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27 盗賊

 その日、ベラはいつも通り第三の村で櫓にのぼって周囲を監視していた。手にはブライアンから預かった遠眼鏡を持っている。ベラの視力はとても良く、それゆえに狩りの腕前も良いのだが、遠眼鏡を使えばさらにその上を行く。

 周囲に高い建物が無いため、視界を遮られることは無く、今日も遠くまで良く見えた。

 そして、特に注意されていた山の方向に遠眼鏡を向けた時、そこに30人ほどの集団を見つける。街道も無いところから、ベラに事前の連絡もない集団が現れたとなれば、それは当然部外者であり、悪意を持っている可能性が高い。


「盗賊?わからないけど、手順書通りに狼煙をあげないと」


 ベラは急いで櫓から降りると、本村に連絡するための狼煙を上げた。続いて緊急事態を知らせるために、何度も強く打鐘した。


(どうしよう、スティーブが気づいてくれなかったら、私が戦わないといけないのかな)


 スティーブから貰った銃を握りしめて不安と戦いながら、出現したのが盗賊じゃなければいいなと願う。スティーブから貰った銃は全部で5丁。一発必殺で当てたとしても、全然数が足りない。次弾を装填する間に敵に殺されるかもしれない。そう思うと泣きそうになった。

 が、そんなベラの願いも虚しく、村に向かってくるのは盗賊団だった。

 盗賊団の団長、ジャック・オルグレンはその耳に鐘の音が入ってくると、違和感を感じた。


「隊長、この鐘の音は俺たちが発見されたってことですかね?」


 ジャックと同じ違和感を感じた隣の男が訊く。


「隊長って呼ぶな。ここではお頭だ」

「そうでした。で、お頭、まだ村まではかなり遠いんですが、鐘がなるってことは警戒されてたんでしょうね」

「まあ、国境沿いを荒らしまくって来たから、相手も警戒はするだろうけど、それにしてもこの距離で鐘を鳴らして狼煙まで上げるってことは、相当に目の良いやつがいるんだろうな。魔法使いかなにかだろうか」

「こんなちっちゃな村に魔法使いを配置するなんて信じられませんがね。恐ろしく目が良いんでしょう」

「そうだな」


 違和感を魔法使いの設置ではなく、目が良いということで自分を納得させる。実際には魔法使いではなくて遠眼鏡のお陰なのだが、勿論ジャックたちにはその情報は無い。


「よし、ばれているんだったら隠す必要もない。お前等、走っていって村人を皆殺しにするぞ」

「おう!」


 ジャックの指示で盗賊団は村に向かって走り出した。

 ベラは盗賊団が走ってくるのを見て、銃を相手に向けて構える。しかし、その体は震えて狙いは定まらなかった。鳥は撃ったことがあっても、人は未経験である。移住者の護衛をしていた時も、襲撃にあうようなことは無かった。もしもあの時、今みたいな状況になったら、はたして引き金を引けていただろうか。

 不安になり後ろを振り返る。ひょっとしたらスティーブが到着しているかもしれないと期待したが、そこにはスティーブの姿は無かった。代わりにスティーブが作った村が見える。


(自分がスティーブの作った村を守らなきゃ)


 不安はまだあるが、スティーブの作った村を守るという使命が心で燃える。こういう時の為に、村の周囲には射程を示す印があった。ベラは盗賊団がそこに来るのを片膝を地面についた射撃姿勢で待つ。

 先頭の盗賊が印を超えた時、ベラは引き金を引いた。ばねの反動がストックを通じて肩に伝わる。

 ばねの力によって射出された弾は、盗賊の喉を撃ちぬいた。喉を撃ち抜かれた盗賊は地面に倒れてもがく。周囲の盗賊たちはその姿を見て怯んだ。

 ベラは直ぐに撃ち終わった銃を手放して、足元に置いてある銃をとる。足を止めた標的を撃つのは難しくはない。一人を撃ったことで精神的な辛さも薄れた。

 初撃に続いて二撃目も足を止めていた盗賊の右目を射抜く。

 二人の仲間が倒されて盗賊たちは浮足立ったが、そんななかでジャックだけが冷静に状況を見ていた。そして、敵はベラだけだと把握する。


「足を止めるな!敵はあの子供だけだ!走れ!」


 その言葉で盗賊たちは落ち着きを取り戻し、ジャックの命令に従ってベラに向かって走り出した。距離が詰まるまでに、ベラは全てを撃ち尽くした。合計五人の盗賊が地面に転がり冷たくなった。しかし、そこで打ち止めである。

 装填には時間が掛かるため、銃身を握ってストックを相手に向ける。スティーブからはストック側で相手を殴れば、それなりのダメージを与える事が出来ると聞いていた。

 ただ、ベラには白兵戦の経験がなく、訓練でしか大人と戦ったことは無かった。

 この時、ベラの頭の中は死んだらスティーブと会えなくなるのかなということだけであった。まだ眼前に敵が迫って来てはいないが、走馬灯のように今までの想い出が頭の中を走り抜ける。


「お待たせ」


 ふいに背中からスティーブの声が聞こえた。

 幻聴かと思って振り向いたら、そこにはスティーブ本人が立っていた。


「お待たせ。間に合ったね」


 その言葉に、ベラは胸の奥からこみ上げてくるものが有った。


「スティーブ!」


 名前を叫ぶと、スティーブがほほ笑む。


「おっと、今はまず相手の動きを止めないとね」


 スティーブが魔法を使うと、地面が盛り上がって長靴みたいになり、盗賊たちの足を拘束する。全員がその場で動けなくなった。


「お頭ぁ」

「情けない声を出すんじゃねえ。相手にたまたま魔法使いがいただけじゃねえか」


 盗賊のひとりがジャックに助けを求めるような声で話しかけると、ジャックはそれを一喝した。

 スティーブはそんなやり取りをしている盗賊に歩いて近寄る。そして笑顔で語りかけた。


「さて、全員拘束したことだし、素直にどんな目的で動いているかを話してもらいましょうか」

「はん、ガキがいきがるんじゃねえよ。こんな拘束すぐに抜け出してやるぜ」


 ジャックはスティーブを睨みつけた。


「両足を土で拘束していますが、どうやって抜け出しますか?足を切断でもしない限り無理ですよ」

「その通りだよ」


 ジャックはそう言うと身体強化の魔法を使った。


「魔法?」

「そうだぜ。盗賊にも魔法を使える奴がいるってことよ。まあ、剣で足を斬るなんて、魔法でも使わねえと無理だわな」


 ジャックは驚くスティーブを笑い飛ばすと、隣にいた部下の足を斬った。人間の骨はとても硬い。よく小指を詰めるなどというが、あれはドスやヤッパで小指を詰めようとすると、骨で刃物が止まって詰められない。やるならば、のみを指に当てて上からハンマーで叩くのだ。

 それが足の骨ともなれば、指の比ではない。それを剣で斬ったのだ。

 スティーブは驚きと共に、新しい魔法に出会えた喜びを抑えるのに必死だった。


「ぎゃあああ」

「喚くんじゃねえ。今治してやる」


 そしてジャックは今度は回復魔法を使い、部下の切断された両足を復元した。続けざまに身体強化を部下にかける。


「よし、今度は俺の足を斬れ」

「へい」


 部下がジャックの足を斬り、ジャックは今度は自分自身の足を復元する。


「身体強化魔法に回復魔法を使えるんですね」

「そうよ。俺は魔法使いでも珍しい、ふたつの属性の魔法を使える『ダブル』ってやつだ」

「へえ。じゃあそんな人間が野良の盗賊団を率いているなんてのは、どうやっても信じられないね。それだけの能力があれば、国がどんな条件を出しても雇うだろうし、それでも断るのなら手に負えないから消すよね」

「随分とお利口さんじゃねえか。俺の部下に欲しいくらいだぜ」

「どうも」


 スティーブは視線をジャックから外さずに会話をする。そして、持っていた剣を構える。


「身体強化魔法を使った大人に勝てると思うなよ」

「じゃあこちらもそれを使ってみましょうか」


 そう言うと、スティーブは身体強化魔法を使ってみせる。


「何!?お前もまさかのダブルか?」


 ジャックが驚くと、スティーブはいたずらっ子の笑みを浮かべた。


「そんなもんじゃないですが、こういうことも出来ますよ」


 と言って自分の剣で腕の皮を斬って見せる。傷口からうっすらと血が出てきたのを確認してから、回復魔法を使って傷口を塞いで見せた。


「三種類の魔法だとっ!!!」

「もっと他にも使えるけど、ここで披露しても得にはならないからやめておきますよ」


 スティーブはジャックが自慢したダブルを超える魔法の種類を見せて、相手の高くなった鼻を折った。ジャックは自分の自慢がへし折られたことに激昂する。


「魔法の属性の種類の多さで勝敗が決まるわけじゃねえ。ここで斬り殺せばいいだけのこと。お前等やるぞ」


 ジャックは手近な盗賊たちを同じように土の拘束から解き放ち、身体強化魔法を使ってその身体能力を向上させた。

 盗賊たちはいっせいにスティーブに襲い掛かる。

 が、近衛騎士団長の動きを作業標準書の魔法で再現するスティーブには、盗賊たちの攻撃は当たらない。攻撃を躱しながら、土魔法で土柱を作り出しては、盗賊たちの股間にぶつけた。

 急所への強烈な一撃をもらった盗賊たちは、次々に股間を押さえてその場にうずくまる。

 そして再び土の拘束具で身動きを封じられるのであった。


「子供かと思っていたが、どうしてどうして。立派な兵士じゃねえか。騎士団にだってこうまで動ける奴はいねえぞ」

「騎士団のことを知っている盗賊だって、そうそういないでしょう」

「ふっ、そうかもなあ」


 ジャックは自分達の素性がばれてはならないことを十分に理解していた。そして、目の前の少年を殺さなければ、その秘密を守る事が出来ない事もわかっている。


「ここで魔力を更に使うと魔力が切れて、帰りに全員の身体強化をするのが出来なくなるんだが、そうも言ってられないようだな」


 そう言うと身体強化魔法の重ね掛けをする。


「今までが2倍だったが、今度は4倍だ。流石にこれは使えないだろう?」

「そうでもないです」


 自信満々で4倍の身体強化を使ったジャックであったが、スティーブはそれも作業標準書で覚えてつかってみせる。


「そうか、倍率ってこうやって弄るんだ。じゃあ10倍でも出来るってことか」

「馬鹿な!その口ぶりじゃあ初めて知ったってことか。見ただけで魔法を真似できるなんてことがあるか」


 ジャックは取り乱して大声を出す。スティーブが自分の魔法を見ただけで真似したことが信じられなかったのだ。そして、見せれば真似をされるということに気づいて、自分自身の失敗も怒りを増幅させた。


「30人を魔法で拘束して、尚且つそれを抜け出したやつを再び魔法で拘束する。それに加えて身体強化魔法まで使うとは、どんな魔力をしているんだかな。お前をいまここで殺しておかねばならないと確信したよ」

「ついでに言うと、僕がここに突如現れたのも魔法だってわかりますよね」

「ま、まさか瞬間移動の魔法を使ってきたっていうのか」


 スティーブが暴露したことで、ジャックは転移の魔法まで使った事を理解した。

 名前は転移か瞬間移動かという違いはあるが、魔法としての効果は同じである。


「どうやら子供の外見に騙されていたようだな。貴様、カスケード王国の軍の者だな」

「だとしたらどうします?殺しますか?」

「どのみち殺すのは一緒だ!」


 ジャックは地面を蹴ってスティーブに襲い掛かる。4倍に強化された肉体は、まるで大型の猛獣のような素早さでスティーブに迫った。

 上段から振り下ろされる高速の剣がスティーブの体に届くかというところで、スティーブも神速の剣を繰り出す。

 こちらも4倍に強化されたものだ。

 勝利を確信して剣を振り下ろしたジャックだったが、その剣が衝撃を受けて軌道を逸らした。

 ベラは二人の動きを目で追う事は出来なかったが、金属同士がぶつかる音が聞こえ、その後に二人の剣が壊れるのは見えた。

 そして、壊れた剣を見て不機嫌になるスティーブも見える。


「流石にあの衝撃には耐えられないか。もっと靭性のある鋼が必要だな。ベラ、こっちに銃を投げてくれる?武器が壊れちゃったんだ」

「うん」


 スティーブにお願いされて、戸惑いながらもベラは持っていた銃をスティーブに向かって投げた。スティーブはそれを受け取ると、ジャックに向かって構える。


「さて、魔法がこれ以上ないならあなたも拘束させてもらいますが」

「はん、殺す覚悟がねえのはお子様だってことかい」

「いいえ、僕はあなた達を生け捕りにすることで報奨を貰えることになっているんですよ。あとはこちらの望む情報を持っているかどうかですが。こちらの領地には被害は出ていませんが、あなた方が今までやって来たことを考えたら、許すつもりにはなりませんよ。今この場で何人か殺してみせてもいいですが」

「いや、止めてくれ。部下たちもまだ生き残る可能性があるからな。ここでやって見せろとは言わねえよ」

「では、そういうことで拘束させてもらいます」


 スティーブはジャックを土で拘束した。ジャックはもう抵抗をすることは無かった。抵抗するだけ生き残れる可能性が低くなることを悟ったからである。

 ジャックは手足まで拘束された。


「しかし、このままじゃあ水も飲めないし飢え死にしちまうが、いつになったら移送されるんだ?」

「今すぐですよ」


 そう言うとスティーブは転移の魔法でどこかへと消えた。待つこと数分、戻ってきたスティーブが笑顔でジャックに話しかける。


「準備が出来たので行きましょうか」

「行くってどこへ?」

「それは逃亡の危険があるから言えません。まあ移送後は僕の管轄ではないので」


 そう言うとスティーブは魔法を使う。ジャックは目の前の景色が変わったことに、乗り物酔いのような感覚を味わう。先ほどの村の目の前の風景から、どこか薄暗い倉庫のような場所に移動したことだけはわかった。ろうそくの明かりで辛うじて様子がうかがえる。そして、薄暗いながらも部下たちの様子も見れた。


「どれくらいの距離があるかしらんが、30人近くをいっぺんに瞬間移動させるとは、そんな魔力を持った奴は大陸を探したところでお前さんくらいだろうな」

「どうでしょうかね、世界は広いですから」


 ここから先はオーロラの管轄になるので、スティーブはジャックたちを置いてオーロラのところに転移した。そして、約束通り隔離された施設に生け捕りにした盗賊たちを連れてきたことを告げて、ベラのところに帰る。

 スティーブが再びベラの前に現れたのは30分とかからなかった。


「おかえりなさ……い?」

「ただいま。ありがとうね、ベラ。おかげで村を襲われなくて済んだよ」

「ううん、私ひとりじゃ何もできなかったよ。スティーブが来なかったらどうなっていたかわからない」

「ちゃんと狼煙を上げてくれたじゃないか。あれがあったからこそ気づいてこっちに来ることが出来たんだよ」


 スティーブに褒められるとベラは今までの緊張が一気に解けて泣き始めた。スティーブは泣くベラをやさしく抱擁する。ベラが泣き止むまで抱擁は続いた。

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