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178 アベル登場

 ここまで来たら百万文字を達成したい。

 ってことで、番外編第二弾。


 ある日突然、ブライアンは領地の自分の屋敷でコーディとアベルに言った。


「お忍びで王都まで行ってみよう」


 と。

 この時ブライアンは既に60を過ぎ、63歳となっていた。いつまで健康で動けるかわからないので、いまのうちにやっておこうというのが動機である。

 同年代のコーディもその気持ちがわかったので賛成する。

 それに対してアベルは露骨に嫌な顔をした。

 領主に向かってそれは不敬であるが、長年仕えているアベルはブライアンとの関係から、そうした表情を隠さずに見せることが出来た。


「領地の方はいいんで?」


 ダメとわかっていながらも、一応やっぱり行かないと言うことを期待して聞いてみるが、ブライアンの意志は変らない。


「王都もこちらもスティーブが見るだろ。俺の仕事なんて収穫祭で料理を作るくらいなもんだ」


 領民に金を使わせる目的で始まった収穫祭であるが、なんだかんだでまだ継続していた。むしろ、初期の領民たちが昔を懐かしむ貴重な場となっている。

 発展目覚ましいアーチボルト領であるが、スティーブが魔法の才能に目覚めるまでは餓死者が出るような貧困の領地であった。そこから、そばの発見や狩猟道具の作成などで、餓死者が出なくなり、リバーシや冷蔵ポットの販売で現金を得て、それを使う収穫祭が始まったという歴史がある。

 そこでは食べ物は無償で提供され、しかも、領主とその夫人自らが調理したものであるというのは今も変わらない。

 新しくやってきた領民は、国内屈指の大貴族であるアーチボルト家の当主自らが料理するというのが信じられないし、それを食べるのも畏れ多くて中々参加しないのであるが、昔からの領民は毎年のことであり、病気などではない限り参加していた。

 現在、領主の仕事はほぼスティーブが代行しており、ブライアンは収穫祭の料理くらいしかすることが無いというのは本当であった。ただ、コーディとアベルは違う。二人とも領内の警らの仕事をしており、コーディはそのトップなのである。

 なので、アベルは今度はそのことを理由にしてみた。


「コーディ従士長と自分には警らの仕事があります。特に従士長は」

「ではなにか、コーディが突然倒れて仕事が出来なくなったら、お前らは何も出来ないというのか?」

「いえ、それは」

「そうだろう。それに、コーディが長期間いなくとも、ちゃんと組織が運用できるかを確認するいい機会じゃないか」

「はあ」


 そう言われては何も言い返せず、アベルは諦めて同行することにした。

 一週間後、準備を終えた三人は出発することとなる。

 お忍びなので身分はブライアンが引退した商会の会頭で、コーディが一緒に引退した番頭、アベルがその二人の世話係となっている。

 まずは鉄道で王都方面に向かい、西部の近隣の領地を抜けたところで降りて、そこからは乗合馬車で移動する。

 いきなり馬車では顔を知っている者が多く、お忍び感が薄れるからという理由であった。なお、この時代の馬車はサスペンションが標準で装備されるようになっており、乗り心地は改善されて長旅でも問題はない。

 西部と中央の境付近に来ると、幌から見える外の景色を見て、ブライアンが感慨にふける。


「国を二分するあの戦いがあったなど、信じられぬくらい平和になったな」

「この近辺で陛下と一緒に敵に包囲された時は、もうだめかと思いましたぜ」

「突破口を開くために突撃して、多くの味方が亡くなったな」

「よく生き残れたもんで。最近は平和ですが、あの悲惨さを知らぬ連中がまた戦争をやろうなんて言わないか心配ですね」

「スティーブが生きているうちは大丈夫だろ」


 周辺国は戦争を出来ない状況になっていた。なぜなら、開戦と同時にスティーブが王城に転移してきて、国王を捕らえることが出来るからである。

 なので、現在国家間の問題は外交交渉で解決される。それでもダメな場合は限定された戦場に集まり、そこで兵士だけでの戦闘が行われる。その兵士も騎士だけであり、一般の国民が徴兵されてということはなかった。

 戦うことを職業に選んだものが戦死するのは仕方がないが、そうではないものを戦場に立たせないというスティーブの意見には、誰も逆らえなかったのである。

 なので、当然略奪行為などもない。

 だが、それは平和と同時に戦争の悲惨さが人々の記憶から失われることでもあった。戦争は悲惨であると言葉で言ったところで、経験していなければその悲惨さがどの程度なのかはわからないのである。

 そして、その悲惨な記憶が薄れると、また戦争で勝てばなどという声が大きくなるのである。

 そこから少し進むと休息となった。そこで御者が客に話しかけてくる。


「この先の宿場町は迂回していきます。御用の方はいらっしゃいますか?」


 その言葉にブライアンはおやっと思う。

 何故迂回するのであろうか。それが気になって訊いてみた。


「なにか訳があるのか?」


 すると御者は頷いた。


「やくざ者と代官が対立しておりまして、非常に治安が悪いのです」

「ふむ。しかし、それは対立というのか?代官は取り締まる側であろう」

「代官もやくざみたいなものでして。領主の息子なんですがね、お互い利権の奪い合いです。代官が娼館や賭場の運営をしておりまして、それが元々はやくざ者の商売だったので」

「なるほど。美味しそうな商売だから自分ではじめたと」

「ええ。それで、やくざの方も黙っているわけはなく、ただ、表立って代官を攻撃するわけにもいかないので、役人が暗殺される事件が頻発しているわけです。おかげで治安が悪くなって、知っている者は宿場町をさけるようになったわけです」

「なるほどねえ」


 ブライアンはコーディとアベルを見てにんまりと笑う。

 そして


「行ってみようか」


 と言った。


「面白そうですな。腕がなる」

「いやいやいや。自分には待っている妻と子供が」

「そんなもん、俺たちにだっているぞ」


 コーディがアベルと肩を組む。

 御者はそのやり取りに驚いた。


「本気ですか?」

「ああ、本気だとも」


 心配そうな顔の御者に対して、ブライアンは胸を張る。


「私は警告しましたからね」

「わかった、わかった。ここからは自己責任だ。ここで馬車を降りるが、宿場町に行くにはどちらに向かえばよい?」

「左の道を行ってください」

「うむ。左だな」


 ブライアンたちはそこで馬車を降りて、三人だけで宿場町へと向かった。

 道中ブライアンはコーディに訊ねる。


「代官は領主の息子だというが、ここは誰の領地だ?」

「たしかムーア男爵だったかと」


 ブライアンが訊ね、コーディがこたえる。


「ムーア男爵領なら暴れても問題ないか」

「ご隠居なら、王宮で暴れたって若がなんとかするでしょうぜ」


 コーディがブライアンのことをご隠居と呼ぶ。旅に出た時からのロールプレイである。

 アベルは困惑し、泣きそうな顔で


「暴れない方向でなんとかなりませんかね」


 と二人にお願いした。しかし、二人は笑いながら


「相手次第だな」

「暴れられた方が楽しいだろ」


 とそれぞれこたえる。

 それを見てアベルはがっくりと肩を落とした。


「ほら、行くぞ。来ないならおいていく」


 二人はアベルをおいていこうとするので、アベルは慌てて後を追う。


「待ってくださいよぉ~」


 そんな三人が宿場町にたどり着いたのは夕方だった。

 町は粗末な木の柵でかこわれていた。牧場で羊が逃げ出さないような感じの柵であるが、ところどころ木が腐って、素通り出来るようになっていた。そして、町の入り口には兵士が立っている。

 ブライアンたちがそこに近づくと、兵士が金を要求してきた。


「通行税は十万ドラだ」

「十万?随分と高いな。それに、今時通行税を取っている町なんて聞いたことない」


 都市部で大人二人が生活できる金額を、通行税と言って請求してくる非常識さにブライアンは呆れた。

 ブライアンが反論すると、兵士は露骨に面倒臭そうな顔を見せた。


「うるせえな。ここではそうなんだ」


 そう言って手を出す。


「もうすぐ日が落ちる。野営するのも嫌だし、払っておきなさい」


 ブライアンはアベルにそう指示を出した。

 アベルが財布から金を取り出す。その光景を見て、兵士の目つきが変わった。

 財布の中には多額の現金が入っていたからである。こいつはいい獲物を見つけたとほくそ笑む兵士であったが、それを見たブライアンもいい獲物を見つけたと心の中でほくそ笑んでいた。

 町に入ると宿は直ぐに見つかる。

 宿場町ではあるが、旅人が減ったせいで営業している宿は一軒のみであり、泊まれるかどうか不安であったが、そもそも泊り客がいないので部屋はあいていた。

 ただ、不安になったのは宿に入った際に、客が食堂にいたのが目に入ったからであるが、それは宿兼酒場であるからだと後で知ることになる。

 宿帳に名前を書く時に対応してくれるのは若い娘であった。


「素泊まりなら一人5,000ドラ。朝夕の食事つきなら12,000ドラだけど。それと、酒場は別料金。宿泊費は前払いで」

「それなら食事つきにしようか」


 ブライアンがそういうと、アベルが金を渡す。


「随分客が多いようだが、部屋が空いていて良かったよ」

「ああ、あれはみんな地元。泊り客はゼロよ」

「それでも繁盛していていいじゃないか」

「お金を払ってくれればね」


 娘の顔に暗い影が落ちる。

 ブライアンはおやっと思った。


「金を払わないのか」

「あっ、お客さんに言うような話じゃなかったわ」


 他の客が金を払っていないなどと知れたら、俺たちもと言われそうで娘は失敗したなと心の中で舌打ちし、ブライアンの顔色を窺った。


「なら、取り立てをしてやろうか?」


 意外な言葉に娘は驚く。


「駄目よ。あいつらやくざと役人よ。どちらも容赦はしてくれないわ」

「そうか。それなら気が変わったら言ってくれ、娘よ。こちらはいつでも引き受けるからな」

「私はハンナ。この宿の娘よ。かあさんが経営者で厨房で料理しているの。女二人きりだからって舐められているのよね。かあさんに相談してみるわ」

「うむ」


 その後、ブライアンたちは水浴びをして旅の埃を落とすと、食事をとるため食堂にやってきた。

 そこに入口にいた兵士とその仲間三人の合計四人が待っていた。

 ブライアンたちの顔を見ると寄ってくる。


「何か?」


 コーディが訊ねると、兵士は手のひらを上にして前に出した。


「追加の徴税だ」

「追加の徴税?聞いたことないな」


 鼻で笑って馬鹿にするコーディ。

 馬鹿にされたことで兵士の顔が赤くなる。


「この町じゃそういうのが決まりなんだよ」

「なるほど。それでは領主を呼んでもらおうか。どこにそんな法律があるのか訊いてみよう」


 ブライアンがそういうと、兵士は益々赤くなった。


「うるせえ!てめえらごときに領主様が来るわけねえだろ!さっさと金をだせ」

「いくらだ?」

「有り金の半分だ。ごまかしは出来ねえぞ。持っているのはさっき見たからな」


 兵士はブライアンたちが金を持っているのを見て、さらにぶんどってやろうと考え、仲間とともにやってきたのであった。


「ご隠居?」


 アベルが泣きそうな顔でブライアンを見た。

 兵士が怖いのではなく、もめ事を起こさないでくださいよという訴えであった。

 だが、ブライアンには平穏にやり過ごすという選択肢はなかった。

 そして懐から布袋を取り出す。

 そこから出てきたのは勲章であった。


「で、こいつはいくらの値が付くかね?」


 意外なものに兵士は戸惑う。


「なんだこいつ。竜の描いてある勲章なんぞもってやがって。いや、そのほかにも色々あるな」


 それを見た仲間が口を出す。


「こいつ、詐欺師だろ。これは偽物で、これを使って方々で金持ちを騙しているに違いねえ」

「言われてみりゃあそうだな。それなら金を持っているのも納得だ」

「そうだ、こいつは商売道具だ。こいつまで取り上げられたら仕事にならん」


 勲章は本物だが、ブライアンも悪乗りして詐欺師を演じる。

 勲章を出して取り上げられたら、それを口実に成敗してやろうと思っていたのだが、思わぬ方向に話が転んだ。


「こいつは徹底的に調べ上げないとな。おい、財布はこちらに渡せ。で、取り調べだ」


 兵士がゲハハと笑って手を出す。ブライアンはその顔を思いっきりぶん殴った。兵士の歯が唇に食い込み、血を流しながら床に倒れた。

 仲間はそれを見てぎょっとする。だが、それが命取りであった。

 ブライアンが一人、残りの二人をコーディとアベルがそれぞれ殴って、同じく床に転がした。


「あーあ。知りませんよ」


 アベルが手をぶらぶらと振りながらブライアンを見た。


「お前も殴っておいて何言ってんだ」

「そうだぞ。お前が殴った奴、歯が二本も折れてるじゃないか。ノリノリだろ」


 非常に良い笑顔のブライアンとコーディ。そんな三人に声を掛けるものがあった。


「あんたら強ええな。うちの用心棒にならないか?」

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