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23 移住開始

 アーチボルト領に第三の村が出来た。

 この第三の村の特徴は畑が無い事である。村の中心に工場が設置されており、川から用水路でそこまで水が引かれている。工場の周辺には倉庫と商店と住宅がある。商店は食堂を兼ねており、食料品を買う事も食事をすることも出来た。

 住民は税を払う事は無く、アーチボルト家から給金が出る仕組みになっている。作った商品の利益が税金としての役割を果たす予定なのだ。

 移住についてはスティーブの魔法で連れてくるようなことはせず、エマニュエル商会に全てお願いしてある。スティーブの転移については一部には知られているが、その取扱いは最重要機密となっている。

 そうして、本日がその移住第一陣の到着日ということであった。住民たちはみな期待と不安がある。

 そんな住民たちのなかにララという少女がいた。ララは12歳であり、農民であった両親はカーシュ子爵の増税に耐えられず、ララを売りに出すかどうかと悩んでいたところに移住の話がやってきたので、これ幸いと申し込んで移住の枠に当選したのである。

 家族構成は両親とララと10歳になる弟の4人である。

 カーシュ子爵領だけではなく、オーロラに歯向かって銅を買い占めていた貴族の領地では、こうした身売りの話がかなり出ている。人攫いではなく商人が親と合意した売買であれば違法ではなく、貴族側も取り締まる事が出来ない。

 そして、売られた先ではひどい扱いを受けるのが当然だった。娼婦や鉱山労働はまだましな方で、犯罪組織などに売られた場合は、確実に使い捨ての道具にされるのである。

 そんな風に幸運にも売られる直前に移住が決まったララではあったが、両親が条件が良すぎて本当はもっと酷い仕事になるのではないかという不安を口にしており、本人もそれに影響されて漠然とした不安を抱えていた。

 農民で12歳といえば、もう既に親の仕事を手伝っている年齢ではあるが、未成年という事もあってまだまだ社会経験は少ない。酷い仕事というのも想像がつかないが、痛かったり熱かったりするのかなという風に、移住の住民が乗る馬車に揺られながら考えていた。


「お父さん、痛かったり熱かったりする仕事だったら、元のおうちに帰れるの?」


 その質問にララの父親はぎょっとして、慌ててララの口を手で押さえた。そして、小さな声でララを注意する。


「そういう事を言うんじゃない。これをお貴族様に告げ口されたら、どんな目に合わされるかわかったもんじゃない」


 父親にそう言われてララは頷いた。

 周囲の家族たちもみな同じであり、巻き込まれては面倒だという気持ちで御者の方を注視した。しかし、御者に特段の動きは無くて、この場での処分はなさそうだとわかり安堵した。ただ、到着と同時にどうなるかはまだわからず、到着したらすぐにこの馬車を離れようと、一同は考えていた。

 これはなにもカーシュ子爵が悪政をしいているからというわけではなく、カスケード王国の貴族は平民に悪く言われた場合は、その無礼を正すことが権利として認められており、正すというのは往々にして殺すと同義で捉えられているのである。

 ララの言ったような、酷いことをされるかもしれないというのは、十分に無礼である条件を満たしており、殺されても文句を言えるようなものではなかったのだ。

 ララが不安いっぱいになった時、移住の住民を運ぶ馬車が止まる。お昼の休憩時間になり、馬も人も食事を摂る事になったのだ。金を持っていない住民を運ぶため、食費は全てアーチボルト家持ちで、エマニュエル商会に先払いしてある。

 そのため、住民には商会のほうからパンが配給された。硬いパンではあるが、一緒に塩味のスープも配給されたので、それにつけてふやけさせることで何とか食べる事が出来た。

 休憩時間になって少し経つと、ララと同じくらいの少女が鳥を獲って来たのが見えた。この時ララは知らなかったが、これは護衛としてついてきたベラであった。スティーブやアベルと狩りをしていたベラは、今では大人顔負けの猟師になっていた。その腕を買われて護衛についているのだ。なお、アベルも別の隊に護衛としてついている。

 総勢で20名もいるので、一人当たりの食べられる肉の量は僅かであったが、塩味の効いた焼いた鶏肉の味にララは感動した。そんなララの隣にベラがやってきて、ララの隣に座った。


「初めまして、私はベラ。移住してくる人の中に同じくらいの歳の子がいてよかったわ。あなた、名前は?」

「私はララ。これから行くところの人?」

「そうよ」


 ララは同じ年齢の女の子が来たことで、父親に止められた質問をしてみた。


「怖くはないの?」

「怖いって何が?」


 ララの質問の意図がわからず、ベラは聞き返した。両親はぎょっとしてララを止めようとするが、それが間に合わずララの口が開く。


「仕事で痛い思いをしたり、領主様が怖かったりしない?」


 その質問にベラは笑い出した。


「痛いことは無いわね。そりゃあ、転んだりすれば痛いけど、自分が注意していれば痛いことなんて無いわよ。領主様は怖いけど、それはスティーブと一緒にいたずらをしたときだけ。あ、スティーブっていうのは領主様の子供の名前よ。いたずらしなければ怖くはないけど、段々ばれないようにいたずらしてやろうっていう気持ちになってくると思うわ。よかったら今度、いままでどんないたずらがばれたか話してあげるわ」

「本当?じゃあ、村に着いたら遊びに行くね」


 ララは無邪気にベラに言うが、両親はハラハラとしていた。もし、今やって来た少女が領主のはなったスパイであれば、今の会話は間違いなく報告される。

 会話を止めようにも、今となっては止める方が不味い雰囲気だ。

 仕方がないので、御者にベラの素性を訊ねる。


「すいません、今うちの娘と話している女の子なんですが、偉い人の子供でしょうか?」

「ああ、ベラちゃんね。彼女の親は平民だけど、どうしてだい?」

「身分の高い方なら、うちの娘が無礼な口をきいていないかと心配で」

「それなら大丈夫。あの子自身が無礼だからね。俺も最初に領主の息子のスティーブ様とため口なのを見た時は、無礼討ちされるんじゃないかって心配したんだけど、スティーブ様も全然気にしてない様子でね。色々な領地に商売に出掛けるけど、アーチボルト家は他の貴族と違ってそのへんはうるさくないよ」


 御者は何度もアーチボルト領を訪れており、他の貴族と違って貴族という地位を振りかざさないブライアンとスティーブに好感を持っていた。

 新興の騎士爵家であり、領民にも苦労を掛けているアーチボルト家であるので、横柄な態度をとって領民に逃げられては領地経営が立ち行かなくなるので、どうしても腰が低くなったというわけであるが、ララの父親にも御者にもそんな事情はわからなかった。

 ただ、御者には良い人と目に映ったのである。


「でも、それはいままでだろう。俺たちみたいな新顔がどうなるかなんてわかりゃしないだろう」

「まあな。でも今回の移住に関してだが、アーチボルト家は辺境伯に相当な金額を支払ったらしいぜ。だから、簡単に殺すような真似はしないと思うぜ。まあ、そんなこと考えずに殺しちまう貴族も多いけどな」


 アーチボルト家が移住に関してソーウェル辺境伯に支払ったというのは間違いである。正確には相場の利益の取り分を遠慮したとなるのだが、噂には尾ひれがつくものであり、御者にはそう伝わっていた。

 そして、それを聞いたララの父親はその金額もわからず、どんなきつい仕事を与えられるのかと不安が増した。例えば金貨10枚を支払ったなら、最低でも金貨20枚分くらいの仕事は要求されるだろうという思い込みである。


「なあ、鉱山開発みたいなきつい仕事だったりするのかな?」

「あそこの領地に鉱山はねえよ。それに、今回の移住者はうちへの売り物を作るって話だ。そう説明を聞かなかったかい?」

「ああ。農業ではなくて工業従事者として働くってことだったな。給金をもらいながら働くことになるって説明だった」

「その商品の試作品を俺も何度か運んだが、とてもきつい仕事で作る様には見えなかったぜ」

「本当か?」

「ああ。それは本当だよ」


 父親はそれを聞いて安心した。なにせ、移住者の最初のグループなので、良いも悪いも噂が聞こえてこない。だからこそ、とても不安なのだ。

 御者の話が本当かどうかはわからないが、今得られる情報はそれしかないので、それを信じて安心したというわけだ。

 そして無事にアーチボルト領の第三の村に到着する。そこで長屋の一室がララの家族に与えられた。

 2LDKのつくりにララ達家族は感動する。居間と寝室しかなかった前の家よりも部屋数が多かったのだ。長屋なので、隣の家に音が漏れるから、夜は静かにするようにと注意されたが、ララはそんな注意が耳に入ってこない。

 今日は初日というこもとあって、両親は仕事には行かなくて済む。が、明日からは仕事に行く事になるとのこと。そして、ララも学校に通うことになる。

 この学校というのは仕事に必要な読み書き計算を教える学校である。スティーブの意見で作業者として働かせるために必要なことを教育する機関を作ることになった。これは前世で外国人を雇用した時に、作業標準書が読めなかったり、始業点検や初品チェックシートの文字が読めない、計算が出来ないといった苦労から、その必要性を感じていたのである。

 シリルはその有効性を確かめるべく、学校の運営に関わっていた。貴族の三男で仕事が見つかっていない者をスティーブに紹介し、学校で教師として採用してもらったのだ。そして、スティーブとシリル、それにその教師のジョージの三人で教育するべき内容を決めた。

 教師のジョージは、ウィルキンソン子爵家の三男。年齢は18歳と若く、シリルと同じように軍家の家柄になじめず、学者としての生き方を探していた。ただ、シリルほどは優秀でないため、王立研究所に所属することは出来なかったという人物である。

 基礎教養があるのは当然のこととして、平民に対しての貴族としての選民意識が薄い事もシリルが推薦する理由となっていた。ただ、本人は成人して家を出ており、シリルのような貴族扱いの研究職でもないため、仮に選民意識を持っていたとしても、自身も平民であるのだが。

 そんなジョージとララは学校で初めて対面することになる。

 アーチボルト領に到着した翌日、ララの両親は職場に行き、ララは学校に登校した。弟は家で留守番である。

 尚、ララ達子供は学校で学ぶが、大人たちは仕事をしながら言葉を覚えさせられる。夜間学校の計画もあるが、それについては運営の状況を見守ってからということになっている。

 学校に到着したララは教室に入り、同年代の子供たちと授業の開始を待った。教室は黒板に教壇、子供たちの椅子がその前にあるというものだった。尚、黒板はJIS規格で定義されているが、今回スティーブの魔法で作り出した鋼製黒板は、JIS規格に則ったものではない。

 ベラも来ているかと思って彼女を探したが、ベラの姿を見つける事は出来なかった。ベラはそもそも第三の村ではないので、学校に来ることは無いが、今のララはベラも第三の村で生活すると思っていたのである。

 ベラがいない事にがっかりしたララであったが、ジョージが教室に入ってくると気持ちを切り替えた。

 が、直ぐにまたララは落ち着きを失う。


「教師のジョージです。よろしく」


 ララが見たジョージはすらっと細い体形に整った顔、太陽の光で輝く綺麗な銀髪で、話に聞いた王子様じゃないかと思えた。ジョージを見ているだけで体が熱くなり、心臓の鼓動が早くなった。ララにとっての初恋である。

 ジョージの挨拶が終わると、生徒たちの挨拶となった。尚、日本では子どもの呼び方は小学校は児童、中学校と高校は生徒であるが、アーチボルト領の学校は便宜上子どものことを生徒と呼ぶことになっている。

 ララは自分の番になると、小さな声で


「ララです」


 と言った。


「ララちゃんね」


 そうジョージに言われると、嬉しさと恥ずかしさから直ぐに下を向いて椅子に座る。

 初日は数字の勉強。カスケード王国は10進法が基本なので、1から10までの数字を覚える。鳥の形に切った木型に数字が書いてあり、それを順番に並べるということで数字を覚える。

 2人の組みを作って、どちらが早く正確に並べられるかを競争させ、遊びながら学ばせるのだ。こうした仕組みはスティーブの発案である。座学では飽きてしまう子どもたちに興味を持たせるための工夫だ。

 勿論シリルがそれを記録している。

 カスケード王国において教育というものは、貴族と裕福な商人の子どもが受けるものであり、その教育方法は教師の言う事を暗記することであった。それはひどく退屈なものであるが、子どもたちはそれが当然であり、家名を汚すまいと覚える努力をしていたのである。

 そういう教育が当たり前の中、スティーブの興味を持たせる工夫という考え方は新鮮であった。

 なお、ここで使われる教材については、知育玩具として売りだすつもりであり、子どもたちの興味や効果についてはデータとして集めるつもりであった。

 そんなスティーブたちの思惑は知らないが、ララはジョージにも会えるし遊びながら勉強できる学校は楽しいと思って下校した。

 こうして移住は進んでいく。

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