第196話 瑕疵確認
経済革命クラブがグランヴィル工務店の売掛債権を購入した翌日、カヴェンディッシュ建設にはアーチボルト家名義で書状が届いた。
その内容はグランヴィル工務店の売掛債権を買い取ったので、支払いが出来ない理由となっている瑕疵を確認させてもらいたいというものであった。
これに頭を悩ませてたのは、カヴェンディッシュ建設の品質管理部長である、アンダーソンであった。支払いを遅らせるのはカヴェンディッシュ侯爵からの命令であり、瑕疵という後付けを無理やりの言い訳としていたのだが、それは相手が下請けであり、また、爵位も格下相手だったから通用したことである。アーチボルト家に同じ対応は出来るはずもない。
この件を侯爵に報告はしたのだが、
「うまくやれ」
の一言で終わってしまった。
ネイサン子爵の許可が出ないから、現場確認は無理だとこたえたかったが、それはアーサーもお見通しであり、ネイサン子爵の許可はアーチボルト家で取ると添えてあった。
「どうしたら……いや、こうなれば適当な傷を瑕疵だと言い張るしかないな。だが、ネイサン子爵からの入金は済んでしまっている。ここをつかれるとどうにもならん。いや、それは営業部に任せよう。品質管理の部分だけ説明し、入金については権限がないからわからないとすれば――」
こうしてアンダーソン部長は腹をくくり、瑕疵の説明をうけることにしたのだった。
そこから三日後、ネイサン子爵邸に集まったのはカヴェンディッシュ建設側はアンダーソン部長、アーチボルト家はアーサーとリリアであった。
二人は身分を隠しており、アーチボルト家から言われて瑕疵を確認しに来たと挨拶をする。
「本日はご対応いただきありがとうございます。アーチボルト家当主より、瑕疵を確認するよう言われてまいりました」
「本日は私、アンダーソンが対応させていただきます。品質管理の責任者として、弊社の瑕疵がどのようなものであるか、ご説明させていただきます」
アンダーソンはやってきた相手が若いことで安心した。年齢と実力は一致するわけではないが、若いということはそれだけ経験が浅く、自分ならやり込めることが出来ると思ったのだ。
日本でも建築と自動車に関しては、売り手と買い手の知識の差が問題となることが多い。それは、他の売買に比べて売り手が圧倒的に知識を持っており、買い手は騙されたことに気が付かないからである。
ここカスケード王国においても、建築とはそういうものであり、門外漢がわからぬ瑕疵など山ほどあった。
なお、ネイサン子爵は同席していない。これは、アーチボルト家が同席不要と言ったためだった。
このことも、アンダーソンが安心する材料となっていた。不意の発言がないというのは大きかった。
そして件のガゼボに行くと、アンダーソンが柱にある小さな傷を指さした。
「こちらが瑕疵となります」
「随分と小さな傷に見えますが」
アーサーは素直な感想を述べた。
この時、リリアも同じことを思っていたが、自分の発言でこの策が台無しになることを恐れて、口を開くことが出来なかったのである。
(アーサーは喋らなくていいって言ってくれたけど、不自然じゃないかしら?でも、何を喋っていいかわからない……)
と不安に押しつぶされそうになるリリア。
それが表情に出てしまい、アンダーソンが気づいてしまう。
(女の方は戸惑っているようだな。このまま畳みかけてしまえ)
勢いづいて口も軽くなる。
「わが社は貴族のお客様から多数お取引をいただいております。やはり、最上級の仕事を求められますので、こうした傷ひとつも見逃せぬわけです。信用問題になりますからな」
「なるほど。すばらしい。では、こちらを直すようグランヴィル工務店に伝えましょう」
「ええ。工事の許可はこちらでネイサン子爵に取りますので、許可が降りましたら連絡をいたします」
こうして瑕疵の確認は終わった。
乗り切ったの胸をなでおろすアンダーソンであったが、この後彼は苦境に立たされることになる。




