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170 ジャスミン

 経済革命クラブが始動して初日、まずは部屋の掃除となった。埃っぽい部屋を慣れない手つきで掃除する三人。

 王族と貴族の子供であり、掃除などという仕事は自らするようなものではなかった。なんとか見様見真似でやっているが、埃が舞い上がり、それを吸い込んでせき込む。口をマスクなどの布で覆うなどという知識がないためだ。


「掃除婦くらい雇っておきなさいよね」


 イザベラが学校への不満を口にした。


「いい経験になるかも。僕の家は一代限りの貴族だから、将来は平民になるわけだしね。一通りのことが出来るようになっておかないと」


 ミハエルは前向きに捉え、一番真面目に掃除をしていた。

 教室の窓とドアは全開になっており、廊下の様子がよく見える。そこをジャクソンが通るのも見えた。


「おら、ぐずぐずすんな」


 などと威勢をくれていたが、室内のイザベラと目が合うと、気まずそうにスッと視線をそらした。

 彼の後ろには栗毛を三つ編みにした少女がついていた。


「なにあれ、メイド?」

「でも、うちの学校の制服を着ていたわ。行儀見習いかなにかで一緒に入学したのかしらね」


 イザベラとエリザベスがそう話しているのを聞いたミハイルは、やや呆れ気味に二人に今の少女のことを教える。


「彼女はフレミング男爵のご息女、ジャスミンだよ。紹介の時に聞いてなかった?」

「あー、いたかもしれないわね」


 エリザベスはなんとなくだが、覚えていた。

 イザベラは全くである。


「いた?」

「いたわよ。たぶん。イザベラは落ち着きなくきょろきょろしていたから、他の人の自己紹介を聞いていなかったんでしょ」

「……」


 返す言葉もないイザベラ。

 そんなイザベラはさておき、エリザベスは腕組みして考える。


「ひょっとして、いじめの対象が変わったのかしら?」

「だとしたら、もう一回殴った方がいいかしら。アーサーにバレないように」


 うっかり、アーサーの名前を出すイザベラ。

 ミハエルはそれを不思議に思う。


「アーサー君となにかあったの?」

「あっ」


 そこでイザベラはうかつにも、アーサーとの関係を言ってしまったことに気づく。


「あはは。あの後先生に呼ばれてね。どうもアーサーに見られていたのよ」


 本当はスティーブに呼ばれたベラであったが、それを咄嗟に先生ということにした。

 ミハエルは疑う様子もなく、申し訳なさそうに二人を見た。


「ごめん。僕のせいで怒られた?」

「そんなことは無かったわよ。比較的穏やかだったわ」


 事情が事情だけに、スティーブがイザベラを怒るようなことはなかった。ただ、もう少し穏便にやる方法を考えてほしいと言われたのである。

 そして、エリザベスが素早く話題の方向を修正した。


「あの子、気になるわね。いじめられているか確認しないと」

「でも、どうやって?あの様子じゃ校内ではジャクソンとずっと一緒にいるんじゃない?帰宅途中を待ち伏せしようにも、私もイザベラも護衛がいて、なにかと仰々しいでしょ」

「僕が訊いてみるよ」


 ミハエルは自分が事情を訊くと言った。

 ひょっとしたら同じようにいじめられているかもしれないジャスミンに、同情していたのである。

 ミハイルはジャスミンの帰宅を待つため、掃除を切り上げて先に部屋を出た。

 残った二人は掃除を続ける。


「リズ、私学校辞めたくなったわ。色々と頭に来ることばかりで、これなら領地にいた方がいいわ。私は別にパパの跡を継ぐわけじゃないんだから、貴族のこどもたちとの関係を築く必要なんてないんだもの」

「それは同意するわ。これならもっと小さい貴族の家か、平民に生まれたかったわ。昔は違ったらしいけど、今は平民でもそれなりの暮らしが出来るようになったじゃない」

「そうね。パパが言っていたわ。そのうち、平民が金銭的にもっと余裕を持つと、政治に参加する権利を要求するようになる。そして、いつかは平民が国を動かすようになるって」

「それって、王族や貴族はどうなるのかしら?」

「悪政をしいていれば処刑されるし、善政をしいて平和的に政治システムが移行されるなら、権力を大幅に削減したかたちで残るだろうって言っていたわ」


 これはスティーブの前世の記憶からの予想である。子供たちが貴族であるということを笠に着て、平民を虐げないよにと教育するため話したのであった。


「俄かには信じられないわね。でも、おじさんが言うことだしなあ」

「そうね。私は、パパは遠い未来から来たんじゃないかって思っているの。だから、これは見てきたことなんじゃないかな」

「おじさんが?まさかぁ」


 エリザベスはイザベラの考えを笑う。

 イザベラはそれを怒る様子もなく続けた。


「だって、パパは色々な新しい考えや発明をしてきたけど、それってほとんどがアイデアだけ出して、完成させたのは他の人じゃない。世間が言うように、本当に天才だったら全部自分で出来ているとおもうの。そうじゃないのは、自分が見てきたものを完璧には理解できていなかったからじゃない?そうじゃないと説明がつかないのよ」


 世間は、そして家族でさえもスティーブのことを盲信しているが、イザベラは違った。

 父親を近くでみていたせいか、その功績に違和感を感じていたのである。


「それで、その未来人のおじさんは、今どんなことをしているの?」

「将来はコンテンツ産業がはやるからって言って、知的財産を保護する法律の作成を働きかけているのと、キャラクターの案をデザイナーや劇作家に指示して、物語を作らせているの」

「どんな物語を?」

「ネズミとその仲間の動物たちが楽しく暮らす国とか、未来から来た猫型ゴーレムと少年のお話とかね。そのうち劇場で上演するだろうし、絵本にして出版も考えているって。これが売れたら、孫の代まで食うには困らないだろうって言っていたわ」

「神話や英雄譚じゃなくて、随分とかわいらしい路線でいくのね」

「でしょ。考えが斬新なんだけど、それが売れるっていう確信があるみたいなの。今までないものが、どうして確実に売れると思えるのか不思議でしょ」

「一考の価値ありね。でも、教会がいうように、本当に使徒様なら未来が見えるのかもしれないわ」

「使徒様ってもっと神々しいものじゃない?」

「うーん」


 二人がそんな会話をしているころ、ミハイルはジャスミンに接触できていた。

 そして、ミハエルがジャスミンにジャクソンにいじめられているのではないかと訊くと、いじめではないが助けてほしいという申し出を受けた。

 ならば、明日経済革命クラブの部屋まで来れないかと訊くと、ジャクソンに解放されたあとで伺いたいという約束になった。

 そして翌日、ミハエルはイザベラとエリザベスにジャスミンとの約束を伝え、放課後を待った。

 放課後、日がかなり西に傾いたころ、ジャスミンがやってきた。四人は車座になって椅子に座った。


「ようこそ。何か助けてほしいことがあるんでしょ。ジャクソンを殴り飛ばすとか?」

「いえ、それでは解決しないのです。どうか、我が家を助けていただけませんでしょうか」

「家を?あなた自身ではなくて?」

「はい」


 そこでジャスミンは何故ジャクソンにメイドのように扱われているかを話した。

 ジャスミン・フレミングはフレミング男爵の娘である。フレミング男爵は領地を持たぬ貴族であり、5年前に金銭獲得のために自らフレミング商会を立ち上げたのだった。

 そして、その商会は上場する。最初は商売がうまく運び、更なる拡大をしようとして資金を作るために社債を発行したのだ。

 償還期限は5年で金利10%。そして社債を株式に転換できる条件をつけた。

 そして現在、商売がうまくいっておらず、償還するための資金が無いというのである。

 フレミング商会の株価は現在99ドラ。ドラとは新規に導入された通貨単位である。国の象徴であるドラゴンからとったということになっているが、スティーブがドルをもじって作った単位である。なお、都市で大人一人が一か月生きていくのに最低必要なのが50,000ドラ程度である。

 社債発行時の株価はおおよそ5,000ドラであり、株式に強制的に転換できるのは、株価が10,000ドラになった時という条件であった。商売が成功して株価が上がれば、実質返さなくてよい金である。

 フレミング男爵はバラ色の未来が見えていた。しかし、当時は2倍になどすぐに出来ると考えていたが、その後商売が傾き始めて、あっという間に株価が下がってしまったのだ。

 そして、社債の金利を支払うための資金をカッター伯爵から借りることになり、娘を行儀見習いとして差し出すことになったのだ。住み込みではなく、家からの通いにはなっているが。

 この借金が返せなければ、ジャスミンはカッター伯爵の所有物となる。そして、ほぼそれが決まっているため、ジャクソンにおもちゃとして与えられていたのだ。

 そして、何故それがほぼ決まっているかといえば、商売が失敗する様に仕向けたのがカッター伯爵だからである。

 社債発行もカッター伯爵の息がかかった株の仲買人から勧められたものであり、すべては仕組まれていたことであった。

 社債を発行して勝負に出たところで、フレミング商会の株を空売りし、商会の所有するキャラバンを襲い、積み荷を売れなくする。そして、社債の金利の支払いや償還が苦しいという情報を流して、株価を下げさせたのだ。

 当然、その情報に追随する形で悪い決算が出て、情報が真実だと投資家が判断し、株がさらに売られることで、カッター伯爵に莫大な利益が転がり込んできたのだった。

 資金繰りに窮したフレミング男爵は、持ち株を売りに出して運転資金にするが、その結果、浮動株が増えてさらに株価が下がる悪循環となっていた。

 そして、いよいよ三か月後に迫った償還期日で、償還出来なければ倒産となる。

 まあ、カッター伯爵が裏で動いていることはジャスミンは知らず、社債発行から現在までの転落を語ったのみであったが。


「状況はわかったわ。でも、その状況でよくこの学校に入学したわね」


 イザベラは興味本位でジャスミンにそう言った。


「それは、伯爵が息子のためにと資金を出しているのです。私が困った顔をしているのを見るのが楽しいそうで」

「ねじ曲がった根性をなおすためにも、叩くしかないわね」

「イザベラが叩いたら、余計に曲がるわ。骨と一緒にね」


 エリザベスが茶々を入れると、室内の雰囲気が少し明るくなった。


「それで、社債の償還に必要な金額は?」


 ミハエルがジャスミンに質問すると彼女はこたえた。


「50億ドラほどになります」

「あー大金ね」


 エリザベスが顔に手を当て、あっちゃーというポーズをとった。

 イザベラやエリザベスが親にお願いすればどうにかできる金額ではあるが、それをたんに同じクラスになっただけの少女の家を助けるために提供してほしいというのは、多分拒否されるだろうというのはわかっていた。

 スティーブにしてもシェリーにしても、領民や国民からの税金を私的に使うことは良しとしない。人助けではあるが、商売に失敗したからといって、それらをすべて救うというのは不可能であるし、民からしてみれば無関係である。そこに大金を投じるのは無理であった。


「三か月でそんなお金を用意する方法かあ」


 イザベラも腕組みして考えるが、良いアイデアは出てこない。

 だが、ミハエルは違った。


「別に、お金を用意しなくても、株価をあげればいいんじゃないかな」

「それはそうだけど、100倍よ」

「でも、50億のお金を用意するよりはまだ可能性があるんじゃないかな。竜頭勲章閣下だったら、きっと素晴らしいアイデアをだしていることだと思うよ」


 それならパパに訊いてみる?と言いたいイザベラであったが、それは吞み込んだ。

 そして、王都にバルリエがいるのを思い出す。父親と組んで数々の相場を戦ってきた老獪な相場師だ。彼は稼いだ金で再起し、王都で株や先物の仲買人をしていた。

 彼なら良いアイデアが出てくるだろうと思ったのである。

 イザベラはすっと椅子から立ち上がった。


「明日またここに来られるかしら?」

「わかりました」


 頷くジャスミン。しかし、他の二人は驚く。


「イザベラ、何かアイデアはあるの?」

「そうだよ。明日までしかないのに」

「蛇の道は蛇。いまからバルリエのところに行ってくるわ」


 バルリエという名前に反応したのはエリザベスだけだった。他の二人はそれが誰だかわからない。


「ああ、バルリエなら確かに」

「誰それ?二人は知っているの?」


 ミハエルが二人に訊ねると、エリザベスがバルリエのことを教える。


「おじさんと組んで、何度も大きな相場を張った商人よ。おじさんとソーウェル卿が銅の相場で叩き潰してからは、あのおばさんの配下になっていたけど、何年か前に完全に独立して、この王都で仲買人をやっているわ」


 ソーウェル辺境伯であるオーロラのことを悪意を持っておばさんと呼ぶエリザベス。母国の利益を搔っ攫うという印象が強く、悪いイメージしかないのだ。

 実際には、オーロラが投下した莫大な資本のお陰で、敗戦でボロボロになったメルダ王国が素早く復興出来たのだが、その見返りで美味しい事業の殆どがオーロラのものとなっている。

 そして、今の説明でミハエルとジャスミンは納得した。

 だが、ミハエルに次の疑問がわく。


「でも、どうしてそんな人をイザベラが知っているの?」

「そんなの、あのおばさんが帝国にまで手を伸ばしたからよ」


 もっともらしい言い訳でその質問を躱すイザベラ。

 オーロラが帝国の商会も手中に収めているのは皆が知っていることである。そこにバルリエが絡んでいたとしても不思議はない。

 そして、イザベラの言葉にも、オーロラに対する悪意が含まれていた。ミハエルはそれを心配する。


「メルダ王国や帝国ではどうか知らないけど、この国でソーウェル辺境伯をおばさんって呼ぶのは命取りだよ。西部貴族の領袖で、その権力は国王に迫る勢いだから。何か不興を買えば、どうなることか」

「ありがとう。その忠告を覚えておくわ」


 口ではそう言うイザベラであったが、ミハエルなどよりよっぽどオーロラのことを知っており、彼女が絶対に自分に危害を加えないという自信があった。

 こうしてこの日はお開きとなった。

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