第208話 決着
カヴェンディッシュ侯爵の社長解任により、経済革命クラブによるカヴェンディッシュ建設の乗っ取りは完了する。侯爵のイエスマンだった役員たちは軒並み辞任。これはアーサーが強制したわけではない。むしろ、業務が滞る可能性があるので、しばらくは残ってもらいたかったのだが、彼らは侯爵から睨まれるのを恐れ、即座に辞任したのだった。
なお、侯爵の保有する株はサリエリ商会が買い取った。公共事業を食い物にしていたことと、背任行為に対して会社からの賠償請求があり、現金が必要となったのである。
その侯爵の処分であるが、爵位は降爵されて男爵となり、息子が継ぐことになった。判明した不正な利益の返金で、家財は全てなくなり力はない。
侯爵本人は収監こそされなかったものの、もはや誰にも相手にされないほどに落ちぶれていた。
もうこの状態となっては、ナタリアの母親であるヘレナについての気持ちなど無くなっていた。
こうして全てが終わった後、関係者は王都のアーチボルト邸に集まっていた。
そのメンバーは、経済革命クラブのメンバーとバルリエ、アーチボルト家はスティーブとクリスティーナとナンシー。オーロラにレミントン辺境伯夫妻にシェリー、それとグランヴィル家である。
レミントン辺境伯がスティーブに頭を下げた。
「この度はありがとうございました」
「いや、僕は何もしていないから。今回は全て子供たちのやったことです」
レミントン辺境伯が頭を下げた理由は、王都にいる親戚が王都都市再開発委員会議長の座についたことへの謝礼である。カヴェンディッシュ侯爵が居なくなったことで空いた席に、伯爵である親戚が座ったのだ。
これは、リリアがカヴェンディッシュ侯爵の不正を暴いた功績に対して、国がそれを認めた結果である。レミントン辺境伯では王都の業務は難しいので、その親戚が選ばれたのだった。
「リリア嬢なくして、今回の結果はなかったですから」
と、アーサーがフォローする。カヴェンディッシュ建設を資金難にするために、リリアが瑕疵を指摘したことが一番の功績だとアーサーが褒める。
リリアは顔を赤くしてうつむいた。
「しかし、これでは我が家が利益を取り過ぎかと」
かしこまる辺境伯にたいし、オーロラが笑う。
「国内屈指の建設会社を安く手に入れたのよ。それで十分でしょ。ああ、早く配当金をもらいたいものだわ」
現在サリエリ商会は25%の大株主。その支配者であるオーロラにとって配当金は魅力的ではあるが、彼女の財産からしたら微々たるものでしかない。本当の目的は別にあった。
アーサーもその目的はわかっている。
「配当以外にも、材料の仕入先をサリエリ商会に変更していきますよ。侯爵を食い物にしていた商会は取引停止にしました」
侯爵の下について甘い汁を吸っていた、いくつかの商会は取引停止処分になっている。これは、公共事業の費用を水増し請求する侯爵の要望に応えたばかりか、さらに自分たちも水増し請求をしていた商会である。取引停止というが、国家の資金を詐取したことで、殆どが営業停止となっていた。それも無期限なので、実質的に倒産である。
今回、経済革命クラブのメンバーはカヴェンディッシュ建設の下請けだけでなく、孫請けやその先まで、全て連鎖倒産しないように手を打っており、恨みを買うようなことにはなっていない。スティーブから見たら、親の欲目を抜いても鮮やかな手口であった。
スティーブは素直に彼らを褒めた。
「実に見事だった。不正をしていた者たち以外からは恨みを買わない手法は称賛に値する」
それを聞いたメンバーの顔は一斉にほころぶ。
バルリエもニコニコしながら褒めた。
「買い占めの手口も実に鮮やかでした。売りから入って悪い噂で株価を下げ、増資と共に安値で買い集め。しかも、無関係を装った複数の投資家によるもの。提灯がつけば、もっと高値で買うことになっていたでしょうな」
現在の株価はアーチボルト家とソーウェル家が大株主になったということで、買い注文が集まっている。ただでさえ市場には25%の株しか出回っていないところに、こうした好材料が飛び込んできたので、連日高値を更新中となっている。
「僕の若いころよりも、遥かに高等な戦術だよ。よく考えついたものだ」
「いえ、何もないところから、株式や先物や保険といった金融商品を考えた父上に比べれば、出来た場所を使っただけに過ぎません」
アーサーが謙遜するが、スティーブは前世の知識で知っていたから出来たことであり、そこまで褒められるようなことではないことはわかっていた。なのでくすぐったい気持ちになる。
そんな照れ隠しからつい言葉が口から出る。
「売り家と唐様で書く三代目……か」
「どういう意味かしら?」
それを聞いたオーロラがスティーブに訊ねた。
「初代が苦労して作った財産も、苦労を知らない三代目があとを継ぐころには、遊びで使い果たしてしまい、家を売ることになるっていう遠い国の話ですよ」
「あら、博識ねえ」
オーロラが訝しむようにスティーブを見ると、スティーブは慌てて目をそらした。
その視線の先にはグランヴィル騎士爵がいた。目が合った彼は頭を下げる。
「閣下、この度はありがとうございました」
「いや、子供たちがやったことですから。今回私は何も」
という会話がされる。
それを見ながら、エリザベスがシェリーにこっそり話しかける。
「ママ、今回の利益はクラブの物だから取り上げないでよね」
「当たり前でしょ。私を何だと思っているよの」
「強欲な母親」
「こらっ!」
それが聞こえて一同が笑いに包まれる。
一方そのころ、カヴェンディッシュ男爵の屋敷に賊が入り込んでいた。
狙われたのは元侯爵。
財産が無くなり護衛などいない屋敷で、元侯爵は賊に刃物を突き付けられていた。
「組織は無くなったが、ボスの敵討ちくれえしておかねえとな」
賊は元マフィアの幹部であった。ボスを殺された復讐で、侯爵の命を狙っていたのだが、没落して警備が緩くなったのを見計らって、こうして乗り込んできたというわけである。
「まて、助けてくれ。殺したのは俺じゃない!」
「うるせえ!そんな言い訳が通用するか!」
そう言うと、首を一突き。元侯爵はそのまま倒れてしまった。




