第203話 襲撃
オルゴール店を出た後、一行はナタリアの家を目指す。
グランヴィル家は貴族地区と平民地区の中間に位置する。そこは下級貴族と裕福な平民の家が混在する、比較的治安の良い地区であった。
しかし、今日に限ってはそうではなかった。
五人組のチンピラ風の男たちが、アーサーたちに近寄ってくる。その中の一人がナタリアを睨みつけた。
「ちょっと、そこまで付き合ってもらおうか?」
そう言われたナタリアは震え上がる。本来なら真っ先にこうげきしそうなリリアも、護衛もいない実戦の経験はなく、動くことが出来なかった。
しかし、他のメンバーはそうではない。
イザベラが男を鼻で笑う。
「ふん、どこにそんな義理があるっていうの?」
「強がっているのも今のうちだぜ」
そう言うと、五人が皆刃物を取り出そうとした。
しかし、取り出す前にイザベラとアーサーに倒される。まさしく一瞬の出来事であった。ベラも反応していたが、相手の動きを見て、手出ししなくても問題ないと判断し、ふたりに任せたのである。
男たちは両腕と片足を骨折させられ、地面に転がった。ここから何かしようとしても、素早い動きは出来ないため、もはや脅威ではなくなっていた。
アーサーはまだ怯えているナタリアに話しかけた。
「この辺って、こんなに治安が悪いの?」
「いえ、いままでこんなことは一度も……」
青ざめ、震えながらもナタリアはなんとかこたえた。
そんなナタリアにアーサーは
「目をつぶって、耳を塞いでいた方がいい」
と言うと、彼女に背を向けた。
そして、倒れている男たちを睥睨する。
「さて、狙ったのはこのうちの誰だ?」
そう質問するが、男たちは目をそらして口をつぐむ。
すると、アーサーはため息をついた。
「はあ、最後のチャンスを逃すとはね。ベラ、質問に答えたくなるようにして」
「わかりました」
ベラは事務的に答えると、一人の男の左の耳を持つと、一気に引きちぎった。
「ぎゃあああああ」
引きちぎられた男は叫び声をあげる。
「ここからは喋るまで続けるし、躊躇はしない」
アーサーがそう言うと、ベラは次の男の耳を掴んで、同じように引きちぎる。
目をつぶるように言われていたナタリアだったが、その意味が理解できずに目を開けていたため、この光景を見てしまい、さらに顔が青くなった。よく倒れないというレベルで真っ青である。
それはリリアも同じであった。
それに気づいたイザベラが、二人の前に立って、手で目を覆い隠す。
「こういったことは不慣れ?」
その質問にリリアは答えられなかった。襲われるのも、襲ってきた相手を拷問するのも初めての経験であり、こうしたことからは縁遠く育てられていたのだ。
一方、ミハエルも含めて襲撃は経験済みのイザベラとアーサーは、この程度では動じない。ミハエルなどは、動けなかった自分に後悔しているが、恐怖は微塵も感じていなかった。
「無理よ……」
リリアはそう返すのが精一杯だった。
「でも、アーサーの婚約者でしょ。結婚すればもっと狙われることは増えると思うけど」
「……」
利権が大きくなれば、それだけ狙われる機会も増える。
リリアは今になってそのことを思い知らされたのだった。
しかし、今回については狙われたのはナタリアであった。耳を引きちぎられてない男が、わが身可愛さに自白したのである。
自白の内容は、マフィアのボスからナタリアを痛めつける、出来れば拉致するという指示をもらったというものであった。
「へえ、このタイミングでナタリアを狙ったとなると、もう黒幕はわかったようなものだけど」
アーサーがそう言ったとき、衛兵たちが駆け付けてきた。
「男たちが殴り倒されたと通報を受けたが何事か」
衛兵のリーダーがそう問うと、ベラが対応する。
「こちらはアーチボルト閣下の御子息と御学友。この男たちが襲おうとしたので反撃した。襲撃の背景を確認するため、いくつか質問をしていただけだ」
「これは、竜頭勲章閣下の御子息であられましたか!」
そう言われては、質問が拷問だろうとは言えず、名前の確認だけで終わった。男たちの始末は衛兵にまかせて、アーサーたちはその場を立ち去った。
少し離れると、リリアはアーサーに訊ねる。
「あの、アーサー様はいつもあのような襲撃を経験されるのですか?」
「流石にいつもじゃないよ。まあでも、この前は学校で暗殺者が襲ってきたけどね。ミハエルなんて死ぬところだったんだから」
あまり話は広まっていないので、リリアは知らなかったが、学校での襲撃はあった。それに、アーサーとイザベラは、襲撃を装った訓練を何度もしている。
事前に訓練だと知らされずに、犯人役に襲われるのだ。今では、アーサーとイザベラの方が強くなり、襲撃役が危険なのでやらなくなったが、過去にはそうした訓練を何度もやっていたのである。だから、咄嗟の時にも体が動く。
「あの、自白させるのは……」
ベラの拷問を思い出し、恐る恐る訊ねた。そうしたことも経験済みなのかと思うと、婚約者の事が酷く恐ろしく思えたのである。
「いやー、流石に慣れないね。ベラがいたから良かったけど、あれを自分でやるとなると、出来たかどうかわからないよ」
リリアはそう言われてベラを見る。
無表情のベラから読み取れるものはなかったが、それがかえって怖かった。
「スティーブは子供たちにそうしたことをさせたくないと思っているから、全部私がやる」
リリアは竜頭勲章閣下を名前で呼ぶ女性の護衛に、その関係を勘ぐりたくなったが、それに触れては駄目な気がしてそれ以上は考えないことにした。そして、アーチボルト家には「猟犬」と呼ばれる女性がいる話を聞いたのを思い出す。スティーブ・ティーエス・アーチボルトの愛人にして、近衛騎士団長を超える戦闘能力の持ち主という噂。
ベラは家族ではないため、レミントン辺境伯家に紹介されることはなかったが、その話と目の前の女性を見れば、それがベラだとわかった。
そうとわかると、薄氷の上を歩くような緊張感が生まれた。下手にベラの前でイザベラに突っかかろうものなら、躊躇なく排除されるという恐怖。それが相手の勘違いであっても、言い訳する時間すらないであろうという理解。
そんな緊張するリリアの隣で、危機が去ったナタリアは、アーサーを熱い視線で見ていた。




