の研究について、こちらにも少し成果を分けてもらいたいんだけど」

「それについては僕はアイデアを出しているだけで、研究については技官殿が報告書にまとめて、それを受けて王立研究所が研究を行っていますから、成果をお分けするならばそちらにどうぞ」


 オーロラは持っている伝手で王立研究所の研究内容を把握していた。しかし、その成果となるとすべては把握できていない。国王も世に出してはまずい研究については、その公表を禁じていた。遠眼鏡や顕微鏡などはその代表であり、製造方法は機密とされて非公開となっている。

 また、公表を禁じられていないものでも、公表をするだけの資料にまとまっていないものもあった。平民への教育についてなどがそれである。平民でも文字と計算を覚えられるが、その覚えるスピードには個人差があり、その個人差の原因がなんなのかはまだ未確認であった。そのため研究者はこうすれば多くの平民も学習できるが、出来ない場合はこういう原因であるという研究結果としての報告には出来ていない。

 それでも、一定数を教育出来るのであれば、領主としてはそういった人材確保のために、その教育方法を実践してみたいというわけである。

 スティーブは何が公表禁止なのかを把握していないため、全てを話さなければよいという結論をだしていた。なので、オーロラの頼みとあっても研究結果については教えない。


「貴方とわたしの仲だもの、教えてくれたっていいじゃない」

「陛下に怒られますので」

「そう言われたら仕方ないわね。私の方から陛下に有用な研究結果については、速やかに開示して欲しいとお願いしておくわ。糸巻機みたいなのが研究所で眠っていても勿体ないから」


 糸巻機については、オーロラはいち早くその有用性を察知し、領内に糸巻機製造専門の工房を立ち上げた。愚鈍な領主は領民の作業効率の悪さなど気にもしなかったが、オーロラは作業効率が上がれば領民には別のことをやらせられるからと、私財を投じて量産に踏み切ったのである。

 その結果、糸を紡ぐ作業に従事する領民の数を減らし、それをべつの作業にわりふることで税収を伸ばしたのである。その成功体験から研究途上のものであっても情報が知りたいと思っていたのである。


「それでしたら、別のものでもよろしいでしょうか」

「あら、あるならあると言ってほしかったわ。何かしら?」


 オーロラの顔が明るくなった。普段から感情を表にはしないような訓練をしているので、これは営業スマイルであるが、内心もどんな情報が来るのかとワクワクしていた。


「先物取引に続いて、銀行、保険、証券の金融事業のご提案です」

「銀行、保険、証券とは聞きなれない言葉ね。説明してもらえるかしら?」

「はい。銀行は金貸しと両替商のような役割です。保険とは例えば船が沈没した際に保険をかけていればお金が受け取れる。証券はパトロンですかね」


 そこからスティーブは前世の知識を使って如何にこれらの事業が有用かをオーロラに説明した。先物取引で利益を得ているオーロラは、スティーブの提案する金融事業には前向きであった。一通りその説明を聞いた後、スティーブの意図を確認する。


「とても素晴らしい提案だけど、どうして自分でやらないのかしら?」

「人手不足だからですかね。先物取引の時と一緒です」

「それなら、今回も免許制にしてあなたの贔屓にしている商会に免許を交付すればいいのね」

「そうしていただけると助かります」

「それともう一つ教えて欲しいのだけど、どうしてこのアイデアを陛下に献策しないのかしら?」

「アーチボルト領は土地が痩せており、農業には適しておりません。しかし、金融事業であれば土地が痩せているなど関係ない事です。農業と工業が行き詰まった時は、金融で領民を食べさせていけたらと。それには距離の近いソーウェルラントが金融都市になった方が都合がよいのです」


 一次産業、二次産業が駄目となったら三次産業に転換しようというスティーブの考えであった。農業主体の他の領地貴族では考え付かない事であり、農業生産に不向きなアーチボルト領ならではの考えであった。


 スティーブとオーロラが戦争の準備について話し合っている頃、フォレスト王国にて交渉を行っていたカスケード王国の外交官セシル・アシュリーは困っていた。


「こちらで捕虜にしたジャック・オルグレンというものは、ブラドル辺境伯の配下であり、その命令で我が国の村を荒らしてまわったと自白したと申して居るではないですか」

「その者が我らに責任をなすりつけようとしているのでしょうな。それか、貴国の自作自演ではないですかな?ブラドル辺境伯にも確認を取りましたが、そのような名前のものは雇ってはいないと返答がありました」

「いやいや、こちらとしてもブラドル辺境伯が身体強化魔法と回復魔法を使えるダブルの魔法使いを抱えていたのは調査済みです」

「それはたまたま同じダブルの魔法使いということもあるでしょう。何かブラドル辺境伯に仕えているような証拠の品でも身に着けておりましたか?」


 フォレスト王国の外交官は事前に回答を準備していた。これは生け捕りにされた事を知っていたわけではなく、盗賊行為を続けていけばそうなるであろうと想定していたためである。

 まさか、ほぼ全員が生け捕りになるとは思ってもいなかったが、それでも事前に準備していた回答の範囲を超えるような事態にはなっていなかった。

 一方、カスケード王国のセシルは歯ぎしりする。ソーウェル辺境伯が盗賊を生け捕りにして、自白させた情報を貰っておきながら、このままではなんの成果もなく帰国しなければならない。そうなった場合には無能のそしりを受けるのは明白で、どのような部署に左遷させられるかわかったものではない。


「それではどうしてもブラドル辺境伯の配下ではないとおっしゃるのですね?」


 恫喝めいた物言いに、フォレスト王国の外交官は内心ほくそ笑んだ。


「どうも貴国は言いがかりでこちらの責任としたいようですな。それはまるで戦争の口実を探しているようではないですか」

「そんなことはない」


 セシルは強く否定した。

 戦争は外交の延長上であるが、どこの国でも外交官としては戦争をせずに国益を追求したいと思っている。それは戦争ともなると、軍が出てきて手柄を持って行ってしまうからだ。国益よりも組織を守るという意味合いの方がどうしても強い。

 そうした事情から、セシルの語気は強くなったのだ。


「しかし、無実の我々に謝罪と賠償を要求してくるのは、どう考えても度を越した非礼。その代償は大きなものとなることでしょう」


 フォレスト王国の外交官はセシルを馬鹿にするようにニヤリと笑う。

 セシルは今すぐにでも椅子を蹴飛ばしてこの場を出ていきたかったが、それをしてしまえば自分のキャリアが終わってしまうと考える位には理性が残っていた。


「その態度必ず後悔することになりますぞ」


 セシルは相手にそう言うが、鼻で笑われる。


「こうして乗り込んできて、謝罪と賠償を要求したにもかかわらず、なんの成果も持ち帰れない貴方の方が後悔する立場じゃないですかね。我々としても無実の罪を着せられることに対して黙っているわけにはいきません。特に、国境を守るブラドル辺境伯の怒りは大きなものです」

「まるでブラドル辺境伯が戦争を仕掛けてくるような言い方ですな」

「実際のところはどうかわかりませんが、戦争をするには十分な理由ですぞ。貴族のメンツを潰してしまったのですからな」


 ここでセシルはフォレスト王国が戦争に踏み切るのは間違いないと判断した。この交渉自体が戦争のための口実作りであり、ひょっとしたら最初から盗賊団は適当なところでこちらに捕縛される計画だったのではないかとさえ思えた。

 そして、それは半分は正解だった。

 ジャックたちが国境を荒らしまわって相手が疲弊するのが第一、交戦となって捕縛されたら当然賠償請求が来るので、それを理由に開戦するのが第二の目標だった。

 セシルはこの状況では、攻め込まれるまでの時間は無いと判断し、外交交渉を打ち切り帰国することにした。帰国については転移の魔法使いが同行しているので一瞬である。ただ、同行しているのが魔法使いとばれないように、フォレスト王国の王都から外に出て、人目につかない場所で転移をする。

 帰国後は直ぐに国王と宰相に状況を説明した。

 国王ウィリアムはその報告を受けるとため息をついた。そして宰相のチェスターの方を見る。


「相手方のブラドル辺境伯の情報はどうなっておったかな?」

「国境沿いに兵力を集めており、物資も続々と運び込まれております。が、戦力的には当方と大差はなく、開戦に踏み切る理由がわかりませんな」

「確実な勝利を約束する状況ではないという事か」

「見えている部分では、と付け加える事になりますが」


 王都においてもブラドル辺境伯の動きは把握しているが、やはりこの状況で積極的に戦争に踏み切る理由がわからなかった。フォレスト王国内においても、ブラドル辺境伯の立場が危ういなどという情報はなく、焦るような状況でもない。


「工作員の動きはどうか?」

「こちらが把握して泳がせている工作員たちには、変わった動きはありません。少なくとも、王都での暴動やクーデターを画策している状況ではないですな。ソーウェル辺境伯の領地においても、特段の異変はございません」

「まあ、あの女が自領での敵の動きを察知出来ないとも思えんからな。となると、益々わからんな」


 国王と宰相の会話を聞きながら、セシルはいつ自分の処遇についての話になるかとひやひやしていた。なんら成果を持ち帰れなかったので、当然ペナルティはあると思っているのである。

 そしてついにその時はやって来た。宰相がセシルに話しかける。


「アシュリー卿、ご苦労であった。次の卿の仕事であるが」


 セシルはどの部署に左遷させられるかと息を吞む。


「戦後の交渉を任せるので、準備をしておくように」

「賜りました」


 宰相からの意外な言葉にセシルは拍子抜けした。そしてそれが顔に出たのを宰相に見つかる。


「不満か?」

「いえ、そういう訳ではございませんが……」

「左遷されると思っておったのだろう」

「はい」


 宰相は最初からセシルの心配を見抜いていた。そしてズバリ指摘すると、セシルもそれを認める。


「向こうに最初から交渉するつもりがないのだから、こちらとしてもどうしようもないであろう。それなのに卿の失敗だと言って責任をとらせるような事をすれば、他に外交官の成りてもなくなるであろうな。まあ、西部の貴族たちから不満は出るであろうが、戦後の処理をうまくやればそれも直ぐに収まるであろう。次が本当の勝負だな」


 国王からの言葉にセシルは頭を下げると、その処置に感謝した。

 しかし、その感謝が大きな間違いであったと後に気づかされることになる。

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