第201話 サプライズ演出
執事は侯爵の命令を実行すべく、すぐに動いた。
しかし、その命令を遂行することはできず、数日後、申し訳なさそうに侯爵に報告することになったのだった。
「閣下、グランヴィル卿襲撃の件ですが……」
「どうした、そのような顔をして。勢いあまって殺してしまったか?」
そういう侯爵の顔はにやけていた。
言われた方の執事は首を振る。
「いえ、自宅と事務所にアーチボルト家の旗を持った護衛がおりまして、手を出せぬのです」
「何!!」
実は、アーサーはカヴェンディッシュ侯爵による報復の可能性を考え、グランヴィル家と工務店にアーチボルト家とわかる護衛を配置していたのである。
これを害すようなことがあれば、即座に身を滅ぼすことは確実であり、それを見て襲撃を諦めたというわけであった。
「他にやりようはないのか?やつらの現場を荒らすとか」
「現在の工事現場はアーチボルト家ですので、そこの現場を荒らすのはもっと困難かと」
アーチボルト家のガゼボの建て替え。この工事現場を荒らすのならば、マフィアの事務所に丸腰で乗り込んで暴れた方がまだマシである。
「そうだ、娘が貴族学校に通っていたであろう。あれを襲って痛い目を見せてやれ。我が物としたかったが、今となってはどうでもいい。顔に一生消えぬ傷を負わせろ」
「はい」
一時は母子ともに自分のものにしようと思っていた侯爵であったが、今やその感情も消え失せていた。憎悪は愛情の裏返し。ひっくり返ったとしても、その重さは同じなのである。
こうして、ナタリアが狙われることとなった。
そのナタリアであるが、登下校はイザベラとアーサーという護衛がついていた。それにさらに、ミハエルとリリア、少し離れてベラがついてきている。
エリザベスは護衛する許可が下りなかったので、学校からは馬車で帰宅するため、ここにはいなかった。
五人が貴族街を歩いていると、アーサーはとある店の前で足を止めた。
そこはオルゴールの店。
「ちょっとここに寄っていくから」
「うちの店じゃない」
イザベラがそう言った。
この店はアーチボルト家が経営しており、ターゲットにしている客層は上級貴族。作曲から請け負ってオリジナルのオルゴールを作ってくれる店である。
楽譜を持ち込むのでもよいし、既製品を買うことも出来る。
既製品は安価にはなっているのだが、立地の関係でここにやってくるような庶民はいない。平民向けのものはエマニュエル商会が扱っており、そこそこの人気商品となっている。
アーサーは振り向くと、
「中で待ち合わせをしているから」
と言った。
店内に入ると、そこにいるのはオーロラであった。相変わらず近寄りがたいオーラをまとっている。そんなオーロラが入ってきた六人を見て、にっこりとほほ笑んだ。
「閣下、お待たせいたしまして申し訳ございません」
「待っていたわ」
アーサー以外の反応は様々である。
イザベラは露骨に嫌そうにし、ミハエルとリリアは緊張。ナタリアは事態が吞み込めずに固まり、ベラは無表情となっていた。
そして、リリアは慌てて膝を折って、スカートの端をつまみ、頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくてもいいのよ。今日は非公式、ここで会ったことは何の記録にも残らないのだから」
オーロラは持っていた扇子で口元を隠して笑う。
相手が誰だかわからなかったナタリアは、イザベラに小さな声で訊ねる。
「あの、どちら様なのでしょうか?」
「ソーウェル辺境伯代理」
イザベラはぶっきらぼうにこたえたが、ナタリアはその態度を見て縮み上がった。自分からしてみたら、一生口などきけぬような雲の上の存在。そんなオーロラに対して、イザベラの態度は無礼である。機嫌を損ねたらどうなるかわかったものではなかった。
それはリリアも同じである。
家格は同じ辺境伯であり、それぞれが南部と西部の派閥の領袖であるが、勢いの差は歴然であった。なので細心の注意を払う。
ナタリアはリリアを真似て挨拶するが、生きた心地はしなかった。
そんな雰囲気を気にせず、イザベラがアーサーの肩に手を置いた。
「で、どうしてここで会うことになっているの?」
それに答えたのはオーロラ。
「レオにプレゼントするオルゴールを注文しにきただけよ」
「っていうのが表向き。本当の目的はカヴェンディッシュ建設の株について。増資の件はいかがでしたか?」
アーサーはオーロラの冗談を相手にせず、本当の目的を告げ、オーロラにその結果を確認する。
「案の定飛びついてきたわ。まあ、そうするしかなかったでしょうけど。子供とは思えない見事な手口ね。侯爵の資金繰りを邪魔するために、建設大臣を脅迫するなんて」
「脅迫だなんてとんでもない。陛下の臣としての役目を果たすべきと助言しただけですよ」
建設大臣への公共事業の洗い直しの話はレミントン辺境伯家からの申し出となっているが、その黒幕はアーサーであった。そして、オーロラと結託してサリエリ商会をカヴェンディッシュ侯爵のもとへと送り込んだというわけである。
ただ、このことは他のメンバーには知らせていなかった。情報が漏れるのを嫌った結果である。イザベラくらいには話しても良かったのかもしれないが、リリアやナタリアに不快な思いをさせないために、イザベラにも内緒にしておいたのである。




