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180 パーカー準男爵家の事情

 設定集が消えたので、以前パーカー準男爵の名前を出していたら申し訳ない。何話目で登場していたか教えてください。


 ヘイムダル・パーカーは父親のオーズから準男爵の爵位を継いで二年が経っていた。オーズ・パーカーの妻はフレイヤであり、つまりはヘイムダルはスティーブの甥である。

 領地の経営は実質的領主であるフレイヤの影響が強く、ヘイムダルはまだ領主らしい実績は残せていなかった。三十という区切りを迎え、何か領主としての実績を残したいと思う日々であった。

 領地の主な産業は農業であり、主要な作物は小豆と除虫菊であった。どちらも収穫するとアーチボルト領に出荷される。安定的な収入にはなるのだが、すごく儲かるというわけではない。

 それに対して、出荷された小豆はアーチボルト領に多額の利益をもたらしていた。近年、平民も可処分所得が増加し、甘いものが売れるようになったのである。小豆から作る餡はお菓子に使われる。だからといって、アーチボルト領がお菓子だけで利益をあげているわけではない。

 餡を自動で包む包餡機を作って、それも売っているのである。なので、株式会社アーチボルト製菓と、株式会社アーチボルト自動機の業績はうなぎ登りとなっていた。

 ヘイムダルはそれを見て、自分たちは農奴のようではないかと思っていた。フレイヤはそこまでではなかったが、なんとかして自分たちでも小豆を加工して販売できないかと、領地から数名をアーチボルト製菓に研修に送り出していた。

 ただ、人材不足からどうしても大規模な産業を新規におこすのは出来ずにおり、研修の成果を活かすことが出来ていなかった。

 そんなヘイムダルはソーウェル辺境伯に可愛がられていた。といっても、オーロラではなく、その息子であるロキにである。

 このロキは今年40になる。5年前に正式に辺境伯を継いだのだが、実権は未だにオーロラが握っており、家臣たちも皆オーロラの方を向いていて、これでは誰が当主かわからないと不満を抱いていた。

 だからこそ、同じように当主でありながら、母親が実権を握っているヘイムダルに親近感を覚え、目をかけてやっていたのであった。

 この二人は酒が入ると常に「母親を見返してやりたい」という愚痴で盛り上がっていたのである。

 そんなヘイムダルは五月のある日、父親と会話をしていた。


「ヘイムダル、今年は小豆は不作になるかもな」

「何故ですか、父上」

「除虫菊が豊作だからだよ。この除虫菊が例年の1.5倍以上の豊作になると、どういうわけか小豆が不作になるんだ」

「本当ですか?」

「ずっと収穫高の統計を見ていて気が付いたんだ」

「それが本当なら小豆相場で儲けられますが」


 ヘイムダルは若干の悪意を込めてそう言った。


「それはしないよ。母さんとの約束だからな」


 オーズ・パーカーは苦笑いした。

 彼は準男爵時代に何度も相場で失敗し、そのたびにフレイヤが実家に掛け合って、領地の運営資金を貸してもらっていたのだ。ブライアンからもいい加減にしろと言われ、もう10年以上相場には手を出していなかった。

 ヘイムダルには、あんたが相場で失敗しなければ、うちの領はもっと発展していたのにという気持ちがあった。そして、自分は父親とは違い、そうした失敗などしないという自信があった。裏付けはないが。


「まあ、不作なら買値もあげてもらえるから、うちとしてはそんなに痛手にはならないんだが」

「農業などという天候に左右される博打みたいな産業一本から、早く脱出したいものですな」


 ヘイムダルはこれも不満交じりにそう言った。

 その後、ヘイムダルは西部の貴族の会合でロキに会った際、父親から聞いたこの話を教えた。


「ふむ、小豆の不作の予兆か。それが本当なら面白いことになりそうだな」


 ロキは笑顔になった。

 小豆といえば、新興企業のアーチボルト製菓で大量に使われている。その仕入れ価格が上がれば、痛手になるであろうと考えたのだ。

 ロキは母親が事あるごとに比較してくるアーチボルト家が嫌いだった。

 スティーブだけではなく、その子供たちについてもオーロラは褒める。そして、自分が落とされるのである。そんなアーチボルト家に西部の領袖がだれなのかを教えてやらねばと常々思っていたのだ。


「こちらで裏を取る。そうしたら、お前にも働いてもらうからな」

「はい。閣下の為なら」


 ヘイムダルは主人に褒められて尻尾を振る狗のごとく、ロキに褒められて嬉しくなっていた。


 一方そのころ、アーチボルト領ではスティーブがデザイナーのエリーと打ち合わせをしていた。


「社長、もっと子供受けするデザインにしろって言われても、抽象過ぎてわかりません」

「それを考えるのが君の仕事じゃないか。あと、もう社長じゃなくて相談役だから」


 スティーブは半年前に社長を引退して、相談役になっていた。

 会社もアーチボルト重工と社名変更をしており、社長にはイザベラが就いていた。そして、次々とグループ企業を設立し、ミハエルとイザベラで社長に就いているのであった。

 基本はスティーブが口を出さないことになっているが、そのスティーブが現在新規に取り組んでいるものがあり、そのキャラクターデザインをエリーが担当しているのである。


「だいたい、あんパンを子供たちに配っている正義のヒーローっていうのが意味不明です。あんパンを配りながら悪を倒すことが出来るなら、最初から悪を倒してください」

「わかってないな。正義や悪というのは捉え方で変わるものだ。戦争だってそうだろう。どちらにも正義があることが殆どじゃないか。でも、お腹がすいた子供たちにパンを配るっていうのは、誰が見ても正義なんだよ」


 スティーブが考えているのは魂を持ったパンの人形が、子供たちにパンを配りながら悪人を倒すというものであった。これを日本で発表すれば酷い批判を受けるところであるが、カスケード王国ではそうではなかった。

 そして、アーチボルト製菓で事業の柱となりつつある、菓子パン部門でこのキャラクターと連動してあんパンを売ろうとしているのである。


「わかりました。頭身を低くして、線を単純化します。でも、それで納得できないなら諦めてください」

「諦めないから安心していい」

「不安しかないんですが」

「おっと、もう時間だ。ニックが待っている」


 スティーブはこの後ニックと会うことになっており、エリーとの打ち合わせは終了することになった。


「三日後、また来ます」

「もう少し時間がかかってもよいが」

「出ないときは出ないんで、三日で十分です」

「しっかり睡眠はとれよ」

「そう言うなら、もっと簡単な仕事にしてください」


 恨めしそうに見るエリーをしり目に、スティーブはニックのところに向かった。

 そして、待ち合わせの試作室に入ると、すっかり老けたニックが待っていた。

 ニックも工場長を降りて、今は指導員という肩書になっていた。


「包あん機の試作はどう?」


 スティーブはニックに訊ねた。現在販売されている包あん機はスティーブの産業魔法で作り出したものと、それを改造したものであり、スティーブ抜きの包あん機というものは無かった。今はスティーブが居なくても包あん機を作れるようにするための試作が行われているのである。


「設計と加工でも揉めてますよ。加工者がこんな加工は無理だっていっても、設計がきかねえんで、毎日賑やかでさぁ」

「へえ。設計も頑固だねえ」

「レオンっていうまだ若い奴ですが、自分の設計に絶対の自信を持っているんで、これじゃなきゃダメだ。加工する方法をなんとか考えろって言うんですよね」

「そりゃまた大変だな」

「ええ。ステンレスが主体の機械なもんで、鉄ばっかり削っているやつらには硬くて条件がつかめねえんですよ。油をさしながら熱くならないようにゆっくり削るか、高速切削で熱が発生する前に削るかってえところから悩んでいるようで。材料も高けえんで何度も失敗できねえですし」


 ニックは頭を掻いた。

 だが、どこか嬉しそうである。スティーブはそれに気づく。


「嬉しそうだけど」

「まあね。誰もがこんなの加工できねえって言ったのを、作ってやったときの驚く顔を見るのが楽しいんで。螺旋の加工を寸分の狂い無くやったのを見せた時の奴らの顔ったらなかったですぜ」

「驚かせるのもいいけど、そこまで育てるのが仕事だからね。何度失敗してもいいように、自動機の会社を独立させて、連結から外しているのはそのためなんだから。まあ、イザベラは早く利益が出せるようにしたくて仕方ないらしいけど。上場させるためにも黒字化させなきゃって言われるよ」

「お嬢はなにかと金金っていいますな。おかげで可愛げが無くなった」


 ニックは腕組みする。

 スティーブもそれに同意する。


「全部あの男の影響だ」

「またあ。婿殿の悪口を言っていると嫌われますよ。この前だってこれ以上言うならうちに入れないようにして、孫の顔を見せないって怒られたじゃねえですか」


 イザベラとミハエルが結婚して5年以上経つが、いまだに納得していないスティーブであった。


「だいたい、娘が結婚するたびに大泣きするもんだから、男の子たちが拗ねるんですぜ。なんで男はいいんですか?」

「娘は奪われる気がするんだよ。そういう気持ちにならない?」

「なりゃしませんよ。やっと親の責任がなくなるって思うでしょう。それに、アーチボルト家に娘が嫁ぐことになった親なんて、みんな大喜びじゃねえですか」


 スティーブの子供たちも多くが結婚しており、他家との繋がりも増えた。そして、男の子たちの結婚では、相手の家から反対されることなどなかった。

 それは、相手も貴族であり、アーチボルト家との関係が出来ることを望んでいたからである。ただ、アーサー以外は政略結婚などではなく、みな恋愛結婚であった。

 どうにも共感してもらえないと悟ったスティーブは、話題を元に戻す。


「とにかく、今は技術を蓄積する時期だ。包あん機を僕に頼らず作れるようになってもらわないとね」

「ですね。しかし、よくもまあこんなからくりを考えたもんで」

「魔法があればこそなんだけど、でも、世界中の子供たちが手軽に甘いお菓子を食べられるようになったらいいなっていう思いがあったからだね」

「確かに、菓子作りってのは重労働みてえですから、人の手じゃ沢山は作れねえ。だから当然売値も高くなるってことですか。子供のことを考えるのが若様らしいですが」


 この包あん機により、製造コストが下がったため、スティーブは孤児院に無償であんパンやお菓子を配っていた。アーチボルト製菓に対してはなんの権限も持たないスティーブであったが、イザベラがスティーブの願いを聞いて実行していたのである。


「そういうわけだから、世界中の子供たちにお菓子が行き渡るように、早く包あん機を作ってよ」

「金属加工の職人だって直ぐには育成出来ねえんですぜ」

「そこをなんとかしてもらわないと」

「無茶を言わねえでくださいよ」

「ステンレスの材料を新しく作っておくから、なんとしてでも」


 スティーブはそういうと、試作用にステンレス鋼を魔法で作り、試作室に置いた。


「ま、やってみますがね」


 ニックはスティーブの説得を諦め、若い連中をしごくかとため息をついた。


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