表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

162/185

162 メイザック王国からの知らせ

 ガスターの行方は相変わらずわからなかったが、事態は動いた。

 メイザック王国がメルダ王国とは反対側の隣国であるサチュレート王国に攻め込まれ、大敗北を喫したという報告が入ったのだ。

 メイザック王国はカスケード王国とメルダ王国に領土を割譲し、国力が弱体化していた状態であったが、領土を取り返す意図はないと示すために、西側の兵士を極端に減らして、他の方向へと振り分けていたのだ。つまりは、今までよりも他の三方は兵士が多い状態であった。そのような状態であるにもかかわらず、サチュレート王国は戦争を仕掛け、大勝利を収めたというのだ。

 そして、その勝利には新兵器のおかげであったという。戦場の各地で爆発が起きて、メイザック王国の兵士たちは死亡、負傷して戦闘不能に陥ったのだった。首都近くまで攻め込まれたメイザック王国は、カスケード王国に泣きつき、サチュレート王国の戦いぶりについての情報をもたらしたというわけである。

 メイザック王国の使節団がカスケード王国の王都に来たことで、スティーブも国王から呼ばれて王城に来ていた。

 国王と宰相の他にはダフニーとホリデイ所長しかいない。メイザック王国の使節団は一旦迎賓館で待ってもらっている。

 国王はホリデイ所長に問う。


「サチュレート王国が使った兵器というのは、行方不明になった研究員の研究物で間違いないのだな?」

「はい。使節団がもたらした情報からすれば、間違いないかと。魔法使いの存在が確認できないのに、各所で爆発が起きるなど、火の秘薬を使ったと判断するのが妥当でしょう」


 火の秘薬とは、つまり火薬である。国王はその回答に頷くと、スティーブの方を見た。


「そういうわけだ、アーチボルト卿。卿は火の秘薬を使う国と戦って勝てるかな?」

「陛下、私はその兵器を見たことが無いので、正確なことは申せませんが、断片的に得た情報ですと雨の日に戦えば、秘薬に着火させることが出来ない敵兵は恐れる程のものではないと思います。また、晴れた日であっても、水属性の魔法で秘薬を濡らしてしまえば、やはり使い物にならないのではないでしょうか。であれば、勝利するのは可能かと」


 スティーブはここでは銃という手の内を明かさない。


「それに、我が国でも研究はされているのではないでしょうか。それがあれば同等の戦い方が出来ると思いますが」


 スティーブはそう言うと、ちらりとホリデイ所長を見た。

 シリルが王立研究所に呼び戻されて、そこで研究をすることになったと知った時に、スティーブはシリルに会いに行っている。

 研究内容については、スティーブも王立研究所の関係者なので、シリルはその内容を伝えることが出来たのだ。そこで、色々とシリルに相談されることになり、そのアドバイスをしたのだった。

 スティーブは兵器開発は嫌いであるが、国が本腰を入れて研究をすることになったのならば、すぐにでも成果が出るだろうと諦めていた。

 国が本腰を入れるとは、つまりは莫大な予算が出たということである。

 人類が月に到達できたのも、短期間でワクチンを開発出来たのも、それは予算が潤沢にあったからである。逆に言えば、予算が無いからこそ、月面到達から50年経ってコンピューターもロケットも発達した現代に、日本は有人で月面到達が出来ていないのである。

 ということを知っているスティーブは、どうせ火薬が出来上がるならと、シリルにその手柄を立てさせることにしたのである。

 ただ、シリルには自分の開発したもので、人が多数死ぬことへの覚悟はあるかと問うてみたが。それに対して、シリルは覚悟はあると答えた。だから、スティーブは火薬についての知識をシリルに伝えたのである。

 そして現在、カスケード王国でも火薬の生産は見えてきたところだった。実験室レベルでは既に実証出来ているが、軍で使用する量をとなると、それなりの設備が必要になるので、必要な量を確保するための準備をしている段階なのである。

 なお、サチュレート王国がメイザック王国の王都目前で足踏みしているのも、火薬の量が足りずに攻撃を仕掛けられないからであった。

 国王はスティーブにこたえる。


「研究はしているが、実戦に使うにはまだまだだ。研究員を手離したのは痛かったな」


 チクリとホリデイ所長を刺した。ホリデイ所長は恐縮して小さく縮こまる。

 今度は宰相がスティーブに質問をする。


「閣下は聞いただけで火の秘薬の弱点を突く戦い方を考えついたようですが、魔法使いもおらず、天候も雨でなかった場合、一般の兵士はどう対処すべきだと思いますかな?」

「火の秘薬の使い方しだいでしょうけど、まずは今主流の集団密集戦法は止めた方が良いでしょう。兵士たちの間隔が広ければ、敵はどこを狙うか迷いますし、一度の攻撃での被害を小さくすることが出来ます。後は兵器が飛んで来たら伏せることでしょうね。爆風というのは一般的には上と横に広がりますので、身を低くしていた方が被害に遭わなくて済む。街中に持ち込まれたら厄介ですがね」

「確かに。秘薬を持ち込まれて、街中で使用された場合には、直接的な被害に加えて、次の攻撃に対処すべき費用が跳ね上がりますな」


 宰相は頷いた。

 現代においても非対称戦が厄介なのは、守る側の負担が大きなことである。テロリストの攻撃を防ぐために、莫大な予算が使われることになるのだ。


「あとは、気球から火の秘薬を落とされることを考慮するのであれば、上空を攻撃する手段を持つべきでしょうね」


 第二次世界大戦で日本の高射砲は、アメリカ軍の爆撃機に届かなかった。その結果、一方的に爆撃されることになったのである。スティーブの祖父の兄弟も、日本がもっと上空まで届く高射砲を持っていれば、死ぬことは無かったかもしれないと思っていた。

 今ならばガリバー旅行記に出てくるラピュタのように、空を支配する者は絶対的な権力を手にする。

 スティーブの望まぬ結末ではあるが、カスケード王国はそうなりつつあると感じていた。

 宰相も当然そのことを考える。


「つまりは、こちらが空から攻撃する手段を持てば、空にある物を攻撃する手段を持たぬ国は勝てなくなるということですな」

「まあそうなりますね。しかしながら、今研究中の熱気球ですと、それほどまでの秘薬を搭載することは難しいでしょう。ですから、敵国の軍や都市を壊滅させるような戦果は期待できませんよ」


 スティーブは自分では気づかなかったが、不機嫌さが表に出ていた。宰相はその様子をみて、まずいなと感じた。そして、この話題はここまでにすることにした。

 国王もその雰囲気を察知して話を変える。


「我が国としては、サチュレート王国が野心を持って周辺国に攻め込むのであれば、その野心をくじかねばならぬと思っている。メイザック王国を見捨てることはたやすいが、メイザック王国が滅ぼされたならば、次は我が国がサチュレート王国と国境を接することになる。本来であれば、そのような恐ろしい兵器を持った国に対しては、周辺国と協調して対抗したいところではあるが、周辺国がサチュレート王国の研究成果を手に入れると、それもまた厄介であるので、今回は我が国単独でメイザック王国を支援しつつ、サチュレート王国にいるであろうガスターの身柄の確保と、研究成果の破壊をしようと思う。アーチボルト卿、出来るか?」


 国王は暗にサチュレート王国を放置しておけば、メルダ王国にもその毒牙が襲い掛かると伝えた。その意図はスティーブにも伝わり、姉思いであるスティーブは国王の質問に頷く。

 そんなスティーブのことを、ダフニーは心配そうに見ていた。

 心の中では、そんな恐ろしい兵器を持つ敵と戦うスティーブのことを案じていたのである。

 一方、国王の腹のうちはスティーブが敵の兵器で倒れてくれてもよいというものだった。現在王立研究所では実験室レベルで秘薬が完成している。であれば、スティーブがいなくともサチュレート王国に対抗する目途はつく。むしろ、そんな新兵器ですらスティーブが倒せないのであれば、スティーブのご機嫌をうかがいながら政治を行うしかない。まあ、現状維持ではあるのだが。

 それに、サチュレート王国の脅威をスティーブが排除してくれるのであれば、国にとってもメリットはあるので、スティーブが出撃を承知してくれた時点で、国王としてはどんな結果でも損は無いのだった。

 こうして、カスケード王国はメイザック王国を支援し、サチュレート王国と戦うことを決定した。

 その会議が終わり、スティーブとダフニーは王城の廊下を並んで歩いていた。

 ダフニーは心配になり、スティーブに何か作戦はあるのかと訊ねた。


「閣下、恐ろしい兵器を持つ敵に対して、何か策はあるのですか?」

「まあね。そもそも起爆させるための動作は必要になるから、敵がそうした動きをしたら転移で逃げればいい。若しくは、収納魔法で兵器を亜空間に収納してしまうとかね。まだ、実際の兵器は見たことないんだけど」


 不安で胸が張り裂けそうなダフニーに対して、当の本人であるスティーブの方は平然としていた。ガスターの研究内容を知ってから、かなりの時間が経っているので、覚悟を決めるだけの時間的余裕があったことが大きい。

 それに、準備として銃も完成していた。

 スティーブはそれをダフニーに伝えていないことを思い出す。アーチボルト家の最重要機密ではあるが、どうせ実戦で使えばその存在がばれるのだしと割り切り、心配してくれているダフニーにはそれを見せることにした。


「他にも対応策を考えていると言ったら安心する?」

「対応策にもよりますが、行き当たりばったりではないとわかれば」

「他言無用を約束できるのなら、それを見せるよ」

「承知いたしました。たとえ拷問されることになろうとも、口を割ることはいたしません」


 ダフニーが約束してくれたので、スティーブは彼女と一緒に屋敷に転移した。

 目の前にはクリスティーナがいる。突然の帰宅にも慣れたもので、


「おかえりなさいませ。あら、近衛騎士団長がご一緒ですか」


 と挨拶をした。


「ベラとナンシーはどこにいるのかな?」

「射撃場ですわ」

「ありがとう。僕たちもそこに向かうから」

「近衛騎士団長にもお見せするのですか?」


 最重要機密であることはクリスティーナも承知しているので、ダフニーに見せるということに少し驚いた。そこには、妻である自分たちと同じ扱いですかという嫉妬も少しあった。


「メイザック王国の隣国であるサチュレート王国で、行方不明になったガスターの研究を利用した兵器が開発されていた。そして、メイザック王国に攻め込んできたんだ。陛下はメイザック王国を助けるとご決断された。それで、僕が派遣されることになったんだ。だからね」


 とスティーブはクリスティーナに経緯を説明する。

 クリスティーナは直ぐに、スティーブはベラと一緒に行くつもりだと理解した。そして、その戦闘内容は国王にも報告が行くだろうから、銃の存在もばれることになるだろうとまで。

 どうせばれるなら、今ダフニーに見せたところでそれは大した損失にはならないのだと納得したのだった。

 ダフニーはスティーブに案内されて、屋敷の敷地に作られた射撃場にやって来た。

 近寄った時点で自動小銃の発射音が聞こえてくる。


「何の音でしょうか?」

「こちらの新兵器だよ」


 射撃場ではベラとナンシーが自動小銃を使った射撃訓練をしていた。5.56x45mmの弾丸を発射した反動は大きく、ナンシーならばそれを抑え込むことが出来たが、ベラは反動で着弾地点がばらついていた。


「ただいま。お客さんを連れてきた」

「おかえりなさいませ、旦那様。部外者に見せてよろしいのですか?」


 ナンシーはクリスティーナと同じ疑問を持った。なので、ここでもサチュレート王国と戦うことになったと伝える。

 それを聞いて、ベラは自分の出番であると理解した。



「スティーブ、私にはこれは無理」


 反動の強い自動小銃をベラはスティーブに返した。


「ベラは目がいいし、狙撃銃でいいか」


 スティーブは狙撃銃も開発しており、それについては射撃場だと距離が短いので、屋外でベラに使わせていた。狙撃銃と言いながらも、3キロメートル先まで狙撃可能なばかでかいやつである。スコープもスティーブの魔法で作ってあり、ベラは既に3.5キロメートル先の鹿を狙撃出来る程度になっていた。


「閣下、これが新兵器ですか」


 ダフニーはベラとナンシーが持っている自動小銃を指さした。


「そうだよ。鋼の弾丸を高速で射出する兵器だ。今二人が持っているやつは連射が出来る。他にも小さいやつとか、遠くの敵を射撃する銃もあるよ。ベラ、リボルバーを撃つのをみせてあげて」

「わかった」


 ベラはそういうと、腰のホルスターに入っているリボルバーを取り出し、的に向かって撃ち始めた。六発全て撃ち終わり、シリンダーから空薬きょうを排出する。


「すごい。かろうじて目で捉えることが出来ますが、近衛騎士団の騎士たちでもそれが出来るかどうか」

「ただねえ、相手が分厚い金属鎧を着ていると、小さい銃だと弾丸を防がれちゃうんだよね。だから、これがあるから戦争に絶対に勝てるわけじゃないんだ。まあ、でっかい銃も作っているから、通常の金属鎧くらいなら、簡単に撃ち抜けるけどね。それに、そこまでの鎧を着たら、相手も動くのが大変だろうね。馬にも乗れないかもしれないし。これで、相手の新兵器の効果範囲外から攻撃すれば、やられることは無いのがわかったかな?」

「はい。十分すぎるほどに」


 そう答えながらも、ダフニーはこれが広まった場合、自分たちはどうやって陛下を護衛できるのかを考えていた。スティーブへの心配は一気に吹っ飛んでしまったのである。


いつも誤字報告ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ