151 決闘の決意
ひとまずバーソロミューをサロンに案内し、来訪の目的を確認することにしたスティーブ。
奥様と言われたベラは特に感情を見せないことが、バーソロミューに勘違いをさせていた。
「護衛の方は怒っていますか?」
「いや。どうしてそんなことを?」
「無表情なので、静かに怒っているのかと思いまして」
「ベラはいつもあんな感じだよ」
感情をあまり表に出さないベラ。スティーブはそれを見慣れていたので、実際のところ怒っているのか喜んでいるのかはわからないが、手の筋肉などを見る限りでは、怒りの感情を見つけることは出来なかった。これが怒っていれば手に力も入っているというものである。
ベラが怒っていないとわかって、ホッとするバーソロミュー。
サロンに着くと、スティーブは来訪の理由を訊いた。
「どうして僕のところに来たの?」
「それは、友人たちに結婚する予定だった女性を他の男に取られたのに、何もしなければ貴族社会でなめられることになると言われたからです」
「なるほどね」
スティーブはバーソロミューの目的を理解した。なめられたくない一心でスティーブのところにやって来たのだ。
しかし、とスティーブは思う。
それならばマクヴィー伯爵のところに行くのが筋ではないだろうか、と。
それを口にしてみた。
「僕のところに来るのは筋違いじゃないかな。確かに僕が動いてベッキー嬢とデズモンドの結婚を認めるようになったけど、最終決断はマクヴィー伯爵だよ」
「それはそうなのですが、マクヴィー閣下に直訴してベッキーを取り戻そうというつもりはないのです。それに、マクヴィー閣下のところに行けば、父親にたしなめられて何も出来ないままになるでしょう。そうなると、何も行動しなかったというのと変わりはありません」
「ん?ベッキー嬢との結婚の話を元通りに進めたいわけじゃないの」
「はい。彼女との結婚に思うところはありません。家のために結婚しろと言われていただけなので。その結婚の代わりに、アーチボルト閣下からいただいた品々がありますので、僕の存在が十分家のためになったでしょう」
バーソロミューの来た目的は、行動した事実を示したいだけ。
「気持ちはわかったけど、他の貴族になめられないために、僕が何が出来るのかな?」
「貴族といえば決闘なのでしょうけど、私にはそんな実力はありません。父が家庭教師をつけてくれて、剣術の稽古も受けましたが、盗賊と戦っても勝てるかどうか。なので、決闘を申し込むようなつもりはないのですが、それと同等の実績が欲しいのです」
「僕が何かを出来るわけでもないけどね」
スティーブは困った。バーソロミューに頼られても、彼に何らかの実績を与えることは出来ないのだ。どうすればいいのかわからずにベラの顔をみた。ベラは私に訊くなとばかりに視線を逸らす。
「出来れば、私を閣下のところで勉強させていただきたいのです」
「勉強?」
「エアハート様やウィルキンソン様のように、閣下の領地で実績を積んで、誰からも認められるようになりたいのです」
シリルとジョージの出世は貴族の間では有名な話である。領地を継げない貴族の子供たちはアーチボルト領での就職を夢見るくらいには。ただ、地方の領主を親に持つ者たちは、領地で仕事が溢れるほどあるので、主に王都の領地を持たない貴族の子供たちがそれを考えていたのである。
残念なことに、その多くは親元から離れて暮らせる自信がないので、実際に行動に移すことはなかった。それならば、王都の王立研究所の方が実家に近くて生活しやすいのである。
そういう背景から、バーソロミューもシリルとジョージの話を知っていたのである。
「それならまあ。だけど、彼らは跡取りではないから、うちの領地に来ることが出来たけど、君は跡取りでしょう。ドイル男爵が許さないと思うけど」
スティーブがそういうと、バーソロミューは眉間にしわを寄せた。
「跡取りという立場を弟に譲ろうかと思います」
「本気で?」
「はい」
「そこまでする理由がしりたいんだけど。それに、家を継がないのならば貴族社会でなめられることも気にしなくていいと思うんだ」
スティーブはバーソロミューがそこまでする理由がわからなかった。貴族社会でなめられたくないという理由はわかる。そのために行動を起こして自分のところにやってきたというのもわかる。しかし、家督相続を放棄するのであれば、そうしたことをする必要がないのだ。
バーソロミューの考えていることが理解できなかった。
理解に苦しむスティーブに、バーソロミューが
「実は――――」
と話しだした。
それを聞いたスティーブは、バーソロミューの考えていることを把握した。
「親を説得できると思うかい?」
「難しいでしょうね。幸いにして弟がおりますので、家督相続を放棄するのは大丈夫だとは思いますが」
「まあ、そっちは僕が考えておくよ。また連絡をするから、ちょっと待っていて」
「承知いたしました」
再び連絡をすることを約束して、バーソロミューを帰した。
残ったスティーブはベラを見る。バーソロミューの願いをかなえる方法の相談をする。
「さて、どうしようかねえ」
「悩むことなんてないでしょう。スティーブが決めたことなら国王だって言うことをきくわ。命令すればいいのよ」
「それをやりたくはないんだよねえ。結果的には命令を強制することになるのかもしれないけど、その前に何かしらの条件があればかな」
そういってまた黙り込んで、スティーブは頭の中で解決策を考える。
ベラは今までバーソロミューの座っていた椅子を見ながら、彼の感想を述べた。
「純粋すぎて貴族社会では生きづらそうね」
「それは僕だって同じだよ」
「そうかしら?」
「そうだよ。陰湿で裏でこそこそ動くようなことは苦手なんだから」
「正面突破が好きだものね」
「好きでもないんだけどね」
「それで、バルリエの時もドローネの時も正面突破だったのかしら?」
ベラに言われて、相場での戦いを思い出す。その時は相手を騙し打ちするために、裏で動いたのを忘れていたのだ。
「あれはソーウェル卿が指示したからだよ」
「そうだったわね」
言葉とは裏腹に、まったく同意の気持ちが無いベラの一言であった。
「今はその話はいいから」
と、スティーブは話を元に戻す。
「私は面倒なのは嫌い。スティーブもバーソロミューも、自分の望むものを賭けて決闘をすればいい」
「それがいいね。クリスティーナとナンシーにも相談してみるけど」
「ブライアン様にもね」
「そっちはいらないんじゃないかな?」
「また、知らないところで問題を起こしたって言われそうだけど」
スティーブはブライアンに相談もせずに、バーソロミューとのことを進めようとしていたが、ベラに注意される。他の貴族の嫡男とのことなので、当主のブライアンが知らないのはまずいのだが、今までの事よりも軽微だからいいかと思っていたスティーブであった。
もちろん、それでいいわけがない。成人しても相変わらずの問題児であった。
さて、二人は一旦アーチボルト領へと戻る。
そこでブライアンとクリスティーナとナンシーに事情を話した。
ブライアンは渋い顔をする。
「他の派閥の貴族の事だからなあ」
「義父様、あまり気になさらなくともよろしいのではないでしょうか。義父様はメルダ王国国王の義父であり、竜頭勲章の実父。国内で正面切って喧嘩を売ってくるような相手はおらぬかと。正面どころか裏からでもないでしょう」
クリスティーナにそう言われると、ブライアンは態度を軟化させた。
「確かに。それでうまくいけばドイル男爵の息子を我が領で手に入れることも出来るわけか」
「基礎教育が施されているので、平民のように一から教育する必要がないのは魅力ですわね」
今後どうなるかわからないが、ブライアンとクリスティーナは既にバーソロミューを手に入れる皮算用をしていた。それを聞いているスティーブは、二人とも気が早いなあと苦笑する。
「まあ、人材が確保できる可能性があるというのであれば、それについては許可しよう。うまくやれよ」
ブライアンはスティーブの計画を許可した。
これにより、スティーブは再びバーソロミューと連絡を取って決闘の日取りを決めることになった。
バーソロミューは王都のタウンハウスを訪れる。
今度はバーソロミューを迎えるのはベラではなくて、クリスティーナである。
「お久しぶりです、閣下。ご連絡をいただき再びこうしてまかりこしました」
「まあまあ、そう硬くならずに。こちらは妻のクリスティーナ。それで、僕の考えた案なんだけど、僕と決闘しようか」
「は?」
スティーブがいきなり切り出した決闘という言葉に、不意打ちをくらったバーソロミューは思考が停止した。
「スティーブ様、いきなりそう言ってはドイル殿も驚くことでしょう」
そうクリスティーナがさとす。
「結論から話すのも考え物か。お互いの望むものを賭けて決闘をしようというわけだよ。バーソロミューは自由な結婚相手を賭ける。僕はバーソロミューの身柄かな」
「私が勝った場合の自由な結婚相手というのは?」
「それは僕がその結婚を保証するということだよ。君のご両親が大反対したとしても、僕がその反対を押さえ込むっていうこと」
「そして、私が負ければ身柄は閣下のあずかりとなるわけですね」
「そういうこと」
スティーブはにっこりとほほ笑む。その意図はバーソロミューにも伝わった。
「であれば、決闘というのは理解できます。まあ、私が閣下に勝利するなどは、万に一つの可能性もないのでしょうけど」
「それはやってみなければわからないよ。ただ、僕が露骨に負けたりしたら、結果に納得がいかない人が出てくるだろうねえ。だから、手は抜かないつもりだよ」
「死なないのであれば」
バーソロミューは上目遣いにスティーブを見た。スティーブは苦笑する。
「殺すつもりは無いよ。手を抜かないのは勝ちに行く姿勢のことで、威力については手を抜くつもり。死んだらなんにもならないからね」
「それを聞いてホッとしました」
「ただ、バーソロミューも出来レースだと思わずに、僕に勝つために努力をしてほしい。自分の手で自由な結婚を掴むことが出来たほうがいいだろう?」
「そうですね。家に帰ったら稽古をします」
「よろしい」
スティーブはバーソロミューの姿勢に満足した。そして、いよいよ日程決めとなる。
「二週間後くらいでもいいかな?準備は出来そう?」
「はい。それまでに準備を済ませておきます」
「僕の方も今日バーソロミューから決闘の申し込みを受け取ったということにして、各所に喧伝して回るからね」
「喧伝するのですか」
「そうだよ。そうしないとバーソロミューが行動を起こしたことを誰もわからないじゃない」
スティーブの喧伝という言葉に怖気づいてしまったバーソロミューであったが、スティーブからそういわれると少しだけ前向きな気持ちになった。
「目立ちますかね?」
「まあそうだろうね。今更怖くなったかい?」
「少し覚悟が足りていなかったようですが、大丈夫です」
あまり大丈夫そうには見えないバーソロミューだったが、スティーブはそこは指摘せず、大丈夫と言ったことを尊重することにした。
「大丈夫ならそれでいい。それでは二週間後に。場所はそうだねえ、王城にある騎士の訓練場を借りようか」
スティーブの思い出の地である。ハドリー男爵の嫡男、クラークとの決闘の場所であるからだ。そこを再び決闘の地として選んだ。
そこまで決まると、スティーブはマクヴィー伯爵とライス子爵に決闘の話を伝える。二人は既にスティーブからの謝罪の品を受け取っており、何をいまさら話を蒸し返したのだとドイル男爵のことを恨んだ。
そのドイル男爵も自分の息子が自由な結婚を求めて、スティーブに決闘を申し込んだのは寝耳に水であった。そして、激しくバーソロミューをしっ責するも、バーソロミューの決意は変わらなかった。
「バーソロミュー、貴様自分が何をしでかしたのかわかっているのか!」
「勿論でございます、父上」
「わかっていながら反省の色が無いのはどうしたことか!今すぐアーチボルト閣下に謝罪して決闘を取り消せ!!」
「我が人生を左右する一大事でございますゆえ、父上に何と言われようとこれは変えられません」
父であるドイル男爵に言われても、がんとして意見を変えないバーソロミュー。既に決闘を回避することは不可能であった。
こうして決闘の当日を迎えるのであった。
いつも誤字報告ありがとうございます。