第202話 将来への火種
「そういうことなら、教えておいてくれても良かったじゃない」
イザベラが口吻をとがらせるが、アーサーは悪気もない様子であった。
「情報を知る者が多くなれば、それだけ漏洩のリスクも高くなるからね。もう契約を結んでしまったから、侯爵が我々のたくらみに気づいたところで、こちらとしては違約金を取れるというわけ」
「私が裏切るとは思ってないの?」
オーロラがアーサーを見ると、アーサーは軽く首を振った。
「それはありませんね。閣下は利に聡いお方ですから、どちらにつくのが得かわかっておられます。メルダ王国の利権へのアクセスを、レミントン辺境伯に遮断されるリスクを負ってまで、入手するような利権でもないでしょう?」
「ほんと、そういった憎らしい判断は父親譲りね」
このやり取りをミハエル、リリア、ナタリアはハラハラしながら見守っていた。
アーサーの口のきき方は、大貴族のそれに対するものではなかったからである。
「父親ゆずりかどうかはさておき、これで仕上げまでの道が全て完成しましたね」
「まったく、人に悪人の演技をさせないでもらいたいわ」
「私としては適材適所の配役だと思っております」
オーロラとアーサーのやり取りに、事情を呑み込めないリリアは口を挟んだ。
「私たちにもわかるように説明して」
「そうだね。ここまでくれば大丈夫だとは思うけど、親にも言わないようにしてほしい」
アーサーはそう前置きをすると、話し始めた。
「狙うのはカヴェンディッシュ建設の経営権と、公共事業の利権。カヴェンディッシュ侯爵を社長と王都都市再開発委員会議長から追い落とし、その利権を僕たちがもらう。そのための増資。過半数の株をおさえて、筆頭株主になったら社長を解任する。それと同時に公共事業の不正な金の流れを暴露して、議長の座もどいてもらう」
それを聞いてリリアは疑問がわいた。
「もし侯爵がこちらの買い占めに気づいて、自分も買い増しをしたらどうするつもり?向こうの方が最初の持ち株が多いから有利でしょ」
「そのためにサリエリ商会が侯爵の持ち株を担保にとったんだよ。手数料を支払うまでは、侯爵は持ち株の議決権を使えない。手数料を払えば買い増しの資金が減る。買い増しできるような資金があれば、増資なんかしないからね」
カヴェンディッシュ建設だけでなく、侯爵家の資産もすでに把握済み。換金に時間のかかる不動産などは、売りに出せば即座にアーサーに情報が入るようになっている。
そして、もう一つアーサーは手を打っていた。
「買い占めもばれないようにするしね」
「そんなことが可能なの?」
「勿論」
「どんな方法なの?」
「それはね――――」
アーサーはリリアに買い占めがバレない方法を教える。
すると、リリアの顔には笑みが浮かぶ。
「ああ、そんな簡単なことなのね」
「そう。でも、言われるまではわからなかったでしょ」
「ええ」
リリアは興奮から声が大きくなった。
イザベラもカッター伯爵との仕手戦後、灰色だった毎日にやっと色がついた気がした。
「ああ、やっと楽しいことが見つかったわ」
「そう、だからサプライズ演出をしてみたんだ。家でこれをイザベラに伝えても、感動が薄かったんじゃないかな」
「あー、それはおばさ……ソーウェル閣下がいたからこそね」
あやうくオーロラをおばさんと言いそうになり、言いなおしてみたものの、オーロラには当然伝わっており、ギロリと睨まれた。
自分が言ったわけではないが、その鋭い眼光にリリアとナタリアは縮み上がる。
そんなオーロラであったが、すぐにその眼光は鋭さを隠す。
「で、目の前に大きな利益が見えているんですもの、可愛い婚約者に高価なオリジナルのオルゴールをプレゼントしたらどうかしら?」
「この店は、僕からお金は取らないですよ」
「あら、それもそうね」
オーロラはわざとおどけてみせた。
だが、オリジナルのオルゴールという響きに、リリアの目の色が変わる。これはステンレス製のドラゴン像よりは劣るものの、貴族の間ではステータスとなっていた。
作曲からはじまり、オルゴール作りまでが、全て一品ものであり、それなりにお金がかかる。だから、それを相手に送ることが出来るというのは、それだけの資産があるということになるのだ。
また、もらった方も誰にでも自慢できる逸品なのである。
「あの、それって私に……」
「そうだね。僕がお金を払うわけじゃないから申し訳ないんだけど、リリア嬢のために作曲して、その楽譜を領地の工場に送って、オルゴールにしてもらおうか」
「あ、ありがとうございます」
リリアはアーサーが婚約者として相応しいかを見極めるという目的を忘れ、すっかりアーサーに惚れていた。
それを見たイザベラが呆れ気味にミハエルを見る。
「まったく、アーサーは作曲まで出来るんですもの。比較される身にもなってほしいわ。私はデズモンドに頼んで、ミハエルに渡すオルゴールをつくってもらうから」
「そんな、悪いよ」
ミハエルは遠慮するが、イザベラとしてはアーサーがリリアにプレゼントするのなら、自分もミハエルにプレゼントしたいという競争心があった。
そのイザベラの視界に、ふと寂しそうなナタリアの姿がうつった。
「そうだ、アーサー。ナタリアにもプレゼントしてあげたら。彼女だけ何もないのも悪いじゃない」
そう言われてナタリアは恐縮した。そして、恐る恐るリリアを見る。
婚約者であるリリアと同じものをもらうなど、身分の差もあって畏れ多いことだと感じたのだ。
そのリリアであるが、全く気にせず、
「そうね。ナタリアももらった方がいいわよ。記念になるわ」
と言ったのだった。
これは、リリアが浮かれていて、深く考えずに発言してしまったのだが、それを見たオーロラは将来の波乱を感じ取り、クスクスと笑うのだった。




