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172 仕手戦開始

 翌日、四人はまた経済革命クラブの部屋で会っていた。


「というわけで、何とかなるかもしれないんだけど、あとはフレミング男爵が承知するかね」


 エリザベスは昨日バルリエから教えてもらった計画を伝える。

 すると、ミハエルがジャスミンより先に口を開いた。


「それって、エリザベス様のリスクが大きいのでは?」

「様は不要よ。それと、なんのリスクもない計画なんてありえないわ」

「でも」


 ミハエルの様子をみたイザベラはニマニマと笑っていた。


(あら、ミハエルったらリザのことをアンナに心配しちゃって。ひょっとしてリザの事が好きなのかしら?リザさえよければ応援してあげてもいいわね)


 などと考えていたのである。

 一方、藁にも縋る思いのジャスミンは、エリザベスの気が変わってしまうのを心配した。


「すぐに父に確認します」

「そうね。それで、承知したならバルリエ商会を訪ねるように言って。後はバルリエがやってくれるわ」


 ジャスミンは父親に報告するべく、すぐに帰宅した。

 残った三人はこれからのことについて話す。

 エリザベスが二人を見ながら


「私は新株予約権を引き受けた後、市場に出ている株を買う姿勢を見せるわ。イザベラとミハエルはどうする?」


 と訊いた。


「私は手持ちのお金でフレミング商会の株を買い始めるわ。どうせ値上がりするんだから、新株予約権を引き受ける発表前に買っておく」

「ごめん、僕にはそんなお金はない」


 ミハエルが申し訳なさそうに言うのを見て、イザベラは失敗したと後悔した。

 エリザベスにミハエルの良いところをみせるようにしなくてはという使命感から、ミハエルの役割を考える。


「そうだ、ミハエルは過去の株価の値動きを調べるのをやってもらったらいいんじゃない。特に、株価が大きく動いた相場の値動きと、その時どんなことがあったかを調べておけば、今回も役に立つと思うの。そうした資料なら図書館やバルリエ商会にあるんじゃないかしら」

「それなら僕にも出来そうだよ」


 ミハエルの顔がパッと明るくなる。

 エリザベスが頷いた。


「よし、方針は決まったわね。じゃあ、あとはフレミング男爵の決意待ちっていうことで」

「おー」


 三人は拳を高く上げた。

 その翌日、フレミング男爵がバルリエ商会を訪れて、新株予約権を発行する意思を伝える。これにより、後のイザベラの人生を決定づける仕手戦が開始することになった。

 一週間後、フレミング商会からの開示で、メルダ王国の王女エリザベスが新株予約権を引き受けることが発表された。

 その時の株価、101ドラ。それが引けで503ドラまで上昇した。

 新株予約権の条件は1株1ドラで1,000,000株。フレミング商会の既存の発行済み株式総数は10,000,000株であり、10%の希薄化であったが、倒産寸前の株を王女が買ったからには、倒産が回避されるのではないかという期待から、一気に5倍以上に跳ね上がったのである。

 そして、帳簿上はエリザベスの資産は5億ドラとなった。

 ところで、この一週間はフレミング商会の株式の出来高は普段の何倍も多かった。何者かが市場内で株を集めていたからである。もちろん、それはイザベラとバルリエであった。それでも株価がそんなに上がらないのは、倒産を見込んだ投資家の空売りが入ったからである。

 彼らはこの新株予約権の発表により、一気に担がれることとなった。

 売り本尊のカッター伯爵もその一人である。

 彼の館に仲買人であるアンリ商会の会頭カミーユ・アンリが駆け込んだ。


「閣下、一大事でございます」

「何事か」

「フレミング商会が新株予約権を発行し、それをメルダ王国の王女が引き受けました」

「なんだと!それで株価は?」


 カッター伯爵にとっても寝耳に水であった。倒産秒読みというのに、ここ数字は新規の売り注文がどんどん約定し、利益がさらに増えると喜んでいたところに、いきなりの悪材料が飛び込んできたのである。


「こちらに来る直前で400ドラでございました」


 アンリが店を出るときは、まだ引けてはいなかったのだ。


「それで、新株予約権の条件はどうなっている?倒産はなくなりそうか?」

「それが――――」


 アンリが新株予約権の条件を伝えると、カッター伯爵はあごに手を当て考える。


「それでは倒産回避とはならんな。おそらく、誰かが金に困ったフレミングをそそのかし、この急騰劇をつくったのであろう。しかし、それは直ぐに売り抜けるはずだ。なにせ、条件が1,000,000ドラであろう。必要なのは50億だ桁がたりぬ。よし、売り増しだ」

「承知いたしました」


 新株予約権の条件からして、倒産回避とはならぬと判断し、これを好機ととらえて売り増しの指示を出すカッター伯爵。しかし、その顔は忌々しそうに窓の外を見ていた。


「それにしても、早耳情報か。誰が」

「それはこちらで調べておきます」


 アンリは頭を下げて退室した。

 早耳情報とは、いわゆるインサイダー取引のことである。まだ法整備がされていないので、今のところは合法であった。それどころか、その情報を入手する者は優秀であるという風潮であった。

 翌日の取引となると、カッター伯爵と同様に考えた投資家の売りが入り、株価が押し戻される。しかし、急落することは無かった。裏に何かあると考えた投資家もいて、彼らが買い注文を出したからである。

 さらにその翌日。この日は学校の授業が特別編成であった。研究授業という研究者があつまり、授業を観察するというものがあり、学校の教師たちもその観察に参加するため、研究授業の対象クラス以外は休みになっていたのである。

 そして、株式取引所は開いている。

 そこにエリザベスが出向いて、引き連れてきたエマニュエル商会に自らフレミング商会の株の買い注文を出している姿を見せたのである。


「どんどん買ってちょうだい」

「承知いたしました」


 うやうやしく頭を下げるのは、会頭であるエマニュエルだった。

 丁度王都に来ており、イザベラが頼んで一緒に来てもらったのである。

 エリザベスの資金はというと、新株予約権を担保にして、エマニュエル商会から借りたものであった。

 それをフレミング商会への支払いに充て、契約成立ということで新株を発行し、それをさらに担保にしたのである。一応帳簿上では、エマニュエル商会から担保を戻してもらったということになっている。

 これを見て、買い方は一気に勢いづいた。提灯がつき、エリザベスの後を追って、次々と買い注文が入ったのである。

 その日、売り方は買い戻しをする者が多く、株価は一気に1,000ドラを越えた。あっという間に10倍になったのである。

 アンリは急いでカッター伯爵の館に使いを走らせた。

 そして、伯爵は自ら取引所に足をはこぶことになる。ほんとうに王女が来ているのかを確かめたかったのだ。

 取引所に向かう馬車の中で、カッター伯爵は怒りに震えていた。


「馬鹿な。王女を担いで株価を上げて、適当なところで売り抜けるのではなかったのか!王女自らが株を買っているということは、先に売り抜けようものならどうなるかわかったものではない。つまりは、この買いは本気でフレミング商会を救うつもりがあるということ。本当にそのようなことがあるのか。メルダ王国にとって何もメリットなどないというのに!」


 そう一人で怒鳴る。

 この時、カッター伯爵は損得のみで相場を見ていた。

 そこに、エリザベスが級友を救おうとしているという思いがあるなどとは、考えもしなかったのである。

 カッター伯爵が到着したころには、株価は1,500ドラまで上昇していた。


「アンリ、すぐに買い戻せ。すべてだ!」

「すべてでございますか」

「二度も言わせるな!」


 アンリの確認に対し、カッター伯爵は大声で怒鳴った。

 アンリからしてみれば、カッター伯爵の建玉は巨大であり、一度に買い戻そうとすればそれがまた株価を押し上げる。

 だからこその確認だったのだが、伯爵の様子を見てそれ以上言うのを諦めた。

 そして、カッター伯爵の買い戻しが始まると、株価はさらに加速する。

 値幅制限などなく、取引時間終了まで上がり続けた株価は、4,253ドラで引けた。

 引け後にイザベラたち三人はエマニュエル商会の王都支店にて打ち合わせをしていた。


「どう、私の効果は」


 エリザベスが胸を張る。


「本当に王女様なのね。公式な場所じゃ見ないから」


 イザベラが感心する。

 イザベラとエリザベスは仲が良いが、公式の場所で一緒に行動することは無い。アーチボルト家としてはスティーブの次の跡取りであるアーサーが、祖父や父と一緒に公式行事に参加することになっており、イザベラはそうした行事には参加しないのだ。

 メルダ王国の式典に出ているエリザベスを見ることはないのである。

 なので、王女の威厳というものがピンとこない。


「もう4,253ドラか。この調子なら来月には10,000ドラに到達するんじゃない?そうしたら、私の資産が100億ドラよ。一生遊んで暮らすわ」


 鼻息の荒いエリザベス。しかし、ミハエルは冷静な口調で言う。


「今は売り方の買い戻しがあるから上がっているけど、それが終わるとどうなるかわからないよ。次の手を考えておかないと」

「次は、私がフレミング商会を御用商人に指定するっていうのだわ。メルダ王国の御用商人になるって勘違いした買いが集まるだろうってバルリエが言っていたけど」

「そう。だけどパニックボムっていうのがあって、材料に飛びついたけど、それが期待外れだった場合に、元に戻るどころか余計に下がるっていうのがあるんだ。僕が調べている過去の相場の値動きでも、そうしたものが確認できている。だから、それだけだと足りないと思うんだ」


 それを聞いていたイザベラは腕組みする。


「結局もっと買い進めないとだめかしら」

「そうだね。本尊が買わないと提灯はつかないから」


 その日、結局良いアイデアは出ずに解散となった。

 なお、エマニュエルにはスティーブがこっそりと、娘たちに協力してやってほしいといっていたため、エマニュエル商会を通じてすんなりと株を買うことが出来たのだった。

 一方、ジャクソンは父親がフレミング商会の株で大損したことを知る。そして、その大損の原因がエリザベスだということも知り、翌日学校でジャスミンを問いただす。


「おい!」

「なんでしょうか、ジャクソン様」

「属国の王女がなんでお前の実家を助けようとしているんだ!」

「わかりません」


 とジャスミンが返答したとたん、彼女の左頬を痛みが襲った。

 ジャクソンがぶったのだ。さらに前蹴りをし、ジャスミンは後ろに倒れた。


「隠していると、お前もお前の家族も殺す。このことを誰かに言っても殺す。本当に知らないなら、奴らに接触して調べてこい!」


 ジャクソンは痛みに泣くジャスミンを睥睨し、そう言った。そして立ち去る。

 そして、ジャスミンは恐怖から、今回の絵図をジャクソンに話してしまった。


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