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138 タレパン

 スティーブはニックとシリルと一緒に工場の試作棟にいた。目の前にはニックとシリルには見慣れぬ機械が置いてある。

 スティーブはその機械を指さした。


「タレパンだ」

「タレ、パンダ?」

「ニック、そこで切らない。これは『タレパン』っていう工作機械だよ」


 スティーブが指さしたのはタレパンという機械だった。正式名称はタレットパンチプレス。魔法でプレス機を作ることが出来るのはわかっていたが、前世でいつもタレパンと呼んでいた機械が、正式名称がタレットパンチプレスであることを思い出したスティーブが、試しに魔法で作ってみたところ、見事に作り出せたというわけだ。

 タレパンは汎用の金型を使って薄い板を打ち抜く為の工作機械であり、NC制御のためかなりのオーバーテクノロジーである。

 というのを二人に説明した。


「つまり、こいつは板を打ち抜く機械で、それを使ってみようってことですね」

「そう」


 スティーブはそう言うと、1mmの板厚のステンレスを作り出した。プログラムをタレパンに打ち込んであり、材料をセットすると、加工をスタートさせる。タレパンはリズムよくトントン、トントンと加工をしていき、加工が終了すると、そこにはパンチングメタルが出来上がっていた。パンチングメタルとは、丸い穴が開いた鉄の板である。ステンレスの灰皿や、水切り用の板として見たことがある人も多いだろう。

 それが出来上がったのだ。

 スティーブはタレパンから板を取り出して、ニックとシリルに渡した。


「へえ、こいつは面白いですねえ。他にも出来るんですよね?」

「まあね。今は丸い金型で抜いただけだけど、四角の金型なんかもあるよ」


 ニックは出来上がった製品に興味津々だが、シリルはNC制御に興味津々だった。そこが二人の違いである。


「このNC制御というのはどういうものですか?」

「数値制御っていって、手で材料の位置を決めなくても、機械が命令されたところに材料を運んで加工してくれる。旋盤も僕の魔法がレベルアップしていけば、NC制御の旋盤が作れるかもしれないね」

「それは凄い。つまり、あらかじめ決められた条件で、誰でも同じ加工が出来るようになるわけですね」


 シリルは興奮してスティーブの肩を強くつかんだ。

 ニックはそのシリルの言葉が気に入らなかった。


「誰でも同じものを作れるってことは、職人がいらなくなるってことですか?」

「ニック、それはないよ。わかっていると思うけど、加工っていうのは素材との会話だ。その時々の材料の特性に合わせて、数値に補正をかけなければ同じものにはならないんだよ。というか、同じものではなく、公差内のものと言うべきかな」


 スティーブはNC制御であれば同じものが出来るというのを否定した。 

 金属材料はその製造ロットによってばらつきが大きいものもある。それはJIS規格で定められている材料の公差範囲が緩いため、仕方のないことであった。

 大手メーカーであれば、材料メーカーと専属の契約をして、いわゆる紐付きでの購入が出来るのでばらつきを抑えられるのだが、スティーブの親の会社程度ではそれが出来ず、市中材を購入する形になる。形も違えば、粘りや硬さも毎回違うため、前回と同じ条件で加工しても、仕上り寸法は同じにならないのだ。それで、そこに加工者の技量という要素が加わってくる。

 今の世の中でNC制御が主流となっても、加工技術にたけた職人が必要なのはそういうことだ。


「流石若様、わかってる。でも、どうして初めて見るNC制御の機械のことも知っているんですか?」

「そんな気がしただけだよ」


 ニックの鋭い質問に対し、スティーブは適当な理由を答えた。

 ニックもシリルもあたらしい機械への興味で頭がいっぱいなので、スティーブの回答について特に疑問は持たなかった。


「それで、こいつでこの穴あきの板を作ろうっていうわけですか」

「まあそうなんだけど、これを商品化するんだったら、自分の魔法で作った方が早いし、機械でやるにしても、なにもタレパンを使ってやることもないんだ。専用の金型を作って一回で抜いたほうが効率いいからね」

「じゃあ、何をつくろうっていうんですか?」

「看板かな」

「看板?」


 ニックが不思議そうな顔をした。

 スティーブが考えていたのは、ステンレスの板を抜いて作る看板を考えていた。一発で文字を抜くのではなく、小さな穴を何個もあわせることで作り出す看板だ。

 スティーブが新しいステンレスの板をセットして、プログラムを実行する。

 そして出来上がったのは、ステンレスのヘアライン仕上げの板に、スティーブ・ティーエス・アーチボルトという名前が書いてあるものだった。

 正式には書いてあるのではなく、穴が開いて文字に見えているのだが。


「どうかな」


 スティーブはニックに板を手渡した。

 ニックはそれを受け取ると、まじまじと見た。


「どれくらいの仕事量になるかわかりませんけど、珍しさからしばらくは仕事が来そうですね。材料は若様じゃないと作れないから、他に真似されることもねえですし」


 ニックの言うように、他人が真似できないので競争力はとてもある。ただ、需要がどれほどのものかはまだわからない。

 そんなニックが持っている看板には目もくれず、シリルはタレパンの本体を眺めていた。


「この機械、王立研究所にも納入できませんかね」


 シリルはNC機が欲しくてたまらないのだった。


「そうですね。僕もお願いがあるので、それと交換であれば」

「それってどんなお願いですか?」

「王立研究所で開発中の馬車が欲しいんですよ」

「あ、それならこの機械と交換なら問題ないでしょう」

「じゃあ、決まりですね。どうしてもあれが欲しかったのです」

「何に使うんですか?」

「姉上のパレードに使いたかったのです」


 スティーブはシェリーの帰国を祝うパレードのために、新型の馬車が欲しかったのである。独立懸架式サスペンションのために設計されたラダーフレームと、そこについているショックアブソーバー付きのサスペンション。ついでにベアリングも搭載されている。

 王立研究所の車両研究班とスティーブがやりすぎた結果の産物であった。それにカブリオレの上物を乗せて、タレパンで作った銘板を取り付けることにしている。

 名前をシェリー号とした。

 スティーブからしたら、やりすぎたことに対しての迷惑料であった。

 シリルの説得もあり、かなりのオーバースペックである馬車の技術はメルダ王国に持ち出す許可が出た。

 王立研究所にあるものを、スティーブが現地で再現して作る。元々試作機もスティーブが研究者の指示に従って作っているので、再現するのは簡単だった。それを現地で塗装したり、内装を取り付ける。

 心配性のスティーブは、馬車に防弾ガラスを取り付けていた。懐かしの手回しハンドル式の窓ガラスである。もっとも、側面にしかガラスが無いので、そんなに効果はないのだが。

 こうして作られた馬車はパレード前に完成した。


 パレード当日はアーチボルト家も招待される。スティーブは当日の御者を買って出てた。護衛を兼ねた御者である。

 何かあったらすぐに動けるようにと思っていたが、そんな何かは起こらずに、王都でのパレードは無事に終わる。このパレードの前は鬼か般若かという顔だったシェリーも、国民の前では終始笑顔で手を振っていた。

 天気も快晴であり、多くの国民がシェリーの無事の帰国を祝ったのである。

 パレードも終わり、王宮に帰ってきた一行は家族で集まり食事となった。

 アビゲイルがシェリーに今回の原因となったカール王太子のその後を訊く。


「それで、メイザック王国のカール王太子はどうなったの?廃嫡の約束だったようだけど」

「約束通り廃嫡されたんだけど、誰かさんがやりすぎたおかげで、私を信仰対象として崇め始めたらしく、さらなる迷惑はかけられないからということで、聖国に送ったって連絡があったわ。そこで神学を勉強させるんだって。これで女神信仰を捨ててくれたらうれしいんだけど」


 それを聞いてスティーブが苦笑いをする。

 シェリーはそれを見逃さなかった。


「今の苦笑いは何?」

「あー」


 スティーブはどう話を誤魔化そうか考えたが、良い考えが浮かばなかったので正直に話すことにした。


「実はカール元王太子が聖国に行って、自分が見た奇跡の話をしたらしいんだけど、元々僕が聖国では使徒認定されていることもあって、シェリー姉上も使徒なんじゃないかという説が出てきたと、聖女経由で教皇からの連絡がありました。連絡というか本当のところはどうなんですかっていう問い合わせですね」

「で、何て答えたの?」

「そこは企業秘密です」

「絶対にろくでもないことを答えたわよね」

「いや、そうでもないですよ。ただ、僕の力を一時的に姉上に貸し出したというだけで」

「それをフライス聖教会が信じたら、正式に私も使徒の力を行使したっていう記録が残ることになるじゃない」


 シェリーはスティーブの報告を聞いて再び怒りが込み上げてきた。


「他国を牽制するなら、その方が都合がいいでしょう」

「それはそうだけど」


 フライス聖教会の上層部しかしらないことでも、情報はどこかしらから漏れるものである。それを逆手にとって攻撃しようとする国に諦めさせる効果を狙ったものだった。

 スティーブとしては知ってはいたが、シェリーに伝えると怒りそうだったので黙っていたのである。

 なお、カール元王太子はちょっと前なら異端認定されていただろうが、今は自由な言論が認められるようになってきたので、処分対象には認定されていない。処分された方がシェリーは安心できたのだろうが、残念な話であった。シェリーは処分を望んではいないが。

 スティーブはブライアンに話をふった。


「父上も、子供から二人も使徒が出て鼻が高いですよね」

「いや、胃が痛い」


 ブライアンは即座に否定した。

 将来のメルダ王国の国王の祖父だの、使徒の父だのという肩書の重さに精神が堪えられないのである。お金を借りに来るフレイヤくらいの問題で収まって欲しいと本気で思っていた。

 外では自慢の息子と娘ですよねと言われると笑顔を見せるが、心の中ではお前たちもあれくらい毎回問題を起こす子供を持ってみろと言っていた。


「おかしいですね。姉上はともかく、僕は手のかからない自慢の息子だと思いましたが」

「やらかしが大きすぎて手が出せないが正しいな」


 ブライアンの回答にスティーブは納得いかなかったが、家族全員がブライアンの意見に同意していた。

 シェリーは怒ったままの表情でスティーブに対し、


「やってしまったことは取り返しがつかないから、パレードの馬車をもう一台くれたら許すわ。予備が欲しいじゃない」

「わかりました。それで姉上の怒りが収まるのなら安いものです」


 実際は値段がつかないほど高価なものであるが、スティーブは帰る前にもう一台作った。塗装や内装についてはメルダ王国の職人が請け負ってくれたので、そちらはしなくてよいというシェリーの許可が出ていた。

 スティーブたちが帰った後で、シェリーは急いで産業大臣を呼びつける。


「王妃様、緊急でお呼びとのことですが」

「そうよ。弟が馬車をもう一台置いていったわ。すぐにこれを分解して、その構造を調べなさい」


 その命令に産業大臣は困惑した。


「よろしいのですか?我が国の技術では元に戻せないかもしれませんが」

「そのための二台目よ」


 シェリーもメルダ王国の技術レベルでは、スティーブが持ってきた馬車を分解して調べても、元に戻せないことはわかっていた。

 だから、怒って予備を要求してみせたのである。


「すぐに同じものを作れとは言わないわ。でも、この乗り心地を作り出している仕組みを調べて、10年以内に同じものを作れるようにしなさい。これは売れるわ。出来れば量産したいわね」


 シェリーは馬車の乗り心地に感動していた。揺れの少ない車体は誰もが望むであろう。それに、荷物を輸送するときの振動も抑えられる。ゆくゆくはこれが標準になっていく予感がしていたのである。パレードの最中でもどうやったらこれが自国でも生産できるだろうかと考えていたのだ。

 そして、分解してみようという結論に達したのである。

 なにもきっかけが無ければ、スティーブにお願いしてみるしかないと思っていたが、都合よくスティーブが自分に内緒で使徒認定をしていた話が出てきたので、怒ったふりをして二台目を要求したのだった。

 怒ったふりといいながらも、本気七割、演技三割であるが。

 エイベル国王は妻のやり方に感心した。


「ひょっとして、ずっと分解用の二台目を狙っていた?」

「ええ。絶対に欲しかったの。この国の産業を発展させるためにもね」


 シェリーのその答えを聞いた国王と大臣は、シェリーはもう完全にメルダ王国の人間だなと再認識したのであった。

 そんなシェリーは後に、シェリー号というステンレスの銘板がタレパンによる加工だと知ると、スティーブにお願いしてタレパンも入手に成功するのであった。メルダ王国の王立研究所は、このシェリーの活躍によって大忙しとなるのであった。


いつも誤字報告ありがとうございます。

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[気になる点] 次姉ばっかり優遇して流石に長姉が可哀想^^;
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