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165 火薬爆ぜて信仰高まる

 ベラの攻撃を受けながらも、城門爆発のための準備は進んだ。起爆させる方法は至って単純。将軍が爆薬と松明を持って転移し、転移した先で松明の炎を爆薬につけて爆発させるというものだった。


「さて、準備は調った。魔法使い殿よろしく頼む」

「承知いたしました」


 魔法使いは神妙な顔で頷くと、城門へと転移する。

 転移した直後、魔法使いだけが再び転移して元居た場所へと戻った。そして、爆炎が上がるのを待つ。

 しかし、いつまで経っても爆炎が上がることはなく、爆音も耳に届くことは無かった。

 魔法使いと副司令官は顔を見合わせる。


「まさか不発?」


 副司令官は城門の方を目を細めて眺める。しかし、裸眼では流石に詳細は見えなかった。

 魔法使いは副司令官に問う。


「私が見てきましょうか?」

「いや、万が一転移した直後に爆発した場合、転移の魔法使いまで失ったとなり、退却後にどうなるかわかったものではない。指揮官どころかかなり低い身分の軍人まで処罰されかねないからな」

「それは確かに」


 魔法使いは副司令官の話に頷いた。

 ニルスは既に本国に送り届けてあるからいいようなものの、ガスターも未使用の爆薬も失った。そして、将軍も失っている現状で、転移の魔法使いまで失うとなると、その損害は計り知れないものになる。単に副司令官の首を切っただけでは収まるものではない。


 二人がそんな会話をしているころ、当の将軍はというとスティーブに捕まっていた。

 土魔法で作られた鎖に縛られ身動きが取れず、爆弾と松明は収納魔法で奪われた状態で。

 そんな将軍にスティーブは笑顔で語りかける。


「部下を使い捨てない心意気はあっぱれですね」

「それは我々の会話が筒抜けだったということですかな?」


 将軍は険しい顔でスティーブを見た。部下を使い捨てないという言葉からは、将軍である自分がこの作戦を自ら実行したということがばれているのが伝わってきた。

 そんな険しい顔を見ても、スティーブの笑顔は崩れない。


「ええ。本国から無謀な指示が出ていることも、転移の魔法使いと爆弾を準備していることも全て知っておりますよ。だからこそ、僕は貴方のような指揮官の心意気は高く評価したい」

「このような状態でも褒められると悪い気はせんな。どちらのお方か知らぬが」

「スティーブ・ティーエス・アーチボルト。カスケード王国から王命により助太刀に参った次第」

「貴君がかの有名な竜頭勲章か。まあ、そんな気はしていたが、こちらの策が全て防がれたとあっては、信じるしかないな」


 将軍はやはり竜頭勲章が相手だったかと知り、この状況も仕方ないと諦めた。

 情報は全て筒抜けであり、なおかつそれに対して対処できるだけの能力を有している。逆に、自分たちは竜頭勲章が敵にいるという情報を知っていたとしても、それに対処することは出来ないだろうとわかっていた。


「さて、それでは降伏していただけますかね?」

「部下たちだけでも撤退させてはもらえぬかな?」


 スティーブの降伏勧告に対して、将軍は自分の身柄だけの拘束を願い出る。

 しかし、スティーブはそれを認めなかった。


「敗残兵がメイザック王国で盗賊行為をしないとも限りません。僕の一存では難しいですね」


 サチュレート王国の兵士たちが、国に戻る途中で村や町を襲う可能性は十分にあった。

 なので、スティーブは軽々に許可できなかったのである。


「武装解除をしていただけますかね」

「この様では兵士たちに命令も出来んがね」


 将軍は身動きが取れないため、目線でスティーブの作り出した鎖を示す。


「それに」


 と将軍は続ける。


「拘束されたのは自分だけであり、他の兵士たちは負けたという認識はない。攻城兵器としての爆弾については多くを失ったが、敵兵との戦いで使う歩兵が持っている爆弾は健在だ。全員が素直に言うことを聞く状況ではない」

「それもそうですね。それでは全員を拘束して、敗北を認識させましょうか」


 将軍はスティーブの発言は信じられなかった。一人の人間がおよそ二万人の軍を拘束できるなどとは思っていなかった。確かに、カスケード王国の戦争でスティーブの活躍の報告には、大勢を一人で撃退したというものがあったが、所詮は千人程度どまりであり、あとはそれを見て降伏したのではないかと疑っていた。

 そんな疑いのまなざしの先にあった、スティーブの姿が突然消えた。

 サチュレート王国の軍隊の中に転移したのである。

 スティーブは相手が爆弾を持っているということで、魔法の鎖で拘束したらすぐに転移を繰り返す。敵の眼前ではない兵士たちは、いきなり転移してきたスティーブと戦うことは出来ず、何もできないまま拘束された。

 二万という大群であっても、スティーブの前では無力であった。

 こうしてスティーブは将軍の前に戻ってくる。


「流石にこの人数ともなると、魔力も激しく消耗しますね」


 転移の魔法と土魔法を連続で使ったことで、流石のスティーブも魔力の残りがわずかとなっていた。


「普通は魔力が切れて、この人数を拘束は出来ませんが。噂通りの規格外ですな」

「仕事柄、規格を外れるのは嬉しくないんですけどねえ」


 将軍はスティーブの返しが理解できず、規格外という言われ方が好きではないのだと納得することにした。

 そして、全軍が戦闘不能に陥ったことで、降伏を宣言する。ドレッセルもそれを確認し、メイザック王国の兵士たちが、遠くにいるサチュレート王国の兵士たちに将軍による降伏受諾が伝えられた。

 身動きの取れない状態では、反撃することも出来ずに、その知らせを受けて大人しくなったのだ。ここにサチュレート王国によるメイザック王国への侵攻は終了した。

 スティーブがドレッセルと一緒にいると、そこにベラがやって来た。


「終わり?」

「うん」

「弾丸はまだ残っている」

「無理に全部使わなくていいよ」


 撃ち尽くすまでは終われないというベラに、スティーブは苦笑して終わりを命じた。ドレッセルは最初からスティーブが出れば簡単に終了していたのではないかと思って、そのことを訊いてみた。


「閣下が最初からこうして敵を魔法で拘束していれば、戦争は直ぐに終わったのではないでしょうか?」

「そうかもしれないね。だけど、それではサチュレート王国が持っている爆弾の脅威を排除するには不十分かなと思って。僕だけが脅威ならば、僕の動きを封じてもう一度侵攻しようとするでしょ。僕がいなくても爆弾に勝る兵器を持っていることを示したかったんだ」

「であれば、もっと戦果を得られるように、兵士を狙っても良かったのではないですか」

「その方が効果的だったね。まあ、自分にはその決断が出来なかったわけだけど。その結果が捕虜二万人。早いところ終戦の交渉をしないと、メイザック王国の食糧庫が空になるね」

「全くですな」


 ドレッセルはスティーブが敵兵を殺すことを嫌う理由がわからなかった。兵器の性能とはすなわち、どれだけ多くの敵兵を殺せるかということにつきる。しかし、スティーブはそれをせずに、精密射撃で威力を見せつけた。狙いが爆弾でなければ、爆発に巻き込まれて死ぬ兵士もいなかったであろう。布で作った目隠しをベラが狙撃するようになってからは、敵兵には損害が出ていない。

 生粋の軍人であるドレッセルからしてみれば、敵は倒せるときに倒しておけというのが基本的な考えなので、それをしないベラにとても大きな違和感を抱いていた。

 それはベラの意思ではなく、スティーブの意思であり、命のやり取りをする戦場においては甘すぎる考えであると思った。

 しかしながら、圧倒的な戦力差を有しているからこそ出来ることであるとも思った。自分が今まで可能な限り敵を殺したというのは、裏を返せば生かしておけば次は自分が殺されるかもしれないということであり、仮に百万回リベンジのチャンスがあっても、そのすべてにおいて勝利出来るスティーブであれば、相手を殺す必要がないのだということだ。

 そう理解すると、よくもまあこんな怪物みたいな者の姉をどうこうしようとしたなと、当時のカール王太子に呆れたのだった。

 そして、ドレッセルはこの現実離れした結果を、どうやって報告すれば本当だと信じてくれるのだろうかと悩む。幸いにして王都の目の前の戦いであるので、目撃者も多いからなんとかなるかもしれないが、これが国境付近での戦闘であれば、たった二人で二万人の敵兵を無力化して捕虜にしたなどと、国王をはじめとした戦場を見ない者たちが信じるはずもなかった。

 そう思ったが、いやいやあのシェリー王妃の実弟であればと信じてくれるだろうと頭を振る。ついこの前、たった一人の若くてか細い女性に、王宮の兵士がなすすべもなく敗れたばかりだ。

 カスケード王国とメルダ王国が好戦的ではないことが救いだなとドレッセルは西方を見てため息をついた。その視線の先にはメルダ王国とカスケード王国がある。


 かくして戦争は終結して交渉へと移る。ニルスが健在のサチュレート王国では、戦争継続の声もあったが、二万人という捕虜を出してしまったことで、これ以上の戦力をメイザック王国に向ければ、他の地域の防衛がおろそかになるということで、その声は抑えられることになった。

 結局、サチュレート王国は賠償金と捕虜の身代金を支払うことで決着した。メイザック王国としては、相手からの領土割譲を勝ち取りたかったのだが、カスケード王国が後ろ盾になってくれるわけでもなく、後々サチュレート王国が領土を取り返そうとして、再び攻めてきたときのことを考慮して、ほどほどでの条件で終戦としたのである。

 その賠償金の一部がカスケード王国への謝礼となった。

 カスケード王国としても、元々は自分のところの研究員が拉致され、サチュレート王国で兵器を開発したという負い目があったので、特にその金額について意見は述べなかった。

 しかも、その謝礼は全額スティーブに支払ったのだ。なので、カスケード王国は今回の戦争での利益は無い。


 また、各国は爆薬に加えて銃の登場を確認したので、そちらの研究も行うということになったのである。ただし、現物はスティーブがどこにも貸し出さなかった。

 カスケード王国にすらも。

 どうやってそれを成し遂げたかといえば、フライス聖教会に銃は神器であると宣言してもらったのである。そして、神器である銃をスティーブが教会に奉納して、教会関係者以外は見られないようにしてしまったのだ。

 ただ、その奉納した銃はレプリカであり、発射機構もつくらなかったので、仮に盗まれたとしても問題はない。

 教会という国王や皇帝よりも上の権威に対して、無理やり見せろと迫る者はいなかった。莫大な拝観料を払って、そのレプリカを見ようとする試みはあったが。そして、外観だけ見ても何もわからないだろうということで、スティーブもそれは認めていた。

 なので、フライス聖教会は臨時収入を得ることになったというのは余談である。

 神器としての認定をしてもらったことで、スティーブは教会に、というか聖女であるユリアに大きな借りを作ることになった。

 その結果として、ユリアとカミラを妻として迎えるという条件を吞まされた。そこまでしてでも、銃が広まるのを防ぎたかったのである。

 これに関してはクリスティーナもナンシーも、スティーブの思いをわかっていたので反対はしなかった。それに、銃の威力を目の当たりにしていたので、これが世の中に広まってしまえば、恐ろしいことになるとわかっていたのである。

 それが、広まる時間を少しだけ遅らせることにしかならないとしても、自分たちの子供にも危険が及ぶのであれば遅らせたいという思いがあった。

 サチュレート王国が仕掛けたこの戦争は、気が付いてみればフライス聖教会の一人勝ちで終了となった。後の歴史家はこのことを「火薬爆ぜて、信仰高まる」と評したのである。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 導火線に火をつけた爆弾だけを転移魔法で敵に送付して 転移完了とともに爆発するようにしたら戦争に勝てるかも 転移先は魔法使いの目視範囲または、一度行ったことがあってイメージできる場所な…
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