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親の町工場を立て直そうとしていたが、志半ばで他界。転生した先も零細の貴族家だったので立て直します  作者: 工程能力1.33
外伝

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171/209

171 バルリエ

 イザベラとエリザベスは学校を出るため一緒に門まで歩いていた。

 イザベラは前を向いたままでエリザベスに訊ねる。


「ねえ、リズも一緒にバルリエのところに行く?」

「そうね。二人で一緒の方が聞いたことを勘違いする可能性が低くなるでしょうから、一緒に行くわ。護衛たちと一緒だから、バルリエのところまでは別々になるけど」

「現地集合でいいわよ」


 そうして二人は一度別れる。

 イザベラはいつものようにベラが出迎えてくれる。


「おかえりなさい」

「ねえ、ベラ」

「なんでしょうか?」

「今日は帰りに寄り道していくわ。バルリエ商会に行きたいの。現地でリズと合流することになっているわ」


 それを聞いてベラはバルリエ商会なら問題ないと判断した。


「わかりました。私も同席しますが」

「あー、そうよよね」


 イザベラはベラが同席する可能性を失念していた。

 そして、同様にエリザベスも護衛が同席することになることも思い出す。今回の事が親に伝わるとちょっとまずい。

 何故かといえば、伯母のフレイヤが嫁いだパーカー準男爵が、相場で何度も大損しており、自分たちが相場に関わることに対してよく思わないだろうと想像できたからだ。


「ねえ、ベラ」

「何か?」

「今日バルリエ商会に行ったことはパパには黙っていてもらいたいの」

「何故?」

「友達を助けるためよ。それをパパに止められたら泣くわ」

「イザベラに何かあれば、スティーブが泣く」


 スティーブが最優先であるベラが、イザベラについての報告をしないわけがなかった。なので、それを止めさせることは諦める。


「じゃあ同席しないで。部屋の外で待っていてよ。護衛っていっても、バルリエが襲ってこないことくらいわかるわよね」

「まあいいでしょう」


 ベラがあっさに了承したことで、イザベラは肩透かしをくらった気分になった。ただ、なんにしてもこれで計画を前に進められるんじゃないかと思えた。

 そうしてバルリエ商会に到着すると、エリザベスが先に待っていた。彼女も護衛を説得し、イザベラと二人だけでバルリエに会うことになった。

 そのバルリエはというと、最近は仕事は殆ど子供に任せて、株価や商品価格をチェックするくらいの、隠居生活を送っていた。商売は順調だが、面白みに欠ける人生。もう残り少ない時間で、スティーブやオーロラと組んでやってきたような、熱い仕手戦をもう一度出来るかどうかと考える日々だったのである。

 そこに突然、スティーブの娘とその従姉妹がやってくるということを知らされ、心がワクワクとした期待でいっぱいだった。

 商会の応接室に二人を迎え入れる。護衛は外で待機し、バルリエ側も本人だけという三人だけの会談。


「お嬢様、ようこそおいでくださいました。呼んでいただければこちらから出向きましたものを」

「いいえ。ちょっとパパたちには内緒にしておきたくて」

「ほう」


 イザベラの言葉にバルリエの目が鋭く光る。


「どのようなご用件でしょうかな」

「上場しているフレミング商会って知っているかしら?」

「勿論でございます。最近は株価も低迷し、倒産目前との噂ですが」

「そう。そこの商会の株価を10,000ドラまで上げたいの」


 予想以上の内容に、バルリエの心が躍る。

 つい無意識のうちに前のめりになる。


「失礼ですが、どのような事情がおありでしょうか?」


 そこでイザベラはジャスミンから聞いた事情を説明した。

 それを聞き終わったところで、バルリエは黙考する。

 そして、鈴を鳴らして人を呼ぶと、今日の終値と株式の発行状況を確認させた。

 呼ばれた使用人は直ぐに株価を確認し、報告に戻ってくる。


「なるほど。今日の引けで終値が98ドラ。おおよそ100倍まで上げなければということですな」

「何かいい方法はないかしら」

「確実なのは、現金を用意して自分で買いあがることでしょうな。しかし、それが出来ないから私のところに相談に来たのでしょう。裏技的なものを求めて」

「そうなのよ。エマニュエル商会じゃこうした知恵があるとは思えなくて」

「嬉しいことを言ってくださいますね」


 エマニュエル商会はアーチボルト家の御用商人である。かつての貧困時代から取引をしてくれた恩があり、そこを最優先するのは当然であった。

 だが、会頭のエマニュエルをはじめとして、みな優等生なのである。バルリエのような裏道を歩んできたような者がいないため、生き馬の目を抜くような人物がいないのだ。


「であれば、エリザベス様の名前を使うのがよろしいでしょう」

「え、私の名前⁉何かいい方法があるの?」

「はい。エリザベス様の名前でフレミング商会の増資を引き受けるのです」

「私、そんなにお金なんかないわよ」

「それはわかっております。ですので、少し特殊な手を使うのです。エリザベス様がフレミング商会の新株予約権を購入し、その事実を大々的に発表するのです。このとき、まだお金を振り込む必要はございません。倒産確実と思われている商会に、メルダ王国の王女が増資を引き受けるという事実で、売り方は買い戻しをさせられることになるでしょう。そうすれば、今の株価は上昇します。その時、新株予約権を担保にお金を借りて、さらに株を買い進めるのです。新株だけではなく、市場に出回っている浮動株まで買っているとなれば、提灯もつくことでしょう。ただ、それだけで100倍まで行くかどうかはやってみないとですね。本当であればイザベラ様の方がこの国では良いのですが、折角隠している素性がバレてしまいますからな」


 バルリエの提示した案は、倒産寸前の商会をメルダ王国の王女が救うという情報で、株価を押し上げようというものであった。しかも、初動では現金を用意する必要がない。

 しかし、そんなうまい話があるのかとイザベラは疑う。


「そんなアイデアがあるのに、どうしていままでやらなかったの?」

「それは、私のような平民が王族や貴族の名前を使えないからでございます」

「言われてみればそうね。パパやあのおばさんの名前を使った連中は、みんな悲惨な末路を辿ったって聞いたことある」


 あのおばさんというのはオーロラのことであり、バルリエは同意しづらかった。

 また、エリザベスは別のことを心配する。


「バルリエになんのメリットもないけど、どこまで協力してくれるの?」

「私としては、当商会に新株予約権発行をお任せいただければ、手数料収入がございますので」

「そんな謙虚な人には見えないわよ」

「はっはっは、これは手厳しい。私も一枚乗らせていただこうと思いましてね」


 バルリエは聞かれなければ、こっそりフレミング商会の株を買うつもりであった。ばれたところで買うのは変りないが。

 それを聞いてエリザベスは安心する。


「良かったわ。善意だけですなんて言われたら不安だったもの」

「いえいえ。しかし、最後までお付き合いするかどうかはわかりませんぞ。閣下も本尊をつとめられたときは、裏切られないように弱みを見せないようにされていましたからな」


 弱い本尊は裏切られる。相場の世界では当然のことであった。

 10,000ドラが無理だと判断すれば、バルリエは容赦なく売り抜ける。そして、空売りをしてくることであろう。

 これはイザベラとエリザベスにとって、ノーリスクなわけではないのだ。

 だが、二人は怖気づくことはなかった。


「パパが私の歳だった時には、もうすでに相場の世界でも実績を積んでいたのよね。だったら私だって出来るはず」

「ママにバレないようにしないと。あとおじさんにも」


 既にやる気満々であった。

 二人はバルリエに礼を言い、商会を出た。

 バルリエはそれを見送ると、ひとりごちる。


「さて、閣下に連絡をしないとな」


 その閣下が誰を指すのかは、バルリエだけしかわからない。

 その日、ベラは当然スティーブにバルリエ商会に寄ったことを報告した。当然、スティーブはイザベラとエリザベスがバルリエと話した内容が気になる。


「ありがとう、ベラ。ちょっとバルリエのところに行ってくる」

「はい」


 スティーブは直ぐに転移の魔法でバルリエ商会へと移動した。

 そこではバルリエがスティーブが来るのを当然と考え、迎える準備をしていた。


「ようこそおいでくださいました」

「来た理由は言わなくてもわかっているか」

「はい。しかしながら、お嬢様たちには内緒にと言われておりますので」

「わかっている。ばれたら僕がバルリエに魔法を使って無理に喋らせたことにしておくよ」

「それでは――――」


 バルリエは先ほどイザベラとエリザベスに提案した内容をスティーブに伝えた。それを聞くとスティーブは複雑な気持ちになる。


「級友の実家を助けるためねえ」

「私が言うのも差し出がましいですが、お子様たちが成長するのを見守るのも親の役目かと」

「そうなんだけどなあ」


 娘たちが行動する理由がわかったから怒るに怒れなくなったが、多額の資金を扱うとなると、親としては辞めさせたい。


「閣下はもっと小さい時に、御父上をもっと悩ませていたではございませんか。今振り返っても、あの銅相場で動かした金額は、未成年者が扱うものではございませんよ。それに比べれば、今回の相場はもっと小さい金額でございます」


 バルリエに言われて返す言葉もないスティーブ。父のブライアンはこんな気持ちだったのかと、今になって気づく。


「わかったよ。気づかれないように見守るが、ダメそうなら手を出すぞ。その時バルリエとぶつかっても恨むなよ」

「はい」


 スティーブはバルリエが最後まで付き合わないだろうと思っていた。そして、バルリエもそのつもりだったのである。

 ただ、スティーブは腹を立てるようなことは無かった。弱い本尊が食われるのは仕方のないこと。バルリエにそれをするなというのは酷であった。


「それで、うちの子たちは勝てそうか?」

「こればっかりは水物ですからね。しかし、良いところまでいけるようにはサポートします。後はお嬢様たちの実力と運でしょうか」


 スティーブはその時、バルリエの中に歓喜を見つけた。


「嬉しそうだな」

「ええ。時間的に最後でしょうが、相手はあのカッター伯爵です。あの世への土産話にはちょうどいい」

「カッター伯爵か。間違いはないのか?」

「今、それを調べさせているところです。が、まあそうでしょう。名うての相場師とぶつかり合うっていうのですから、この老体に鞭を打ちますよ」

「わかった。僕も極力手を出さないようにするけど、情報だけは欲しい。万が一に備えておくためにね」

「承知いたしました」


 スティーブはそこまでで帰宅する。

 その後、ずっとイザベラたちのことを考えていて、仕事が手につかなかった。

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