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149 採用試験

 スティーブはクリスティーナと一緒に王都のタウンハウスで作曲家の応募状況を確認していた。


「予想はしていたけど、ほとんど応募がないねえ」

「五人来ただけでも良かったのではないでしょうか」


 宣伝媒体など無いに等しいカスケード王国では、作曲家の募集の情報も中々伝わらなかった。情報が伝わり、なおかつパトロンに遠慮せず申し込めたのがこの五人であった。

 スティーブが知らないことであるが、カッター伯爵からの指示でデズモンドを誘った作曲家は、ここでデズモンドよりも高評価となるわけにはいかないので、途中で辞退していた。


「応募にあたり、楽譜も持ってきてくれたけど、楽譜を見てもよくわからないや」

「教養としてある程度はわかりますが、頭の中で完全に再現することは無理ですわね。実際に目の前で演奏してもらいましょうか」

「それがいいね」


 スティーブもクリスティーナも教養として楽譜を読むことは出来たが、それを頭の中で演奏出来るほどではなかった。なのでこうして実際に演奏してもらおうということになったのである。

 なお、雇用条件として勤務地はアーチボルト領としていた。わざわざ王都まで来て曲の受け取りと確認をするのは面倒なので、領地に住んでもらうということにしていた。

 その条件で二の足を踏んだ者もいる。やはり、芸術の中心地は王都であるからだ。なので、実力のある者は応募が無く、パトロンもおらずに実力も低い者が応募となったのだ。

 そんなわけで、デズモンドはライバルが少ないという好条件となったのである。

 スティーブとクリスティーナは応募者を呼んで、それぞれに演奏してもらう。デズモンドが一番最後であり、四人目まで聞いた時点でスティーブとクリスティーナはレベルの低さに半分諦めていた。


「今までの四人のレベルの低さは困るね」

「商品として売るには完成度が低いですね」


 楽譜だけではわからなかったが、演奏を聴いてみると酷かった。作曲家が本職であるので、演奏については本職の奏者に劣るとはいえ、それだけではないレベルの低さがあったのだ。そんな諦めた状態で五人目のデズモンドの曲を聴いたら、そのレベルの高さに即採用としたのである。

 後日、改めて面談をして、本人の意思を確認することにしてその日は終了した。

 デズモンドは直ぐにその話をベッキーに伝える。


「アーチボルト閣下の募集していた作曲家の採用試験で合格することが出来た」

「おめでとうございます。これで一人前の作曲家として名前が売れることでしょうね」


 おめでとうと言いながらもベッキーの顔は曇っていた。デズモンドはアーチボルト家に雇われる作曲家となることで、ベッキーと結婚できるような実績を得られると考えていたことを彼女に伝えていなかったのである。

 なので、この時ベッキーはバーソロミュー・ドイルとの結婚後も、デズモンドの活躍を楽しみにするくらいしかないと思っていたのである。

 そんなベッキーに対してデズモンドはアーチボルト領に一緒に行くことを提案する。


「ベッキー一緒にアーチボルト閣下の所にいこう」

「どういうことでしょうか?」

「僕と一緒にアーチボルト閣下のところに行って結婚してしまえば、国内の貴族であれば誰も文句は言えないはずだよ。閣下より偉いのなんて陛下くらいなんだから」


 デズモンドはここで計画を話した。それを聞いたベッキーはそう上手く行くのかと考える。


「でも、それはアーチボルト閣下が私達の味方になってくださればですよね。閣下が私の父の意見に賛成したならば、それは成り立たないかと」

「アーチボルト閣下は過去にも親同士が反対する結婚を成立させた実績があるそうです。私達の関係を誠心誠意説明すればきっとわかってくれるはず。それとも、僕とアーチボルト領に行くのが怖い?」

「そうね。とっても怖い。一度掴んだ幸せを失うことほど悲しいものはないもの。せめて閣下にはいく前に事情を話しておいた方がいいんじゃないかしら」


 ベッキーはアーチボルト閣下が味方になってくれるというのを最初に確認しておきたかった。デズモンドの計画はかなり自分に都合がよく考えられており、アーチボルト閣下がどう考えるかというのがとても甘く感じたのである。

 そして、これが失敗に終わった時、自分達を待ち受けている運命は、より過酷なものになるだろうという予感がしていたのである。

 ベッキーにこう言われてデズモンドも不安になった。今になってスティーブが味方になってくれない場合を考え始めたのである。


「明日の最終面談で正直に話してみるよ」

「私も同席します」

「時間は取れるの?」

「今しかないと思っています。多分今後正式に婚約の話となった場合、もう他の男性と会うことは許されないはずなので」


 ベッキーは悲痛な表情をした。そのことからデズモンドも時間が無いことを理解した。


「一緒に行こう」

「はい」


 デズモンドの誘いにベッキーは躊躇いなく頷いた。

 こうして翌日、二人はスティーブとクリスティーナの面談を受けることになるのであった。


 そのスティーブとクリスティーナであるが、デズモンドが面談にくると思っていたら、若い女性も一緒なので驚いた。

 そして、どうして一緒に来たのかを尋ねてさらに驚くことになる。


「えっと、こちらの女性がベッキー・マクヴィーさんで、マクヴィー伯爵のご息女であると。それで、マクヴィー伯爵がドイル男爵の長男であるバーソロミュー・ドイル殿と結婚させようとしているけど、ベッキー嬢が好きなのはデズモンドだと」

「揉めそうな話ですわね」


 スティーブとクリスティーナはため息をついた。しかし、二人の反応には若干の違いがあった。スティーブは本当に困ったというものであるが、クリスティーナは難しいけど乗り越え甲斐のあるものだという気持ちの差である。

 そんなスティーブとクリスティーナにデズモンドは恐る恐る訊ねる。


「二人で閣下の領地に行きたいのですが」

「一つ訂正しておくと、僕の領地ではなくて父の領地だからね。僕はまだ領地を持っていないから」

「失礼いたしました」


 デズモンドは間違ったことに焦る。スティーブの顔色をうかがうが、怒った様子はないためホッとした。


「まあ、恋人たちを離れ離れにしてまで仕事をさせるつもりは無いから、二人で来るのは構わないんだけど、マクヴィー伯爵の説得がなあ。それに場合によってはライス子爵も反対するんじゃないかな?敵対派閥だったりする?」


 王都の貴族の派閥に疎いスティーブは、その三人の貴族の派閥を知らなかった。なので、デズモンドとベッキーに訊ねる。


「三家とも同じ派閥で、カーター殿下を次期国王に推すカーター殿下派です」

「それなら話が早いかな」


 そういうスティーブの袖をクリスティーナが引っ張る。


「いいえ。むしろ派閥に亀裂を生みかねない婚約については、親が全力で潰すのではないでしょうか」

「あ、そうか」


 クリスティーナの指摘を受けて、スティーブは思い違いに気づいた。


「これでカーター殿下の派閥に亀裂が入ればアレックス殿下にとって有利な状況になることでしょう。それでも形勢逆転というわけではありませんが、スティーブ様がカーター殿下からは恨まれることになるでしょうね」

「アーチボルト家にとって不利益はあるかな?」

「カーター殿下が正常な判断が出来るなら、うちに何かを仕掛けてくるようなことはないでしょうね。聖国でのスティーブ様の活躍も目の当たりにしておりますし、単に心の中で恨まれる程度かと。他の三家にしてもことを構えるようなことはないでしょう。アーチボルト家と戦うということは、王都以外の四方の地域とフライス聖教会を相手にすることを意味しますから。一つの婚約話が流れただけでそこまでの覚悟をする理由がありません。なにせ、貴族の結婚は政治の道具。敵対するくらいなら恩を売る方に動くかと思います」


 そうクリスティーナは分析した。

 相手が計算できることを前提としているが、結婚は政治の道具であれば一番良い条件を引き出すもの。ベッキーとバーソロミューの結婚には派閥の強化以外の意味は見いだせない。ならば、それを諦めてアーチボルト家に譲る形を取ったほうが得なのである。

 これがまだ、カーター殿下とアレックス殿下が拮抗しているのならば、派閥を抜けてアレックス殿下の派閥に所属するという選択肢もあるだろうが、今の状況ではそれもない。

 後はスティーブが三家にとって結婚を諦めるよりも得になる条件を提示するだけだ。


「そうなると、僕はその三家を説得するだけの交渉材料を用意しないとかなあ」

「いくらでもあるでしょう」


 スティーブが魔法で作り出すステンレス像だったり、ガラス製品は今でも貴族の間で大人気であり、三家のために順番を無視して作ってあげれば大喜びすることは間違いないだろう。他にもパスタマシンだったり、プレス機だったり、サスペンションだったりと、希少価値の高いものはいくらでもあるのだ。結婚を諦めるのを納得させるくらいの価値は十分にある。

 それと引き換えベッキーは伯爵家の五女である。クリスティーナは本人を目の前に言えなかったが、政略結婚の相手としての価値は低い。

 男爵家へ嫁がされるという扱いからもそれは明らかだ。もしこれがベッキーの結婚を重要なイベントとしているのであれば、少なくとも同格の伯爵家が相手となるはずであった。

 そのことから考えて、スティーブとクリスティーナはデズモンドとベッキーの二人を領地に連れていくことにしたのである。


「そういうわけで、もうマクヴィー家の屋敷には戻りません」


 ベッキーがそう宣言する。スティーブもクリスティーナも事情が事情だけに、それも仕方が無いかと認めることにした。そして、マクヴィー伯爵家とライス子爵家に使者を送って事情を説明することにした。直接スティーブが訪問しても良かったが、何事にも手順があり、先触れがあった方が良いという判断である。

 その知らせを受け取った両家の当主は頭を抱えた。

 マクヴィー伯爵は妻と頭を突き合わせる。


「ベッキーの奴め。大変なことをしでかしてくれたな」

「旦那様、申し訳ございません。私の教育が行き届いていなかったばかりに」

「結婚までは自由にさせようとおもっていた私にも落ち度があった。ライス子爵のところの次男と会っているのは部下から報告を受けていたが、まさかアーチボルト閣下のところに逃げ込んで庇護をうけるとはな。ベッキーだけでそれを考えつくとも思えん。ライス子爵のところの次男もそうした策が出来るようなら、うだつが上がらない作曲家でくすぶってはいないだろうな」


 マクヴィー伯爵のデズモンドの評価はその程度であった。派閥内や王都の貴族たちも概ね同じ評価であり、自分から策を考えられるようなものではないと見られていた。


「では、誰かの策謀だと?アーチボルト閣下でしょうか?それともライス子爵が?」


 夫人がマクヴィー伯爵に訊ねる。


「今わかっている情報で、閣下がベッキーを庇護するメリットはない。閣下も誰かの書いたシナリオにのせられているだけではないかな。そのシナリオを書いた人間には責任を取らせるつもりであるが、まずはドイル男爵に謝罪だな。閣下にいただいた謝罪についての内容だと、うちだけではなくドイル男爵の分も要求をしてくれと読み取れる」


 マクヴィー伯爵は夫人と一緒にドイル男爵に謝罪する時に何を渡そうかと、スティーブが提示した目録から品物を選ぶことにした。なお、夫人はマクヴィー家がもらえる品物にちょっとだけウキウキしていたのであるが、マクヴィー伯爵はそれには気づいていなかった。

 同じころ、やはり使者からの情報を受け取ったライス子爵は頭を抱えていた。

 彼もバーソロミューとベッキーの婚約、結婚の話は知っていたのである。そして、息子がそのベッキー嬢と恋仲にあるとは知らなかったのだ。同じ派閥の会合で何を言われるかと思うと胃が痛かった。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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