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148 マッチング

 マッチの現品と報告書が届いた王立研究所は騒然となった。画期的な着火道具の発明に、すぐに研究予算をつける動きとなったのである。もちろん、この発明は国王に即座に報告された。そして、ほんの少しだけタイミングを遅らせて、王立研究所は軍の将軍たちにもその情報を伝えたのである。

 もちろん、予算をつける後押しをさせるためだ。

 国王ウィリアムは宰相と顔を突き合わせていた。


「人類が火打石で火をつけるのを何年続けているのかな?」

「どれくらいかはわかりませんが、間違いなく千年は続けていることでしょう」

「その千年の間、誰も他の方法を思いつかなったのだよな」

「一部、魔法使いによる着火はあったでしょうが、技術革新というものはありませんでしたな」


 人類が火を使うようになってからの歴史は長い。しかし、それは火打石の歴史がほとんどだったのである。そのほかは魔法と落雷などの自然による発火である。そこに突如として出現したマッチ。その発想に国王は畏怖の念をおぼえる。

 そして、またしてもスティーブかという思いであった。王立研究所からの報告では、マッチの仕組み自体はシリルの報告書で理解できたが、それを再現することは今の技術では不可能であるとのことだった。その状態でマッチが普及すれば、すなわちそれはスティーブの影響力がますます大きくなるということである。


「なんとしてでも、マッチを自分たちで生産できるようにならねばな」

「さようでございますな。一貴族のみが独占する技術というのは脅威でございますから」

「王立研究所から予算の陳情があったな」

「すぐにでも予算をつけて研究させるのがよろしいかと」

「むしろ、いくらでも予算をやるから、すぐに成果を出してもらわんとな」


 宰相も国王と同じ気持ちであり、そのため速やかに予算が承認されたのである。軍による後押しなどは不要であった。

 むしろ、国王側から予算はいくらでもつけてやるから、早いところ自分たちの技術で生産できるようにしろという注文がはいったのだった。王立研究所ではその指示を受けて、現在研究中のものの中から優先度の低いものを凍結し、マッチの開発に人員を充てることになったのだ。

 予算がいっぱい出たら良いと思っていたが、思っていた以上に国王と宰相が危機感をもったため、逆に苦しむ結果となったのである。


 そんなマッチの情報はアレックス殿下にも届いていた。カッター伯爵との密会でもそれが話題にのぼる。


「殿下、アーチボルト閣下がまたしても画期的な道具を発明したそうですな。なんでも、魔法が使えない者でも簡単に火を熾せるとか」

「軍が飛びついたな。それと陛下もな。莫大な予算がすぐに決定され、王立研究所も大慌てだったとか」

「分離の魔法使いは現在の研究を止めてまで、そちらの研究に回されたそうですな」

「それどころか、平民の魔法適性検査も拡大する話が出ている。錬金術師たちの技術では分離作業が不十分だそうだ。そうなると、アーチボルトがどうやってそれを発明したか気になるところだな」

「神に愛されたということですか」


 カッター伯爵は天井を指さした。

 アレックスはそれを聞いて鼻で笑う。


「フライス聖教会の主張どおりならな。しかし、奴はそれほど熱心な信者でもなければ、布教活動にも協力してはおらん。神に愛されたというのはどうかと思うな」


 アレックスはフライス聖教会の主張など最初から信じてはいなかった。転生者であるということは想像もつかなかったが、なんらかの方法でこの世界にない知識を知って、今までの発明をしてきたという予感はしていた。だからこそ、その秘密を自分が握ることができれば、王位継承争いで逆転できると考えていたのだ。


「産業魔法のなせる業でしょうか」

「そうだろうな。是非とも派閥に同じ魔法が使える者が欲しい。教会が肥え太るのは気に入らんが、南方の利益で魔法の適性のある者を探すしかないな」


 カッター伯爵に言われるまでもなく、産業魔法によって知識を得ている可能性が高いと睨んでいた。そのため、南方からの利益を魔法の適性を持った者を発見するために使うつもりだったのである。もちろん、貴族への工作費用などは別に確保しておくつもりではあったが。


「ところで」


 とカッター伯爵が切り出す。


「アーチボルト閣下が自鳴琴なるものも発明して売り出したそうですね」

「ああ、聞いている。なんでも、自動で曲を演奏する道具だとか。陛下も宮廷作曲家に作曲を依頼している。母上にプレゼントするためにな」

「その自鳴琴ですが、陛下や大貴族のように作曲家を抱えている者たちばかりではないので、アーチボルト閣下は作曲も受注したいと考えているようで、作曲家を募集しております。これを利用してカーター殿下の派閥に亀裂を作る策がございます」

「ほう」


 カッター伯爵の話に、アレックスの目が光った。それを確認したカッター伯爵は話を続ける。


「マクヴィー伯爵の五女がドイル男爵の息子と婚約の動きがあるのですが、どうもこの五女がライス子爵の次男と恋仲にあるようなのです」

「マクヴィー伯爵、ドイル男爵、ライス子爵とすべて兄の派閥か。面白そうな話だが、それと自鳴琴がどう関係するのか?」

「ライス子爵の次男というのが、実は作曲家なのです。家を継げないので、音楽の道に進んだというわけです。それで、彼がアーチボルト閣下のところで雇用されるならば、その実績を持ってマクヴィー伯爵の五女との結婚も出来るでしょう。そして、横取りされたドイル男爵は不満をもつと。場合によってはマクヴィー伯爵もライス子爵家によくない感情をもつでしょうな」

「そして、恨まれるのはアーチボルト。上手く対立してくれたら儲けものだな」


 アレックスはカッター伯爵の話を面白いと思った。狙いが外れたところで痛手はないし、成功した場合も恨まれるのは自分ではない。とてもおいしい作戦であった。


「そのライス子爵の次男とアーチボルトを会わせることは出来るか?」

「現在それをするための準備は整っております」


 カッター伯爵はニヤリと笑った。


「良い結果を期待している」

「お任せください」


 こうしてカッター伯爵はライス子爵の次男をスティーブに雇用させるべく動き出した。

 ライス子爵の次男、デズモンド・ライスは無名の作曲家である。家督相続は早々に諦め、親の支援の下作曲活動を行っていた。そんな彼がマクヴィー伯爵の五女、ベッキー・マクヴィーと出会ったのは彼の音楽会であった。

 音楽会の後、二人は会話をして意気投合。親同士も同じ派閥ということで、特に問題もなく会うことが出来た。

 しかし、マクヴィー伯爵はベッキーを政略結婚の道具に使うつもりであり、同じ派閥のドイル男爵の長男であるバーソロミュー・ドイルに嫁がせることにしたのだ。派閥のつながりをより強固なものにするために。

 ベッキーは幼いころから伯爵家に生まれたことから、自分の結婚は政治の道具として使われるものだと思っていた。しかし、デズモンドと出会ってからは、愛する人と結婚したいと考えるようになった。

 これが、デズモンドがライス子爵家の跡取りであれば、結婚も問題なかったのだが、家督を相続出来ないとなれば、親であるマクヴィー伯爵も首を縦に振らないだろうと容易に想像できた。

 そして、そこに出てきたドイル男爵の長男との結婚の話である。

 まだ正式決定ではないが、そのことを親から告げられて、どうしてよいかわからずにデズモンドに相談した。


「デズモンド様、父が私の結婚相手としてドイル男爵のご長男である、バーソロミュー・ドイル様を選ぶそうです」

「それは本当?」

「はい」

「それで、ベッキーはそれを承知するつもりか?」

「私が意見したところで、父は取り合ってはくれないでしょう。それに、貴族の娘として生まれたからには、結婚も政治の道具として使われます」

「僕のことを諦めるのか!?」

「いいえ。私もデズモンド様と一緒になりとうございます。しかし、こればっかりは」

「一緒に駆け落ち……。いや、無理か」


 しかし、デズモンドも親の支援があるからこそ生活出来る作曲家であり、駆け落ちしたところで生活に行き詰まるのは見えていた。

 作曲家として成功すれば、マクヴィー伯爵を説得することも出来るだろうが、そう簡単に成功するようなものでもないし、年月もかかるものなのでベッキーの結婚には間に合わない。

 ベッキーから相談を受けてどうしようか悩んでいた時に、作曲家仲間からアーチボルト閣下が作曲家を募集している話を聞いた。


「ライス、アーチボルト閣下が作曲家を募集しているらしいぞ。なんでも、曲を自動で演奏する商品を作ったそうなんだが、肝心の曲がなくて困っているんだとか。明るい曲から悲しい曲まで作曲できる作曲家を欲しがっているそうだ。俺も応募してみるつもりだが、お前はどうするんだ?」


 デズモンドはそれを聞いた瞬間に閃いた。これだ、と。

 鳴かず飛ばずだったエアハート侯爵家の三男や、ウィルキンソン子爵家の三男が、アーチボルト家と関りを持ったことで一気に名が売れて、今では王立研究所でも上位の研究者となっていることは聞いていた。それならば、自分もアーチボルト家の雇われ作曲家となることで名前が売れるのではないかと。そして、それが実現すればベッキーを娶るのに申し分ない実績となるであろうと。


「それはどうやって応募すればいいんだ?」


 デズモンドは作曲家仲間の肩を強くつかんで質問した。


「王都の閣下のタウンハウスに行って申し込めばいいらしいぞ」


 そう訊いたデズモンドは早速アーチボルト家のタウンハウスへと向かった。

 なお、タウンハウスはアーチボルト家のものであり、スティーブの所有ではなくブライアンの所有である。息子の方が知名度が高いので勘違いされがちであるが。

 デズモンドの後ろ姿をみて、作曲家仲間の男は胸をなでおろす。


「カッター閣下の指示はひとまずこれで達成だな」


 この男はカッター伯爵の指示を受けて、デズモンドに作曲家募集の話を伝えたのだった。

 そんな策略が動いているとは知らず、スティーブはオーロラ居城に自鳴琴の納品にやってきていた。会っているのはオーロラではなく、夫のレオである。

 彼が妻であるオーロラにプレゼントするため、スティーブに自鳴琴を発注していたのであった。

 レオは今回の自鳴琴の曲を作曲した作曲家と一緒にいた。

 スティーブが彼らの前でぜんまいを巻いて曲を流す。オーロラのために作曲されたセレナーデであった。

 曲が終わると作曲家からは合格が出た。


「私の作曲したとおりのものでございます」

「閣下、ありがとうございます。代金はオクレール商会の方に支払っておきます」


 レオはスティーブに感謝の意を示す。


「レオ殿もお熱いですね。ソーウェル卿に曲のプレゼントとは」

「閣下のところの夫婦仲には負けますがね」

「うちは恋愛結婚ですから。貴族のところは政略結婚ばかりで、正直この商売が軌道にのるかどうか不安ですよ。今のところ陛下からも注文をいただいておりますし、義父のマッキントッシュ侯爵からも注文をいただいてますけどね」

「政略結婚だったとしても、女性の方はそれだけではないのですよ」


 カスケード王国の貴族の夫人たちは多くが政略結婚であったが、結婚後に子供を産めば終わりというわけではなく、夫からの愛情も欲していた。そして、夫は夫人の機嫌を取るべく腐心していたのであった。

 ソーウェル家や王家も例外ではない。


「ところで、閣下のところではこの自鳴琴のために作曲家を募集されているとか。良い人材はみつかりましたかな?」

「まだ募集し始めたところなので、まだまだですよ。西部と王都で募集をしていますが、吟遊詩人は沢山いても、作曲家となると中々いないものですね」

「そもそも作曲家という職業が食えるようになるのが難しいですからな」

「国や貴族に雇われなければ生活が出来ませんからね。そういう人たちはこちらの仕事を受けてくれませんし」


 そんな会話をしていると、オーロラがやって来た。


「アーチボルト閣下が来ていると聞いたんだけど」

「ご機嫌麗しゅうございます。今日は用事も終わりましたので、僕はこれにて失礼いたします」

「あら、なんの用事だったのかしら?」

「それはレオ殿から聞いてください」


 そう言ってスティーブは帰ることにした。夫婦の時間を邪魔しないためである。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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