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139 そっくり

 スティーブは家族でマッキントッシュ侯爵の元を訪れていた。マッキントッシュ侯爵の誕生日パーティーが開催されているためである。誕生日パーティー自体は問題なく終わり、帰る前に領都であるマッキントッシュラントの町を見て回ろうということになった。

 スティーブにしてみれば、新商品のアイデアがどこかに落ちていないかという気持ちがあったのだ。家族で平民の格好をして町にくりだす。

 アーサーとイザベラはまだよちよち歩きであり、目を離すと危ないので、スティーブが二人をだっこしている。


「治安がいいね」


 とスティーブが感想を述べる。クリスティーナは笑顔で


「景気が良いですからね。それと父の手腕でしょうか」


 と言った。

 北部も領土拡大で仕事が溢れかえっており、失業問題などは無かった。働き口は沢山あるので、わざわざ犯罪に走るようなものはいなかった。まあそれでも、老舗の犯罪ギルドは地下に潜って存在しているのであったが。


「なんか、新しい商品のヒントはないかなー」

「旦那様、困ったことが無いかを聞かねば、ヒントも見つからないでしょう」


 ナンシーに言われて、スティーブは誰かに声をかけてみようと周囲を見回す。

 すると、正面から若い女性が赤子を抱えてやってきた。そして、スティーブの目の前で立ち止まる。


「この子も抱いてあげて。あなたの子よ」


 そう宣言されてスティーブは固まった。そして、妻たちの冷たい視線が突き刺さる。

 困った人はいた。自分であったが。


「旦那様」

「スティーブ様」


 二人の口調は非難が強く含まれている。

 が、クリスティーナのスティーブ様という発言を聞いて、若い女性が不思議そうな顔になった。


「スティーブ?ヤコブじゃないの?それとも、この人たちにそう名乗っているの?」

「僕は貴女と初対面なのですが、そのヤコブっていう人と勘違いしています?」


 名前が違うので、どうやら勘違いではないかということに気づいた。ただ、どうやって目の前の女性と妻たちにそれを理解してもらえるだろうかと悩む。そして、周囲には野次馬が集まっていた。みんな修羅場だと期待した目でスティーブを見ている。


「僕はこのマッキントッシュラントにはほとんど来たことが無いんですよ。そんな中でどうやって貴女と子供が作れるというのでしょうか」

「あんなにいつも一緒にいたじゃない。私の妊娠が発覚してからもしばらくは一緒にいたわ。出産が近づいたとたんにいなくなるんだもの。それで、他に女がいたのね。しかも二人も」


 そう言われる。そして周囲がざわついた。三人も愛人を抱えてけしからんとか、そんなに色男でもないのにとか散々である。

 中には責任取れなどという野次もあった。


「うーん、全く身に覚えがないんだけどどうしたら信じてもらえるかなあ」

「そんな嘘を言わないでよ。この子を育てるのにもお金が必要なんだから。私の子も一緒に面倒をみてよ!」


 目の前の女性はスティーブをずっと子供の父親だと信じている。何度か同じやり取りをしていると、野次馬たちも含めて往来を塞いでいるせいで見回りの兵士がやって来た。


「天下の往来で何をしているか」


 兵士の一人が怒鳴った。野次馬たちは散り散りになり、兵士からはっきりとスティーブたちが見えるようになる。

 クリスティーナはやって来た兵士たちに言葉をかけた。


「お役目ご苦労様。人目に付くのも困りものだし、どこか詰所でも借りられないかしら」

「お嬢様」


 兵士たちは当然クリスティーナの顔を知っており、その場で頭を下げた。そして、その中の一人が質問する。


「詰所といわず、城でよろしいのではないでしょうか」

「夫の不貞の話を父に聞かせるわけにはいきません」

「不貞?」


 クリスティーナが兵士たちに事情を話す。

 その光景を見ていた若い女性は、自分が話しかけた相手がとんでもなく高貴な人であり、その人たちがお忍びで来ていたと理解した。そして、とんでもないことをしでかしたのかと青くなる。


「あの、命だけは。せめて子供の命だけでも」

「いや、別にどうこうしようというわけでもないし、本当の父親を捜すのを手伝えるなら手伝うから、落ち着いて話せる場所に行こうか。僕としても気になる話だし」


 スティーブが女性を説得して、さあ移動しようかというところで、禿げ頭に太鼓腹の中年男性がやって来た。

 そして、スティーブの胸倉をつかむ。子供たちに危害を加えようとしていないので、スティーブはそのまま掴ませたのだった。


「ヤコブ、今日こそ溜まったつけを払ってもらうからな。兵士さんもいるならちょうどいい。こいつが金を払わないなら、しょっぴいて牢屋に入れてください」

「すぐに手を放せ!」

「どうしてですか。こいつが店で飲み食いした金を払わないんですよ」


 兵士に断られた中年男性は不満顔で兵士を見る。しかし、兵士たちが剣を抜いて真剣な顔で自分を見てくるので、ただ事ではないと理解した。

 兵士たちからしてみたら、クリスティーナの夫であるスティーブは、この国の貴族のトップである。そんな彼がマッキントッシュラントで平民に傷つけられたとなっては、マッキントッシュ侯爵からどんな罰を受けるかわかったものではなかった。

 それに、スティーブが怒って暴れたら、止めることが出来ないという恐怖もあった。


「誰と勘違いしているのか知らないけど、貴方も一緒に来ますか?子供が怖がるから、とりあえず手は放してください」

「あ、はい」


 兵士たちの異様な雰囲気は変わらないが、お金を払って欲しい一心で中年男性もスティーブについてくることになった。

 そして、兵士の詰所をかりて話し合いとなった。


「まず自己紹介しておくと、僕はスティーブ・ティーエス・アーチボルト。竜頭勲章を陛下より賜り、イエロー帝国では公爵の地位にある。で、そんな立場で平民の女性を孕ませてみたり、ツケで飲み食いするようなことはしないんだけど」


 中年男性は飲食店経営者であり、スティーブがツケで飲み食いした客だと思っていたらしい。

 二人ともスティーブの自己紹介を聞いて青くなった。


「二人の話を聞くと、ヤコブっていう僕に似た男がいて、それが子供を作って逃げたり、金を払わずに飲食しているっていうことでいいかな?」

「はい」


 二人はうなずいた。もはや、本当にスティーブがやっていたとしても追及出来ない雰囲気であった。


「というわけで、僕は無実だ」


 スティーブは妻たちの方を見た。

 ナンシーはスティーブの言うことに納得したが、それでもまだ不満があった。


「旦那様、これで解決ではありません。旦那様そっくりのその不届き者にお灸をすえねばならないでしょう」

「それもそうか。そいつを更生させないと、僕がお忍びでマッキントッシュラントを歩けないね」

「最悪、その者が旦那様だと偽って、こちらに迷惑をかけるかもしれません」

「貴族の身分を偽れば死罪だけどね。まあ、それでもやるやつはやるか。第一既にこちらは迷惑をこうむっている。そうだ、二人の債権は僕が買い取ろう。養育費ってどれくらいになるかわからないけど」


 スティーブの提案に女性と中年男性は驚いた。


「よろしいのですか?」

「僕としても似ているというだけで怒るわけにもいかないからね。二人の債権を買い取ったからということで、そのヤコブを懲らしめてやろうと思うんだ」

「ありがとうございます」


 二人はスティーブからお金を受け取ると頭を下げて帰った。女性だけは父親としての責任は負わせるつもりだとして、名前と住所を確認した。彼女の名前はクレア。マッキントッシュラントの一般地区に住んでいる女性だった。

 スティーブたちはそのまま詰所で話す。


「まったく人騒がせな」


 スティーブはため息をついた。


「スティーブ様が隠れて子供を作ったのかと思って悲しくなりましたよ」


 クリスティーナはアーサーを抱きながらそう言う。

 スティーブはとっても違和感を感じた。


「うん、悲しい?」


 スティーブからしてみたらあれは悲しみよりも怒りだろうと思えた。というか、誰が見ても怒りの感情だっただろう。クリスティーナはスティーブを疑って怒ってしまったことを素直に謝れなかったのである。

 クリスティーナとナンシーからしてみたら、毎回どこかしらの女性の好意を受けて帰ってくるスティーブに問題があると思っていた。ただ、女性から全く相手にされない夫というのも嫌だったのだが。

 スティーブはあまり深く追及しない方がいいという予感がしたので、兵士たちに向かって捜索の指示を出す。


「マッキントッシュ侯爵の兵士に指示をするのも申し訳ないんだけど、そのヤコブっていう男を探してもらいたい。侯爵には僕の方から伝えておくから」

「承知いたしました。しかし、どうやって閣下と見分ければよろしいでしょうか?」


 兵士の疑問ももっともだった。万が一、相手がスティーブだと名乗った場合に見分けがつかない。

 そんな兵士にナンシーが言う。


「右腕を斬ってみればわかる。旦那様なら躱すだろうし、斬られても再生する。偽物なら腕がおちたままだ」

「それが確実だけど、乱暴だよ」


 スティーブは苦笑いした。


「折角のお忍びだったけど、ここで止めるよ。だから、平民の格好をしていた僕がいたら、それがヤコブだから」


 スティーブはそう言って、マッキントッシュ侯爵の城に帰ることにしたのだった。

 そして、ヤコブは直ぐに見つかった。翌日その報告を受けて、スティーブはヤコブを捕まえている詰所に再び妻たちと一緒に出向いた。

 ヤコブに対面すると本当に瓜二つであった。


「ふむ、これでは旦那様と間違うのも無理は無いか」

「影武者として使えそうですわね。スティーブ様には影武者が必要ありませんが」


 とは妻たちの感想である。

 スティーブ本人も似すぎており、ブライアンの隠し子ではないかと思ったのだった。アビゲイルが嫉妬で怒りだすと面倒なので、今回のことは報告するつもりは無いが。

 スティーブはヤコブを見つけた兵士を労う。


「ご苦労。良く見つけられたね」

「聞き込みの結果、歓楽街での目撃情報が多かったため、そこに兵士たちを送り込んで張り込ませたのです。そうしたら見事に網にかかりました。昨日の女性とは別の女と一緒におりましたので、その女の説得が一番大変でしたね」

「あー、これからクレアを呼ぶのに荒れそうな情報だねえ」


 ヤコブは遊び人らしく、他にも女性がいるというのだ。昨日一緒にいたのはその中の一人だとか。それを聞いたクリスティーナとナンシーの顔が変わる。

 スティーブは去勢とか言い出しそうだなと思ったと後に述懐した。


「ヤコブ、これからの口の利き方を間違ったら、どうなるかわからないから気を付けてね」


 スティーブはヤコブにまじめな顔で話しかけた。

 ヤコブはスティーブが貴族であると聞いていたので頷く。が、納得はいってなかった。


「俺がお貴族様に迷惑をかけたわけじゃねえでしょう」

「僕はヤコブの借金を買い取ったんだ。それを返してもらえなければ迷惑なんだよね」


 そこに兵士に呼ばれたクレアがやって来た。


「ヤコブ!」

「クレア、俺を貴族に売ったのか?」


 ヤコブはクレアを睨んだ。


「何言ってるの。子供が生まれそうになった途端に出ていくんだもの。どれだけお金に困っていたと思っているの。それをこの貴族様に助けてもらったのよ」


 クレアも負けてはいない。椅子に座らされて縛られていたヤコブの腕をひっかいた。


「痛てえ」


 目の前で喧嘩が始まったのをスティーブは止めた。


「ヤコブ、これからはクレアと一緒に暮らして、まじめに働け。借金はゆっくりと返せばいいけど、毎月の返済が一度でも滞ったら、その時は鉱山労働送りにするから」


 スティーブはそう宣言すると、兵士に書類を書いて渡した。ヤコブの借金返済についてである。毎月月末にいくらでもいいから返済させ、それが滞ったら鉱山労働に送り込むようにというものであった。

 ヤコブは貴族であるスティーブに逆らうことが出来ず、その契約を認めるしかなかった。

 ヤコブとクレアが帰った後で、スティーブは頭の中に引っ掛かるものがあったので、詰所に残ってその引っ掛かるものがなんであるかを考える。


「鉱山労働、鉱山労働」

「旦那様、鉱山労働が何か?」

「新しい商売のアイデアがでそうな何かがあるんだよね」

「ツルハシでもつくって売りますか?」

「ツルハシねえ」


 ツルハシというところから、ゴールドラッシュを思い出すスティーブ。アメリカのゴールドラッシュで一番儲かったのはツルハシを売った商人だという話があったなと考えていると、急に閃いた。


「ジーパンを作ろう」

「ジーパン?」

「丈夫なパンツだね」


 ジーパンはそもそもフランスでデニムが生まれ、それがイタリアに渡り、最終的にはアメリカで完成した。あのリベットを打った形になったのはアメリカでのことである。

 丈夫なものであれば売れるだろうし、デザインも地球で売れていたという実績がある。そして、真似されるかもしれないが、リベットを冷間鍛造で作ればコストでは負けないという自信があった。

 スティーブは早速領地に帰り、ジーパンづくりを形にしようとした。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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