173 襲撃
カッター伯爵は息子のジャクソンから、今回の相場の裏側を聞き、事情を察した。
「よくやった、ジャクソン。つまりはその属国の王女と取り巻きが画策しているということか。そして、それを手助けしているのがバルリエ商会」
「はい、父上。あのミハエルは親子ともども我が家に仇なすろくでもない奴です」
「まったくだ」
カッター伯爵はアレックス派にいたころを思い出して、鼻をフンと鳴らした。
「明日、学校で痛い目をみせてやろうと思います。王女は流石にまずいかもしれませんが、他のふたりであれば」
「この前怪我をさせられた女も一緒であろう?大丈夫か」
「あの時は不意打ちを食らったのです。今度はこちらは道具を使いますので」
「あまり目立つなよ。私でももみ消すのは大変だからな」
「心得ております」
ジャクソンはこの前の復讐もかねて、イザベラとミハエルを襲ってやろうと考えていた。
学校の中で覆面をして襲い掛かれば、皆同じ制服だから犯人はわからないだろうという安易な計画であり、また、武器を持っていれば素手の二人に負けることはないだろうという、実にざるな計画であった。
翌日、ジャクソンは自分の取り巻きで、この前のことでイザベラに恨みを持っている連中を集め、用意してきた覆面を渡す。そして、実技授業用の剣を持ち出した。
それぞれが武器を手に持ち、経済革命クラブの部屋付近で待ち構える。
エリザベスを引き離すために、襲撃に加わらない学生がエリザベスに話しかけ、足止めをしていた。
そして、獲物であるイザベラとミハエルがやってくる。二人は前後を挟まれる形になった。
「前後四人ずつ。狙いは私たち?それとも私だけかしら?」
イザベラには焦りの表情はない。しかし、ミハエルは違った。
「あれ、本物の剣じゃないかな」
「そうみたいね。でも、本気で攻撃するつもりがあるのかしら?」
イザベラは両親と比べて、まったく威圧感の無い相手に、脅すだけなのかなと考えていた。
しかし、覆面の一人が
「やっちまえ」
と命令を出す。
彼らは貴族のこどもたち。平民のような格下の相手には容赦ない態度をとってきた連中だ。貴族の子とはいえ、格下と判断した二人に対しても容赦はない。
まして、ジャクソンから後始末は親がやると言われているのだ。
人を斬ることにためらいは無かった。いや、同じ人としてとらえていなかった。
イザベラは相手が本気だと判断し、前から向かってくる一番先頭の相手に向かうと、素早く殴り倒した。そして、彼の持っていた剣を奪い取ると、後ろの三人をあっという間に斬る。彼らは剣を握る手を斬られ、その場に剣を落とした。
前方の敵が攻撃してこなくなったのを確認し、持っていた剣を後ろから迫ってくる奴に投げつけた。それが一番前にいた奴の右腕に刺さる。
「ぎゃっ」
短く叫び声をあげ、足が止まる。
後ろから来た連中は止まれずに、前の奴にぶつかって転がった。イザベラはそこに飛び掛かり、転んでいる連中の頭を蹴飛ばす。
蹴られた方は脳震とうを起こして気絶した。
この襲撃メンバーにはジャクソンは入っていなかった。確実に勝てるとわかってから出ていく魂胆で、隠れていたのである。
それが功を奏してやられることは無かった。だが、その気配はイザベラに察知されていた。
「もう一人、そこにいるんでしょ。出てきなさい」
イザベラに言われても従うはずもなく、ジャクソンは一目散に逃げ出した。
イザベラはそれを追いかけない。万が一襲撃犯がまだ隠れていた場合、ミハエルを一人にしては危険になるからだ。
「逃げたみたいね。他にもいないか訊いてみないと」
襲撃犯を尋問しようとしたが、意識のある者たちは泣きわめいていた。痛みに堪えられなかったのである。
この頃のイザベラは、まだ冷酷さを持っておらず、さらに痛め付けて吐かせようという考えは無かった。
さてどうしようかと悩んでいると、青い顔のミハエルが倒れている生徒の覆面をはがし始めた。怖いけどやらなければという思いで、震えながらの作業である。
「あれ、同じクラスの」
覆面のしたからは見知った顔が出てきて驚く。
「この前の意趣返しってところかしら?殺すつもりで来ていたから、よっぽど恨まれていたのね」
随分とまた、簡単な理由で殺そうとしたものだと呆れる。
そこにエリザベスがやってきた。そして、この状況をみて驚く。
「なによこれ⁉」
イザベラは肩をすくめて見せた。
「襲われたの。明確な殺意を持ってね。逃げないように見張っておくから、先生を読んできて」
「わかったわ」
エリザベスは教師を呼びに行った。それをきいて、泣いていた連中は逃げようとする。しかし、その前にイザベラが立ちはだかった。
「ミハエル、剣を拾って反対側で牽制して」
「う、うん」
ミハエルは指示に従い、剣を拾うとそれを構えた。腰が引けていて、心得のある者であれば恐れるに足りずと笑うところであるが、襲撃犯を脅すには十分であった。
やがて、教師たちが到着すると襲撃犯たちは生徒の顔に戻り、イザベラとミハエルにやられたと訴えた。覆面や剣の数からしてそれは嘘だろうとわかるが、彼らは国内貴族の子供。そして、襲われたのは留学生となんの権力もない元王子の子供。
教師たちは今後の面倒を考えて、その主張を受け入れた。
「テイラー、クロムウェル、剣を置け。お前らのしでかしたことは犯罪だ」
呆気に取られる二人と、ほくそえむ襲撃犯たち。しかし、エリザベスの怒りの声が響く。
「それがこの学校の判断だというなら、おじさんに全て話すわ」
おじさんとは、勿論スティーブのことである。そして、そう言うことで、血縁をアピールしたのだ。これにより、全員が青くなる。
スティーブの国内人気は絶大。隣国との関係もよい。なので、不興をかって学校をやめさせられた教師にまともな就職先は無い。
襲撃犯の親たちもスティーブにかなう権力はない。
そして、これがパパにばれたら学校生活が楽しめなくなるという焦り。
そこに校長が走ってくる。
「クロムウェル君、至急校長室に来てほしい」
「はい」
イザベラはこれから起こるであろうことを想像し、どうやって切り抜けようかと悩みながら校長についていった。
その後ろ姿を心配そうにみつめるミハエル。
「まさか、退学になったりしちゃうのかな?」
「それは無いと思うわ」
エリザベスは確信をもってそう言ったが、ミハエルにはそれが伝わらなかった。
イザベラが校長室でしばらくまっていると、そこにスティーブが現れた。転移の魔法で飛んできたのである。
アーサーとイザベラに何かあった時は、すぐに飛んでくるということになっていたのである。これを学校に認めさせた実に親ばかなスティーブであった。なお、学校側は入学前に生徒の調査を行う。だから、校長をはじめとして一部はイザベラがスティーブの娘だと知っていた。
「校長、緊急の事態ということだが?」
スティーブが訊ねると、校長は土下座した。
「わが校の生徒がお嬢様を襲撃いたしまして、まことに申し訳ございません」
「襲撃?」
スティーブの眉がピクリと動く。そして、イザベラに説明を求めた。
「あー、なんか覆面をした連中が襲ってきたのよね。でも、襲われたのは私ともう一人。どっちが狙われたかわからないわ」
「そのとおりでございます」
その説明に校長ものった。イザベラが狙われたというよりも、こちらの方がスティーブの怒りが弱くなるだろうという思いからだ。
スティーブは冷静な口調で言う。
「もう、アーチボルト家の名前を名乗ったらどうだ?そうすれば、襲撃するような生徒はいなくなるだろう」
「いやよ。アーサーみたいに特別な目で見られたら、学校生活を楽しめないじゃない」
「じゃあ、パパの監視をつけるかい?」
「そんなことをしたら二度と口を利かないわ。トイレの中だって見れるんでしょ」
スティーブの監視とは、虫や小動物を使役して、その目や耳で得た情報を共有するというものであった。思春期の娘としては絶対に受け入れられないものであった。
これは流石にスティーブも強制できない。
「じゃあ、アーサーを一緒に行動させる」
「それは……」
イザベラの口がそこで止まる。アーサーが一緒にいたら窮屈だし、なにより他の生徒の興味をそそることになるからだ。
だが、それを拒否する理由が浮かばなかった。
結局そこで話がついて、スティーブが帰ることになった。
最後にスティーブは校長に頭を下げる。
「頭をあげてください。わがままな娘で申し訳ない。苦労をかけるが、卒業まで面倒をみてやってほしい」
「承知いたしました」
校長はこの事態を切り抜けたという安堵に包まれていた。一時はもう生きて自宅の門をくぐれないと覚悟をしていたのであり、地獄から生還した気分であった。
イザベラも解放され、経済革命クラブの部屋へと向かう。
そこではエリザベスとミハエルが待っていてくれた。
「あら、お邪魔だったかしら?」
ふざけた口調のイザベラに、エリザベスが頬を膨らませる。
「私はいいけど、ミハエルは本当に心配していたのよ。少しはしおらしい態度をみせなさい」
「はいはい。でもね、私だって殺意を持って襲ってきた人を斬ったのは初めてなのよ。こうでもしないとやっていられないわ。それに、校長室でもいろいろあったし」
エリザベスには色々がスティーブのことであろうと容易に想像できた。
だが、ミハエルはそうではない。
「ごめん。僕がもっと強ければイザベラにそんな思いをさせなかったのに」
拳をぎゅっと握って震える。
それを見たイザベラは慌てた。そんなことを言ったらエリザベスの気を引けないわよと。もっと、エリザベスだけを見ているような態度をさせなくてはなどと見当違いな考えをしているイザベラ。
ミハエルはそれに気づかず、イザベラに指導のお願いをした。
「僕を鍛えてほしい。剣を扱えるように」
「あーそれは構わないけど、リズも一緒にっていうのはどうかしら?」
「私はいいわよ。自分の身を守るくらいは出来るから」
エリザベスも幼いころから鍛えられており、イザベラ程ではないが心得があった。
だから拒否したのだが、イザベラは何言っているのよとエリザベスに強めの視線を送る。だが、それは通じずミハエルにだけ指導することになった。
ただし、翌日からということで。
その日、いつも通りベラが待っていた。
「おかえりなさい」
「ねえベラ」
「何か?」
「初めて人を殺したときってどんな気持ちだった?」
「今日イザベラを襲った者を殺すのであれば命じてください」
ベラにはスティーブから話が行っており、イザベラの問をそうした命令だと判断するベラ。イザベラは慌てて否定する。
「違う違う。そういうことじゃなくて、今日初めて殺意を持った相手と戦ってね。弱いから手加減出来たんだけど、そんな余裕がない相手だったら、殺すことが出来たのかなって思って」
「そういうことでしたら――――」
ベラは20年近く前のことを思い出し、それをイザベラに語る。
「私が最初に人を殺したのは、盗賊に扮した敵国の兵士。ばね式の銃で殺したので、手にその感覚が伝わることは無かったけど、やはり嫌な気持ちはあった」
「どうやって立ち直ったの?」
「そんなことに構っている余裕がなかったのでわからない。敵は30人いて、次々と殺さなければ、自分も村の人たちも殺されると思ったので、悩んでいる暇などなかった」
ベラが最初に人を殺したのは、フォレスト王国の兵士であった。フォレスト王国が送り込んできた兵士たちは、国境の領地の蹂躙を目的としていた。ベラはそれに遭遇し戦闘となった。最初は一人だけであり、接敵されて死を覚悟した時、スティーブが助けに来てくれたのである。
スティーブが助けに来たうんぬんはさておき、ベラが戦闘で戦果をあげたのはイザベラも聞いていた。今では数え切れないほど人を殺してきたベラであるが、その最初の時の気持ちを聞きたかったイザベラ。しかし、自分とは状況が違い過ぎて参考にならなかった。
いや、一つだけ参考になったものがある。それは、銃なら相手を殺した感覚が手に伝わらないということであった。
「銃を持つか」
「私のを渡す?」
「いや、誰かに盗まれたらまずいから、私だけしか扱えない特別な奴をパパに作ってもらうわ」
イザベラが考えていたのは、ウォーターバレットという水で出来た弾丸を、同じく水魔法で高圧にした水で撃ち出すというものであった。
水魔法の射程は精々が50メートル。しかし、その方法であれば水は物理攻撃となり、射程も水圧次第となるはずである。
かつて、領地でニックに頼まれて、ハイドロフォーミング用の水を作っていた経験から思いついた方法だ。
ハイドロフォーミングというのは、金型の中に水を入れて高圧をかけることで成形する工法である。スティーブが忙しい時は、イザベラが手伝わされていたのだ。
その夜、さっそくスティーブが作った銃を使って、イザベラは深夜まで射撃訓練をした。
なお、襲撃犯たちはジャクソンの名前を出すことは無かった。出したところで白を切られ、その後復讐されるからだ。