第194話 リリアの決断
予定より早くグランヴィル工務店への入金となったが、それ以外は当初の予定通りの日程で進む。
グランヴィル工務店とカヴェンディッシュ建設の調査結果の突合せだ。
いつもの経済革命クラブの部屋で、クラブのメンバーとナタリアが揃い、お互いの調査班の調査結果を報告する。
イザベラとミハエルの班は過去に遡ってグランヴィル工務店の経営状況を確認し、ここ最近カヴェンディッシュ建設からの支払いが遅れていることと、仕事仲間も同様に遅れているところがあるのを確認していた。
また、仕事で恨みを買うようなことも無かったと追加している。
一方、アーサーたちの調べたカヴェンディッシュ建設であるが、上場企業であるのはわかっていたが、どうもその経営状況は芳しくないのがわかっている。
それは大株主であるカヴェンディッシュ侯爵が、会社の資金を自分の資産に付け替えているため、内部留保が著しく少ないのである。
後払いが慣習の建築業界において、これはかなりの問題であった。
また、上場企業ということで、カヴェンディッシュ侯爵のみが株主というわけではない。侯爵の持ち株はおおよそ35%。1/3をやや超える程度であり、そのほかは売り出されて一般の株主が所有していた。
なので、無茶な資産の付け替えをしていれば、社長である侯爵は解任されそうなものであるが、侯爵であることと、公共事業に強いということから、株主総会も乗り切ってきたのである。
「自己資本比率は15%程度。何かあれば一気に経営危機になる水準だね」
アーサーはそう付け加えた。
自己資本比率とは自己資本、つまり返済義務のない資本を総資産で割った比率である。総資産には借金も入るのだ。
ミハエルはそれを聞いて険しい顔になった。
「その何かを起こすつもり?」
「そうだ」
アーサーは躊躇せず肯定した。
「グランヴィル工務店への支払い遅れだけであれば、大事にするつもりはなかったけど、カヴェンディッシュ侯爵は公共事業を食い物にしている。陛下の臣たる侯爵が、国の金を私するようなことは見逃せない」
その話を聞いて一番驚いたのはナタリアであった。
「そんな、私の家のことで侯爵閣下と対峙するなど……」
そんな彼女にアーサーは優しい笑顔を向けた。
「これは君の為じゃない。僕らも陛下の臣として、やるべきことをやるだけだから」
この時、イザベラとエリザベスはやる気を見せていた。ミハエルは避けられないと諦め、そしてリリアは戸惑いを見せていた。
「そんな、私たちは学生でしょ。大貴族とぶつかるのであれば、まずは家の意向を確認しないと……」
「父の許可はとってある」
アーサーはスティーブの許可を得ていることを伝えると、イザベラは
「まあそうでしょうね」
とにっこり笑顔になった。
これで後顧の憂いなく進められるという喜びである。
しかし、リリアはそれを聞いてもなお不安があった。自分がここでカヴェンディッシュ侯爵と対峙するのを相手に知られた場合、実家に迷惑がかかるからである。
南部派閥の領袖であるレミントン辺境伯家も、王都に親戚の貴族がいる。彼らは南部派閥ではない。当然、カヴェンディッシュ侯爵との繋がりもあるし、調べれば懇意にしている家もあるかもしれないのだ。
そんな彼女をアーサーは気遣う。
「リリア嬢は無理に参加しなくてもいいよ。僕らとは家の事情も違うからね」
が、その気遣いにリリアはカチンときた。未熟だからと言われた気がしたのである。
だから、勢いで言ってしまった。
「家の事などどうとでもなるわ。私も最後までやるわ!」
と。
「そう。じゃあ期待しているよ。これでカヴェンディッシュ侯爵をやり込めるシナリオが出来上がった。リリア嬢がキーパーソンになるからよろしくね」
アーサーはリリアが参加することで、カヴェンディッシュ侯爵に対しての攻撃のシナリオを即座に完成させた。
というか、リリアが参加した場合でのシナリオを考えていたのであるが、彼女の参加が不確定だったので、他の案も考えていたのである。ただし、それはリリアが参加した時の物よりも弱くなる。
リリアが参加すると言ったことで、最善の策がとれることになったのだった。
キーパーソンと言われてリリアは表情が固まったが、今更やっぱりやめるとは言い出せず、期待のまなざしを向けるナタリアに作り笑顔を見せるのであった。




