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181 小豆相場

 アビゲイルの誕生日ということで家族が集まっていた。シェリーの家族とフレイヤの家族も、スティーブが転移の魔法で送迎するので、この日は全員がアーチボルト領の領主館に集まっている。

 身内だけの集まりなので、他の貴族などは来ていない、小規模なものであった。

 食事と会話が進む中、デザートを出す時になると、主賓であるアビゲイルが笑顔になる。


「今日のために新しいものを考えてみたの」


 そういって出てきたのはそばがきに粒あんのかかったものであった。関東風に言えばぜんざいである。

 余談ではあるが、関東では汁気があるものをおしるこ、ないものをぜんざいと呼ぶが、関西では温かい汁物で粒あんをぜんざい、こしあんをおしること呼ぶ。スティーブの前世は関東なので、ぜんざいを再現したと思っているのである。

 それを手に取ったフレイヤはアビゲイルを見た。


「母さん、これそばがき?」

「そうよ。塩で味付けしてもいいけど、こうして餡をかけてたべるのもいいでしょ。そばの需要が伸びれば栽培する人も増えるでしょう。やせた土地でもつくれるそばはもっと作られるべきよ。そのために、そばを美味しく食べる方法を考えてみたの」


 アビゲイルは未だ貧しかったころの記憶が強く、領地で工業や商業が発展し、農業に就く若者が少ないことに危機感を持っていた。食料自給率が低いということは、将来食うに困る事態がやってくると考えているのだ。だから、領地でも栽培可能なそばの収穫量をもっと増やしたいと思っている。

 そばの美味しさを広めれば、需要が上がって栽培する人も増えるだろうというのがあり、そこでこうしてそばのデザートを考案したわけである。まあ、スティーブの助言もあったわけだが。

 フレイヤはそれを一口食べた。


「美味しいわね。売り出すつもり?」

「長持ちしないから、領地で売るくらいしか出来ないけど」


 金の匂いに敏感な娘に、アビゲイルは苦笑した。


「貴女のところは小豆が特産でしょ。やってみたら?」

「そうね。ここで買ってもらう分以外の使い道を考えるのもいいかも」


 それを横で聞いていたシェリーは、フレイヤが持っているぜんざいを奪って、素早く口に入れる。


「私は食べるだけでいいわ」

「貴女は少し王妃らしく振舞いなさい」


 アビゲイルの小言が飛ぶ。


「ここに戻ってくると、子供に戻るのよね」


 どこ吹く風のシェリー。

 それを見ていたイザベラは、隣のエリザベスに話しかけた。


「リズ。シェリー伯母さんって毎年ああよね」

「ここに帰ってくると子供に戻るのよ。国民が見たら幻滅するわね」

「あれで国に帰ったら完全無欠の王妃様だものねえ」


 シェリーが実家に帰ってくるとだらしなくなるのは毎年のことであり、イザベラとエリザベスは、いつになったらこの人は実家でも大人になるのだろうかと毎年呆れていたのであった。

 そして、ここの居心地が悪いのがヘイムダルであった。ブライアンとアビゲイルの子供たちは、フレイヤが王家、スティーブが竜頭勲章であるが、自分の家は準男爵である。誰も身分の事など言わないのだが、どうしてもそれを気にしてしまい、また、そうした家に生まれた従兄弟たちを逆恨みしていた。

 ただ単に良い家に生まれただけのくせにという気持ちが強いのである。

 そして、ここにいる連中に吠え面をかかせてやろうと思うのであった。


 やがて、その計画が動き出す。

 6月になると10月限の小豆先物価格が上昇し始めた。

 小豆の先物は10月限をスタートに、清算日が3か月ごとにある。これは収穫が9月からはじまるためであった。

 小豆の価格はおおよそ1万ドラ。カスケード王国国内の生産量は1万トンである。つまりは1000億ドラ市場であるが、豊作不作で価格が変動することがある。

 そして、1000億ドラというのは金持ちなら買い占めることも出来る金額であった。

 先物と同時に現物も買い占め、さらには今年収穫予定の畑にも、青田買いを仕掛けるのはロキであった。ヘイムダルの言うように、過去の統計から今年は小豆が不作になりそうだということで、4か月後の清算日に向けて買い占めを始めたのである。すぐにその情報は市場を駆け巡り、提灯がついて価格上昇が加速する。すぐに価格は1.5倍へと跳ね上がった。

 スティーブも、もちろんその値動きを把握していた。当然本尊も。イザベラとミハエルそれにアーサーを前に、そのことを話す。


「まいったねこれは。うちの気象予報部からの報告でも、小豆の不作予想が出ている。その情報が漏れたとは思わないが、同じような予測をしている者がいた場合、どう対処したらよいものかねえ。それも、本尊がソーウェル家だ」


 スティーブが本気を出せば、植物育成魔法で小豆を短期間で大量に生産できる。だが、それは永続するやり方ではない。これを教育の良い機会と捉え、若い二人に問題を出した。

 イザベラは直ぐにこたえる。


「もともとの計画通り帝国から小豆を輸入します。あのおばさんの狙いは、最近伸びているうちの製菓事業でしょ。だから小豆を吊り上げているのよ」


 イザベラの口吻が尖る。

 小豆の不作予想が出た時から、国内の調達以外を模索していたのだ。そして、イザベラは帝国貴族の立場を利用し、帝国国内で調達を画策していた。


「あのソーウェル閣下がこんな露骨な手段をとるのかな?」


 ミハイルはイザベラの意見に疑問を呈した。


「そこが納得できないのよね。気に入らないくらいに狡猾なのに、今回の仕掛けは馬鹿正直。まるで自分の力を見せつけるみたいなのよ」

「意図が読めない。だから、単純に帝国からの輸入に切り替えてもいいのかどうか。ソーウェル閣下なら、帝国からの輸入に罠を仕掛けている可能性だってある」


 アーサーはこちらが動こうとしている先にこそ、罠があるのではと疑っていた。この時、ソーウェル家ならオーロラが動くという思い込みから、ロキの仕掛けであるとは思わなかったのである。


「小豆相場には手を出さない。価格高騰への対応は先物ではなく、帝国からの輸入で対応しましょう。うちまで買いに回ったら、それこそどこまで上がるかわかったものじゃないわ。パーカー家から買う分の不足を補えるようにしないと。近々帝国と交渉をしないとね」


 イザベラはそう結論を出した。ミハエルとアーサーもそれに同意する。

 ソーウェル家とアーチボルト家が先物で小豆を買っているとなれば、とてつもない提灯がつくのはわかりきっている。

 だからこそ、手を出さないというのは道理であった。

 ただ、ソーウェル家の狙いがわからないことでモヤモヤしたものが残る。


 その狙いはすぐに明らかになる。


「うちを含めて製菓会社の株が大量に売られているわ」


 株価を見ていたイザベラは、製菓会社の株が軒並み下がっていることに気づいた。

 原料である小豆の価格が上がれば、業績が悪化するのは当然。それを見越した売りが出たのである。それも本尊はソーウェル家。

 なお、小豆卸しの会社の株は上がった。これも道理。小豆価格を操作することで、それを扱う会社の株価も動かす。単なる1000億ドラの市場から、対象が何倍にも膨れ上がったのだ。

 これであれば、ソーウェル家が望むような利益が出る。

 6月中旬にもなると小豆価格は倍になり、一部の製菓会社は値上げをはじめた。値上げしないところは、小豆の在庫を抱えているか、利益を削っているかである。アーチボルト製菓では、まだ小豆を抱えており、仕入れ価格は上がっていないが、今年収穫する小豆の仕入れを考えると、年内に値上げかという雰囲気になっていた。

 そんな中、スティーブはイザベラとミハエル、それに製菓会社と自動機会社の社員、エリーとニックを連れて王都の孤児院を慰問していた。あんパンを持って。

 子供たちが笑顔でパンを取る姿を見せる。


「どうだ、自分たちの仕事が菓子パンや機械を作るだけじゃなく、笑顔を作るっていうのを見た感想は?金を稼ぐだけの仕事っていうのは、世の中に必要とされなくなる時が来るが、笑顔を作る仕事っていうのはずっと残るものだ」


 スティーブの言葉にみな首肯する。

 それにニックが続けた。


「歴史に名は残らないかもしれねえが、子や孫に誇れる仕事ってのはいいもんだぞ。これを見ても、すぐに出来ねえだのなんだのと言えるか?」

「世間じゃ小豆の価格が上がって、値上げをするとか言っているが、それではあんパンを手にすることが出来るのは一部の人だけになってしまう。機械も、パン作りももっと無駄を排除して、効率を上げることで利益を損なわずに、同じ価格で販売できるようにしないとな」


 スティーブがそう続けた。

 値上げを決定するのは簡単である。しかし、その前にまだ出来ることがあるかを考えることは必要だ。それを伝えたかったのである。

 これを聞いて、設計者のレオンは特に感銘を受け、妥協しない設計をしようと心に誓う。

 いい話で終わろうかというところで、エリーが苦笑いした。


「で、相談役の考えたお話は、世界中のあんパンを独り占めしようとする悪者を、正義の味方のあんパンがやっつけるっていうやつで、今回その絵本もプレゼントしていくんですよね。イメージ戦略?」

「社会貢献の一環だよ。パンと絵本を無償で提供する。じつに素晴らしいことだろう?」


 このやり取りを見てイザベラは、父は自分たちのやり方が手ぬるいと思っているのだと感じた。小豆を買い占めているソーウェル家と戦えと言われている気がして、どうやって小豆を取り戻すかを考えた。

 そして、結論を出す。

 慰問が終わると、イザベラはスティーブにお願いした。


「パパ、すぐに帝国に連れて行ってほしいの」

「帝国のどこに?」

「叔母さんのところ。子供たちを置いて長旅は出来ないから、パパの力を借りたいの」


 スティーブは頷いた。


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