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159 容疑

 ガスターの失踪についてはスティーブも知ることになる。

 転移の魔法が使えるということで、聞き取り調査となったからであった。調査後に捜査官と雑談となり、事件の経緯を把握したのだ。

 王都にいたスティーブのところに捜査官が訪ねてきて、事件当日のアリバイを調べることになったのだ。そして、その疑いは晴れた。


「閣下を疑うような真似をして申し訳ございません」

「それが仕事だもの仕方がないよ。それに、僕もここで非協力的になれば、関与を疑われるしね。当日のアリバイがあってよかったよ」


 ガスターが行方不明になった日、スティーブは王都で怪談を披露していた。なので、アリバイがあるのだ。ただ、一瞬で転移できるため、それが完璧とは言えないのだが。


「それで、今後の捜査はどうするつもり?」

「内地と南方に分かれておりますが、内地の私は転移の魔法使いの調査を引き続きですね」

「南方はどうするの?」

「それは……」

「あ、捜査内容は言えないか」


 そこでスティーブは捜査官にも守秘義務があることを思い出す。上位貴族であるスティーブが命令すれば、捜査官も言わざるを得ないのであるが、国王直々の命令であるため、軽々に捜査内容を話すわけにもいかなかった。

 スティーブはそうした事情を察して、それ以上は聞かないことにした。

 すると、今度は捜査官がスティーブに質問をする。


「閣下であれば、行方不明になった研究者のガスターをどうやって捜索いたしますか?」

「生きているという前提になるけど、研究で使っていた物質を大量購入していないかを探るね。研究成果があるのであれば、そうしたものを大量に購入して兵器の量産に入るだろうから。ただし、これが研究がうまく行ってない場合は、大量に購入するなんていうことは無いだろうね。まずは残っている記録からどんなものを購入していたかと、どんな研究をしていたかを調査するところからじゃないかな」

「ありがとうございます。参考にさせていただきます」


 捜査官は頭を下げた。

 スティーブの言ったことは当然既に実施されている。が、それを敢えて言わずにスティーブに感謝の意を示したのである。これが大人の対応というわけではなく、捜査官がスティーブを完全に白であると認めたわけではなかったので、敢えてここで犯人を捜す方法を質問してみたのである。

 ここでミスリードするようであれば、スティーブを疑ってもっと調べなければと思っていたのであるが、動揺した様子もなく答えたところを見て、完全に疑いが晴れたのだった。

 捜査官が帰った後で、ベラはスティーブに話しかけた。


「ガスターは見つかると思う?」

「研究成果が出たなら見つかると思うよ。何せ、次は実戦で使ってみたくなるだろうからね」

「その気持ちはわかるわ」

「わかるの?」

「新しい技を身につけたら、実戦で使いたくなるじゃない」


 ベラはナンシーやダフニーと訓練をしており、その中で新しい技を習得していた。そして、常々それを使ってみたいと思っているのである。そんな彼女は研究者が新兵器を使いたいという気持ちを理解できた。

 そして、スティーブもベラの説明を聞いて、ああそういうことかと納得した。


「ガスターが自分から行方をくらませたのか、それともどこかの国に連れ去られたのかわからないけど、新兵器が開発されていたら厄介だね」

「スティーブならなんとかなるでしょ」

「そうでもないよ。僕だって不死身じゃない。一瞬で辺り一面を焼き尽くすようなものを使われたら死んじゃうからね」


 スティーブが想像しているのは核爆弾であった。基礎研究も無しにそんなものが出来るとは思ってもいないが、研究が進み技術が追い付いてくればいずれはそうしたものも作り出されてくる。

 そんな兵器を使われたら、自分でも命が危ないだろうと考えていたのだ。

 ベラはスティーブの言っているのが冗談ではないと感じた。


「じゃあ、敵に使われる前に、スティーブが作って使えば勝てるんじゃない?」

「そうかもしれないけど、そうしなくてもいいならしたくはないね。辺り一面を焼け野原にしなくても、敵の戦力を無力化する手段はあるからね」

「それもそうね。それで、相手が新兵器を開発する前になんとかするの?」


 ベラはこれ以上兵器の話をすると、スティーブの機嫌が悪くなることを察して話題をずらした。


「僕がその研究員を探すのは大変だよ。国が行っているような捜査を、一個人で出来るわけもないから」

「でも、ソーウェル卿なら何かしっているんじゃないかな。聞いておけば、少しは違うかも」

「そうだね。これだけ国が動いているなら、ソーウェル卿なら絶対に情報を探っているだろうからね」


 そう決めると、スティーブとベラは一度領地に戻り、オーロラへアポを取ることにした。領地に帰るとそこで、クリスティーナとナンシーともガスターが行方不明になった話をする。

 事情を聞いたクリスティーナとナンシーの顔も険しくなる。

 クリスティーナはスティーブに訊ねる。


「マッチよりも強い炎を作り出すことは可能なのでしょうか?それも、魔法なしで」

「可能だね。一瞬でこの屋敷全体を吹き飛ばすくらいの威力のものも作れるはずだよ」


 スティーブの答えにナンシーは興味を持った。


「旦那様、それが実用化されたら戦争のありようが変わってしまいますね」

「そうだね。少なくとも今のような集団密集戦法は使えなくなるね。人が集まっていた方が効果的だから」

「本当にそんな兵器が完成してしまったら、各国のドクトリンは大きく書き換えられることになりますね」

「そうなるね。それに、進軍ルートにもそうしたものを使った罠を仕掛けられるだろうから、その対処もしなければならなくなるはずだよ」


 そう説明するスティーブの頭の中には地雷が浮かんでいた。進軍ルートに地雷を埋めておけば、敵はそれを踏むことになるだろう。現在のカスケード王国や大陸の技術水準では、地雷を発見する装置は作れない。だから、かなりの脅威となるのだ。少なくとも、進軍速度はかなり遅くなるはずである。

 ただ、奴隷を先行して歩かせて、地雷を踏ませるというやり方であれば、そんなに変わらないかもしれないなとスティーブは考えていた。人道的などという言葉のない世界ならではのやり方であるが、採用される可能性は大いにあった。


「剣の時代も終わりを迎えるのでしょうか」

「必ずしもそうはならないよ。例えば密林の中みたいに、極端に発見されにくい状況であれば、相手がどんな最新兵器を持っていたとしても、白兵戦、接近戦になるからね」


 ベトナム戦争では竹やりで銃を持ったアメリカ兵を殺傷している。状況によっては必ずしも銃が強いというわけではない。それに、爆弾なども爆発前に接近されてしまえば、剣で斬られることは十分に想定出来る。


「新兵器が登場するっていうことは、戦闘での選択肢が増えるっていうことだよ。歩兵しかいない戦場と、歩兵、騎兵、弓兵、魔法使いがいる戦場では、相手がとる戦術を検討する幅が広がる。それがさらに広がるっていうことだね。対処すべき可能性が増えるから、指揮官や兵士は大変だろうね」

「複数の属性の魔法使いがいるだけで、かなり面倒になるというのに、さらにそれが増えるとなると、戦闘はかなり複雑なものになりますね。指揮官が無能であれば、数の不利などあっという間にひっくり返されてしまいそうな」

「そうだろうね。ただ、新兵器を使う側も実戦経験を積まないと、うまく運用は出来ないだろうけどね」


 兵器とは過酷な戦場で使われるものである。泥水に浸かった銃が使用不能となり、その対策が求められたように、長篠の戦で鉄砲兵を多段に配置したように、使われる戦場や相手の動きによって、さらなる改良が必要となる。

 クリスティーナはスティーブとナンシーの会話を聞いて不安が増した。


「スティーブ様は、ソーウェル卿にお会いして、その研究員の情報を得たらどうされるのですか?そのような恐ろしい兵器の開発を止めるのでしょうか?」

「そこまでは考えていないよ。それに、兵器の技術を民生品に転用すれば、生活が向上することにもなるからね」


 インターネット、GPS、マイクロ波オーブンなどは、軍事目的の研究から生まれたものである。これらは現代の地球の人々の生活に大きな恩恵をもたらしている。だから、研究自体を止めるつもりは無かった。それに、仮にガスターが他国に出国して、そこで兵器の開発をやっているのを無理やり止めさせるなどは、それこそ主権侵害である。


「それでは新兵器の誕生も認めるということでしょうか」

「そうだね。ただし、こちらもそれ以上の兵器の所持をして、知らしめることで軍事的バランスをとって、戦争を防ぐことになるかな」


 スティーブは武器を持たないことでの平和というのはまやかしであると思っていた。ただし、その武器を行使して戦争をするのにも反対である。お互いが武器を持って、戦えば傷つくから止めておこうと合意するのが、現実的なところではないかと考えていた。


「だからまずは、ソーウェル卿に会ってガスターの研究内容を知ろうと思うんだ。研究していた兵器がわかれば、それに対抗する兵器や手段を考えやすいからね」


 クリスティーナは、「それでは今すぐにでもスティーブ様が新兵器を作れば」という言葉を吞み込んだ。なにも相手が兵器の開発を終えるまで待っている必要はない。しかし、戦争嫌いのスティーブにその提案をすれば不機嫌になるのがわかっているから、言うことはしなかったのだ。

 スティーブは妻たちとの会話が終わると、ブライアンに報告に行く。

 スティーブからの報告を聞いて、ブライアンは苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「王立研究所を退職した研究者が失踪したことはわかった。しかし、それにお前が首を突っ込む理由はあるのか?」

「失踪がメルダ王国のすぐ近くです。仮に研究者が外国に連れ去られ、そこで研究をつづけたとしたら、姉上にも不利になるのではないでしょうか。それに、転移の魔法使いが疑われている状況ですから、僕としても真犯人を早めに見つけたいというのはあります」


 仮にメイザック王国が絡んでいたとしたら、失地の挽回に動く可能性もある。スティーブとしてはそのことが心配だった。そして、自身への疑いの目である。捜査官からはさらなる調査を言われなかったが、国王や宰相がどう考えているかはわからないので、早いところ自分への疑いを晴らすために、真犯人を見つけたいというのがあった。

 ブライアンはジト目でスティーブを見た。


「また何か大きな厄介ごとを持ってくるんじゃないだろうな?」

「兵器開発をしていた研究者がいなくなったことが既に大きな厄介ごとでは」

「それはそうなのだが、お前の場合はそれに輪をかけて騒ぎを大きくするからな」

「姉上ほどではないと自負しておりますが」

「どっちもどっちだ」


 スティーブの自負にブライアンは呆れた。

 ブライアンにとっては、シェリーもスティーブも頭痛の種であった。

 持ち込んでくるトラブルが国家規模で対応すべき事態なので、一地方領主としてその事態に対応するのがつらいのだ。毎度トラブルを持ってくるので慣れたかと言われれば、こんなもん慣れるわけがないと大声で言い返す自信があった。


「それで、研究者を見つけたならばどうするつもりだ?」

「まずは国王陛下へのご報告でしょうか。ことがことだけに、自分の判断でそれ以上動くのはリスクが大きいので」

「そうだな。わかっているじゃないか」

「しかしながら、発見した時に既にメルダ王国への侵攻を準備しており、のっぴきならない状況であれば。自分の判断で敵を撃滅します」

「途端に嫌な予感がしてきたよ」


 ブライアンは額に手を当てた。


「ですが、攻撃準備をしている敵を見逃せば、後々に被害は甚大なものとなるでしょう」

「それもわかる。今までのことも、状況的には全て相手が攻め込んできたことへの対処だからな」

「はい。つまりは僕に起因するものではないということです」


 名探偵に殺人事件はつきものであり、それと同様だとスティーブはいいたいのだ。カスケード王国にはまだ、推理小説というジャンルはないが。


「何もないことを神に祈るくらいしかできないか」

「使徒の父である父上が、神に祈ると聞いたら教会は涙を流して喜ぶでしょうね」

「俺にこんな運命を背負わせた神とは別の神に祈ることにしようと思う。フライス聖教会が説くのとは別のな」

「使徒の父が異端審査に掛けられるとは、中々ない光景ですね。歴史に名を刻むと思います。が、私もフライス聖教会の説く神は嫌いですので、それがいいかもしれません」


 相変わらずの宗教嫌いなスティーブらしい意見であった。半分本気でブライアンに賛同しているのだ。


「事情は理解したので、精々俺が悩まないようにやって欲しい」

「善処いたします」


 こうしてブライアンへの報告を終えたスティーブは、オーロラからの返答を待つのであった。



いつも誤字報告ありがとうございます。

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