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152 決闘の結末

 決闘の当日、訓練場には多くの人が集まっていた。スティーブとクリスティーナとナンシー、それに立会人としてのダフニー。対戦相手のバーソロミューとその両親のドイル男爵夫妻。さらにはマクヴィー伯爵とライス子爵も。それに加えてスティーブの戦いを見たいという騎士たちに加え、自分の派閥の貴族の問題だということで、カーター殿下も臨席していた。さらには、計略の結果を見に来ているアレックス殿下とカッター伯爵。その他、話を聞きつけた王都の貴族たちだった。さらには、スティーブが何をやらかすのかと心配になった国王と宰相も来ていた。

 普段は広く感じる訓練場も、今日は狭く感じる。

 スティーブはそんな人々を見て


「木戸銭でも取ればよかったか」


 とぽつりと言った。


「純粋な若者の気持ちを見世物にするのはどうかとおもいますよ、旦那様」


 ナンシーに注意され、スティーブは本気じゃないよと言い訳をした。


「本気じゃないさ。しかし、これだけの人が集まったというのに、一瞬で勝負をつけてはいささか期待外れかな」

「であれば、私が前座をつとめましょうか。丁度良い相手がおりますから」


 ナンシーはちらりとダフニーの方を見た。ダフニーもその視線に気付く。


「私も立会人だけというのはどうかと思っていたところだ」


 二人の視線がぶつかり、火花が飛び散った。そんな脳筋な二人にスティーブは苦笑する。


「怪我をしないようにね。しても治してあげるけど」


 スティーブはそう言って二人を送り出す。

 スティーブとバーソロミューの決闘を見に来ていた貴族たちは、なぜか美女二人が剣を持って訓練場の中央に歩み出たのを不思議に思っていた。一人は近衛騎士団長であるダフニーであるのはわかっている。しかし、もう一人がよくわからない。

 ナンシーは社交の場には出ないため、貴族たちはその顔を知らなかったのである。そして、ナンシーの素性を知っている国王と宰相、それに騎士たちは期待に胸が高鳴る。

 近衛騎士団長であるダフニーと、クィーン・オブ・ソードであるナンシーの戦いが見れるのだ。

 国王は自ら開始の合図を出す役を買って出た。


「朕の合図で始めるがよい」

「承知いたしました」


 二人がそれを承知した。

 そして、国王は開始を告げる。


「はじめぇ!」


 その言葉が終わらないうちに、ダフニーのかかとが土を舞い上げた。剣の心得のない者たちは、前に出るダフニーの動きを目で捉えられなかった。ダフニーが攻撃をしたとわかったのは、ナンシーがダフニーの攻撃を剣で受けた時に発せられた、剣と剣のぶつかった音がした時となる。

 ダフニーの攻撃を受けながら、ナンシーはどうにかしてダフニーの体勢を崩そうと試みる。引いてみたり、押してみたりを繰り返すが、ダフニーは中々体勢を崩して隙を見せることはしない。

 かつてであれば、ナンシーの方がはるかに実力が上だったため、これで勝負がついていたのだが、ダフニーの技術の向上により、今ではこうしたナンシーのテクニックは通用しなくなっていた。

 ナンシーは受けながら相手の隙を作るのを諦め、左に回りながら攻撃にうつる。ナンシーの繰り出す攻撃は、空中に銀色の軌跡を描いた。それはさながらダフニーに食らいつこうとする、銀の蛇のようであった。

 息をのむ攻防に、訓練場で会話をするものは誰もいない。皆、二人の動きに目が釘付けとなり、一瞬たりとも見逃すまいとしていた。

 そんなナンシーの連撃は、全て軽いものであったが、その中に重たい一撃を潜ませた。

 いままで軽い攻撃ばかりを受けて、次もそうだと思っていたダフニーは、その感覚でナンシーの重たい一撃をくらい、体勢を崩してしまう。


「しまったっ!」


 崩れた体勢をナンシーが見逃すはずもなく、容赦なく次の一撃を放つ。ダフニーは諦めずに、持っていた剣を不完全な体勢で、ナンシーの剣めがけて振るった。


バキンッ


 金属の破断する音が訓練場に響き渡る。二人の持っていた数打ちの剣は、今まで蓄積した疲労に耐えかねて、今の一撃で遂に折れてしまったのだ。

 ダフニーは振り返って騎士たちに命令をする。


「誰か、新しい剣を持って来い」


 その時、ダフニーは試合は中断したと思っていたのだが、ナンシーはそうではなかった。後ろを向いて警戒を解いたダフニーに飛び掛かり、折れた剣を首筋にピタリとあてる。


「試合中断の宣言など、どこにもありませんでしたよ」


 そう言ってナンシーはフフっと笑った。

 ダフニーは卑怯だとは言わず、己の負けを認める。戦場では油断した方が悪いのだ。それなのに、ここは訓練場であるということで、剣が折れたことで中断だと勝手に判断した自分の非を認めたのである。

 国王もここでやっと止める。


「そこまで。二人とも見事であった」


 誰からともなく拍手が起こり、二人はスティーブのところに帰ってきた。勝ったナンシーはにこにこである。


「いかがでしたか、旦那様」

「良かったよ。前よりも強くなったんじゃない?」

「ええ。今ならエース・オブ・チャリスの首だってとれますよ」

「いや、そこは色々と問題があるからしなくていいよ」


 エース・オブ・チャリスはナンシーの妹のセシリーであり、イエロー帝国の皇帝の妻である。その首をとってきたらかなりの問題だ。

 そんなナンシーにクリスティーナは苦言を呈する。


「目立ちすぎですよ。貴族たちが噂をし始めるではないですか」


 その指摘通り、貴族たちは近衛騎士団長に勝利した、スティーブの連れてきた女性に興味津々であった。公式記録では死亡となっているナンシーなので、目立つようなことは望まれない。ただし、今となっては帝国の体制も変わっているし、元クィーン・オブ・ソードであるナンシーだとばれたとしても大きな問題は無いはずであった。

 そして、ここまでは前座であり、本番はこの後のスティーブとバーソロミューの決闘である。


「それじゃあ、僕の番だね」


 スティーブはそう言って訓練場の中央に歩み出る。ダフニーも一緒についてきた。

 反対側からはバーソロミューが出てくる。会場の雰囲気にのまれて、おどおどしてはいるが、逃げ出すような感じはしなかった。

 二人が出そろったところで、ダフニーが決闘の条件を宣言する。


「バーソロミュー・ドイル殿が勝利した場合は、望む結婚をアーチボルト閣下が保証する。アーチボルト閣下が勝利した場合は、バーソロミュー・ドイル殿の身柄をアーチボルト閣下が好きに出来る。この条件でよろしいか?」


 ダフニーに訊ねられて、二人は頷いた。


「条件の確認が出来ましたので、これより二人の決闘を始めたいと思う。はじめぇ!」


 その宣言が出て、スティーブは直ぐにバーソロミューを攻撃した。最初の一撃でバーソロミューの剣を持つ手を斬り、バーソロミューはその熱さと痛みで剣を手離した。そして、スティーブは剣をバーソロミューに突き付ける。

 そこでダフニーはスティーブの勝利を宣言した。

 実にあっけない結末に、訓練場はあっけにとられた。

 勝利が確定したことで、スティーブはバーソロミューを治癒する。魔法を使うとバーソロミューの傷は跡形もなく消え去った。

 治癒魔法を受けているバーソロミューの顔には悔しさなどは見えず、一つの区切りがついたことですっきりしたものとなっていた。


「さて、これで約束通り貴君の身柄は僕が預かろう。これからアーチボルト領に連れていき、こき使うから覚悟するように」


 スティーブはそう宣言する。

 その宣言を受けて、一人の平民が訓練場に連れてこられた。バーソロミューと同年代の若い女性である。その彼女はクリスティーナの横で一旦止まる。


「まあ、ただこき使うだけじゃ耐えられないだろうから、恋人も連れて行こうじゃないか」


 恋人と紹介された女性に対し、クリスティーナが命令をする。 


「さあ、行きなさい。マーガレット」


 マーガレットと呼ばれた女性はバーソロミューのところに進み出た。バーソロミューはマーガレットを抱き寄せると、ドイル男爵に向かって頭を下げる。


「父上、私はこのマーガレットと結婚したいと思っております。彼女は平民であり、父上と母上には結婚を認められないでしょうから、私をどうか廃嫡してください」


 これこそがバーソロミューがスティーブに願ったことである。平民であるマーガレットと結婚するため、全てを捨てるつもりだったのだ。ただし、貴族の嫡男として育った自分が、完全に平民として生活できるとは思っておらず、スティーブのところでシリルについて学び、いつかは王立研究所の研究員となって、貴族の地位を手に入れようと思っていたのだ。

 それがうまくいったとき、再び戻ってきた貴族社会でなめられないように、行動を起こしたという実績が欲しかったのである。

 バーソロミューの計画では、ここで父親のドイル男爵に反対される予定だったが、そんなことは無かった。


「マクヴィー閣下のところの使用人だったな。閣下のお屋敷で知り合ったのか?」

「はい」

「お前が研究員になれるかどうかはわからんが、幸せな家庭は築け。孫が生まれたら顔を見せに来い」

「はい」


 と流れで返事をしたが、バーソロミューはその後考えていた結果と違うことに気づいた。


「よいのですか?」

「止めたほうがよいか?」

「いえ、そんなことは」

「ああ、それとな、マーガレット嬢はつい最近マクヴィー閣下の養子となった。つまりは、貴族の子供同士の結婚となるのだが、それでも廃嫡を望むか?」


 これはバーソロミューが知らないことだが、バーソロミューの目的がマーガレットと結婚することであると知ったスティーブが、ドイル男爵とマクヴィー伯爵に根回しをしていたのである。バーソロミューをアーチボルト領で雇いたい気持ちもあったが、一時の感情でそう言っているだけであれば、後々厄介になるのでここで試したいというスティーブの考えもあって、バーソロミューに嫡男として残るかどうかを確認したのだ。

 マーガレットを養子に迎えるというのは、アイラやララが貴族である夫と結婚した時と同じやり方である。純粋な貴族選民思想を持っていると、平民を養子としたことすら認めない貴族もいるが、ドイル男爵夫妻はそこまでではなかった。

 そこまで条件が整ったが、バーソロミューは当初の計画を変更しない。


「自分が家の名前に頼らず、どこまで出来るかを試してみたいのです。わがままを言って申し訳ございません。父上」


 バーソロミューの意思が固いことを確認したドイル男爵は、それ以上は何も言わなかった。

 こうしてバーソロミューの決闘は無事終了する。

 アレックスは期待外れだったなと、ため息をついて訓練場を後にした。

 カッター伯爵は思惑が外れて歯ぎしりした。

 それを見たカーターは隣にいたフィンリー侯爵にこっそり耳打ちする。


「弟の狙いが外れて良かったよ」

「左様でございますな」


 フィンリー侯爵はカーター殿下派の筆頭である。二人は今回の決闘の裏でカッター伯爵が動いていることを把握していた。そして、その先にはアレックス殿下がいることもわかっていた。

 自派閥に亀裂を入れようとしたのだが、そうはならずに逆に絆が強くなったのである。なにせ、養子とはいえマクヴィー伯爵の娘とドイル男爵の息子の結婚が出来たのだから。さらに、ライス子爵の息子とマクヴィー伯爵の娘の結婚も問題なく出来た。結婚した息子は当主にはならないかもしれないが、親戚としての立場は健在であり、血のつながりが出来たのだ。


「それにしても」


 とカーター殿下は続ける。


「弟もあのアーチボルト卿に手を出すとはな。待っているのは破滅だろうに」

「逆転の手が他にないのでございましょう」


 カーター殿下は聖国でスティーブの活躍を目の当たりにしている。その結果、人間離れしているスティーブに関わりたくないと思っていた。

 そして、アレックス殿下は劣勢に立たされており、フィンリー侯爵が言うように、逆転する手段がスティーブを使うくらいしかなかったのである。


「今はまだ恐れるに足りないが、おとなしく公爵くらいで満足してくれないかねえ。兄弟で潰しあいたくはないんだけど」

「南方の利権を得たことで、よからぬ野心を持ったのではないでしょうか」

「そうかもね。それにもアーチボルト卿が絡んでいたか。まあ、引き続き弟の派閥の監視は頼むよ」

「承知いたしました」


 頭を下げたフィンリー侯爵は、その心の中でカーター殿下は本当はアレックス殿下ともっと戦いたいのではないかと思っていた。口では兄弟で潰しあいたくないとは言っているが、どうにもそうは思えなかったのである。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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