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24 工場稼働開始

 ララの父親であるライリーと母親のマイラは、職場である村の中心にある工場に出勤していた。そこの庭で見たのは奇妙な光景であった。自分の息子くらいの年齢の少年が待っていたのだ。身なりは高そうな服を着ているので、貴族か商人の子供だろうと思った。その横に、やはり高級そうな服を着た青年が立っていたのだが、どうみても青年が少年に気をつかった言葉使いなのである。

 更には、そんな2人に敬語を使わない平民が隣で笑っている。

 ライリーたち夫婦の他にも、移住してきた者達20名ほどが庭に集まる。すると少年が自己紹介を始めた。


「僕の名前はスティーブ・アーチボルト。当領地の領主の嫡男です。この工場の経営者となります。そして、こちらはニック。工場の責任者、工場長という立場になります。最後に、シリル・シス・エアハート殿。王立研究所に所属されている技官で、工場の観察をされることになります」


 集められた移住者にどよめきが起きる。目の前の少年が経営者ということが信じられなかったのだ。貴族の息子ということで、名誉職のような事なのかもしれないが、そうした名誉職に就けるには若すぎる。自分達はこの少年の気分で、酷い扱いを受けるかもしれないという恐怖もあった。

 そして、なおもスティーブの話は続く。


「まず、工場の仕事は朝の8時から17時まで。繁忙期は残業もあります。給金は日雇いと違って、月給という仕組みですので、1カ月の稼働日が変わっても受け取れる給金は毎月一緒です。6日仕事したら1日休みが与えられます。それ以外にも1年間に10日ほど、有給休暇というペナルティ無しの休みがあります。それを使い切った場合には、一定の割合で給金が減額されます」


 ライリーはスティーブの説明の全てを理解することは出来なかったが、今迄みたいな農作業のように休みが無い仕事とは違うというのを理解した。そして、世の中にはそういう事もあるのだなあという感想を持ったのだが、休業日という考え方はカスケード王国には無かった。新年や国王の即位式のようなお祭りの日くらいが休日になるくらいで、基本的には商人も職人も農民も、みな休みなく働いているのだ。

 この休業日の設定について、シリルはスティーブに休まずに働かせた方が利益になるのではないかと訊ねたことがある。それに対してスティーブが答えたのは、休日に商店で金を使わせて、支払った給金を回収するのが目的というものだった。シリルはなるほど、と納得した。

 ただ、スティーブは休みがあった方が、仕事が長続きすると考えていたのである。これについては自信がないので、シリルには言いはしなかったが。


「食堂係については9時から18時の勤務ですね。こちらも休日については同じです。ただし、工場が休みであっても、村民のために食堂を開くので、シフトを組んでもらいます。もう少し人が増えたら朝の時間も仕事になりますね。それでも基本は1人1日8時間労働とします」


 これが村民から給金を回収する仕組みの一つであった。外食という経験が無い村民たちに、外食を出来る環境を与え、食堂にお金を落としてもらうのである。食材については既存の村とエマニュエル商会から仕入れて、第三の村で売る計画もあるので、村民は食堂を使わずに自分達で料理することも可能だ。

 それと食事作りは時間のかかる労働なので、その負担を軽減させたいという狙いもあった。コンビニやスーパーマーケットなどなく、食事は自分達で作るのが当たり前だし、ガスコンロやトースター、電子レンジなどもないので、3食つくるとなるとそれだけで5時間くらいは費やしてしまう。

 その時間を余暇にまわすことで、新しいライフスタイルがうまれ、それが金儲けに繋がっていくという狙いがあった。

 それ以外にはエマニュエル商会による日常品の販売もあるのだが、そちらは僅かな税金しか収入として入ってこないため、スティーブとしては食堂の売り上げに期待していた。


「それと、給金については各部署の責任者になることで上がります。なので、頑張って仕事を覚えてください」


 これが工場と工房の大きな違いである。工房では仕事を覚えて一人前になると、みな独立して自分で工房を持つのが一般的だ。しかし、工場は今のところスティーブの魔法で作り出した工作機械を使って加工を行う為、仕事を覚えても独立することは出来ない。ただ、それでは遣り甲斐がないので、責任者になることで管理職手当を支払うというわけである。


「ここまでで何か質問は?」


 スティーブに訊かれるが、誰一人として質問をしなかった。スティーブの言う事をすべて理解出来ている者はいなかったが、誰もが貴族の子供に口を聞くことに躊躇したのである。

 そんな空気を察知したニックがスティーブの肩に手を置いた。


「まあまあ、若様。みんな初日で緊張もしているから、今ここで聞いたって質問は出てきませんぜ。だから、後から聞きたいことが出てきたら、みんな俺に言ってくれ。俺で答えられることであれば答えるし、それが出来ない事なら若様に俺が訊くから」


 その態度に誰もが目を丸くした。工場長と言われた男は、貴族の子供にぞんざいな口をきく。それに対して貴族の子供は怒りもしない。しかも、技官だという男もそれを見て咎めることもない。これはどうしたことだと疑問に思うのだ。


「まあなんだ、そろそろ仕事の割り振りをしなきゃならねえ。若様から男女の区別なく希望を聞けといわれているので、工場でも食堂でもどちらでも好きな方を選んでくれ。ただ、みんなが食堂を選んだりしたら、抽選になるけどな」


 ニックはそういうと、庭の地面に線を引いた。


「こっちが工場勤務希望で、こっちが食堂勤務希望だ。好きな方に並んでくれ」


 そこで初めて質問が出た。質問をしたのはライリーだ。


「仕事の内容を詳しく知りたいんだが」

「そうだなあ、工場は木や金属を削る。食堂は飯をつくる。工場だと字を覚えてもらうことになるし、食堂だと計算を覚えてもらうことになる」


 ニックの答えにライリーは愕然となった。いや、ライリーだけではなく他の移住者もだ。皆、文字や計算を学んだことは無く、そんな事は出来ないと思っているからだ。


「字や計算なんて貴族や商人が覚えるものじゃないか。俺たちにそれを覚えろっていうのか?」

「それに関しちゃあ、直ぐにってわけじゃねえよ。それに、お前さんたちの子供が学校に行って、字や計算を覚える事になってる。子供ができるんだから、大人だって出来るよ」


 ニックは経験からそう言った。実はニックは工場長になるのにあたって、文字の教育を受けていた。そして、彼の妻は食堂運営のための計算を教えられている。ニック夫妻も最初は無理だと言っていたが、スティーブの教えを受けたら覚えることが出来たのだ。

 難しいというのは思い込みであり、基本的な単語や足し算引き算なら、そんなに時間を掛けなくても覚える事が出来る。ニックはそれを理解していた。そして、ライリーを見て少し前の自分と同じだなと微笑ましくなったのである。


「安心しな、それが直ぐに覚えられねえからって、解雇したりすることはねえよ。それに、仕事があわないと思ったら配置転換もあるしな。農業に戻れるかどうかは領主様の判断になるがな。まあ、初めてで不安はあるだろうが、無茶な要求はしねえつもりだ」


 ニックの言葉にライリーはそれ以上は何も言わなかった。

 そして、ライリーは工場を選び、マイラは食堂を選んだ。食堂は全員が女性であり、工場は男女入り混じった構成になる。

 そこからは職場ごとに分かれることになった。ライリーはニックに連れられて工場の中に入る。そこでこれからの仕事の内容の説明を受ける。

 ニックが木で出来たブロックを手に取った。積み木である。


「これから作るのはこの積み木みたいな子供向けのおもちゃだ」


 その話を聞いて全員がおもちゃが売れるのかと思った。何故なら、農民で子供におもちゃを買い与える者はいないから、それが売れるという事が理解できなかったのだ。

 だが、スティーブはこれが売れると考えていた。勿論地球の知識があるからだ。それに、他の商品だと既存の工房やギルドとぶつかる可能性が高いが、おもちゃならば商売敵はいない。貴族社会でも子供のおもちゃというのは稀で、それも工房に特注するようなものであった。

 それを大量生産して安価に売りだせば、十分に商売になると考えたのである。

 なお、リバーシも工場で生産をしようかと思ったが、既存の領民から仕事を奪わないでほしいというアンケート結果が出たので、別の商品を考案することになったのだ。

 尚もニックの説明は続く。


「仕事は分業、木を同じ厚みに削る者、木を削ってブロックを作る者、角をとる者、油を塗る者、木で箱を作る者、積み木を検査して箱に入れる者、それらの各工程間を運搬する者だ。適性を見ながら最終的な仕事を決めるが、最初は交代で全部の仕事をしてもらう事になる」


 各工程で単一の仕事をしてもらう事から始める。これはスティーブが工程表をつくり、それを元に作業者の割り振りをして、各工程でするべき事、管理する事を明確にしてある。今まではこういった事は職人が経験のなかで学んでいく事であり、文章化されることは無かった。

 こうやって作るというのは、職人にとっては当たり前のことであり、それを理解してこそ一人前という考え方なのである。だが、それだと職人として育成するのに時間が掛かるので、領地経営としての工場運営の為に工程表をつくったのだ。

 勿論、前世で取引先からそういった書類の提出を求められたので、スティーブがそれを作った経験があるからこそ、考え付いたわけだが。


「じゃあ次は作業の見本を見せるからな」


 ニックはそう言って積み木作りを実演してみせた。倉庫にある木材を持ってきて、厚みを整えて四角く切ったり、棒材を旋盤で丸くしたりして、それをやすりがけして角を取る。それが終わると二枚の金属の板を取り出した。板は積み木の形状に穴が開いている。


「これは検査治具といって、製品の検査をする為の道具だ。これに今作った製品を入れる。通りと書いてある方の穴には積み木が入らなければならない。止まりと書いてある方の穴には入ってはいけない。ここで大きさを確認したら、油を塗る」


 その後木の箱を作る作業を見せて、それが出来ると積み木を箱詰めする作業を見せた。箱詰めも欠品が発生しないようになっている。検査が終わった積み木を直接箱に入れるのではなく、一度検査済みトレーに置く。置き場所は枠取りしてあり、その通りに置くようになっているのだ。そして、トレーの上には邪魔棒がある。トレーを上に持ち上げようとすると、その棒が邪魔する仕組みになっている。

 そして、この棒は積み木とトレーの重さが一定になると上がるような仕組みとなっており、欠品で重量不足ならばトレーを持ち上げられないのだ。

 ただ、横から引き抜いてしまえばそれまでなのだが、そこは作業教育でカバーすることにしてある。

 この仕組みは所謂ポカヨケという奴で、製造ラインでの作業者のミスを防止するために設置されている。日本で作るのならば、センサーなどを使って動作をコントロール出来るのだが、カスケード王国でやろうと思えばこの程度のものしか出来ない。

 それでも、この考え方はシリルには新鮮で、その考え方をまた報告書にまとめることになった。


「それと、各工程には限度見本っていうものがある。木材を使っているので同じようにはならないし、仕上げの出来栄えもどこまでが良くて、どこからが悪いのかを見本と見比べて判断してくれ。それでも判断に悩むようなら、俺に言ってくれたらいい」


 ニックが説明した限度見本というのも、カスケード王国には無い考え方だった。判断に悩むようなものは限度見本と見比べてそれで合否判断をすれば、いちいち責任者に確認する事もないし、作業者の誤判定防止にもなる。

 これもスティーブの前世の知識によるものだ。

 後は、各工程に作業標準書があるのだが、今のところ文字が読めないので、それはニックが指導するときに使用するに留まっている。

 このように全く新しい仕組みが導入された工場ではあったが、領民たちは農作業しか経験したことが無く、工場とはこういうものなのだろうと思っていた。

 一通りの説明が終わると昼飯時となる。ニックに案内されて、別建屋の食堂にライリーたちは移動した。そこではニックの妻による指導で作られた食事が用意してあった。

 ここで食事をする場合は代金を支払うのだが、当然今は持っていないので、移住してから最初の給料日までは無料となっている。勿論、子供も含めてだ。なので、学校に行っている子供や、家にいる子供たちも食堂にやってくる。

 一見大盤振る舞いに見えるが、無料期間中にその味を覚えさせて、有料でもサービスを受けたくなるように誘導するという目的もあった。

 皆が好きなものを注文する。勿論計算など出来ないので、自分達がどれほど贅沢に食べているかなどわからず、無料ということでかなり多めに注文をしたのだ。

 そんなわけで、午後は眠気と戦いつつ作業指導を受け、17時になるとまた食堂にやって来た。


 その日が終わり、ライリーとマイラが別々に家に帰ってくる。


「遅かったじゃねえか。何か問題でもあったのか?」


 ライリーはマイラにそう言った。


「あんたらがいっぱい食うから、片付けが大変だったんだよ。まあ、残業代とかいう特別な給金が出るからっていうんで頑張れたけどね。それに、味見と残った食事は食べていいって言われたからね。塩をあれだけ使ってある料理を好きなだけ食べられるなんて夢みたいだよ」


 それを聞いたライリーの目の色が変わった。


「食い放題なのか?」

「残った分はね。味見じゃあそんなに食べられないよ」

「なんてこった。俺もそっちを選べばよかった」

「なに言ってるんだい。この先、注文については計算を覚えて自分で金の受け取りとお釣りの支払いをするんだよ。それに仕入れだって任されることもあるって言っていたよ。あんたに計算が出来るのかい」

「あー」


 ライリーは額に手を当てた。

 その話を聞いていたララは、食堂で働くのもいいなと思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔、工場向けの補助機器を納品していて、その中にポカヨケユニットというのがあって、懐かしい 自分は毎日同じ仕事をきっちりやると言う仕事は無理でアルバイトだけで十分でしたが、一つのことを間違え…
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