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158 失踪

 オーロラは執務室で書類に目を通しながら、傍らに控えているハリーに質問した。


「ハリー、坊やは民生品ばかり作っているが、兵器も作ることが出来ると思うか?」


 オーロラが言う「坊や」とはスティーブのことである。前々からそう呼んではいるが、今では地位が逆転してしまったため、面と向かってはそう呼べなくなってしまった。


「出来ると思います」


 ハリーは迷いなく答えた。それと同時に、自分の主がなぜそんなことを質問するのか気になった。


「何か気掛かりなことでも?」


 ハリーの質問に対して、オーロラは頷いた。


「先ごろ、王立研究所を一人の研究員が辞めた。その研究員は新兵器の開発をさせるようにと上司に掛け合っていたらしいのだが、昨今の情勢を見るに新兵器は不要であるとして、上司は許可を出さなかったのよね。研究員はそのことに不満を抱いてやめてしまったらしいという報告が来たわ」

「職を辞したのであれば、そこで終わりのような気もしますが」

「そうね。最先端の研究などは国家予算でもつかない限り難しいわね。だが、そこにパトロンとしてアレックス殿下が登場したとなれば話は変わってくるわよ」

「アレックス殿下ですか」


 アレックスの最近の羽振りの良さについては、当然ハリーも知っていた。南方での権益を使えば研究費など支払うのも容易であろうと思う。


「その研究員の口癖が『マッチなどとは比較にならないくらいの炎で、人も焼き殺せるものをつくる』だったというのだから問題よ。我々はつい最近マッチというものを手にするようになったわけだけど、もっと強い炎をうむ兵器というのが出来るとしたら、坊やも当然それを作ることが出来るのではないかと思うの。なにせ、誰も想像がつかなかったマッチを考案したのだから。それくらいのこと出来ると思わない?」

「そうですな。閣下が相手の命を奪うことを嫌っているから作らないだけと考えるのが自然でしょう。しかし、そのタガが外れた時、どんなものを作り出すのかというのは非常に気になります」


 スティーブの殺しが嫌いなことはハリーもよくわかっていた。今までのスティーブの画期的な発明も、兵器につながるようなことはあっても、直接兵器になるようなものは、最初のばね式の射出装置以外は知らない。それとて、兵器というよりも狩猟の道具として使われてきた。

 そんなスティーブが好き好んで兵器を作るわけもない。しかし、オーロラもハリーも、スティーブが本気で作った兵器がどんなものになるのかという興味が沸いた。


「その兵器が出来るとしたら、私には何が出来るのだろうかしら?いち早く兵器を自分のところにも配備して周辺に睨みをきかせるか、金にする方法を考えるか、閣下の傘下に入って庇護を受けるか」

「最後の選択肢もあるのですかな?」

「当然よ。兵器開発なんて終わりが無いもの。相手だってこちらが新兵器を開発したら、それに対抗する手段を見つけようとするでしょう。どこまで行っても終わりは無いわ。そして、その研究開発につぎ込む予算もどんどん巨大化していく。領主がいつまでも出来るものではないわ」


 ハリーはそういうオーロラが楽しんでいるように見えた。ずっとオーロラを見てきているハリーだからわかるのだが、オーロラはスティーブが作り出す状況を楽しんでいる。それが困難な状況であってもだ。


「それでは、我々としてもその研究員の監視を行いますか」

「そうね。仕入れている薬品だったり、鉱石なんかも把握するようにして。兵器の開発が成功した時、何を使ったかが調べやすくなるでしょう」

「承知いたしました」


 そうこたえたハリーは、心の中でやはりオーロラはスティーブの傘下で庇護を受けるつもりは無いんじゃないかと思った。なにせ、その兵器を作るために必要なものを調べようとしているのだから。


 さて、そうして色々な組織がガスターの監視をしている中、ある日突然ガスターとニルスは姿を消してしまった。その知らせがアレックスに届く。


「何!ガスターが魔法使いと一緒に消えただと!?」

「はい」


 その報告を持ってきた使者は、アレックスの怒りに恐怖した。八つ当たりで処分されてしまうのではないかと思えるほど、その怒りは凄まじかったのである。

 アレックスからしてみたら、囲っていた研究者のガスターを逃がしてしまったことで、自分の経歴に大きな瑕疵がうまれてしまったという焦りがあった。


「詳しい状況を申せ」

「はい。ガスターとニルスの二人が、いつものように研究室に入っていき、外に監視の者がおりました。

外というのはドアのすぐ外と、窓の外です。昼の時間になっても二人が出てこないのですが、研究に熱が入るとよくあることなので、その時は今日もかと思っていたのですが、夕刻になっても二人が出てこないことから、室内に入ったところ誰もいなかったという状況でした」


 それを聞いたアレックスは怒鳴る。


「どうして定時確認をしなかった!」

「申し訳ございません。ガスターは研究を邪魔されるのを極端に嫌がるので、定時確認をしておりませんでした」


 監視の者たちは最初のころはガスターが室内から出てこない場合、定時でその存在を確認していた。しかし、ガスターは実験や思考の途中で邪魔されるのを嫌い、定時確認を拒否するようになったのである。

 ガスターがへそを曲げて研究をやめてしまえば、アレックス殿下に怒られると考えた監視の者たちは、どうせ逃げようとすればわかるのだからと考え、定時確認を止めてしまっていたのである。


「馬鹿が!それで、屋根や地下から逃げた可能性はないのか?」

「はい。室内を確認しましたが、人が出入り出来るような抜け道はありませんでした。おそらくは転移の魔法で連れ去られたのかと」

「転移の魔法か」


 使者の報告でアレックスも魔法の可能性を考えた。たしかに転移の魔法であれば、人二人くらいなら容易に連れ去ることが出来る。


「その可能性を最優先にして、痕跡を調べろ!」

「承知いたしました」


 そう命令をしてはみたが、転移の魔法で連れ去られたとしたら、二人を取り戻すのは困難だろうと思っていた。そして、いったい誰が二人を連れ去ったのだろうかということを考え始めた。


「陛下か、兄上か。それとも外国か。いや、アーチボルトの可能性もあるか」


 アレックスの頭の中ではぐるぐると思考が回る。今ガスターを連れ去る理由がある組織、人物が誰なのかを考えて。

 そして、考えれば考えるほど容疑者が広がっていき、収拾がつかなくなっていった。


「カッターが裏切って情報を売ったとも考えられるか」


 もはやここまでくると疑心暗鬼で、誰も信じられなくなっていた。疑いはカッター伯爵にまで及び、アレックスは誰にも相談できなくなってしまったのである。


 一方、ガスターの失踪については国王にも報告があげられた。

 その報告を聞いた国王と宰相は血相を変えた。


「ガスターが行方不明だと?アレックスが監視に気づいて隠したのではないか?」


 国王は報告者に訊ねる。


「それが、アレックス殿下の陣営でも、ガスターの行方を掴めずに焦っていると報告がきております」

「アレックスもガスターを見失ったというのか。では、誰が犯人だ」

「現在犯人を捜索中ではありますが、いまだその手掛かりはつかめておりません」

「増員が必要なら言え!ガスターを国外に出すようなことがあってはならぬ」


 そう命じる国王に、宰相が助言をする。


「陛下、ガスターの失踪に転移の魔法使いが関わっているのであれば、捜査員を増員したところでもはや手遅れかと。しかしながら、連れ去った組織を捜査するのであれば、増員も有効となることでしょう」

「犯人が外国であったならば、既に国外に出ているということか」

「おそらくは。国内の犯人という可能性もありますので、あまり先入観を持ちすぎるのもよくないことですが」


 宰相に言われて国王は考えを整理する。


「まずは身柄の確保を優先したいが、それが難しければ犯人の捜索だな。アレックスには朕自ら訊くこととしよう。アレックスを呼んでまいれ。捜査員は増員せよ。何としてもガスターの行方を掴むのだ」


 こうしてアレックスは国王の前に呼ばれた。

 国王は不機嫌なのを隠そうともせず、息子であるアレックスに問う。


「アレックス、お前が王立研究所の元研究員であったガスターを雇用していたのは知っている。そのガスターが姿を消したのだが、心当たりはあるか?」


 国王の態度を見てアレックスは内心焦った。自分自身もガスターの行方を知らないのだが、その返答次第では国王から無能の烙印を押されてしまう。そうなれば、次期国王の座は絶望的である。


「私にもガスターの行方はわかりません。現在捜索をしている最中でございます。港や駅には兵士を配置して、その他の街道にある関所にもガスターの人相書きを配布いたしました。国外に出るルートは潰しております」

「しかし、魔法を使われた場合はどうかな?」


 国王の質問にアレックスは考える。既に国王もその可能性にたどり着いており、国外に出してはいないというアピールが失敗してしまった。これをどう挽回すればよいのか、と。


「その可能性もございますが、転移の魔法使いが単独で乗り込んできて、ガスターを拉致、連れ去ることはほぼ不可能でしょう。必ず手引きをした工作員がいるはずです。そちらについても捜査中でございます」


 必死に考えて出した答えがこれだった。そう報告した後国王の顔を見る。相変わらず不機嫌そうではあるが、落胆した様子はうかがえなかった。これで正解だったのかと考える。

 ただし、正解であったとしてもここで終わりではない。誰よりも早くガスターの所在を掴む必要があった。それが出来てやっと王位継承争いに戻ることが出来るのだ。

 元々ぶの悪い勝負ではあったが、スティーブではなくガスターで失敗するとはと、南方での出来事を思い返す。

 そして、もとをただせばスティーブが原因かとも思った。マッチの発明によりガスターの研究意欲が掻き立てられ、王立研究所を退職することになった。そして、その時手を差し伸べるだけの財力があったのも、スティーブの活躍によりメイザックから割譲された領地を得ていたからである。それが無ければ今回の失敗は無かった。

 ただし、なんのチャンスもなかったことになるが。

 アレックスは己に力量が無かったのかと自問自答する。

 そうしている間に、国王と宰相がアレックスの沙汰を決める。


「ガスターの捜査については国が行う。今後は余計な手出しをせぬように」


 国王からそう言われ、アレックスは首肯した。

 こうして旧メイザック王国領である南方で、ガスターの捜査は国が行うことになった。

 その情報は当然オーロラもつかむ。

 彼女はいつものように執務室でハリーと会話をする。


「アレックス殿下の囲っていた研究者のガスターが行方不明ですってね」

「はい。こちらの監視からもそのように報告を受けております。殿下が秘匿するために動いたのではなく、第三者によって連れ去られた可能性が高いと」

「そうでしょうね。アレックス殿下は実質謹慎処分。そこまでしてガスターを秘匿するのであれば、クーデターが可能な兵器を開発したってことでしょうけど、今のところ仕入れ方面を確認しても、そんな動きは無いわね」


 オーロラはそう分析していた。これが物資の購入額が跳ね上がっていたのであれば、クーデター説も捨てきれないところであった。

 オーロラは不敵に笑う。


「今回の連れ去りは誰が画策したのかしらね。敵国だとは思うけど、それだけのことをする度胸がある国がどこにあるのかしらね」

「少なくとも、アーチボルト閣下に敗北した国はないでしょうな」

「となると、さらにその外側の国ってことかしら。楽しくなりそうね」

「我らの南方の権益に被害がでないと良いですが」

「被害が出たら倍にして返してもらうわよ」


 そう言うと、オーロラはアーチボルト領の方向を見るのだった。



いつも誤字報告ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  話の続き。 [一言]  まぁ、なんともキナ臭い雰囲気が漂ってきましたねぇ……。  状況から見ればスティーブも容疑者ではないかと思われそうですが、彼はガスターの事は知らないわけですし…
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