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153 火属性の魔法使いの就職先

 その日、スティーブはオーロラに招かれてソーウェルラントの彼女の居城にいた。


「聞いたわよ。カーター殿下派の貴族の結婚話に首を突っ込んだんですって」


 オーロラはクスクスと笑う。


「自鳴琴の作曲をできる者を探していたところから、気が付けばっていう感じですけどね。自ら好んで首を突っ込んだわけではありません」

「そのおかげでアレックス殿下からは恨まれ、カーター殿下からは感謝されたと」

「初耳ではありますが、ソーウェル卿が言うなら表立っての動きはありませんが、そういうことなのでしょうね」


 オーロラは王都の情報を掴んでおり、バーソロミューを唆したのがカッター伯爵の息のかかった者たちだったと知っていた。スティーブにとっては初耳である。オーロラからその情報を聞いて、スティーブは納得した。


「バーソロミューの行動が突拍子もないと思っていたけど、そういう事情があったのですね」 

「そうよ。でも、結局みんな好きな人と結婚出来たからよかったんじゃないかしら。アーチボルト領も望んだ人材を確保できたわけでしょう」

「まあそうなんですけどね。それで、今日はどんなご用件でしょうか」

「自鳴琴を作るための香箱を売って欲しいの」


 オーロラの注文が意外で、スティーブは驚いた。


「自鳴琴の注文なら受けますが」

「自分で好みのものを作りたいのよ。あ、レオが贈ってくれたものは気に入っているわ。それで、気に入りすぎて他にもほしくなったのよ」


 オーロラは自分でも自鳴琴を作りたくなったのだ。細工師に命じて作らせようとしたが、ゼンマイの部品だけは断られたのだ。すぐに真似が出来るようなものではないという理由である。

 そこで、研究を兼ねてスティーブから香箱を買うことにしたのである。


「わかりました。それではいまここで」


 そう言って、スティーブは亜空間にしまってあった香箱を取り出した。これはなにもオーロラのために用意していたのではなく、暇を見つけては余った魔力で作っていたものである。


「話が早くて助かるわ。代金はオクレール商会に支払うよう指示しておくわ」

「わかりました」


 スティーブもオーロラもここで金額を確認するようなことはせず、お互いを信頼して香箱の商談は終わった。

 ただし、二人の会話はここでは終わらない。


「ところで、マッチの製法なんだけどうちにも開示してくれないかしら?」

「ソーウェル卿ならべつに構いませんけど、どうしてまた。頭薬や側薬なんかは今のところ魔法でないと作れませんが」

「うちもやっと分離の魔法使いを用意できたのよ。並行して科学的に分離するやり方は探していくけど、今の状況だとマッチの需要に供給が追い付いてないじゃない」


 オーロラは分離の魔法使いを探していた。彼女も貴族以外の子供にまで、自費で魔法の適性検査を実施していたのだ。出来れば産業魔法をもった子供を見つけたかったのだが、今のところそれは見つかっていない。

 しかし、分離の魔法使いは見つかったのだ。

 これにより、王立研究所で行われていた、畑の肥料作成は自分のところで出来るようになった。そして、次はマッチを作ろうというわけである。

 物質の分離については現代の日本と同じレベルまでは到達していない。大規模なプラントなどはまだまだであった。

 スティーブがオーロラの願いをあっさり承諾したのは、マッチの需要にたいして供給が追い付いていないからである。この便利な道具を一部だけが使用するのは勿体ないことで、出来れば平民にも安価で供給したいと思っていた。王立研究所でも研究が急がれるので、分離の魔法使いを量産だけに従事させるわけにもいかず、研究の傍らで出来たマッチを売り出すくらいとなっていた。


「火打石業界は不満が出るでしょうけどね」


 オーロラはそのうち出るであろう火打石業界の不満を想像して、その対処を考えていた。

 新しいものが出てくれば、古いものは駆逐される。これは産業の歴史である。マッチもライターが普及すれば駆逐されていく。ポケベルもPHSもそうだし、ワープロやヘッドホンステレオなども、今では見ることが無くなった。

 この必然を平民に押し付けるのではなく、新しい仕事を提示することが領主としての役目だと、スティーブもオーロラも考えていた。古いものを残して、他の者に苦労を押し付けるのは愚かな領主のすることである、とも。


「完全になくなるのはもっと先だとしても、今よりも売り上げが落ちるのは確実ですからね。それに、完全になくなることもないか」


 スティーブはライターを思い出して、火打石が形を変えて残るだろうと思った。


「製法に関しては、自分よりもシリル殿の方がより詳しくまとめておりますから、彼に伝えておきますよ」

「独占を崩すような真似をして悪いわね」


 全く悪びれることなくそういうオーロラ。しかし、スティーブとしてもマッチの生産に参入してくれることは助かる。もっと生産量を増やしてほしいという陳情が、自分のところから分散されることになるからだ。

 全部が魔法で完了する洗濯ばさみと違って、マッチについては自分の魔法だけではどうにもならないので、生産量を増やすにも限界があった。

 スティーブに直接言いづらい者たちは、エマニュエル商会にはなしを持っていくので、エマニュエルもその納入の順番に苦慮していたのである。

 軍からの初期の要求分は納品し終えた。その後うわさを聞き付けた貴族たちから注文が殺到した。さらには、教会や外国からも注文が大量に入っていた。完全に需要が先行しているのである。そして、ガラス製のグラスなどとは違い、使えば無くなってしまうものであるため、リピート注文もかなりあったのだ。


「うちにくる増産依頼をどうしようかと思っていたところです」

「こちらも、無理に割り込めば他から恨みを買うだけだし、自前で生産できるならよかったわ。戦争も無くなって、火種くらいしか仕事のなかった火属性の魔法使いはみんな廃業でしょうけど」

「我が領でも持て余しています。水属性と比べて出来ることが少ないので」


 水属性の魔法使いは温泉という需要のため、仕事は沢山あった。むしろ、戦場で命を落とす危険がなくなったのに、付加価値はさらに上昇したことで、スティーブに感謝をしていたのである。

 それに対して火属性の魔法使いは失業同然であった。

 これが、スティーブの登場前は単独で多くの敵を焼き払うという花形の属性であり、戦場では重宝されて好待遇だったのである。それがいまや当時の水準で契約してある魔法使いは肩身が狭く、後ろ指をさされるような存在となっており、新規で見つかった火属性の魔法使いは他の属性と比較して、給与水準が一段低くなっている。

 そこに追い打ちをかけるかのように、マッチの登場であった。


「他の使い道がなかなか思いつかないんですよね。蒸気機関だとしても、一日中水を沸騰させるくらい魔力を持った魔法使いはいないから、それなら薪や石炭を燃やした方がいい。それに水の魔法でお湯を作れば水の補充もいらないから、水属性の方がいいし」


 スティーブのところにも、火属性の魔法使いの使い道の相談は来ていた。しかし、今のところ良い案は浮かんでいなかった。


「面白いアイデアならお金を出すわ」

「わかりました」


 こうして話は終わって、スティーブは自分の屋敷に帰宅する。

 その後、シリルに会ってオーロラあてにマッチの製法を伝える話をした。その際に、火属性の魔法使いの使い道についても相談する。


「火属性の魔法って、戦争が無くなった今は何に使えるのかな?」

「蒸気機関に使うには、魔力の制限がある以上は石炭よりは劣りますね。あとは、ろう付けのために局所的な加熱でしょうか」

「魔法使いにそれをやらせるとなると、製品単価が上がっちゃうんだよねえ」


 高給取りの魔法使いが、トーチろう付けのトーチ役をした場合、人件費が価格に転嫁されるので、競争力が一気に落ちるのだ。今のところ、それでも売れるような価値があるものが見つからない。


「でも、トーチやバーナーとして何かありそうだね」


 スティーブはそういう方向で考えてみることにした。


「バーナーを使ったものって何かあるかなあ」


 思いつくのは寿司の表面を炙るガスバーナーだった。料理人ならば必要かもしれないが、魔法使いを今から料理人に転向させるのも難しいかと却下する。溶断などもあるが、そもそも溶断の需要が少ない。

 何かないかと思っている時、シリルが思いついたことを口にする。


「熱い空気は上昇することがわかっております。こちらを何かに使えませんかね」


 スティーブによってもたらされた知識により、熱せられた空気は上昇することは知られていた。それを言われた時に、スティーブは閃いた。


「熱気球を作ってみようか」

「熱気球?」


 シリルは熱気球という言葉を知らなかった。気球がないから当然である。

 スティーブはシリルに気球の説明をする。


「気球は空を飛ぶための道具で、熱気球とガス気球があるんだ。熱気球は空気を温めて飛ぶ、ガス気球は空気より軽いガスを使って飛ぶ。火属性の魔法使いなら熱気球だね」


 スティーブは手元にある紙に気球のスケッチを描く。そこにはスティーブが記憶していた熱気球があった。


「この膨らんだ部分に温かい空気を送り込んで飛ぶんだよ」

「その空気を温める仕事を魔法使いにやらせるわけですね」

「そう。薪や石炭を積むと重量が増えるから、魔法使いが最適なんだよね」

「飛ぶのはわかりますが、どうやって降りるのですか?」

「上部に弁をつけておいて、そこを開くことで温かい空気を逃がす。まあ、温めなければ自然と下がってくるけどね。問題は方向が風任せっていうことかな」

「風属性の魔法使いと組み合わせて使えば、自由に空を移動することが出来そうですね」


 シリルの提案を聞いて、なるほどと思った。

 この世界には魔法があるので、気球の飛行方向についても魔法でコントロール出来るのだ。どうして今まで思いつかなかったのか不思議なくらいだった。


「それじゃあまず、試験飛行は僕が行えばいいかな。転移の魔法が使えるから、失敗しても死にはしないしね」

「そもそも、空を飛ぶことが神への冒涜とか言われそうなので、教会から使徒様と認定されているスティーブ殿が適任でしょうね」

「そういうのもあるか」


 地球でも気球を考案したバルトロメウス・デ・グスマンが異端として告発され、その研究が途中で打ち切られるということがあった。空は神の領域というのは他の宗教でも見られる。アメリカ大陸の先住民では、トウモロコシよりも高いところは神の領域という考え方もある。

 そして、フライス聖教会においても、神は天にいるという考えから、空を飛ぶのは宗教的に認められない可能性があった。

 そこでスティーブというわけである。

 ただし、ナイロンが存在しないので、気球の球皮の素材をどうするかというのはあるが。そういったことを全て丸投げするための王立研究所ではある。


「まずは小さな模型から始めて、研究成果が出たら次第に大きくしていけばいいかな」

「そうですね。しかし、空を飛べるとなると城の作り方も変わるのでしょうかね。それを想定して空からの攻撃にも対処できるようにしなければならなくなりますから」

「まずは、上空の敵を撃ち落とすための兵器を開発しようとするだろうね。そして、それが完成したら設置出来るような城の設計を考えるとなるかなあ」


 兵器の開発は常にいたちごっこである。画期的な兵器が開発されては、それに対抗するための手段が開発される。どこまでいっても終わりはないのだ。

 ただ、スティーブは気球を兵器としては考えておらず、空を飛ぶ遊覧飛行程度しか考えていなかった。


「軍事目的なら予算が通りやすいのかもしれないけど、まずは小さな模型からかねえ。袋を温めれば浮くことを証明して、徐々に大きなものにしていくことになるだろうから、予算が付けば火属性の魔法使いもそれなりの給料で雇うことが出来ると思う。原理を公開すれば、火属性の魔法使いをかかえる貴族たちも独自に研究するかもしれないしね」


 熱気球についてはスティーブは火属性の魔法使いの救済程度にしか考えておらず、アーチボルト領で事業化するつもりは無かった。

 シリルは熱気球の話で盛り上がったが、途中で出てきたガス気球のことも気になっていた。


「ガス気球はどうやって作るのですか?」

「水素やヘリウムを入れるんだけど、水素なら鉄に硫酸や塩酸を反応させれば作れるかな。いや、量を確保するのは難しいか」


 中学校の理科の授業でやるあれである。それで水素は発生させられるが、飛行船のような巨大な風船に入れる量となると、そんな作り方では気が遠くなる。そして、水素を閉じ込めておく容器もない。

 あくまでも理論上の話となる。


「あんまりガス気球の話を進めると、結局火属性の魔法使いの仕事は増えないし、そっちはまたあとでかな」


 こうして、シリルを介して王立研究所に熱気球の構想が伝えられた。

 空気を温めつつ球皮を燃やさない魔法のコントロールが要求されるが、研究に必要な属性として、火属性の魔法使いが募集されることになったのである。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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