22 産業魔法Lv3
毎日魔法を使って銅を作っていたお陰で経験値がたまり、スティーブの魔法のレベルが上がった。
【産業魔法Lv3】
・鋼作成
・銅作成
・ガラス作成 new!
・産業機械Lv1 卓上旋盤、固定式グラインダー、パスタマシン
・産業機械Lv2 パイプベンダー、糸巻機
・産業機械Lv3 唐箕、コンターマシン、ハンドリフト
・測定
・作業標準書
唐箕は魔法で作って早速シリルに渡す。2台が直ぐに王都に送る手配がとられた。仕組みは簡単なので、分解して部品の採寸が終われば、直ぐに生産に入る事だろう。
コンターマシンとはバンドソーである。帯状になっているのこぎりが回転する工作機械だ。こちらはスティーブとシリルとニックで帯鋸の試作をして、今の技術で再現出来るかを確認中である。
尚、水力で動く製材機は存在しており、帯鋸でなければ既に稼働している。帯鋸をつくるのに両端をあわせて溶接をするのだが、当然ながら溶接機が無い。
帯鋸はバット溶接という抵抗溶接が一般的である。これは金属同士の端面を接触させ、加圧しながら電気を流して発熱させて溶接するというものである。
通常コンターマシンには帯鋸を再溶接するためのバット溶接機がついているので、魔法で作り出したコンターマシンでも溶接できるのだが、それ以外ではバット溶接の手段が無いため、コンターマシンを魔法無しで作り上げるのが可能かどうかを確認しているのだ。
それ以外の部品は構造が簡単なため再現は出来る。
ニックが目立ての作業にぼやく。
「のこぎりなんて需要が無いもんですから、作った事なんてねえですよ。若様の知識で目立てをしてみますがねえ、鍛冶師っていってものこぎりについては素人ですぜ」
木を切る道具としては斧の方がメジャーであり、のこぎりについては一部の職人が使うくらいで、鍛冶師もその仕事はあまりなかった。そして、目立てにしてもあさりの形状については、経験もないのでスティーブのおぼろげな記憶を元にニックが再現しているだけであり、摩擦抵抗が大きくて使いづらいものとなるのがほぼ確実であった。
「のこぎりを作るのが目的じゃなくて、帯鋸の形状を作れるかが目的だから大丈夫だよ」
「若様、職人ってえのは自分のつくったろくでもないものが出回るのが嫌なんですよ。魔法無しで作ったコンターマシンに、不出来な帯鋸がついていて笑いものになると思うと、恥ずかしくてたまんねえです」
ニックにしてみれば、自分のつくったものが不出来だと笑われるのは我慢ならないものであった。出来る事ならば、完璧なものを作りたい。そう思っていたのである。そうはいっても、目立てなどという特殊スキルは、一朝一夕に出来るようなものではなく、未経験のニックには荷が重かった。
「目立ては僕の方でなんとかするよ。だから、帯形状を作ってね」
スティーブはオーロラにお願いして、のこぎりの工房を見学させてもらうつもりであった。見学できれば作業標準書を作る事が出来るので、目立てについての問題は解決する。
残る問題は帯形状だ。手加工で薄くて同じ幅の帯鋸を作るとなるとかなり苦労する。板の両端をどうやってつけるかも問題だが、こちらは鍛接で接合することにした。
その試行錯誤をシリルは記録していく。
「しかし、これがどうなるっていうんですか。製材機みたいにのこぎりを上下させるんでもいいでしょうに」
とニックは作業しながらスティーブに訊ねた。
「のこぎりって上下か前後に動かすけど、切れる方向は決まっているよね。だけど、帯鋸だと同じ方向に回転を続けるから、切断面が綺麗になるんだよ。丸鋸でも回転方向は同じなんだけど、折角技官のシリルさんが来ているんだから、丸鋸なんていう直ぐに出来るものじゃあ意味がないでしょ」
「ああ、そういうことですかい。それなら俺も理解できました。同じ方向に回転するってえのが重要なんですね」
どうしても手で使うのこぎりでは前後の動きとなるが、バンドソーやメタルソーなどは同一方向に回転しながら切断が出来る。それもメリットであるのだ。
「これが終わったら、次はハンドリフトの試作もあるんだからね。おしゃべりしている暇は無いよ」
「人使いが荒いですぜ。俺は若様や技官様のようにこれだけが仕事じゃねえんですよ。村の人達から受けている仕事もあるんですぜ」
ニックはスティーブの人使いの荒さに泣きそうになった。
産業魔法Lv3でハンドリフトも作れるようになったのだが、シリルにはそれも再現を要求されているのだ。ハンドリフトとは手で動かすフォークリフトだと思ってほしい。工場のパレットを動かすのに、リフトの爪を油圧のシリンダーを使って上下させる。フォークリフトと違ってあまり高くは持ち上げられない。パレットを床から浮かせて運ぶのが目的なのだ。
これが量産されれば、倉庫の物流の革命が起きる。ただし、パレットとハンドリフトの爪については、国家が規格を決めて管理する必要がある。民間に任せていては各々が勝手な寸法で製造して、互換性が全く無いものが出来てしまうからだ。
しかし、シリルはまだその報告書の作成には手をつけていない。なぜなら、他にやることが多すぎるからだ。技官といっても若くて経験に乏しい。鋳造ひとつ取っても、ニックの作業で初めて見たという有り様だ。
そうしたシリルは自分が理解しないものを報告書にするわけにはいかず、作業をすべて自分で経験してから報告書を書いている。
そして、ハンドリフトよりももっと重要なのは、スティーブの新しい魔法のガラス作成だ。これによって精巧なレンズが作り出せるようになった。レンズを使ったものではメガネ、ルーペ、顕微鏡、望遠鏡などがある。
スティーブの前世知識により再現されたそれらは、カスケード王国どころか大陸に革新をもたらすものだ。ガラス自体は既に生産されており、それに手を加えればレンズが出来る。それをどう使うかを見せられたのだが、報告書はどこから書き始めたらよいかわからず、こうして帯鋸の作成を先にやることにしたのだ。早い話が現実逃避である。
なにせ、レンズについての報告書は歴史に残るような偉業。しかし、書き方を間違えればそれは歴史に埋もれるか、埋もれさせた無能として名前を残すことになる。後者になるのは何としても避けたかった。あまりにも悩み過ぎて食が細り、アイラがブライアンに相談しにくるくらいには痩せて周囲を心配させた。
「人使いが荒いって、これくらいで泣き言を言っていたら、移住者が来てからどうするのさ。ニックに技術指導をしてもらうつもりなんだから」
「そんなの若様だって出来るでしょう」
シリルの悩みをよそに、スティーブとニックは言い合う。移住者用の住宅も出来始め、希望者も出てきたことで、受け入れ日が近づいてきたのだ。なお、移住希望者の多くはカーシュ子爵領からである。
子爵の借金返済のため、厳しい税の取り立てが行われており、移住を希望する領民が多くいた。
彼らは逃げ出したとしても、見つかれば犯罪者として捕まる。平民には移住の自由が無いためだ。そこにソーウェル辺境伯からの移住の希望者を募る知らせが来たので、合法的に逃げ出せると希望者が殺到したのである。
これを100人に絞る作業はスティーブも心がいたかった。なにせ、全員が圧政に苦しんでいるので、出来れば全員を引き取ってあげたいところだったが、そうするとアーチボルト領も苦しくなるので、足切りをするしかなかったのである。
そして、スティーブが言う技術指導とは、移住者については農業ではなく工業をさせるつもりなので、工作機械の使い方をはじめとする、加工技術を指導する必要があるのだ。全員が未経験者なので、指導もかなり苦労する事が予想されている。
そんな2人のやり取りをみていたシリルが
「私も指導を手伝いましょうか?」
と言い出した。
「いえいえ、それは王立研究所から出向されている技官の仕事の範囲を超えてしまいます」
スティーブが言うと、シリルが大丈夫だと言った。
「大丈夫です。スティーブ殿のことですから、指導方法にも今とは違うやり方がある事でしょう。それを見て我が国の産業に反映するのであれば、それは立派な技官としての仕事です」
「ものは言いようですねぇ。若様と違って話がわかる」
ニックがシリルを褒める。比較されたスティーブはむすっとした。
「今度、母上たちが王都に買い物に行くときに、ニックの奥さんにも同行してもらって、流行の服を買う話があったけど、ニックが領主の息子に不敬をはたらいたので取り消しになったと伝えなくてはなりませんね」
「若様、そりゃあ職権乱用ですぜ。っていうか、そんな話初耳なんですが」
ニックについては、領地の機密に深くかかわっており、立場をあげて従士扱いとなっていた。当然その妻ともなれば、準貴族扱いとなるのでアビゲイルに同行して貴族専用の店に入店が可能だ。そして、従士の妻ともなれば、それなりの服装を求められる。というのが建前で、今までの苦労をねぎらうために、アビゲイルがニックの妻を誘ったというわけであった。
勿論、王都への送迎はスティーブの仕事なので、ニックの知らない事情をスティーブが知っていたというわけである。
「事実ですよ。なんなら確認してみますか?」
「いや、止めておきましょう。俺に言わないってことはそれなりの理由があるんでしょう。聞いたら面倒なことになりそうなんでやめときますが、給金は上げてください。贅沢を覚えたら後が大変なんで、家庭の平和の為にも金が欲しいです」
「給金は僕の管轄じゃないから、父上に直接言ってくださいね」
「へいへい」
そんな2人のやり取りをシリルは笑いながらみていた。
ただ、シリルの申し出は同情からではなく、本当にスティーブがどういう教育をするかを見たかったのだ。未経験者を使って直ぐに売り物になるようなものが作れるのか。作れるならばそのノウハウはどんなものなのか。それこそが、カスケード王国の将来を大きく左右するような気がしてならなかった。