163 メイザック王国王都攻城戦
ガスターはニルスと共にサチュレート王国の王都にいた。そこで研究を続けていたのである。地位も子爵を授かり貴族となっていた。なお、ニルスは男爵である。
二人は国から与えられた研究所で、さらに強力な火薬の開発に取り組んでいた。
どうしてこうなったかといえば、サチュレート王国が元々メイザック王国に作っていた間諜網が、領土の割譲とともにカスケード王国に対してのものとなり、そこでアレックス殿下がガスターを使って、新兵器の開発をしているという情報を掴んだのだった。
それを本国に伝えたところ、転移の魔法使いを送るので、それを使って拉致するようにという指令が返ってきた。そして、その指令を実行してガスターの研究所から二人をサチュレート王国に拉致してきたというわけである。
ただし、サチュレート王国はガスターの研究内容を高く評価し、脅迫によってむりやり開発させるのではなく、好待遇で迎えて研究をさせることを選んだのだった。
最初こそどうなるかと心配していたガスターとニルスであったが、研究成果を出し続ける限りは、自身の身の安全は保障されるとわかり、今までの研究を継続することにしたのである。
二人は休憩をとっており、テーブルでお茶を飲んでいた。室内には護衛の騎士たちがいる。ニルスが口からカップを遠ざけ、ガスターに話しかける。
「ガスターさん、僕は火薬が完成したところで殺されるんじゃないかと思っていました」
護衛の騎士たちを見ながらニルスはそう言った。騎士たちももはや気心の知れた仲であり、こうした会話をしても特にとがめられることは無い。それどころか、騎士たちはガスターとニルスの機嫌を損なわないようにと気を遣っていた。
「そこで研究が終わりならな。しかし、どんなものでも改良の余地はあるし、他国もこの威力を目の当たりにすれば、同じような研究をしてくるだろう。それが見えているから、俺たちを殺すという選択肢はないんだよ」
ガスターは手っ取り早く、まずはマッチの製法をサチュレート王国に伝えた。それから、火薬の研究で既に爆発するところまでは披露した。そこからは威力の改良をしながら、兵器としての完成度を高めていった。
これらについてはガスターとニルスの存在が不可欠であり、サチュレート王国は殺すどころか、二人の警護を強化して、王族並みの態勢を敷いていたのである。
「まあ、あの威力を見てしまえば、僕らの価値を嫌でも認めますよね」
「初の実戦でいきなりの大戦果とあってはな。出来れば自分の目でその戦果を見たかったが」
「次はメイザック王国の王都の攻防ですから、転移の魔法使いを随伴して実地での確認を申請してみますか。敵が籠城しているのであれば、後方で見る分には危険も少ないと思いますが」
「そうだな。城門や城壁といったものをどうやれば破壊出来るのかは見てみたい。追加の火薬が届くまでに時間がかかるだろうから申請してみるか。それを見て改善点も思いつくだろうし」
二人の元には先のメイザック王国との戦いの結果が伝えられていた。火薬と小石を筒に入れて爆発させる爆弾が絶大な威力を発揮し、メイザック王国軍を打ち破った報告にガスターは震えた。おそらくは、大陸で初めて火薬を作った者として歴史に名を残すだろうと思ったからである。
実際に、後の歴史家はガスターのことを歴史書に記すことになる。ただし、この時期はスティーブの考案したものが多数、カスケード王国の王立研究所によって実用化されていくので、埋没してしまいがちなのである。余談ではあるが、後の世の学生たちは、この時代の発明品の多さから、覚えることに苦労をするのであった。ただ、スティーブの提案で記録の取り方も統一されるようになっており、その分野の研究者が振り返るのは楽になっていた。
この時期にカスケード王国で作られた規格が、その後も改訂を加えられながらも基礎となって使われ続けていくのである。規格外な能力を持ったスティーブが、後世で「規格の父」と呼ばれるようになるのは、今の人々が知れば笑うことになるだろう。
そんなガスターはニルスの提案に賛成し、護衛の騎士に国王に戦場での確認の許可が欲しいと伝えるように指示を出した。
「実験ではなく、実戦で敵の城門を吹き飛ばすところを見てみたいな」
そのシーンを想像して、ガスターはクスクスと笑った。燃焼実験では散々爆発の威力を確認してきたが、それは相手がいない状況だからこそ出来ることもある。爆弾と城門の距離などがまさしくそれだ。
敵からの攻撃を防ぎつつ、どうやって爆弾を城門まで運ぶかが重要になってくる。
「投石器を使った投擲であれば、爆発するタイミングのコントロールが必要になるか。あらかじめ着弾する時間を計算して、導火線の長さを決めるのはどうだ?いや、投擲している最中に導火線の火が消えることもあるか」
ガスターは攻城戦について頭の中で考え始めていた。こうなると、話しかけても無駄であることを知っているニルスは、火薬の原料の分離の仕事に向かうことにした。
実戦で使用している火薬の原料についても、研究用と同様にニルスが鉱石などから分離しているのである。魔力量が一般的なニルスでは、大量生産は出来ない。
サチュレート王国では現在還元反応などの研究も進めてはいるが、カスケード王国とは違い基礎研究が未熟なので、実用化までには時間がかかるだろうとされていた。なので、同時に分離の魔法使いを探すことをしていた。
そういう理由からフライス聖教会では、魔法の適性検査に使用する薬品の注文が増えて、財政が潤っているのである。
ニルスは護衛の騎士一人を連れて部屋から出ていく。
そしてまた、別の騎士もガスターから依頼された観戦許可をとるために、国王の元へと向かった。
サチュレート王国国王は、転移の魔法使い随伴で観戦を許可した。こうして、ガスターとニルスはメイザック王国の王都攻防戦を間近で見ることが決定した。
ガスターが考案した攻城兵器も、急いで準備されて王都を攻撃する部隊へと運ばれた。
ガスターとニルスは馬車で戦場へと向かう。転移の魔法使いも行ったことのない土地であり、転移することが出来なかった。
馬車の中でガスターは上機嫌だった。自分の考案した兵器がどう使われるのかを、自らの目で確かめられることに気分が高揚していたのである。
ガスターはニルスに話しかける。
「やはり、蒸気機関車と比べると馬車は乗りづらいな」
「僕は蒸気機関車に乗ったことが無いんですけど」
「そうか。ならば、火薬の研究がひと段落したら、次は蒸気機関の研究をしようか。我が国にも蒸気機関車があった方が良い」
ガスターは既にサチュレート王国のことを我が国と呼んでいた。心はサチュレート王国国民なのである。
「それは楽しみです。蒸気機関車は話で聞いたことしかないので」
カスケード王国の平民のあいだでは、まだまだ蒸気機関車は一般的ではない。
特に、ニルスの生まれ育った場所には鉄道が来ておらず、見たことは無かったのだ。
「しかし――――」
ガスターは続ける。
「爆弾も蒸気機関車も、初めて使ったものは歴史に名が残らんな。いつも歴史に名を残すのは、それを考案した者だけだ。鉄道を敷設した者も、城を築城した大工も名前をしらないだろう」
「そうですね。今回も誰が最初に使ったかなんて報告は聞いてません」
ガスターの話にニルスは納得した。よくあるクイズの引掛け問題で、「大阪城(大坂城)を築城したのは?」という問いで「大工さんでした」という回答があるが、じゃあその大工は誰なのかと問われれば、その名前はわからない。しかし、豊臣秀吉の名前は誰でも知っている。ガスターの言いたいのはそういうことだ。
そして、爆弾が攻城戦に使用されたとなれば、そのことも歴史に残ることになる。今回の戦いも、ガスターの偉大さを後世に伝えるためのイベントだと考えていた。
だからこその上機嫌なのである。
こうして馬車はメイザック王国の王都へと向かっていった。
サチュレート王国の準備が整う一方、スティーブとベラは敵が眼前に迫っているメイザック王国の王宮にいた。ここでもスティーブは畏れられているが、それはスティーブがシェリーの弟だからという理由である。
王宮に乗り込んで制圧したのはスティーブなのだが、その時はシェリーの姿に変身していた。そして、そのせいでシェリーへの個人崇拝が発生している。つい最近の出来事なのでその記憶は新しく、シェリーの弟であれば似たような能力を持っているだろうと考えられていた。
実際には似たようにも何も、スティーブの能力なのであるが。
そして、その恐怖の記憶は国王にも深く刻まれていた。国王は平身低頭でスティーブに助力への感謝を伝えた。
「此度の援軍ありがとうございます。かのメルダ王国王妃の実弟殿がいらしてくれたならばもう安心です」
「我が陛下も周辺国の安定こそが国益と考えておりますので、当然のことでございます。新兵器を開発したからといって、大義無き侵略戦争を仕掛けるような国をそのままにしておくわけにはまいりません」
新兵器という単語に国王は反応した。
「そうです。その新兵器ですが、我が軍は手痛くやられてしまいました。近寄れば爆発するとのことですが、なにか対抗手段は?」
「勿論準備してきましたよ」
とスティーブが返答したところで、タイミングよく急な知らせがやってくる。
騎士が入って来たかと思えば、国王の後ろに控えている宰相に耳打ちする。その内容の緊急さから、宰相は国王とスティーブの会話を遮った。
「お話を遮って申し訳ございません。サチュレート王国の軍がこちらに向かって進軍を始めたと報告が」
「なるほど。ではご挨拶はこれくらいにして、迎撃といきましょうか」
スティーブがそういうと、国王は近衛騎士団の副団長を案内につけると言ってきた。
「我が国には不慣れかとおもいますので、このクリストフ・ドレッセルを案内につけましょう。近衛騎士団副団長の男ですので、自分の身は自分で守ることができます」
国王が指名したのは、近衛騎士団の副団長であった。副団長というだけあり、筋骨隆々で素手で熊にでも勝てそうなイメージである。
案内といいながらも、その目的はスティーブとベラの監視であった。ストレートに監視と言ってしまえば気分を害するであろうから、案内という言い方をしているだけである。
「それでは早速」
スティーブはベラに合図をすると、後ろで控えていたベラがスティーブの隣に立つ。
「ドレッセル殿もこちらへ」
「はっ」
ドレッセルは呼ばれたのでスティーブの隣に行く。彼はスティーブが何をするのかわからず、恐る恐るであった。
ドレッセルが来たところで、スティーブは二人を連れて城壁へと転移した。
一瞬で景色の変わったドレッセルは戸惑う。転移の魔法は知っていたが、自分に対して使われたのは初めてだったからである。
「ここは、城壁の上?」
「そう。ここで敵を迎撃するから。ベラ、やるよ」
スティーブはそういうと亜空間から狙撃銃を取り出した。それをベラに手渡した。
ベラはそれを城壁の上に設置する。
「私の距離。でも、城壁がちょっとじゃま」
ベラが伏せると、城壁の端が視界を遮ってしまった。
「じゃあ削ろうか。ドレッセル殿、城壁を少し削らせていただくが?」
「よろしいですが、それは?」
ドレッセルは狙撃銃を指さした。初めて見る代物であり、どういった道具なのかわからなかったのである。
「説明するより見てもらった方がいいかな」
スティーブはそういうとベラの前の城壁を収納し、視界を確保した。
ベラはスコープを通して、相手を捉える。
「見えた」
スティーブも遠眼鏡を取り出して、進軍してくるサチュレート王国の軍隊を確認した。
「攻城兵器を持ってきたか。それに、後ろの壺が火薬の材料かな。ベラ、あの壺を狙って」
「わかった」
そういうと、ベラはスティーブの指示した壺に狙いを定めた。そして引き金を引く。
轟音が城壁の上を駆け抜ける。その音にドレッセルは目を丸くした。
10秒後、
「やった」
「お見事」
ベラが発射した弾丸は見事に壺を撃ち抜いた。その後、その場所で爆炎が上がる。
「空気に触れると爆発するタイプだったのかな」
そういうスティーブに対し、ドレッセルはいくつも聞きたいことがあったが、頭が目の前で起こっている出来事を処理しきれずに、言葉が何も出てこなかった。
いつも誤字報告ありがとうございます。