147 新商品候補
スティーブは新商品のアイデアをニック、シリル、エリーの前で披露していた。スティーブの隣にはクリスティーナもいる。今回の新商品については、クリスティーナと話し合って作ったので、彼女は全て知っていて驚くことはない。
「これは自鳴琴っていう製品なんだけど」
そう言ってゼンマイをまいてやると、ドラムが回転してピンをはじき、それによって音が出て曲を演奏し始める。いわゆるオルゴールであった。ただ、スティーブには絶対音感がないので、なんとなくそんな感じというきらきら星っぽい何かなので、曲というのが適切かどうかはわからないが。
三人はそれを見てそれぞれが感想を述べる。
「若様、これは金型もいっぱい使いますね」
金型を想像してにこにこするニック。頭の中では目の前のオルゴールを部品単位にばらして、どんな工法・金型でつくろうかと考えていた。
曲については全く興味が無いのはニックらしかった。
一方、シリルはその仕組みを見ていた。
「似た仕組みで、鐘を叩いて音を出す物は知っていましたが、金属のピンをはじいて音を出すのは見たことが無いですね。動力はばねですか?」
「ぜんまいだね」
「ぜんまい?」
ぜんまいばねは山菜のゼンマイに似ていることからつけられた名前であり、ゼンマイをしらないシリルからしたら、ぜんまいばねという呼び方がピンと来ない。
スティーブはそれに気づいて言い直す。
「渦巻き状のばねを使って動かしています」
「中身を見せてもらっても?」
「じゃあ、再現しますね」
スティーブはそういうと、ぜんまいばねを魔法で作り出して再現した。ぜんまいばねはそれ単体では渦巻きのばねであり、歯車と組み合わせることで動力となる。
ぜんまいばねをじっくりと観察するシリルは無口になった。
そこでエリーがオルゴールを手にとって眺める。
「どうせなら、人形も一緒に動かせませんかね?あと、箱のデザインにもこだわりたいです」
「人形も歯車に固定すれば回転させることは出来るよ。デザインは任せる」
「人形が動かせるなら、曲に合わせて楽しそうだったり、悲しそうだったりする人形を動かしましょう」
「そうなると、作曲家を雇わないとだね」
「社長が作曲すればいいじゃないですか」
エリーはスティーブが作曲出来ると思っていた。何しろ、オルゴールの奏でる曲はスティーブのオリジナルなのだから、と考えていたのである。モーツァルトがいない世界できらきら星を自分の手柄にしているスティーブでは、作曲出来るわけもないのでそれは却下した。
「僕は無理だよ。なんとなく思い付いた曲で自鳴琴を作ってみたけど、多数作曲するとなると専門家にお願いしないとだね」
「作曲家のあてはあるんですか?」
「無い。出来れば人形劇で使っている曲をオルゴールにして、物販を伸ばしたいんだけどね」
「一回転で終わるような短い曲が無いですね」
「そうなんだよね。長い曲になると、それだけドラムが大きくなるからねえ」
「それなら、この曲を人形劇に取り込んでみたらどうですか。歌詞も考えましょう」
「それなら出来そうだね」
というスティーブの頭の中できらきら星の歌詞を歌っていた。
「自鳴琴はこれくらいにして、次は砂糖菓子だね」
スティーブはそう言って紙袋を亜空間から取り出した。その紙袋の中から出てきたのはバニラの香りのする細い棒状のお菓子であった。日本でいうところのシガレットラムネである。
三人とクリスティーナはそれを受け取って食べてみる。クリスティーナに関しては美味しいから食べたいというだけであり、散々試食はしていた。
「若様、うめえですぜ」
「砂糖の塊だからね」
ラムネの原料は砂糖だけではなく、デンプンも入っているので純粋な砂糖には負けるが、そもそもそれでは甘すぎる。このラムネは子供たちに大人気なあのほどよい甘さを十分に再現できていた。
「で、これってどうやって作ったんですか?」
「材料を練って、上杵と下杵っていう金型でプレスしたんだ。お菓子だけど製法は工業製品っぽいでしょ」
そう言ってスティーブは亜空間から上杵と下杵を取り出して、手で持って動かして見せた。
「なるほどねえ。この形の金型でプレスするわけですね。砂糖を練るのも蚊取り線香のやり方を応用できるんですかね?」
「まったく同じってわけじゃないけど、出来そうな気はする。難点は砂糖の仕入れ価格が高いから、販売価格も高く設定することになる。そうなると数を売るような商品じゃないっていうことかな」
製糖については工業化されておらず、その生産量の少なさから、カスケード王国の砂糖は日本の感覚からしたらかなり高価なものになっていた。
原材料費はそのまま製品価格に転嫁されるため、ラムネ菓子を作ったとしても子供が買えるような価格にはならない。
「砂糖を加圧して固めるというのは面白いですね。研究対象としてはリストに載せておきたいところです。ただ、現状ではかなり優先度は落ちてきますけどね」
とシリルは王立研究所での優先度が低くなると説明する。国家予算を使ってまで研究するべきことかと言われると弱いのだ。だからこそ、アーチボルト家でその生産を独占できるともいえるのだが。
スティーブとしても研究してもらいたいのは製糖の大量生産化であり、ラムネの研究については必要ないと思っていた。
エリーは無言でラムネを食べている。最初はクリスティーナに遠慮していたのだが、今はその遠慮もなくなり、クリスティーナとラムネの取り合いとなっていた。
これはちょっと商品化には厳しいかなと思うスティーブであった。
なので、次の新商品の説明へとうつる。次にスティーブが取り出したのはマッチであった。
箱から取り出したマッチを擦って火をつけた。
「魔法ですか?」
シリルはマッチの炎を見ながら興奮して訊ねる。
スティーブは笑顔でこたえる。
「これも科学だね。燐を燃焼させて燃やしているんだ」
マッチは燐の発火点の低さを利用している。白燐などは発火点が低く44℃程度で発火するので危ないが、赤燐は260℃で発火するため、頭薬には赤燐が使われている。火をつける際は、摩擦でそこまで熱を加えてやればいい。
なお、カスケード王国だけでなく、大陸では着火といえば火打石である。それ以外は魔法使いによる着火くらいであった。
「若様、これって魔法が使えなくても簡単に火をつけられるってことですか?」
「そうだよ。やってみるかい?軸木を持って箱の茶色い部分に膨らんだ頭の部分を当てて、強く擦ってみて」
ニックが言われた通りにやってみると、頭薬が発火した。
「おお、火が付いた。しかも、木がゆっくりと燃えているじゃねえですか。もっと一気に燃えるもんだとおもってました」
「木は燃えやすいんだけど、燃える速度は決まっているんだよ」
木は燃えやすくてすぐに炭になると思われがちだが、実は燃える速度はそんなに早くはない。含有水分量にもよるが1分で0.6mm程度なのだ。あまり早く燃えてしまうと、頭薬がすぐにポロリと落下してしまうので、火災を発生させるリスクが高くなる。
炎が軸木を伝わってきたところで、ニックが持っていられなくなる前に、スティーブは水を作り出して消火した。
シリルはスティーブの肩を掴んで前後に激しく揺らす。
「これが量産された暁には、我々の生活が一変しますよ」
「火は水と同じくらい、生活の根源だからねえ」
激しく揺れる視界に酔いつつも、スティーブはそうこたえた。
「今のところ、赤燐を作り出す方法は僕だけしかないけど、研究をしていけば工場で作れるようになると思うんだ」
「是非ともこの薬の成分を教えてください。王立研究所ですぐに予算が付くと思います」
「研究が実を結ぶまではうちの独占だねえ」
「そうでしょうね。これを知ったら軍が黙っていないでしょうね。民間への供給の前に、軍が大量に発注して数を押さえようとするはずです」
「そうだろうねえ。自動機を作るにも時間がかかるし、最初はある程度の高値でも買ってくれる軍相手に商売しようかな」
今の日本のようにマッチの生産を自動化出来ないため、一日の生産数は限られる。一日の生産数から単価が決定するので、マッチを平民にも買える値段で提供するのは難しかった。
しかし、それが軍隊であれば予算さえ組めれば購入してもらえる。便利さと費用を天秤にかけても、マッチは便利さが勝るものであった。
「っていう三商品なんだけど、どれを商品化したらいいと思うかな?」
スティーブが訊ねると、ニックはラムネ、シリルはマッチ、エリーは自鳴琴と意見が分かれた。
ニックがラムネを選んだ理由は美味しいから。エリーがラムネを選ばなかったのは、他人には食べさせたくなかったから。同じ美味しいという感想を持っていながら、気持ちの差が出た結果だ。
シリルはマッチ一択であった。他の商品についてはいままでのスティーブとの付き合いで出来るのはわかっており、特に研究対象とするようなものではなかったが、マッチに関しては新規の研究のネタとなる。
これは絶対に王立研究所に報告すべき案件であった。
なお、マッチに関してはJIS規格で安全マッチが規定されており、軸木や箱の寸法、検査方法までが細かく規定されている。このことをスティーブは知らないが。
三人の意見が割れたことで、クリスティーナが解決策を提案する。
「それでは、マッチを最優先で商品化して、自鳴琴はエリーにデザインさせたものをスティーブ様が魔法で作り、貴族相手に高額商品として販売いたしましょう。ラムネはニックが息抜きで金型を作って、社員にのみ販売するということでどうでしょうか」
クリスティーナの提案はみんなが納得した。ラムネの販売というのにだけは、エリーが反対したのだったが。一応スティーブは福利厚生の一環として、原価割れで提供してもいいと思っていた。なお、クリスティーナは経営者側なので、作ったラムネは買わずに食べるつもりだった。
こうして方針が決定した。
シリルは直ぐにマッチの報告書を作成することになる。ニックはマッチの製造ラインへの人員配置と標準作業書づくりにとりかかる。エリーは自鳴琴のデザインだ。
そして、スティーブはクリスティーナと一緒にメルダ王国へと転移することにした。ラムネに使用するバニラの産地として、メルダ王国は有名だったからである。試作品についてはカスケード王国国内で流通しているものを使用したのだが、ある程度まとまった量を購入しようとしたら、直接メルダ王国で買った方が安い。ただし、まだ自分の領地の中だけで売るつもりなので、そんな量を買うつもりは無かった。
その交渉をしに、姉夫婦のところにやって来たのである。姉夫婦といっても国王夫妻なので、アポなしでの訪問は空振りに終わることもあるが。空振りならマーケットで売っているバニラを買って帰ればよいくらいの気持ちであったのである。転移の魔法が使えるので、外国への訪問も気軽なものであった。
本日は運よく姉夫婦に会うことが出来た。というのも、スティーブの来訪は自分の国の利益になることが多いので、シェリーは他の予定をどかしてでもスティーブと会うのを優先したのである。
「こんにちは、陛下。それに姉上」
「いきなりの訪問だけどどうしたの?」
シェリーは期待の気持ちを隠してスティーブに質問した。
「実は定期的にバニラの実を購入したいんですよね」
「どれくらいかしら?それと何に使うの?」
「お菓子の味付けに使おうと思うんですよ。今はまだどの程度の商売になるかわからないので何とも言えませんが、将来的には国内で大規模に売りたいと思っています」
シェリーは心の中でガッツポーズをした。スティーブが商売にしようと考えているのであれば、自分たちもやってみようと思ったのである。
「わかったわ。可愛い弟の頼みですもの、こちらでまとまった量を確保しておくわ。でも、協力する見返りに、どんなものか味わうくらいはさせてもらってもいいわよね」
「勿論ですよ」
スティーブはそういうと亜空間からシガレットラムネを取り出した。
スティーブの出したものなので、毒見係を通さずにシェリーはそれを口に運んだ。砂糖の甘さとバニラの香りが口の中に広がる。
「随分と甘いわね」
「原材料に砂糖を沢山つかっていますから」
「砂糖?随分と硬いけど、どうやって固くしたの?」
「プレス機を使って加圧しました。あ、機械油は使用してないので安心してください」
「これを作って売るつもり?」
「そうなんですよ。子供相手にしようと思ったんですけど、砂糖が高価なのでまだ商売になるとは思えなくて。大人を相手にするにはちょっと物足りないんですよねえ。美味しいんだけど。だから、領内で領民相手に売ろうかなと。赤字ですけどね」
その話を聞いてシェリーはがっかりした。確かに儲からなそうである。美味しいが見た目は商品としては弱い。その割には原価が高い。仕方がないので、ラムネを沢山おいていくことで手を打ったのだった。
いつも誤字報告ありがとうございます。




